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境界測図師のライセンス~差別されてきたウミビトですが、世界最難関ライセンスを獲得したので、種族も国境も関係なく旅をします。  作者: 謝命雲丹丸


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11話 東西南北、すべてバッドエンド

 応接室の扉を閉めると、エルゼが壁にもたれかかって待っていた。

 俺が出てきたのに気づき、バツが悪そうに身体を起こす。


「あー……その、すま──」


「いいよ、気にしてない」


 言い終わる前に、俺は手を振って彼女の声を遮った。

 エルゼは一瞬きょとんとしたが、すぐに視線を伏せた。


「……いや、それでもだ。つまらない真似をした。あたしは筋を通さないと気が済まないタチなんだ。ちゃんと謝らせてほしい」


「んー……じゃあさ、飯でも奢ってくれよ。この街に来たばかりで、安くて美味い店を知らないんだ」


 そろそろ昼時だ。腹も減ってきた。

 俺の提案に、エルゼが目をぱちくりさせる。


「あ、ああ。それくらいなら構わないが……いいのか?」


「十分だ」


 少し拍子抜けしたように、エルゼが肩の力を抜いた。

 根は真面目な奴なのかもしれない。


「ロイドも、ずっと立ちっぱなしで疲れただろ。悪かったな」


「いえいえ、普段から直立するのが仕事ですから」


 そう言ってロイドは爽やかに笑った。

 ──さすが本職の門番、妙に説得力がある。

 俺たちはギルドを出て、エルゼの案内で街へと繰り出した。


 去り際、受付のリナが満面の笑みで手を振っていたのが見えた。


        ◇


 しばらく歩き、大通りから一本入った路地へ。

 エルゼが、古いが小奇麗にしている店の前で足を止める。


「ここだ。安くて量は多い」


 彼女が扉に手をかけた、その時。


「おい、つけられてるぞ」


 肩の上のノアが、嘴を動かさずに低く告げた。


「……ああ、わかってる」


 気配は、ギルドを出た直後から感じていた。

 隠蔽の技術は皆無。素人だ。だが、執拗に一定の距離を保ってついてきている。


 俺は何気ない顔のまま店に入り、すぐさま入口脇の死角となる壁へ身を寄せた。


「カイ様? どうかしましたか?」


 急に立ち止まった俺に、ロイドとエルゼが怪訝そうな顔でこちらを見る。


「いや、先に席についていてくれ」


「は、はあ……」


 二人が奥へ進んだのを確認してから、俺は息を潜めた。

 

 カラン、コロン。

 

 間髪入れずにドアベルが鳴り、フードを目深に被った小柄な影が、そろりと店に入ってくる。

 キョロキョロと奥を探そうとした、その瞬間。

 俺は背後から忍び寄り、その手首をガシリと掴んだ。


「──っ!?」


「なにしてるんだい? こんなところで」


 掴まれた人物が、ぎくりと肩を震わせる。

 ふわりと、懐かしい甘い香りがした。

 どんなにボロを纏おうと、この香りは隠せない。


「リシェルお嬢様」


「……あちゃー」


 フードの下から聞こえたのは、「完全に見つかった」という間の抜けた声だった。


 観念したようにフードを外すと──そこには、安っぽい栗色のカツラを被った少女が、ばつの悪そうな顔で立っていた。


「……完璧な尾行だと思ったんだけどなぁ」


「匂いと気配でバレバレだ。ギルドの前からずっとついてきてただろ」


 俺が呆れて指摘すると、リシェルはカツラがズレたまま、てへへと誤魔化すように笑った。


 とりあえず席に着くよう、顎で促す。

 リシェルは小さくなったまま、俺の後ろをついてきた。


 席に着くと、ロイドがぎょっとして目を剥いた。


「リシェ……ッ!?」


 椅子をガタッと鳴らして立ち上がりかけ、ロイドが大声を上げそうになる。

 俺は瞬時に人差し指を立て、自分の唇に押し当てた。


「──シッ」


 鋭い視線を送ると、ロイドは慌てて口を両手で塞ぎ、音のない悲鳴を上げて座り直した。


「……知り合いかい?」


 その奇妙なやり取りを、エルゼが不思議そうに眺めている。

 栗色のカツラを被った少女を、値踏みするように見るエルゼ。

 だが、その目に驚きや畏怖の色はない。 


「ああ。ちょっとした腐れ縁でな」


 俺は適当に濁して、椅子を引いた。


「こいつの分は俺が出すから、相席してもいいか?」


「ああ、アタシは構わないが……」


 エルゼは肩をすくめ、メニューに視線を戻した。

 

