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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

闇堕ちし魔王となった勇者と、幼馴染の少女の、とあるシアワセなお話

作者: 望月 或
掲載日:2025/11/09




 『魔王を倒しに行った勇者様が、激戦の末魔王を取り込もうとして己の身体に吸収したまでは良かったが、逆に魔王に取り込まれてしまった。勇者様の仲間達は、隙を見て命からがら逃げてきたそうだ――』



 それを両親から聞かされた時、私は目の前が真っ暗になり、膝の力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 両親が私に何かを言っているけれど、酷く遠い耳鳴りのようだ。



 彼が取り込まれて“魔王”になった……?

 強大な力を持ち、この世界を征服しようとしている魔王に、勇者である彼が負けた……?


 彼だってあんなに強かったのに……。



(そんなの……そんなの信じられない!!)



「うっ……く、うぅっ……」



 瞳から、涙が次々と溢れて止まらない。

 私の大切な幼馴染で、密かにずっと心に想っていた彼が、何故そんな事に……?




********



 

 私の名は、フィリーナ・ムーンシャドー。歳は十九だ。

 『コネット村』という辺境にある小さな村に住む、ただのしがない村人である。

 そんなただの田舎の村人な私が、何故勇者の彼と幼馴染なのかと言うと、六年前――私が十三歳、彼が十五歳の時に遡る。


 村の近くの森に食用キノコを採りに来ていた私は、ボロボロの服で血だらけになりうつ伏せで倒れている少年を発見したのだ。



「えっ!? だ……大丈夫っ!?」



 急いで駆け寄り、そっと彼の顔を横に向けると、口と鼻に手を当てる。

 息が微かに手のひらに掛かり、まだ生きている事を確認した私は、ホッと安堵の息をついた。


 けれど、この血の量……。恐らく油断は出来ない状態だろう。

 この森に魔物は出ない筈だし、一体誰がこんな……?


 辺りをキョロキョロと見回しても、誰もいない。この子一人だけなのだろうか。顔も身体も泥や血で酷く汚れてる。



(この子のお父さんやお母さんはどこに行ったの……? ――ううん、考えるのは後だ。とにかく一刻も早く村のお医者さまに診せなきゃ。この子の命が危ない……!)



 私は彼の上半身を持ち上げ、何とか自分の肩に乗せると、地面に落ちた下半身をズルズルと引き摺りながらも歩き出した。



(お、重たい……っ。背も高いから運び辛いしっ。でもそんな弱音吐いてる場合じゃない! 人の命が掛かってるんだから! こういう時こそ“火事場のクソ力”を発揮させるんだ!)



「く、うぅ……っ」

「――う、ん……?」



 私が力を込めて彼を引き摺ってると、顔のすぐ横で小さな低い呻き声が聞こえ、思わずビクリと身体を揺らしてしまった。

 彼が気が付いたのだ。



(そ、そうだよね……。唸りながら自分の身体をズリズリ引き摺られれば、気絶してても否応なく目を覚ましちゃうよね……)



「あ、その……起こしちゃってごめんなさい……。えっと、大丈夫……? 今お医者さまの所に連れて行くから、もう少しだけ我慢して……」

「……君は……?」



 問い掛けられ、反射的に彼の方を見る。すると、鼻と鼻がくっつくような至近距離で、バッチリと目が合ってしまった。

 透き通るような、とても綺麗な空色の二つの瞳が、私をジッと見つめている。

 ……顔と髪が土や泥や血で汚れてても分かる。



(この子、絶対美少年だ。格好良い部類に上位に入る人だ……)



「あっ……その、わっ、私、怪しい人じゃないよ。怪我して血が出てたから、お医者さまに診てもらおうと思って……。ゆ、誘拐犯じゃないよ。本当にただの平凡な村人で……」



 不意打ちで免疫のない美少年顔を視界に入れてしまって混乱した私は、急いで目を逸らしながらワタワタと言い訳をするけれど、すればするほど怪しい人になってる気がして……。



