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花咲き香る夜にあなたと 【魔法使いルナウの結婚相談所】  作者: 寄賀あける
春は微笑まない

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31/69

 広場いっぱいに立ち並ぶ屋台、それを目当ての大勢の人……青空市(あおぞらいち)は大賑わいだった。充分過ぎる間隔を取って屋台が建ててあるのは、隣で売り買いする声に干渉されないためだろう。


 音楽が奏でられ、楽しそうに踊っている人もいる。みんなが笑いさざめいている中を、ナッシシムとダチューレが通り過ぎていく。すると途端にそこだけシーーンと静まり返った。


『ミュレイさんじゃない?』

『いや、だって、眠り続けているんでしょ?』

『ミュレイさんならルナウが一緒にいないはずがないよ』

『あとから来るんじゃないかな?』

『病気は治ったのかね?』

『いいや、ミュレイさんはもっと、こうなんて言うか、(はかな)げで優しい感じの人だった。別人じゃないか?』

村人たちがこそこそと(ささや)き合っている。


 その囁きが聞こえているのかいないのか、ダチューレは誰かれ構わず目が合えばニッコリと微笑みかける。男のほとんどがポッと頬を染めるが、女の大半はツンと顔を(そむ)けた。ダチューレは男の反応よりも女の反感のほうが嬉しいようだ。さらにニンマリと笑う。


 ここでもやっぱり()(たま)れないナッシシム、屋台のひとつにヴェリスウェアを見付けてホッとする。


 ヴェリスウェアはナッシシムの姉アッリリユの夫ジョロバンの従妹(いとこ)、今ではナッシシムの親友だ。魚屋の娘で、今日は自分の家の屋台を手伝っている。商品は魚革の財布だ。



「遅かったじゃない、ナッシシム」

微笑むヴェリスウェア、が、その笑顔がナッシシムの後ろに立つダチューレを見て(こわ)()った。見た目は同じだが、その雰囲気がガラッと違う。優しかったミュレイ、でも今日のミュレイはどことなく怖い。眠っている間に変わったのかしら?


「ミュレイさん? お目覚めになったの?」

「違うのよ、ヴェリス。この人はミュレイさんのお姉さんでダチューレさん」

あっと息を飲んだヴェリスウェア、『姉妹揃って美人だなんて羨ましいわ』と愛想笑いを浮かべて取り繕った。


「この村の人はみんな、ミュレイが眠り病だってご存知なのね」

どことなく嬉しそうなダチューレ、ナッシシムが、

「それじゃ、アッリリユたちと交替しに行くわ」

余計なことを言われる前に、さっさとこの場を離れようとする。ホッとしている場合じゃなかった。


「うん、判った。こっちはもうそろそろ売り切りそうなの。終わったらそっちの屋台に行くわ――『ごちそう』の出品はオジヤよ。美味しいってみんな言ってる。取り置きを頼んでおいたわ、一緒に食べようね」

「うん、ありがとう、あとでね」


 わたしもオジヤが食べたいわ、呟くダチューレの手を引いて、逃げるように姉たちの屋台へと急ぐナッシシムだ。


 ナッシシムを見るとニッコリしたものの、ダチューレがいるのを見て少しイヤそうな顔をするアッリリユ、その女は誰よ? と言いたそうだ。アッリリユはミュレイを知らないのだから無理もない。


 ほかの村人同様に驚いたのはジョロバンだ。アッリリユの後ろで在庫を確認していたが、ダチューレを見るなり吹っ飛んできた。

「ミュレイさん! 元気になられたんですね!?」

ダチューレの手を握り、涙を滲ませる。


「ルナウは? 大喜びでしょう!? ずっと、ずぅーーと、あなたを大切に看病してきたんですよ!」

「んふ……わたしはミュレイの姉のダチューレよ」

「えっ?」


 自分より背の高いダチューレを仰ぐように見詰め、ジョロバンがハッとする。獣人猫族のジョロバン、たちまち顔と耳の内側を真っ赤にし、すぐさま今度は真っ青になって手を放す。

