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審判はサブスクで  作者: 海浮蝉


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第四章:贖罪 4-4

・・・一戦目の後、俺は一週間ほど意識が定まらない日々を送っていた。

 独房の冷たいコンクリートの上で、ただ天井を睨み続けていた。食事も喉を通らない。あの日の感触、あの血の臭い、男の息が途切れる瞬間の、あの重さ。今も鮮明に残っている。生き残ったことへの安堵よりも、自分が再び人殺しになってしまったという深い自己嫌悪が、俺の全身を蝕んでいた。

 生きる。ただそれだけの本能で、俺は人を殺した。死刑囚とはいえ、紛れもない殺人だ。 結局、俺はあの日の通り魔事件の時と、何も変わっていない。

 そんな虚無の中にいるとき、遠くの独房から、看守たちの話し声が聞こえてきた。


「…あいつ、加藤。生き残るとはな」


「まさか勝つとはな。これで遺族も当面は安泰だ」


  「サブスクの加入者数と投げ銭の額が跳ね上がったらしいぞ。特にあの殺人鬼とのマッチングは話題になったからな。遺族の吉川って人も、そこそこまとまった金が入ったそうだ」


 看守の声は、無機質な鉄の扉をすり抜けて、俺の耳に届いた。 遺族。補償金。サブスク。投げ銭。

 俺の脳裏に、あの法律の概要が、ようやく現実味を帯びて蘇った。 俺たちが殺し合う映像を世間が金を出して消費し、その収益が、俺の事件の被害者遺族への補償金となる――。


 一戦目で俺が味わった血と嘔吐の絶望が、被害者遺族の生活を繋いでいる。

「……汚ねぇ」 誰にともなく、声が漏れた。

 俺が、無関係な人々の命と日常を奪った罪を償う方法は、死だと信じていた。それだけが、唯一の正義だと。 だが、この国は、俺に別の道を示した。 それは、「罪の対価としての死」ではなく、「罪の対価としての血の提供」だ。

 この金が、彼らの生活を支えている。 この金が、俺の命よりも価値があるものだと、法が証明している。


 死ねない……


 生き残るには、また誰かを殺さなければならない。 だが、俺が生き残って戦い、金を稼ぎ続ければ、遺族は安泰だ。 それは、俺がこの地獄で生き続けることによってのみ成立する、歪んだ贖罪ではないのか。

 背筋に、熱い電流が走った。虚無だった目に、初めて光が宿る。それは、恐怖とは違う、冷たく、硬い光だった。


「…次は、殺して稼ぐ番だ」


 その日から、俺は変わった。 壁にぶつかり、冷たい床を這い、身体を鍛え始めた。

 もう、「死にたくない」という本能ではない。 俺の命は、もう俺のものではない。 これは、遺族のための、血塗られた「仕事」だ。 この金網のリングが、俺の唯一の「贖罪の場」なのだと、自分に言い聞かせた。


 次の試合まで、残り三週間。 俺は、二度目の死闘に向けて、静かにその日を待ち始めた。

 もう、迷いはない。

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