「……そ、その……」



 自分でもこれは駄目だと思い、シュンと下を向いて落ち込んでると、プッと吹き出す音が耳の近くで響いた。



「――あぁ、ゴメンね。君が怪しい子じゃないのは十分分かったよ。僕を担いで医者まで行こうとしてくれたんだよね? 重かっただろうに……ありがとう」

「えっ? う、ううん。まだお礼を言われる事してない。お医者さまにも連れて行けてないし……」

「いや、僕を助けようとしてくれたその気持ちで十分だよ。怪我は大した事ないんだ。その証拠にほら、ちゃんと立てる」



 私から離れて微笑みながら立ち上がった彼は、見上げなきゃいけないくらい身長が高かった。



(この子、年はいくつなんだろう? きっと私と同じくらいの年齢だと思うんだけど……)



「で、でも、実際血が出てるわけだし、お医者さまにはちゃんと診てもらおう……?」

「――あぁ……ふふっ。そうだね、分かったよ。じゃあお言葉に甘えようかな。その医者の家を教えてくれる?」

「う、うん。こっち」



 ――それが、私と彼との、初めての出会いだった。



 お医者さまに診てもらったところ、彼の言った通り怪我は大した事なく、軽い切り傷や打撲程度と聞いて安心した。

 身体や服に付いていた大量の血も、魔物を倒した時に返り血を浴びたんだろうってお医者さまが言っていた。



(今まで魔物が出た事がなかったあの森にも、ついに出るようになったんだ……。でも、あの子の周りには死んでる魔物なんていなかったよね? それに、あの返り血の量だとあちこちに血痕が飛び散ってそうだけど、それもなかったし……)



 不思議な点は多いけど、警戒するに越した事はないし、森に入る時は気を付けよう。

 それよりも大事な問題は、頭を打ったのか、彼の記憶が曖昧らしくて。

 名前は分かるけど、自分がどこで誰と住んでいたか分からないと言うので、記憶が戻るまでの間、彼は村長さんのお家に居候する事になった。



 彼はリーンヴァスト・サングリームと名乗った。年齢は十五歳らしい。私より二歳年上だ。

 お風呂に入ってサッパリした姿を見た時、更に美少年度が増していて、彼の周りがキラキラしてて直視出来なかった。

 サラサラの短く揃えた金髪に、澄んだ空色の瞳を持つ彼は、まさに絵本に出てくる王子様みたいだったからだ。


 “サングリーム”という姓は村人達全員が聞いた事がないらしく、そうなると大貴族や王族の関係者ではなく、下位の貴族か一般民だろうし、ここに住んでも問題はないだろうという結論に至った。

 私と年の近い子がこの村にはいなかったので、友達が出来る! という思いで嬉しくて仕方なく、美少年顔の事は頭の隅に追いやった。

 頻繁に彼のところに行っては遊びに誘ったり、年上な彼だけど色々とお節介を焼いてしまった。


 優しい彼は何も言わずに微笑んで付き合ってくれたけど、今にして思えばグイグイ来られて迷惑だったに違いない……。

 私の大好きなお月様のお話も、彼の耳にタコが出来るくらい聞かせてしまったし……。



「あの大きな満月にウサギ達が住んでいて、餅をせっせと突きながら僕達を見守ってくれてるって話でしょ? ツッコミどころ満載で、いつ聞いても面白いよね、その話……ふふっ」

「もう、バカにしてっ! ウサギ達はね、実はとっても偉くて、この国の王様よりすっごく偉くて、皆が悪い事が出来ないように、ジッと視線を逸らさずに見守ってるんだよ。だからリーンも悪い事出来ないからね?」