「す、すいません! てっきりミュレイさんかと……」


 ジョロバンが真っ赤になったのはダチューレが妖艶な笑みを見せたから、真っ青になったのは背後でアッリリユが爪を立てる気配を感じたからだ。アッリリユも獣人猫族、怒るとつい爪を立ててしまう。そしてジョロバンが真っ赤になった理由に気が付いている。それ以前に知らない女を見て喜んだのにも納得していない。ジョロバンの背筋が冷えていく。


 慌てたナッシシムが

「ミュレイさんってルナウの奥さんよ」

と叫ぶように言うと少しはアッリリユも、ジョロバンがダチューレに駆け寄ったことに納得したようだが、『普通、見間違える?』とぶつくさ(・・・・)言った。


 これ以上何か起きないうちにと、

「ダチューレさんがルナウの代わりに手伝ってくれることになったの――二人は休憩に行って。『ごちそう』のオジヤが美味しいってヴェリスが言ってたわ」

「レーンバスの料理はどれも美味しいよね――行くわよ、ジョロバン」

ナッシシムには笑顔を向け、ジョロバンには冷たい視線のアッリリユ、今すぐに二人きりになるのは避けたいジョロバンが、そんなアッリリユに引っ張られて人ごみに消えた。


 ダチューレが売り場に立つと次々にお客がやってきた。

「へぇ……ミュレイさんのお姉さんなんだ?」


 ハンカチや手提げなど、普段は買いそうにない男の客が多い。ダチューレ目当てだ。最初のうちこそ遠慮もあってナッシシムにしか話しかけなかったが、広場中に『ナッシシムが連れてきたのはミュレイさんの姉さんだって』と噂が伝われば、ダチューレ本人に接客を願う者も出てきた。気が付くとジョロバンの店の前には男どもの長蛇の列、あとから広場にやってきた事情を知らない村人が『何事(なにごと)?』と立ち止まる。


 傍にいた誰か、大抵はダチューレを快く思ってない女が、そんな村人に親切を装って説明する。

『ミュレイさんの姉さんが来てるんだって……見た目はミュレイさんそっくり。でもきっと、性格は全く違う』

『ミュレイさんにそっくりなら美人だね。それで男どもが(たか)っているのか……どんな性格の人なんだい?』

『そんなの知らないよ、一言も話しちゃいない。でもあの女は……ミュレイさんと違って、きっと底意地が悪い。ニッコリ笑っているクセに、目がちっとも笑っちゃいない』


 そんなわけで用意した商品はあっという間に売り切れてしまう。完売の札を掛けたあとにやってきた常連のお客相手に、平謝りのナッシシムだ。


 売り物が無くなれば長蛇の列も消えたけれど、遠巻きに数人の男たちがダチューレの様子を(うかが)っている。目が合うと誰にでも微笑むダチューレ、男たちはきっとドキドキしていることだろう。


 やっぱり()(たま)れないナッシシムが屋台に幕を下ろし、見えないようにしてしまった。

「あら、こんなことができたのね?」

ダチューレがクスッと笑う。雨が降った時、(ひも)で引っ張って雨よけにするための幕だった。


「せっかくわたしを見に来てくれているのに気の毒ね」

面白そうに言うダチューレ、

「そう言えば、話があったんじゃなかったんですか?」

ルナウの店で店番を手伝うと言い出した時のダチューレをナッシシムが思い出す。


 ダチューレの話など聞きたくないが、広場を見て回りたいと言われるよりはマシだ。オジヤが食べたいとも言っていた。我慢するのは自分だけでいい、二人きりで話す分には被害は他に及ばない。あらっ、被害って? そうか、この人は他人を不愉快にさせる天才なんだ……


