17話 歩く宝物庫
「──龍!?」
その単語が出た瞬間、室内の空気が凍りついた。
誰もが言葉を失う中、眼鏡の男が震える声で反論する。
「そんな馬鹿な……。北の大陸ならともかく、こんなところに龍が居るはずがありません!」
「別に信じなくてもいいけどな。渡り鳥たちに聞いたら、恐らく『出産』だとさ。相当気が立ってるらしいぞ」
窓辺のノアが、我関せずといった様子で翼を繕いながら告げる。
「……掲示板を見たら、遺跡近くの村から『マーチホーンの肉』の納品依頼があった」
俺の発言に、エルゼが小首を傾げる。
「あ……言われてみれば。でも、それがなにか?」
「マーチホーンはこの時期、森で大繁殖する。放っておいても捕れる『雑草』みたいな牛だ」
俺は指を一本立てた。
「普通ならわざわざ金を払って他人に頼まない。自分たちで採ればいいだけだ。……だが、村人は依頼を出した。それはなぜだ?」
「それは……」
「龍種ってのは、例外なく『牛肉』が大好物だからな」
俺は淡々と、事実を積み上げた。
「出産のために精をつけたくて、片っ端から食い荒らしたんだろうよ。周辺の魔物がいなくなったのも、ビビって逃げ出したか──あるいは、腹の中に納まったかだ」
シン、と部屋が静まり返る。
「そ、それが事実だとして……龍をどうしろと言うんです?」
眼鏡の男が、引きつった顔で問いかける。
俺は首をかしげた。
「知らんのか? 鱗は最高級の鎧や装飾品に、内臓や骨は薬の材料に。牙は最強クラスの武器になるとして高値で取引される。……まさに、『歩く宝物庫』だぞ?」
「馬鹿なんですか!?」
男が裏返った声で叫び、バン! と机を叩いた。
「相手は龍種ですよ!? 北の大陸では、百人規模の軍隊、国家が動いてようやく『追い払える』相手です! 今、ここにいるメンバーはたったの六人だ! 自殺行為にも程がある!」
「そうよ、カイ」
エルゼもまた、険しい表情で男の言葉に同意した。
「Aランククランのあたしたちでも、龍は別格だわ。それは本来、ギルドが全クランに『総動員令』をかけるか、国軍が動くレベルの災害よ」
「だからこそ、一攫千金が狙えるんだけどな」
俺は悪びれもせず、肩をすくめてみせた。
ハイリスク・ハイリターン。それがこの世の真理だ。
「龍は知能が高い。わざわざ刺激しなければ出産が終わって、しばらくすれば出ていくだろ」
ノアの補足を聞いた眼鏡の男は、これ幸いとばかりに身を乗り出した。
「な、なら、放っておけばいいじゃないですか! 刺激しなければ安全なんでしょう!?」
「それだと、エルゼを連れて行けないんだろう?」
手ぶらで王都に帰れば、エルゼはその責任を負うことになるだろう。
「それは……そうですが! でも、たった数人で龍に勝てるわけがない!」
「いや、お前らは戦わなくていい」
「……え?」
「俺とロイド、それにエルゼ。この三人でやる」
俺はきょとんとするメンバーたちを見回し、ニヤリと笑った。
「お前たちの仕事は『回収』だ。龍の素材は……どれも馬鹿みたいに重いからな。それを運ぶ人手が要る」
「か、回収って……倒す前提なんですか?」
「ああ、勝つさ」
自信たっぷりに言い放つ俺を見て、眼鏡の男がゴクリと喉を鳴らした。
リスクは他人に押し付け、自分たちは安全圏で素材を回収し、高額な報酬を得る。
商売人としての彼には、それが悪い話ではないと分かったようだ。
「……本当に、荷物持ちだけでいいんですね?」
「ああ」
「はぁ……わかりました。やりましょう」
男は観念したように眼鏡の位置を直した。
「ただし! 危険と判断したら、私たちは即座に撤退しますからね!」
俺は満足げに頷くと、彼に向かって手を差し出した。
「それで構わない。……契約成立だな。あんたの名は?」
「……エドモンドです」
彼は少し躊躇ってから、俺の手を握り返した。
汗ばんだ手だったが、その握力には覚悟が籠もっていた。
「よし、エドモンド。早速だが仕事だ」
俺はエルゼたちに向き直る前に、彼に矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「まず、『銀の天分儀』の連中に見張りをつけてほしい。彼らが動くタイミングを正確に把握したい」
「はあ、それは構いませんが……」
「それと、近隣の農村で『牛』を三頭、丸々買い取ってきてくれ」
「……はい?」
エドモンドがポカンと口を開ける。
「牛、ですか? 干し肉ではなく?」
「生きたままだ。出来るだけ脂の乗った、美味そうなヤツを頼む」
俺は懐から、セバスから貰った皮袋をそのまま彼に放った。エドモンドが中身を確認して目を見張る。
「……これだけあれば、今回の赤字は余裕で補填できますが」
エドモンドが、すがるような目で俺を見た。
わざわざ危険な橋を渡らなくても、この金をそのまま貰えれば解決する、と言いたいのだろう。
だが、俺は鼻で笑って却下した。
「馬鹿言え。それは借金を消すための金じゃない。デカい利益を生むための『種銭』だ」
「た、種銭……」
「頼んだぞ。領収書はいらない」
俺は苦笑しつつ、呆然としているエルゼとロイドに向き直った。
「さて、悪いがお前ら二人には最前線に立ってもらうぞ」
いつのまにか矢面に立つことになった二人は、揃って引き攣った笑いを浮かべていた。