「ははっ。そうだね、気を付けるよ」



 いつも彼は面白半分で聞いてたから、嫌ではなかったと思いたい……。




********




 そんな穏やかで楽しい日々はあっという間に過ぎてゆき、それから四年後――今だと二年前の事。

 私が十七歳、彼が十九歳の時に、彼にとって大きな転機が訪れたのだ。

 この世界を征服しようとする魔王の動きが活発化し、魔物もそれに感化され数が増えてきて、各地で不穏な空気が漂い始めていた頃だった。


 私達が住んでいる王国の偉い人が、わざわざコネット村を尋ねてきたのだ。

 そして私と一緒にいた彼を見て、大きな溜め息を吐くと、深々と頭を下げてこう言った。



「こんな辺鄙な村にいたなんて……。目撃情報がなければ一生見つけられませんでした。――随分とお捜ししましたよ、“勇者”様」


 ――と。


 彼はそれに対し、何も言わず微笑を見せ、肩を竦めた。

 そんな彼を見て、私は彼が記憶を失ったという話は嘘だったという事に気付いたのだった。



 それから、彼との別れはあっという間だった。

 国の偉い人と一緒に行く彼を、私は泣きたいのを必死に我慢し、笑顔で見送った。

 彼に迷惑と心配を掛けたくなかったから。

 泣けば、優しい彼をきっと引き止めてしまう……。


 彼はそんな私にフッと微笑んで、



「またね、フィー」



 その一言だけ言い、私の頭を優しく撫でると、馬車に乗り込み村から出ていってしまった。



 その時私は、彼への恋心を自覚したのだった。

 “勇者”という雲の上の人になってしまった彼なのに、気付くのが遅過ぎた。



 ――いや、例え早く気付いたとしても、彼が最初から“勇者”である事は変わらない事実なんだから、結局は叶わぬ恋だったのだ……。




********




 もう彼とは会う事もない、この想いを諦めようと家や村のお手伝いを積極的にして日々を過ごしていたけれど、それから半年後に彼と再会する事になるとは思いもしなかった。



 勇者として仲間達と魔王を倒す旅に出た彼は、旅の途中で《瞬間移動魔法》を覚え、コネット村に来てくれたのだ。

 彼は、三人の仲間を連れていた。

 戦士の男性と、武闘家の男性、そして賢者の女性だ。


 その美しい女性の姿は見た事があった。

 金髪の長い髪と宝石のような緑色の瞳を持つ、この王国の第一王女だ。


 王女様は、終始彼の腕に自分の腕を絡ませて歩いていた。

 彼が私を王女様に紹介する時も離さずに――寧ろ見せつけるかのように、豊満な胸を彼の腕に押し付けて。

 私の心がチクリと鋭く痛んだけど、笑顔で対応した。


 きっと、この二人は恋人同士なんだろう。彼が王女様の腕をそのままにして、私を見てただ微笑しているのがその証拠だと思う。

 端から見れば二人共金髪の美男美女で、キラキラ輝いていてとてもお似合いだ。


 それに、“勇者”と“王女”なんて、物語によくある王道中の王道カップルじゃないか。



(――あぁ。私の『初恋』はこれで完璧に終わったんだ……)



 ……でも、彼の元気そうな姿を見れて良かった。

 彼は村長さんに会いに来たついでに、幼馴染である私のところにも寄ってくれたんだろう。


 心の片隅でも、一瞬でも私の事を思い出してくれたのなら、それで充分じゃないか。

 この心の痛みは、今はなかなか取れなくても、きっと時間が解決してくれるはずだ。



(私にもいつか素敵な人が現れるかな? 若い男性が少ないこの村にいたらそんな出会いはないだろうし、村を出て近くの町に住んで、そこで働こうかな。――うん、そうだ。そうしよう)



 そんな事をボンヤリ考えていると、彼の声が頭上から降ってきた。



「僕達、そろそろ行くよ。僕達の“理想郷”を作る為に頑張るから。近い内にまた来るよ。またね、フィー」

「えっ? あ――」



 私の返事も聞かず、彼と仲間達は《瞬間移動魔法》でいなくなってしまった。

 この村を出て町に住みたい事、彼に一番に話したかったのに。



(『近い内にまた来る』って言ってたから、その時に話そうかな。彼に何も言わずに村を出て私がいなかったら、優しい彼の事だもの、きっと少しでも心配しちゃうよね)



 両親に彼への言伝を頼んでもいいのだけど、この話は私から直接したい。

 彼と向き合って、ちゃんと『お別れ』が言いたいから――



 そしてその二週間後、彼は宣言通り再びコネット村にやってきた。

 最初は村長さんに挨拶し、次は私のところへ。


 相変わらず王女様は、しっかり彼と腕を組んで密着している。

 心做しかこちらを睨みつけているような感じがするけど、前よりは心の痛みはなくなった気がする。

 まだ笑顔がぎこちなくなってしまうのは許して欲しい。



(私には、『村を出て町で働きながら出会いを探す』という目標が出来たしね。私だってもう十七歳だもの、恋人の一人や二人くらいは欲しいんだから。――あ、流石に二人はいらないか)



