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花咲き香る夜にあなたと 【魔法使いルナウの結婚相談所】  作者: 寄賀あける
賢者は空を見る

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 その日、いつものようにナッシシムがフルムーンに行くとすでに開店準備は終わったようで、階段下には看板が置かれ、ウッドデッキのテーブルには赤いゼラニウムが飾られている。


 店内のテーブルを飾るのは細い枝に咲く小さな、薄紅を帯びた白い花。やはり小さな丸い葉っぱも可愛らしい。だけどルナウはどこ? 庭かしら? 庭のほうを見るとテラス窓が開け放たれていて、やっぱりそうね、とナッシシムは窓辺に立った。


「おはよう、ルナウ」

緑色の(つる)を見ていたルナウが振り向いて、ニッコリ笑う。

「おはよう、ナッシシムさん――アッリリユさんの結婚式に使うスイートピーが蕾を付けましたよ」

「スイートピー?」

「はい、お二人の前に花を撒きます」

「お花を撒くんだ?」


「えぇ……スイートピーは飛び立つ蝶のような形をしていて、花言葉には『蝶のように飛翔する』や『門出』があります。結婚式にピッタリでしょ?」

「素敵ね、ルナウ。それにしてもお花に詳しいのね」

それには答えず微笑むだけのルナウ、ゆっくりとした足取りで店内に戻ってくる。


「ウッドデッキのテーブルに花が飾ってあったわ――ひょっとしてハーバデシラムさんの予約が入ったの?」

「目ざといですね。昨夜、連絡がありました」


「おかげで看板を読むのを忘れたわ。今日のメニューはなぁに?」

「レモンバーム・ラベンダー・オレンジブロッサム・紅茶、それらのブレンド、お好みでお付けするのはいつも通り。サービスのお菓子は干しリンゴの砂糖漬けです」


「あら、作り置き? 珍しいのね」

「はい、今朝は寝坊しました」

「魔法使いでも寝坊するのね」

「たまにはね」

二人でクスクスと笑う。


 そう言えば、とナッシシムがルナウに問う。

「ウッドデッキのテーブルの花はゼラニウム。店内の、あの可愛いお花は?」

「はい、赤いゼラニウム、花言葉は『あなたがいて幸せ』、店内の花はきっとナッシシムさんも好きだと思います」


「わたしも好きな花?」

「花より果実でしょうか。コケモモです。実を取るため庭に植えています」


「コケモモ! コケモモのジャム、大好き! あんな可愛い花なのね。でも、花を取ったら実がならないわ」

「はい、なぜか今年は一部分だけ先に花が咲いてしまいました。一斉に実をつけさせるため、先に咲いた花は取ってしまいました」


「いろいろあるのね」

「はい、花の咲き方も、人生と同じでいろいろです。株ごとに、枝ごとに、蕾ごとに違うものです」

「ルナウさんが賢いフリしてる」

()()だとバレましたか?」

そう言いながらルナウが入り口へと視線を移す。同時にナッシシムの耳がピクリと動いた。

「ハーバデシラムさん、来たみたいね」


 ルナウが店から出て行き、前回と同じようにハーバデシラムを迎える。ナッシシムはその様子をドアを開けたまま見ていてハーバデシラムに気付かれてしまった。


「これは……可愛らしいお嬢さんだ」

目を細めてハーバデシラムが呟く。ちらりと振り返りナッシシムを見てからルナウが言う。

「まだほんの子どもです――ただいまお茶をお持ちしますので、お待ちください」

残念そうなハーバデシラムを置いてルナウは店内に戻った。


「可愛らしいお嬢さんって言われちゃった」

浮かれるナッシシムにルナウは冷たい。

温和(おとな)しくしていると約束したはずです。これ以上、顔を見せてはいけません」

「ルナウのケチ」


 ルナウは怒っているようだ。干しリンゴの砂糖漬けを一つ乗せた菓子皿と、リクエストも聞かないで勝手に淹れたお茶をナッシシムの前に置くと、干しリンゴを二つ乗せた菓子皿とお茶のセットを二人分乗せたトレイを手にする。