 そんなナッシシムに

「そうね」

とダチューレが嬉しそうに笑む。獲物を前にして舌舐めずりしているみたいだ。


「どうせならお嬢ちゃん、ルナウの話が聞きたいでしょ?」

「いえ、ルナウの話じゃなくてもいいです」

「それじゃあミュレイの話にする?」

「わたし、ミュレイさんのこと、よく知らないので話されても困ります」

「それじゃ、ルナウとミュレイの話にしましょう」

「なんでそうなるの?」


「あら、可怪(おか)しなお嬢ちゃん。あなたとわたしの共通の知り合いはルナウとミュレイしかいないのよ? どっちかの話がイヤなら、二人の話をするしかないじゃないの」

クスクス笑うダチューレ、わざわざ訊いたのはイヤがっていることを確認するためだったんだわ、とナッシシムが溜息を吐く。そう言えばお嬢さん(・・)からお嬢ちゃん(・・・)に格下げだ。何か意味があるのかしら?


 ニヤッと笑ってダチューレが話し始めた。

「わたしがルナウに初めて会ったのはもうすぐ春になる頃。()け切っていない雪の上にルナウったら寝転んでいたのよ。ルナウの銀色の(くせ)っ毛が雪に混じりあってキラキラ綺麗だった。あの頃は髪を長くしてたわね」

「髪、今は短いですよね。クルクル丸まってて可愛いわ……ルナウはなんで寝転んでいたの?」


「そんなの()い~らない。あんな変人、理解したいとも思わない――寝ころんだままで、目の前の雪を少し手に(すく)って見てたわ。手の中の雪はあっという間に融けちゃう。するとまた雪を掬って眺める……すぐにわたしに気が付いたけど、チラリと見ただけで完全無視。雪を見続けているだけ。『こんにちは』って声を掛けたのに返事もなかった」


 好きなのに理解したくないのね。そう思ってナッシシムが肝心なことに気付く。この人、ルナウの事なんか始めから好きじゃないんだわ……


「こんな男、初めてだった。わたしを見ればみんな頬を染めるのに、何度会いに行っても無表情……美醜の感覚が奇怪(おか)しいのかしら? 春になってそれが正解だと判ったわ。ルナウは花に興味を持つことがなかったの」


 花の魔法が得意なのに? あれ、待てよ?……ナッシシムが『ルナウは月と花の魔法が得意』って言った時、ダチューレは『なんで花の魔法が使えるんだか!』と怒りを見せた。きっとこれが原因だ。


「だからミュレイに頼んだのよ。素敵な人を見付けた。でも美しさってものが判っていない。教えてあげてくれない?……優しいミュレイ、美しさが判らない人生は寂しいわ、ってすぐ引き受けてくれた。栗の花が咲くころよ」


 あっとナッシシムが思う。いつかルナウが話してくれた初恋、相手はミュレイさんなんだ……


「でもミュレイの事もルナウはまるで無視。ミュレイは『時間が掛かりそう。だけど、なんとかするわ』って言った。わたしはその言葉を信じたのよ――次に様子を見に行ったのは秋の終わり……」


 (にわ)かにダチューレの形相が変わる。ギラギラと燃えるような瞳、怒りを滲ませている。


「そしたら何? ミュレイがルナウの口元に栗を差し出した。ルナウが微笑んでその栗を食べ、自分もミュレイに栗を食べさせた。そのあと二人は抱き合ってキスしたのよ!? わたしが見ていることに気づきもしないで」


 ダチューレがナッシシムを睨みつける。その顔に笑みなんか一欠片(ひとかけら)もない。


「わたしを完全に無視したくせになんでミュレイと? ミュレイだって許せない。なんでルナウなんかと? お母さまからきつく、男なんか好きになるなって言われてたのに」


 低く響くダチューレの声、怒鳴り声でないのが却って怖い。睨みつけられたナッシシムが震えあがって縮こまる。それにしても……


『男なんか好きになるな』って、なんで姉妹の母親はそんな事を言ったんだろう?

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