 ――っと、一人ツッコミをしている場合じゃない。リーンにあの事を話さないと。



「あのね、リーン。聞いて欲しい事があるの。私、この村を――」

「ごめん、フィー。もう行かなきゃ。僕達の“理想郷”の為に。また近い内に来るから。その時まで、またね」

「えっ? ちょっ、リーン――」



 彼は私の言葉を遮って、《瞬間移動魔法》でパッといなくなってしまった。



「あ……」



 早く目標に向かって動き出したいのに。彼に言わない事には始まらないのに。


 彼が言う、自分達の“理想郷”は――きっと、魔王や魔物のいない平和な国を作る事だろう。



(彼はその為に寸暇を惜しんで頑張ってるんだから、引き留める事は出来ないよね。次来てくれた時に言おう)



 それから彼は、大体二週間に一度この村に来ては、村長さんの後に私に会いに来て、「また近い内に来るね」の一言を残し、私が喋る前にサッといなくなってしまう事が続き、なかなかこの村を出ていく話が出来ないでいた。



(王女様の、私を見る目が日に日に厳しくなっている気がする……。私、何かしたのかな? 全く身に覚えがないんだけどな……)



 そんなこんなで、彼とは顔を合わせるけど話が出来ないというすれ違いが続いたまま一年が過ぎ――




 冒頭の知らせを、両親から聞く事となったのだった。




********




 泣いている私に、父の衝撃的な言葉が耳に入ってきた。



「魔王に取り込まれた勇者様は、国王陛下に『“純潔の乙女”を自分に捧げろ。それを断るのであれば、この国を完膚無きまでに滅ぼす』と言っているんだ」

「……え? それって――」



 恐らくそれは、彼の恋人であり、この国の王女様の事を言っているのだろう。

 魔王に取り込まれても、王女様の事を忘れずに彼女を強く欲している……。


 あぁ、なんて深く純粋な“愛”なんだろう――


 王女様も彼の気持ちを理解して、彼のもとへ行くのだろう。

 もしかしたら、それで彼の正気が戻るかもしれない。


 お互いが強く想い合う“愛”の力で……。


 まさに王道中の王道の、最高の〈ハッピーエンド〉だ。

 分かってはいたけど、私が入る隙はどこにもない――



「……リーンは、王女様を待っているんだね……」

「それがね、王女様は他国の王子様との結婚が急遽決まったの。だから勇者様のもとへは行けないって」

「えっ!? そんな、どうしてっ!?」



(そんなの、リーンが可哀想過ぎるじゃない! 王女様もどうして結婚を断らなかったの!? リーンを愛していたんじゃないの!?)



「その代わり、と言っては何だが……。フィリーナ、落ち着いて聞いてくれ。王女様は、自分の代わりにフィリーナが勇者様のもとへ行って欲しいと仰っているそうだ」

「…………はあぁっ!?」



 私は、思わず我が耳を疑ってしまった。



「ど、どうして私なのっ!? 王女様と似ても似つかないこんな容姿じゃ、すぐに王女様じゃないって気付くに決まってるよ!」

「すまない……これは【王命】なんだ、フィリーナ。断れば、この村に未来はない。村人達の命もな……。父さん達を助けると思って、どうか行ってくれないか。いくら魔王に取り込まれた勇者様でも、幼馴染で仲の良かったお前に危害を加える事はしない筈だ」

