第二章:血の雨 2-3
・・・あの日、僕は妻と一緒に買い物に出かけたんだ。しかし今となっては後悔しかない。どうしてあの日。どうしてあの時間。あの時絶対に必要な物だったわけじゃない。
大通りを歩いている最中、人混みから悲鳴が聞こえたのをうっすら覚えている。その先のことは覚えていない。いや、思い出せないんだ。あの日の事を忘れようと自ら記憶に蓋をしたんだ。
逃げ惑う人々、こちらへ向かって来る男、振り下ろされる凶刃、鮮血に倒れる人。
日常からおよそかけ離れた光景の中で、今もこの手に残るのは温度を失っていくあの手の感触だ。周囲の喧騒が消えた真っ赤な世界で、ただこれだけが僕に遺された。
僕があの日あの時、買い物に誘ったばかりに、妻はあの惨劇の犠牲者になってしまった。
あの日以降、僕の生活は一変した。
どこか現実では無いような浮遊感。仕事も手につかず、ミスも増えた。
周囲の憐れむような視線に耐えかねて、仕事を辞めた。
「知り合いが誰もいないところに行こう」
その一心で縁もゆかりもない地へ引っ越した。
事件の『残響』が、聞こえない地へと。
……そう、強く願ったはずなのに。もう過去には蓋をしたはずなのに。
僕の手元には今、裁判所からの通知が届いている。




