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境界測図師のライセンス~差別されてきたウミビトですが、世界最難関ライセンスを獲得したので、種族も国境も関係なく旅をします。  作者: 謝命雲丹丸


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15話 空中都市への招待状

 朝食を終え、席を立ち、身支度を整えて玄関へ向かう。

 まだ、具体的な成果を上げたわけでもないのだが──去り際に、セバスから革袋を渡された。


「ご支度にも資金が要りましょう。当面の費用としてお使いください」


 そう言って差し出された中身を確認し、俺はわずかに眉を上げた。


 金貨が十枚以上。

 ……俺たちウミビトの、生涯年収分に相当する額だ。


(貴族の金銭感覚、恐るべしだな)


 一瞬だけ躊躇したが、断る理由もない。

 測量機材のメンテナンスや消耗品の補充には金がかかる。俺は貴族の太っ腹さに感謝しつつ、革袋を懐に収めた。


「助かる」


「いえ。……お気をつけて」


 セバスに見送られ、屋敷の外に出る。

 大門の前には、直立不動で待機する男の姿があった。


 ロイドだ。

 背筋をピンと伸ばし、朝の日差しの中でこちらを待っていたらしい。


「行くか」


「はい」


 ロイドが短く応え、歩き出す。

 

        ◇


 ギルドの重い扉を開けると、朝の熱気と喧騒が押し寄せてきた。

 カウンターの向こうで、こちらに気づいた受付嬢リナが、パッと花が咲いたような満面の笑みを向けてくる。


 俺は軽く手を挙げて応え、そのまま壁一面のクエストボードへ向かった。

 ずらりと並んだ羊皮紙の群れを、上から順に眺めていく。


「なにか、手頃なクエストでも受けるのですか?」


 ロイドが不思議そうに問いかけてきた。


「いや。依頼クエストってのは、要するに『誰かの困りごと』だろ」


 俺は視線を紙片から外さずに答える。


「俺は、今の世界の『傾向』を読んでるんだ」


「はあ……」


 ロイドはあまりピンと来ていない様子で首をかしげた。

 無理もない。普通は「稼げる仕事」を探す場所だ。だが、測図師の視点は違う。


「たとえば──」


 俺はボードの一部を指差した。


「『マルク草の採取』が数件あるな」


「ええ、ありますね」


「マルク草は、喉の炎症を抑える薬の主原料だ。……つまり、喉の痛みを伴う風邪が、この街で流行り始めている」


 一拍置いて、ロイドがあっと声を上げた。


「ああ……なるほど。言われてみれば」


「困り事ってのはな、放置すればトラブルになり、解決すれば金になり、情報を握れば交渉材料にもなる」


 俺は指先で、紙の縁をツツーとなぞった。


「要するに──大波ビッグウェーブが起こる前の、小さな『起点』だ」


「……」


 ロイドは黙って聞いていたが、やがて深く、納得したように頷いた。


「海で生き残るには、波が来る前に風を読む。それと同じさ」


「……勉強になります」


 短く、だが真剣な声音だった。

 剣士として剣を振るうだけでは見えない世界。それを学ぶ姿勢が、彼にはあるようだ。


「それで、何か分かりましたか?」


「ちょっと気になる点はあるが……。平和そのものだな、アストリア侯爵の統治はすばらしいよ」


 深刻な依頼トラブルは見当たらない。

 俺が肩をすくめると、相棒のノアがクククと喉を鳴らして笑った。


「大波が来なくて残念だったな、相棒」


「よせ。俺はこの街の平穏を心から願ってるぞ」


 トラブルは金になるが、巻き込まれるのは御免だ。

 俺は平和主義者 (ということにしておきたい)として、カウンターへ足を向けた。


 窓口はいくつかあるが、手近な列が空いているので、そちらへ向かおうする。


「…………」


 視界の端で、リナがこの世の終わりのような表情を浮かべていた。

 捨てられた子犬のような、あるいは雨に濡れた猫のような。

 『そっちに行くんですか? なんで私のところには来てくれないんですか?』という、強烈な無言の訴え。


(……)