「ごめんね、フィリーナ……。何も出来ないお母さん達を許して……」



 両親に泣きながら懇願され、村長さんから頭を何度も下げられ、私は彼のもとに行く事を決心した。

 両親や村を助ける為もあるけれど、私が彼に会いたい気持ちもあったのだ。


 彼を好きな気持ちは、時が経っても消えてくれなかったらしい……。



 魔王が住んでいたお城に彼はいるらしいけれど、ここからだとかなり遠い為、必然的に旅をする事になる。

 護衛は、魔王城への道筋を知っている、彼の仲間だった戦士と武闘家のお二人がしてくれるとの事だった。


 護衛も【王命】らしいけれど、彼らは嫌な顔をせずに私に付いてきてくれた。

 他愛のない会話をしたり、迷子にならないように手を繋いでくれたり、野宿の時、彼らの手伝いをすると頭を撫でてくれたりして、年の離れたお兄さんが二人出来たようで嬉しかった。


 そして、今日も日が暮れて野宿の準備を始め、今夜は綺麗な三日月だね、と三人で雑談を楽しんでいたところに、“彼”は突然現れた。



「やぁ。久し振りだね」

「っ!?」



 何もなかった空間に突如姿を見せ、優美に微笑んだ彼に、私達三人は固まる事しか出来なかった。


 彼の容姿は全く変わっていなかった。

 長身によく似合う黒のローブを身に纏い、薄暗い中でも分かる輝かしい金の髪。妖しいくらいに眉目秀麗な顔。


 そして――



(……あれ? リーンの瞳、空の色じゃない……?)



「彼女をここまで護衛してくれてありがとう。そしてさようなら、愚者ども」



 彼が微笑みながらそう言うと同時に、戦士と武闘家の二人の首が飛んだ。


 ――文字通り、飛んだのだ。


 両隣にいた二人の身体が、糸が切れた操り人形のようにドサリと倒れる。

 首から上は、何も付いていなかった。切断面から、赤黒いものがドクドクと流れ出ていく。



「ひっ……!?」



 何が起きたのか、サッパリ分からない。

 現実感が皆無で――



「ふふっ、やっぱり君が来てくれたね。()()()の事だから、君を指名すると思ってた。予想通り過ぎて笑いが込み上げてくるよ。でも今は感謝しなきゃね。こうしてまた君と会えたのだから。ね、フィー?」



 彼はいつの間にか私の目の前に来て、頬を優しく撫でていた。

 そろそろと彼の顔を見上げると、細めた瞳が黄昏色に妖しく煌めいていて……。



(リーンの目の色が……赤に変化してる……?)



 ううん、違う、違う。

 そんな……そんな事よりも――



「……リーン。どうして……ふたり、を――」

「どうしたの、フィー。そんなに震えて? ――あぁ……そんな小動物のような君が、とても愛しいよ……ふふっ」

「え……?」

「あぁそっか、この二人の事かな? 君は気付かなかったようだけど、彼らは下心丸出しの目で君を見てたんだよ。俺が君に会いに行く度、ずっとね。本当に不快で不快で堪らなかった。今すぐにでもその両目を握り潰してやりたかったけど、必死に我慢したよ」

「……え」

「君の頭や手を触るのだって許せないのに、このまま何度も野宿していたら、君がどうなっていたか。考えただけで虫酸が走る――いや、考えたくもないな。君を骨の髄まで味わえるのはこの世で唯一人、俺だけだから。死んで地獄に行くのが当然の奴等だ」



 ……目の前の“彼”は、一体何を言っているのだろうか。

 理解できない言葉だらけだ。

 本当に、私の知ってるリーンなのだろうか。


 ――ううん、リーンはこんなおかしな事は言わない。

 人をこんな簡単に殺したりなんてしない。


 やはり、魔王に取り込まれてしまった状態の彼なのだろうか――



「……あなたは……本当に、リーンなの……?」

「何を言ってるんだい? そうだよ、俺はリーン……君の幼馴染の、リーンヴァスト・サングリームだ。表向きは魔王に取り込まれた風に見せているけど、取り込んだのは俺の方だよ。魔王の力を全て吸収させてもらった。この世界で一番力を持っている者は、きっと俺だろうな」

「……え、あ……?」

「ふふ、混乱してるようだね。その戸惑った表情の君もすごく可愛い……堪らないな。俺の城へ連れて行ってあげる、フィー。そこでゆっくり説明してあげるよ。時間はたっぷりとあるからね」


 

 彼はそう言うと、私の身体をそっと抱き寄せ、《瞬間移動魔法》を使ったのだった。




********




 パチリと目を開けると、そこは豪勢な広い部屋の一室で。

 私は大きく立派なベッドの上にいて、彼が私の上に伸し掛かり、組み敷かれていた。



(えっ? 待って待って、何でこんな状況になってるの!? 理解が追い付かないっ!)