 アストリア家の“姫”の顔までは、さすがに知らないらしい。

 どうやら、この安っぽいカツラの変装も、それなりに効果は出ているようだ。


 初めての店だから、ひとまずエルゼのおすすめを人数分注文した。

 待つ間、エルゼがコップの水を飲みながら切り出す。


「で、カイって言ったね。何か手伝えそうなことはあるかい?」


「そうだな……まずは仲間が必要だ。ただ、さっきパティック副支部長にも言われたが、サーベイヤーについて来るような物好きは少ないらしい」


「まぁ、そうだろうねぇ」


 エルゼが呆れたように笑う。

 隣のロイドと、向かいのリシェルも、もっともだと言わんばかりに深く頷いた。

 ……否定してほしいところだが、事実だから仕方ない。


「ちなみに、エルゼのクラン『紅蓮の探求者』は、何人くらいいるんだ?」


「純粋な冒険者としては三十人くらいかな。荷運びや補給部隊なんかの非戦闘員サポートも合わせると、八十人ってところか」


「八十人……結構な大所帯だな」


「ああ。基本は王都周辺を拠点に活動してるけどね。割りのいい依頼があれば王国中どこでもいくよ」


 話しているうちに、店主が熱々の鉄板を運んできて、卓に並べていく。

 ジュウジュウという音と共に、香ばしい肉とガーリックの匂いが立ち上った。

 大衆食堂らしい、食欲をそそる香りだ。


「……美味しそう」


 リシェルが小声で呟く。こういった料理を屋敷では食べたくても食べれないんだろう。


「ま、募集の難易度は、どこを目指すのかでも変わるだろうけどな」


 エルゼはフォークを手に取り、肉に突き刺しながら鋭い視線を向けた。


「例えば『北』だ。極寒の吹雪に、巨大な『氷牙竜フロストバーン』の縄張り。あんな所に行くのは自殺志願者だけさ。ただの白い墓場だよ」


 エルゼが辞めておけと首を振る。


「でも、北の氷河を超えた先から、古代文明の自動人形ゴーレムが流れてきたという話を聞いたことがありますが……」


 リシェルが何食わぬ顔で口を挟む。


「ふむ、北か……。古代の未知技術、手付かずの氷河……悪くないな」


「……おい」


 エルゼが、汚いものでも見るような目で俺を見る。エルゼは溜め息をつき、頭を振った。


「で、では、西はどうでしょうか?」


 ロイドが空気を変えようと尋ねる。

 だが、エルゼはさらに顔をしかめた。


「西? 『迷いの樹海』のことかい? あそこはもっと酷い」


「魔物が強いのか?」


「いや、環境さ。あそこの海に生えてる紅樹林マングローブは、生きてるんだよ」


「……生きている?」


「ああ。一晩寝て起きれば、木々が勝手に移動して、昨日までの道が消えている。おまけに磁場が狂ってて、コンパスもクルクル回るだけときた」


 エルゼは肩をすくめ、お手上げだというポーズをとる。


「現在地も分からず、帰る道も塞がれる。……西に行くって言うなら、ただの死にたがりだね」


「でも、その樹海を抜けた先には魔族の土地があり、『魔王』が治めていると聞きますわ」


 またもリシェルがサラリと言った。

 魔王。御伽噺や神話に出てくる存在だ。


「コンパスなんて、最初から頼りにするもんじゃないしな、魔王か……会ってみたいもんだ」


 エルゼは、本気で引いた顔をしていた。


「じゃ、じゃあ……東は?」


 ロイドが話題を変えようと頑張る。


「はぁ……。東は『粘液の海(スライム・オーシャン)』だよ」


 エルゼはげんなりした様子で、フォークの先を東の方角へ向けた。


「あそこは風が吹かない。海面がドロドロの粘液と藻で覆われていて、船が入れば二度と動けなくなる。そこを狙って、船体すら食い破る『鉄喰い蟲』の群れや、巨大なアメンボのような魔物が襲ってくるんだ」


「船上で身動きが取れないまま、船底から無数の蟲に齧りつかれて沈む……。ある意味、一番嫌な死に方だね」


「でも、その先には、エルフの都があり、不老不死の霊薬(エリクサー)の原料となる『幻の黄金花』が咲き乱れていると言いますわ」


 リシェルが目を輝かせて補足する。


「特殊な粘度の海水に、船を襲う水棲昆虫か……。船底の強化と、酸への耐性が必要だな」


 俺が頷くと、エルゼはこめかみを押さえた。

 もうツッコむ気力も失せているらしい。


「……では、最後。南はどうでしょうか?」


 ロイドが縋るように聞く。

 だが、南の海については俺も詳しい。何せ、俺の生まれ故郷であり、庭のような場所だ。


「南の海は、あんたらの知ってる海とは『縮尺』が違うのさ」


 エルゼはコップの水を一気に煽った。


「沿岸部はいい。だが、沖に出れば──島一つを丸呑みにするような『巨海獣リヴァイアサン』がうようよ泳いでる。ガレオン船なんて、奴らにとっちゃ木の葉と同じさ」


「それに、運良く怪物から逃れられても、今度は『人魚セイレーン』が現れる。彼女たちの歌声を聞いた船乗りは、全員海へ飛び込んで二度と帰ってこない。……まさに、海の地獄だね」


「でも、その巨海獣たちが守る海域の底には、海没した古代都市アトランティアが眠っているという伝説があります。人魚たちは、その都の守り人だとか……」


 リシェルがうっとりと呟く。


(……アトランティア、か)


 俺は腰のワイヤーランチャーを指先で愛おしむように撫でた。

 リシェルの話は、あながち御伽噺でもない。

 実際、俺がこの若さでサーベイヤー試験に合格できたのは、あの海域の海底遺跡から回収した『遺物オーパーツ』のおかげだ。


 このワイヤーランチャー然り、海中で呼吸を可能にするブレスレット然り。

 俺が隠し持っているいくつかの切り札は、その「伝説の都」の残骸から拾い上げたものなのだから。


「北は竜、西は迷宮、東は蟲、南は怪物……。どの方角に行っても地獄。人類の生存圏は四方すべてが行き止まり」


 彼女は呆れ果てたように両手を広げ、結論づけた。


「結局、どっちを向いても、あんたたちサーベイヤーは自殺志願者ってことさ」

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