16話 遺跡に潜む大外れ
「恥ずかしいところを見せたわね。すまなかった」
ギルドを出ると、すぐにエルゼが頭を下げてきた。
「いや、いいさ。ちょうどお前を探していたんだ」
「……あいつら、報酬を役人と山分けにするつもりよ」
エルゼが忌々しげに吐き捨てる。
癒着にキックバック。──典型的な中抜き構造だ。
「『礼儀作法も知らぬ荒くれ者』……だったか」
俺が小さく笑いながら呟くと、クククとノアが笑った。
「礼儀は大事だぞ、女」
俺はノアの皮肉に同意する。
「……そういうことでしたか」
事情を飲み込めたのか、ロイドが憤りを露わにする。
トップであるアストリア侯爵がどれほど善政を敷こうと、末端には私腹を肥やそうとする輩が湧く。
人が集まる『組織』である以上、こればかりはどうやっても止められない。
とはいえ、アストリア家に忠誠を誓うロイドとしては、到底許せない事実なのだろう。
「……宜しいのですか?」
ロイドが小声で耳打ちしてくる。
アストリア家の客分として、この不義を見逃すのかという問いだろう。
主家への忠誠が厚い彼らしい反応だ。だが、俺は軽く肩をすくめてみせた。
「現場レベルの小悪党まで相手にしてたらキリがない。ある程度の『遊び』があったほうが、組織は円滑に回るもんだ」
「しかし……」
「それに、今の俺たちが口出しするのは出過ぎた真似だろ」
もっともらしい理屈を並べると、ロイドは「むぅ」と唸って押し黙った。
……ただ面倒なだけというのが、バレていなければいいが。
「で? 本気で『空』を目指す気なの?」
エルゼが呆れたように、けれど楽しげに尋ねてくる。
「ああ。とはいえ、まずは情報収集からだ。いきなり飛べるわけじゃないしな」
「なら、立ち話もなんだしウチの支部に来なよ」
「いいのか?」
「もちろんよ、今リシュオンにきているパーティーは私が指揮してるから」
へぇ、と俺は眉を上げた。
思ったよりも、彼女の立場は上のようだ。
(……ノア。一つ気になることがある。裏で洗っておいてくれ)
俺は小声で相棒に短い指示を飛ばし、エルゼの後について歩き出した。
◇
案内された先は、街の一角にある普通の一軒家だった。
『紅蓮の探求者』の支部という割には、そこまで大きくはない。隠れ家的な雰囲気だ。
中に入ると、数人のメンバーがくつろいでいたが、エルゼの顔を見るなり姿勢を正した。
「悪い、みんな。……例の星見の塔の調査依頼、取り下げられたわ」
エルゼが告げた瞬間、室内の空気が──ズン、と重く沈んだ。
あからさまに落胆するメンバーたち。
溜息、舌打ち、椅子に背を預ける音。
「……その代わり」
エルゼは一拍置いて、視線をこちらへ向ける。
「面白い『客』を連れてきたわ。──境界測図師の、カイ・セラよ」
紹介された途端、視線が一斉に突き刺さる。
単なる興味じゃない。
珍獣を見るような目。
あるいは──宝箱を見つけた冒険者の目だ。
「……なんだ。俺はそんなに有名人なのか?」
「実を言うとね」
エルゼが肩をすくめる。
「あたしたち、みんなアンタを追って王都から来たのよ」
促され、古びたソファに腰を下ろす。
ロイドはいつものように、俺の背後に立った。
「『サポスでライセンスを取ったウミビトがいる』って噂が流れてね」
視線を逸らさず、続ける。
「……しかも、その名前が、八年前に懸賞金二百枚をかけられた奴と同名だった」
「カイって名前も、セラって苗字もウミビトなら、特に珍しくもないと思うが」
「そうね」
エルゼは即答した。
「でも、サーベイヤーライセンスをとるウミビトは異常。金貨二百枚も異常──もしかして、って思った。だからクラン総出で“そのカイ・セラ”を探し始めたの」
メンバーの何人かが、頷く。
「そして、私たちのパーティはアストリア家のあるこのリシュオンに、網を張るために大急ぎで王都から来たの」
そこで、エルゼは言葉を切った。
深く、深く、ため息を吐く。
「……そうして、ギルドに挨拶に行ったら『捜索依頼』のほうが、もう取り下げられてたってわけ」
俺が自分からアストリア家の屋敷に出向いたことで、懸賞金が無効になったわけだ。
「その上、つなぎで受けた遺跡の依頼まで、横取りされた。……踏んだり蹴ったりよ」
「なるほどな」
ようやく、腑に落ちた。
「最初に会った時、あんなにイライラして突っかかってきた理由も分かった」
あの時の彼女は、獲物を逃した猟犬みたいにピリついていた。
「……それは、言わないで」
図星だったのか、エルゼは気まずそうに苦笑した。
「リーダー、笑い事じゃないですよ……」
部屋の奥から、重苦しい溜め息が響いた。
声の主は、メンバーの一人である丸眼鏡の優男だ。線が細く、冒険者というよりは書記官のような風貌をしている。
彼は手元の帳簿らしき羊皮紙を指先で叩き、恨めしげにエルゼを見た。
「王都からの移動費、滞在費、情報屋への支払い……全部、持ち出しだ。このまま手ぶらで戻ったら大赤字ですよ」
彼の言葉に、他のメンバーも無言で頷く。
冒険者は商売だ。経費倒れは死活問題に関わる。
「分かってるわよ。だから──」
エルゼは俺の方を向き、不敵な笑みを浮かべた。
「このカイが目指す『空』への旅。あたしが手伝うことにしたわ。……それに、あたし自身も連れて行ってもらうつもりよ」
「はぁ!?」
眼鏡の男が目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。
「本気ですか? 自殺志願者について行くなんて……。クランはどうするんです? 掛け持ちでもする気ですか?」
「あたしが得た報酬から、規定の分はクランに納めるわ。それに、あたしはある程度の自由裁量をマスターから与えられてるでしょ?」
「限度がありますって!」
男が頭を抱える。胃薬が必要そうな顔色だ。
場の空気がどんよりと沈みかけた、その時だった。
バサリ、と乾いた羽音が響く。
少し前に放っていた相棒が、窓枠に降り立ったところだった。
「カイ、当たりだ」
告げられた言葉に、俺はニヤリと笑った。
頭を抱える眼鏡とエルゼの間に割って入り、手を掲げる。
俺は眼鏡の男を見据え、核心を突いた。
「要するに──『金』さえ払えば、エルゼを連れて行っても文句はないよな?」
「……そうですね。僕たちは遊びでやってるんじゃないんですから」
「なら、話は早い」
俺は不敵に告げる。
「想像通りにことが進めば、あんたらが満足する金額を得られるだろうよ」
「……どういう意味ですか?」
男が怪訝そうに眉をひそめる。
「さっきの『銀の天分儀』が引き受けた遺跡にな……とんでもない『当たり』──いや、大外れが入ってたってことさ」
「勿体ぶらないでください。……いったい、何がいると言うんです?」
俺は一拍置き、部屋にいる全員を見回してから口を開いた。
「例の遺跡だが──『龍』がいるぞ」