「り、リーン……?」

「あぁ、ようやく君を俺のものに出来る。この日をどんなに待ち望んだか……」


 美麗な顔に恍惚な表情を浮かばせた彼は、私の髪を撫でると、頭をゆっくりと下げてきた。



(えっ!? これって……口づけされるっ!?)



「だっ、駄目っ! 浮気は駄目だよ、リーンッ! あなたには王女様がいるのにっ!」



 私は驚き、思わず叫んでいた。

 その言葉に彼は動きを止め、首を傾げてキョトンとした顔で私を見てきた。



(あ……その表情、いつもの顔より幼くなって可愛い――って言ってる場合じゃない!)



「王女様、リーンがこんな事したらすごく悲しむよ? 二人は愛し合っているんでしょう? だから離れて、リーン」



 そう言って彼の下から抜け出そうとするけど、私を抑えてくる力を抜く気配が全くせず、上手くいかない。



「……くっ……ははっ、あはははっ!」



 やがて彼は、可笑しそうに笑い始めた。

 そんな声を立てて笑う彼に、私は戸惑いの目を向ける。



「り、リーン……?」

「やっぱり君もそう思っていたか。()()()と俺が恋仲だって。例え天地がひっくり返ってもそんな事はありえないよ。だって、俺はフィーと出会った時から君一筋なのに」

「えっ?」



(今の……聞き間違い……? “君一筋”? そんなの……有り得ない――)



「だから勇者として旅に出た後も、頻繁にコネット村を訪ねてたんだよ。君に会う為()()に。村長への挨拶はついでさ。あの女の腕組みを許してたのは、その時の君の反応がすごく可愛かったから。泣きそうになってて、でも無理して笑ってて。“嫉妬”、してくれてたんだろ? それが嬉しくて、君の表情が本当に可愛くて、その場で君を抱きしめたいのを必死で我慢してた。俺の忍耐力を褒めて欲しいよ」

「……?」



(えっと……ようするに、私の反応が見たくて、()()()王女様と腕組みをしていたって事?)



「あの女は、顔が良ければ誰だっていいんだ。俺にはバレてないって思ってるだろうけど、戦士と武闘家の二人とも関係を持っていた。俺は勿論あんな醜悪女、こっちから願い下げだ。気持ち悪過ぎて付き合うなんて想像もしたくない。だからわざと『“純潔の乙女”を捧げろ』って伝えたんだ。案の定、あの下劣女は他の王子と結婚するからって逃げた。“純潔”じゃないから、俺に殺されると思ったんだろうな。そして身代わりに、君を差し出した。俺が頻繁に君に会いに行ってたから、最後の腹いせとして考えたんだろう。『勇者に殺されればいい』って。あの女は俺が自分のものだと思ってたみたいだけど、実際は俺の掌で踊らされてるとも知らずに……あぁ、滑稽だな」

「…………」



 目を細め、クックッと意地悪く笑う目の前の彼は、本当に()()リーンなのだろうか。

 自分の呼び方も“僕”から“俺”に変わってるし、瞳の色も、澄んだ空色から黄昏の赤い色へと変化している。


 彼は魔王を取り込んだと言うけれど、やっぱり魔王の影響が出ている……?



「……リーン」

「ん、何だい? フィー?」



(……あぁ。この優しい瞳の光と返し方は、リーンそのものなのに……)



「どうして、そんなこと――」

「うん。それはね、君に分かって欲しくて」

「私に……?」


 彼は見惚れるほど美麗な微笑みを作り、私の耳元に口を寄せてきた。



「人間は、“どうしようもなく愚かで醜い生き物”だという事を。あの女やこの国の王もそうだけど、君の村の人達や両親だって、己の住む場所や命可愛さに君を犠牲にしただろう?」