 俺は心の中で溜め息をつき、くるりと進路を変更する。

 仕方なくリナの窓口へ並び直すと、彼女の表情がパァァッと、分かりやすく輝いた。


        ◇


「本日はどのようなご用件ですか? カイ様」


 カウンター越しに身を乗り出し、リナがニコニコと満面の笑みを浮かべる。


「言伝を頼みたくてな、『紅蓮の探求者(クリムゾンシーカー)』のエルゼに。『話があるから少し付き合って欲しい』と伝えて欲しい」


「…………はい?」


 瞬間。

 リナの笑顔が凍りつき、音を立てて崩れ落ちた。

 まさに『ガーン』という擬音が顔に張り付いている。

 思考が斜め上の方向へ飛躍したらしい。彼女はバンッ、とカウンターを叩き、涙目で叫んだ。


「だ、ダメです! 浮気は禁止です!」


「はぁ? ……いや! 誰も口説くとは言ってないだろ。仕事の話だ!」


 俺が誤解を与える言い方をしたことに気付いて訂正しようとした、その時だった。


「──しつこいですね。話は終わったはずですが」


 不機嫌そうな声と共に、ギルドの扉が開いた。

 入ってきたのは、身なりの良い──だが、どこか神経質そうな男だ。


 男は背後の誰かから逃げるように、足早にカウンターへ向かおうとする。


「待ちやがれ! 終わってないぞ!」


 直後、ドォン!! と扉が再び乱暴に開かれ、怒号が響いた。

 男を追って飛び込んできたのは、赤髪を逆立てたエルゼだった。


「一方的に契約破棄なんて認めない! こっちはもう物資を買い込んでるんだ!」


 エルゼが男の前に回り込み、行く手を阻む。


「ですから、事情が変わったと説明したでしょう」


 男はハンカチで口元を覆い、汚いものでも見るような目でエルゼを見下ろした。

 そして、一枚の書類いにんじょうをヒラヒラと見せつける。


「行政局の担当官より、正式な通達です。今回の遺跡調査は、我々『銀の天分儀シルバー・セクスタント』が単独で総括管理することになりました」


「ふざけんな! あの周辺は最近、魔物動きが変だって報告もあるんだぞ! Bランクのあんたたちで手に負えなかったらどうする?」


 エルゼが吠えるように食ってかかる。


「報酬を吊り上げるための貴方達の過大報告ハッタリでしょう? 我々の計算では、あの遺跡の脅威度は『低』です。周辺の魔物の生息反応も極めて微弱……」


「周辺の魔物がいないのは、平和になったんじゃねぇ、もっとヤバい奴から逃げたのかもしれないだろ!」


「……やれやれ。野蛮な考えですね」


 男は鼻で笑い、肩をすくめた。


「我々は依頼者の役人の方とも話がついている。忌避剤を撒いて、残った魔物を狩るだけ。君たちの半額で、かつ『スマート』に遺跡の清掃を完了させるとね」


 男の顔に、知的な優越感が張り付いている。


「所詮あなた達は冒険者よそものだ。『遺跡保全士』の資格すらなく、礼儀作法も知らぬ荒くれ者に、アストリア家ゆかりの遺跡は任せられないという決定です。……品位が違うのですよ」


 男が懐から革袋を取り出し、放り投げる。

 チャリ、と小銭の音が虚しく床に響いた。


「違約金くらいは渡しますよ。……これだから、教養のない連中は困る」


「──ッ」


 エルゼが拳を握りしめ、顔を真っ赤にして踏み出そうとする。

 相手が「行政の決定」を盾にしている以上、手出しをすればギルドの規約違反になる。


 俺はカウンターを離れ、静かに歩み寄った。

 ロイドが「あ」と声を上げるが、構わず二人の間に割って入る。


「よお。拾わないのか? 小遣いくらいにはなるぞ」


「あぁン!? 誰だテメェ……って、カイ!?」


 エルゼが驚いて目を見開く。

 俺は屈み込み、床に落ちた革袋を拾い上げた。

 チャリ、と小銭が鳴る。


「……フン。野良犬は、金に意地汚いようだ」


 男がハンカチで鼻を覆い、蔑むような視線を向けてくる。

 そして、俺の顔──黒髪と黒瞳を認めると、あからさまに表情を歪めた。


「黒髪に黒目……。ああ、なるほど。『ウミビト』の難民ですか。小銭に飛びつくその卑しさにも納得がいきましたよ」


「なんだと……!?」


 横でエルゼが殺気立つが、俺は片手でそれを制する。

 こんな安い挑発に乗る必要はない。

 俺は気にせず革袋の重さを確かめると──それをエルゼの胸に押し付けた。


「受け取っておけ。物資を買ったんだろ? 赤字は埋めとけ」


「えっ? で、でも!」


「金に罪はない。それに──」


 俺は男に向き直り、ニヤリと笑った。


「こいつに持たせておくのは『無駄』だ」


「……?」


「これから死ぬ奴らが金を持ってても、意味がないだろ?」


「なっ……無礼な!」


 顔を真っ赤にする男を無視し、俺は呆然とするエルゼの肩を叩いた。


「行くぞ、エルゼ。──もっと割りのいい、『空中都市クエスト』に招待してやる」

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