13話 幻のラピュータ島
「カイと言います。以後、お見知り置きを」
俺は丁寧に頭を下げてから、肩の上の相棒を紹介した。
「こっちは相棒のノアです」
「よろしくなー」
ノアが器用に片翼を上げて挨拶すると、マルタンの後ろに隠れていたメルディが、ビクリと反応した。
分厚いレンズの奥の瞳が、興味津々にノアを凝視している。
動物好きなのか、それとも喋る鳥という珍しい生体構造に興味があるのか。
マルタンが革張りのソファに深く腰掛けたのを見て、俺も対面に座った。
メルディもちょこんと、祖父の隣に縮こまるように座る。
タイミングよく、メイドが湯気の立つ紅茶を運んできた。
「……そういえば、お嬢様は?」
姿が見えないので尋ねると、メイドは困ったように眉を下げた。
「セバス様から、現在進行形でお説教を受けております」
「……なるほど」
まだ絞られているのか。
まあ、仕えている貴族が「サーベイヤーについていく」なんて言い出せば、親代わりの執事としては卒倒ものだろう。こればかりは助け舟が出せない。
本当ならリシェルも同席したかっただろうが、仕方ないだろう。
「では、早速ですが……マルタン師は、主にどのルートの開拓を?」
俺は単刀直入に切り出した。
マルタンは紅茶を一口啜り、髭を撫でながら答える。
「儂は主に『空』を専門にしております。……ご存知かもしれませんが、アストリア家は代々『星見』の家系ですからな」
「星見、ですか」
「ええ。天体を観測し、空への道を探る。ゆえに儂のような、空の地図を描く者が重用されているのですじゃ」
──たしかにその通りだ。
もし西の樹海や海のルートを専門にしているなら、内陸の都市ではなく、西の港町サポスなど西岸の都市を拠点にするだろうしな。
ここに居を構えていること自体が、彼の専門分野を裏付けている。
「現在は主に、幻の空中都市──『ラピュータ島』の発見を目的としておりますじゃ」
「ラピュータ島……?」
聞き慣れない名前に、俺は思わず眉をひそめた。
「とはいえ、儂はもう老いぼれですからの。もっぱら机上で計算を弄ぶばかり……いわば『空想の住人』ですな」
そう言って、マルタンは自嘲するように穏やかに笑った。
「……でもっ」
その言葉を遮るように、隣に縮こまっていた少女が身を乗り出した。
「おじいちゃんは、『アイオリア島ルート』の確立で功績を挙げた……ゴールドランクの測図師なんです」
祖父の過度な謙遜が気に食わなかったのか、名誉挽回とばかりに語気を強める。
分厚い眼鏡の奥の瞳は、少しだけ誇らしげに揺れていた。
「ゴールドランク……?」
「おや? ご存知ありませんか?」
キョトンとする俺を見て、マルタンが不思議そうに目を細める。
「ライセンスを授与された際、協会からランク制度の講習を受けませんでしたかな?」
「いや……。受付で書類と一緒に、投げつけられるように渡されただけですね」
正直に答えると、マルタンは一瞬だけ言葉を詰まらせ──深く、重い吐息を漏らした。
「……海上民差別、ですか」
静かな声音だったが、そこにははっきりとした嫌悪と、同業者としての憤りが滲んでいた。
「嘆かわしい……実に、実に、くだらぬことですな」
ウミビトをあえて「海上民」と呼ぶ人間は、概して俺たちに好意的だ。
当事者である俺からすれば、呼び方など些末な問題だが──それは相手の知性を測る、ひとつの判断基準にはなる。
どうやら、目の前の老人は善い人物のようだ。
「いや、功績で黙らせるだけです。気にしてません」
俺が肩をすくめて答えると、マルタンは──ほう、と嬉しそうに目を細めた。
どうやら、合格点を貰えたらしい。
「なるほど。カイ殿の話は、リシェル嬢様から何度か伺っておりますじゃ」
マルタンは穏やかな声で続けた。
「良き友人を持たれましたな。……私としても、嬉しく思います」
そこで一度言葉を切り、マルタンは居住まいを正した。
場の空気が、少しだけ重くなる。
「──実は、折り入ってお願いがございます」
彼は隣の孫娘に視線を落とした。
「もし、カイ殿が『空』へ向かわれるのであれば……このメルディを、連れて行ってはいただけませんかな」
「……彼女を?」
「ええ。古代語の知識や機械工学に関しては、今の儂と同等以上。それに──」
マルタンは誇らしげに、けれどさらりと物騒なことを付け加えた。
「『爆発物』の精製に関して言えば、この国随一の作り手です。岩盤の破壊から魔物の駆除まで、決して足手まといにはなりませぬ」
人は見かけによらないとは言うが、この大人しそうな少女が、国一番の火薬使いとは。
そして、マルタンは声を潜めた。
「……それに、孫を連れて行って欲しい理由は、もう一つあるのです」
老技師の瞳に、暗い影が落ちる。
「……この子の父親──私の息子は、数年前に空ルートの探索へ向かい、消息を絶ちました」
その言葉に、メルディがビクリと肩を震わせ、膝の上のスカートをぎゅっと握りしめる。
華奢な指先が白くなるほどに。
「息子を探していただきたいのです。……もし生きて会うのが叶わぬなら、せめて骨の一つ、遺品の一つでも、拾ってきてやってほしい」
マルタンは深く頭を下げた。
その言葉は、願いというより──悲痛な覚悟だった。
空中都市か。
エルゼの話といい、この依頼といい。
奇妙な縁が、俺の視線を上へと誘導している気がする。悪くない選択肢かもしれない。
「……検討しておきます」
俺は話題を切り替えるように問うた。
「ちなみに西の海の事情については知っていますか?」
マルタンは首を振った。
「専門外ゆえ、詳しくはありませんな。ですが、必要であれば──サポスにいる古い友人へ、紹介状を書きましょう」
「それは助かります」
西の情報と、空への切符。
話の流れは、少しずつだが──確実に、『空』へと向かい始めていた。