「……っ。それは――」

「俺が君と初めて会った時に怪我してたのは、俺の命を狙う奴等と戦っていたからさ。『勇者はハリボテの正義を振りかざして自分達の悪事をバラす』って逆恨みしている悪党の輩がいてさ、そいつらに度々命を狙われてたんだよ。あの時は心底面倒になって遠くまで逃げて、そこで君と出会ったってわけさ」



(そんな大変な目に遭ってたんだ……)



 どんな顔をしていいか分からず下を向く私に、彼は口の端を上げると私の頬をそっと撫でた。



「ふふ、俺の為に落ち込んじゃったの? 可愛い、フィー。気にしなくていいよ、そんなの日常茶飯事だったから。――ねぇ、フィー。そんな奴等なんていらないだろ? 消しても構わない連中だろ? 俺は、君と俺······二人()()の“理想郷”を作りたいんだ。勇者なんて面倒だ、辞めてしまいたいって思ってたけど、君に出会って勇者で良かった、って初めて思ったよ。こうして“理想郷”作りに必要な魔王の力も取り込めたし、ね」

「っ!?」



(リーンの言う“理想郷”って、そういう意味だったの!?)



「俺はこの世界の空気を、君が吐く息の混じったもの()()にしたい。他の生き物どもの息が混じった空気なんて吸いたくないね。本当は俺の息も入れたくないんだけど……俺が生きている以上、仕方ないから妥協するよ。君を残して俺は絶対に死ねないからね。死ぬ時は一緒だ。勿論死んでからも一緒だけど。ね、フィー?」

「……っ」



 彼のその薄ら笑いと狂気じみた言葉に、ゾワゾワと背筋が寒くなるのを感じる。



「……それに……ねぇフィー。君、あの村を出て、町に行こうとしていただろう? 俺以外の男の出会いを求めて。いけないなぁ、俺がいるのに。だからずっと村に引き止めてたんだけどさ」

「え――」



(私の話を聞かなかったのも()()()だったって事……?)



「だ、だって、あの時はリーンと王女様が――」

「そうだね、俺が誤解させていたのも悪かったよ。でもあの時の君の顔は、どうしようもなく可愛かったんだ。そして今も、ね」



 そう言うと、彼は不意に私の唇に自分の唇を重ねてきた。

 突然の事に、私は拒む事も出来ずにそれを受け入れてしまう。

 暫く吐息を重ねられ、彼はふっと顔を離すと、その整った唇の端を大きく持ち上げた。



「……ふふっ、想像通り柔らかいね。勿論、これが君の初めての口づけなのも知ってるよ。あの村の中じゃ、今までそういう経験はした事なかっただろう? 君と出会ってからは、俺がずっと君を影から守ってたけど。だって君は俺だけのものだから。その体毛一本でさえも」

「り、リーン――」

「ねぇフィー、他の男に目移りなんてしないでくれよ。そうなったら、俺はすぐにその男を殺してしまうだろうからさ。苦痛を味わわせてバラバラにして、最後は燃やして、チリも残さないようにしてあげる」

「……っ」



 彼の言葉は本気だ。私には分かる。

 さっきから身体の震えが止まってくれない。



「ねぇ、フィー。俺達()()の理想郷を作ろう? 他の奴等は全て消してしまえばいい。君の両親や村の人達だって、自分可愛さに君を捨てたんだよ? そんな奴等、もういらないよね?」

「……駄目……それは駄目、リーン…っ」



 私は懸命に首を横に振る。



「ふぅん……。分かった、今は諦めるよ。時間はまだたっぷりあるからね……。今日はもう疲れただろう? 眠ってもいいよ。おやすみ、フィー」



 彼の変わらない優しい声音が、私の身体に染み込み、意識が急激に薄れていく。



「愛してるよ、フィー。君の全てを貪り尽くしたいほどに、ね――」




 彼の狂気に満ちた声を遠くに聞きながら、私は意識を手放したのだった――




********




 それから彼は、私の傍から少しでも離れる事をせず、夜は一晩中濃密な時間を過ごした。

 そして眠る直前に、彼は必ず「俺達の理想郷の為に、奴等を消していい?」と訊いてくる。

 私はその問いに、重たい瞼を閉じながら首を横に振って答えていた。



(それだけは絶対に駄目だ。彼を()()()魔王にさせるわけにはいかない……!)



