第五章:正義とは 5-5
・・・真夜中のサーバー室。唸る冷却ファンの音だけが、耳を劈く。
私は目の前のトラフィック・モニターから、一時も目を離せずにいた。数時間続いた狂騒。
『SHITOU-LIVE-03』の帯域幅は、全トラフィックの半分以上を占めていた。最終的に一千万を超えた視聴者数が、数分おきに発生する「投げ銭」のログを生み出し、その金が、遺族を救うという大義名分のもと、サーバーを灼熱させていた。
「加藤幸雄」という、かつて私が確保した殺人犯が、今、このサーバーの向こう側で、生きた金を生み出している。
そして、そのトラフィック・モニターに、異変が起こった。
配信開始以来、常に高い数値を維持していた『SHITOU-LIVE-03』のグラフが、突如としてゼロに向かって急降下を始めた。視聴者数が一気に減り、投げ銭のログは途絶える。
「……終わった」
背後で、別の担当者が声を漏らした。 試合の終了ではない。配信そのものの、強制的な切断だ。それはつまり、リング上で「死亡」という勝敗が決したことを意味する。それも、流せないような凄惨な結末を。
トラフィックは一瞬で静まり返り、サーバー全体の負荷が一気に軽くなった。冷却音までもが静まり、まるで大きな獣が絶命したかのような静寂だった。
私は、マウスを握る手に力を込めた。 結局、私は何もできなかった。正義から逃げ、ただこの狂気のシステムを維持し、安定稼働させただけだ。私は、自分で逮捕した男の命が、この国と狂気が生み出したデータの残骸となるのを、見送った。
だが、その時、画面の隅にあるニュースフィードに、速報が流れた。
『死闘刑・三戦目、加藤幸雄、死亡。補償金は過去最高額に』
ニュースフィードを見て、私の唇から言葉が漏れた。「加藤、お前まで……。」 彼の絶命は、私にとって「システム上の完了」を意味した。
だが、モニターから目を離した瞬間、私の目の前には、あの日の血の海と、吉川さんの泣き崩れる姿が鮮明に蘇った。
加藤の死は、吉川さんの生活費を稼ぐ「金のなる木」の枯死だ。
そして、あの忌まわしい事件の当事者は、これで誰も幸せにならない結末を迎えた。
この、正義のかけらもない結末のために、私は警察官を辞めたのか?
私の転職の理由であった「正義」は、このサーバー室の埃と、狂気のトラフィックの中に、完全に埋没して消滅したのだ。




