第四章:贖罪 4-3
・・・制服に袖を通すのは、今日で最後だった。
窓の外は晴れ渡っている。季節外れの青空は、俺の腹の中に渦巻く、澱んだ葛藤を嘲笑っているようだった。 三か月前、あの法律が施行されて以来、署内の空気は確実に変わっていた。皆、表向きは職務を全うしようとしていたが、話題は常に「金網デスマッチ」のことだった。
「今回の勝者、加藤幸雄には、サブスク収益の一部に加えて、投げ銭の全額が補償金として回るんだろ?」
「ああ、あの通り魔事件の遺族は笑いが止まらねぇな。あいつが勝ち続ける限り、生活は安泰だ。」
そんな無責任で不謹慎な言葉が、当たり前に飛び込んでくる。
それは、俺が命を懸けて確保した、三人の命を奪った殺人犯だ。 死んで当然の人間だ。だから死刑になったんだ。だが、その死が、その生体ショーが、被害者遺族を潤すというこの構図は、あまりにも醜悪だった。罰としての死は、もっと無機質に齎されるべきだ。
「遺族補償が形骸化しているのも事実」
――法改正を推し進めた政治家たちは、そう言ってこの狂気を正当化した。
確かに、犯罪被害者と遺族が、加害者から賠償金を得ることは、この国では奇跡に近かった。実際に、事件によって地獄に落とされた被害者や遺族が、民事で賠償が確定したにも拘わらず、それが履行されないために地獄から抜け出せないことは現実として横たわっている。だが、その奇跡が、「人の命をエンタメの対価にする」という形で実現されていいはずがない。
私は、あの地獄を見た。 妻を失い、泣きくずれる吉川さんの姿を見た。 そして、あの犯人を制圧したとき、一瞬見た、彼の虚ろな目も覚えている。
自分の信じた正義は、どこにあった? この国は、被害者の救済という「善」の衣をまとい、国民に「死のエンターテイメント」を提供し、公認の悪を作り出した。
この法を守り、この国に奉仕することは、俺の正義に反する。
私は私の正義のため、偽りの正義の象徴を脱いだ。
これから転職するIT企業では、サーバーの保守管理をするらしい。人と関わることのない、無機質な仕事を選んだ。 無機質なシステムを相手にしていれば、「正義」が血の臭いを帯びることはないだろう。そう、願っていたんだ。