「あれ、ルナウ。菓子皿、間違えてない?」

「間違えていませんよ」

ナッシシムを見もしないでルナウはウッドデッキに行ってしまった。


 なんでルナウはあんなに怒っているのかしら? 気になるナッシシムだが、考えたって判りっこない。それよりもハーバデシラムの話が聞きたい。こっそり窓辺に貼り付いて、ナッシシムは聞き耳を立てた。


 微かにカチャカチャとお茶をサービスする音が聞こえ、それがやむとルナウの声が聞こえた。


「結婚生活をどう過ごすか、考えましたか?」

いつも通り、穏やかなルナウの声だ。

「約束だからな、書き出してきた」

「拝見いたしましょう」


 暫くカチッとカップがソーサーに置かれる音しかしなくなる。ハーバデシラムがお茶を(たしな)む音だ。ルナウはハーバデシラムに渡された羊皮紙を熱心に読んでいる。


「要するに――」

読み終えたルナウがハーバデシラムに視線を戻して言った。


「昼だろうが夜だろうが、眠りたくなれば眠り、起きたくなったら起きる。食事も同じように食べたくなれば食べたいだけ食べる。基本的には森の中で集めた食材を使った簡単なもの。時どき気が向けばパンを焼く」

「ふむ、何か問題でも?」


「いいえ、確認しているだけです――夜も昼も空を見ていたい」

「空を見れば、世のほとんどが判る」

「ケンタウロス族の皆さんの特性と承知してますよ――しかし困りましたね」

「困った?」


「ハーバデシラムさんが望む生活、これはケンタウロス族の生活そのものではありませんか?」

「ケンタウロスの俺がケンタウロスの生活を送って何が悪い?」


「悪くなどありません。でもハーバデシラムさんは人族や小型の獣人族との結婚を希望されています」

「うん、それが?」


「ケンタウロス族の生活に馴染めるお相手はいません」

「うっ……本当にそうだろうか?」


「一日中、空を見ているだけなんて、人族には耐えられません」

「別に好きにしていてくれていい。一緒に空を見上げたいわけじゃない」

「本当にそうですか?」

「そ、そりゃあ、同じことを一緒にしてくれれば嬉しいだろう。だが強要したりしない」


「なるほど……結婚後の生活はなんとなく判りました。ところで、お相手に望むことは既に聞いています。いつでも優しい微笑みを向けてくれる美しい人、これで間違いないですね?」

「うん、それで見つかったのか? さっきいた猫族の娘がそうか?」


 身を乗り出すようなハーバデシラムにルナウが苦笑し、聞き耳を立てていたナッシシムが息を飲む。


「そんなに慌ててはダメですよ――まだ聞きたいことがあるのです。欲しいものは判りました。では、ハーバデシラムさん、あなたは相手のかたに何を与えてあげられますか?」

「えっ? 俺が相手に与えるもの?」

「はい、美しく、優しい微笑みを与えてくれる相手に、あなたは何をあげますか?」


「え、いや、それは……そうだな、美味しいものを手に入れたら、必ず相手に持って行こう。珍しい物、美しい物、そんな物も持っていく。相手が欲しいと言えば、どんな遠くへでも探しに行って手に入れ、その人のもとへ運ぼう」


「なるほど……それがハーバデシラムさんの()なのですね」

「愛?」


「はい、ハーバデシラムさんの愛情表現の方法だと言ったのです」

「あ、愛情表現……そうなのだろうか? いや、そもそも愛とはなんだ?」


「ハーバデシラムさん、賢者であるあなたに判らないものが、わたしに判るはずもありません――愛とはなんでしょう?」

「愛……心に潜み、心に背く。春の夜明けのように朧気(おぼろげ)。形があるようでない――あっ!」


 人族のように話そうとしていたハーバデシラムの言葉が、ケンタウロスのもの、つまり地に戻ってしまう。動揺するハーバデシラムにルナウが優しい微笑みを向けた。


「賢者にも恋心は判りかねるもののようです――ね、ハーバデシラムさん」

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