 こんな非日常の狂っている状況なのに、私は彼の事が嫌いになれなかった。

 夜の時間と、あんな事を聞いてくる以外は、あの優しい『幼馴染のリーン』だから。



 どうして……どうして彼はああなってしまったのだろう。

 勇者として旅に出る前の彼は、とても優しく穏やかで、いつも微笑んでいて。

 人を殺すなんて、絶対に出来ない性格で。


 私……の所為なの? 彼が私を好きになってしまったから?

 彼の考える“理想郷”の為に、危険を顧みずに魔王の力をその身に取り込んでまで……。


 私が彼を狂わせてしまった……?



 私は……私はどうしたらいいんだろう――




********




「フィー、今日は綺麗な満月だよ。折角だし見に行こうか」

「えっ」



 薄いワンピース姿の私に、彼は《防寒魔法》を掛けると、私を抱き寄せ《瞬間移動魔法》を使った。


 瞼を開けると、目の前には大きな真ん丸お月様があって、私達を静かに見下ろしていた。

 私達は今、宙に浮いている状態だ。彼は高位魔法の《浮遊魔法》も使えるようだ。

 勿論私は空なんて飛べないので、彼の首に必死にしがみつくしか出来ない。


 と、突然彼が私の唇に自分の唇を重ねてきた。



「っ!?」

「……あぁ、ごめん、突然だったね。――ね、君の大好きなウサギ達が、お月様からこっちをジッと見てるよ。こんな目の前で、こんなコトをしている俺達の事、どう思っているのかな?」



 私は彼のその言葉に、ハッとしてお月様を見上げた。



『ウサギ達はね、実はとっても偉くて、この国の王様よりすっごく偉くて、皆が悪い事が出来ないように、ジッと視線を逸らさずに見守ってるんだよ』



 昔、彼に説明した自分の台詞が脳裏に甦ってくる。



「あ、あぁ……。お願い、見ないで……」

「見てるよ。俺達の事、ジーッとさ。もしかしたら、他にも俺達の事見ている奴等がいるかもしれないね? 夜の俺達の事も……。どうしようか、フィー?」



 私の耳元で低く囁きながら、彼は黄昏色の瞳をスッと細める。



 ――あぁ、見ないで。

 こんな淫らで穢れた私を見ないで……っ!



 見るんだったら消えてっ!!




「――いらないっ! 私とリーン以外、誰も……誰もいらないっ!!」




 その言葉が口から飛び出してまった後、私はしまった、と慌てて片手で口を塞ぐ。

 ――けれど、もう遅かった。


 目の前の彼の表情が、とても嬉しそうに、少年のような無邪気な笑顔に変わっていく。



「ははっ、そうだね、フィー。俺達以外、誰もいらないよね? じゃあ早速明日から始めよう。大丈夫、この世界の奴等を全員消すのにそんなに時間は掛からない。君が望むなら、この月も形も残さず壊してあげるから。あぁ……ようやく俺達の“理想郷”が作れるんだ。すごく、すごく嬉しいよ。その“理想郷”で、俺達ずっと一緒に、二人で永遠に暮らそうね」



 …………。


 ……。



 ……あぁ……。

 リーン、とってもとっても嬉しそう。良かった……。


 リーンが嬉しいなら、私も嬉しい。



 嬉しいよ……。



「ね、フィー。フィーも俺の事愛してるだろ?」

「……うん。愛してる……リーン」

「……ふ……は、ははっ。嬉しいな……フィーから初めて告白された。今夜は嬉しい事続きだ。明日からの“理想郷”作りがはかどるな。――愛してるよ、フィー。狂おしいほどに」

「……うん。嬉しい、リーン……」



 黄金色に輝くお月様の下で、私達は再び唇を重ねる。




 あぁ……。

 お月様が私達を見ている。





 欲と狂気に塗れた私達を、ただ静かに、ただじっと見つめている――









Fin.








全ては彼の掌の上。

メリバ好きな方に少しでも楽しんで頂けたのなら幸せです。

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ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。


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