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どんなお相手をお望みですか? ルナウの質問に『なにしろ美しいこと。それ以外に望むことはない』、ハーバデシラムはそう答えた。
ルナウはメモを取りながら、さらに訊いた。
「美しいと言っても色々あると思いますが、具体的なご希望はありますか?」
これにはハーバデシラムもどう答えたものか迷ったようで、少し間があく。
「ふむ……優しく微笑む人形のような? できれば人族がいい」
「人族のお嬢さんをお望みですか?」
「うん、ケンタウレでなければ、人族でなくてもいい。でもエルフもダメだ。獣人でも可愛ければいい、猫族とか兎族とかならたぶん大丈夫」
「大丈夫……」
メモの手を止めて、ルナウがハーバデシラムを見た。
「たぶん、という事は、違う場合もあると受けてめてもいいのでしょうか?」
「実は、獣人とは会ったことがないのだ。知識としては持ち合わせている」
「なるほど、判りました――なぜ、ケンタウレやエルフはダメなのですか?」
「どちらも知恵がありすぎる。だから気位が高く、他者に冷たく、自分勝手で融通が利かない」
窓際に隠れて話を聞いていたナッシシムが、『それって、自分にも当てはまるよね?』と思っていると、同じようなことをルナウが訊いた。
「エルフはともかく、同族をそう悪くおっしゃってもよろしいのですか?」
「フン、ケンタウレほどとんでもないヤツ等はいない。ツンと済ましてニコリともしない。風が雨を連れてくるなど、ケンタウロスなら判り切ったことを偉そうに口にする――わたしはね、ルナウさん。優しい微笑みをわたしに向けてくれる相手が欲しいのだ」
「そして優しいだけではなく、美しくなくてはダメ」
「そう、その通り。わたしに釣り合う美しさ、それを欲して何が悪い?」
「悪いなどと言ってませんよ」
ルナウが優しい笑みをハーバデシラムに向ける。
「いやあ、ルナウさん。あなたが女性でないのが残念だ。あなたほど美しく優しく微笑む人が傍にいてくれたら、こんなに幸せなことはないだろう」
「ハーバデシラムさんにはぜひ、お幸せになっていただきたく、できる限りのお手伝いをさせていただきます――えっと、お相手は女性限定でよろしいですね?」
「うん? 男が男を希望するとでも?」
「ない話ではございません。ご希望ならば、男性に男性を、女性に女性を、お引き合わせすることもあるんですよ」
「それを結婚というのか?」
「人それぞれ、愛し合うパートナーとともに生涯を過ごす、これを結婚というのだと考えています」
「だが、それでは子どもができないだろう?」
「子を望む望まないもそのかたがた次第。中には養子を考えるかたもいますね――ハーバデシラムさんは『子どもが欲しい』とお考えですか?」
「そりゃあ、まぁ……」
「そうしますと、お相手の種族が限定されてきますよ――失礼ですが、ハーバデシラムさんとの子作りは、人族の女性には堪えられそうもありません。壊れるか、下手をすれば死んでしまいます」
「ルナウさん、言い難いことをあっさり言うんだね」
「はっきりさせておいたほうがいいことです」
「うん……いや、別に交わる相手を探しているんじゃない。子はいらない。交わることもしない」
「それほど人族の女性と結婚したいのですか?」
「いや、だから人族じゃなくてもいいのだ。優しく微笑んでくれさえすれば」
「あぁ、そうでしたね、獣人でも可愛ければ可、でした――優しく微笑み、交わりを求めない女性、ですか」
ルナウが考え込む。
「難しいか?」
「難しいですねぇ……」
ため息をついてハーバデシラムがお茶を飲み干し、置かれたカップにルナウがポットのお茶を注ぎ足す。
「ルナウさん……ルナウさんはどうやって相手を探すんだ?」
「相談に来られたかたのお相手、と言う事なら、まず登録者の中から探しますよ」
「登録者?」
「はい、わたしに依頼しているかたのリストです」
「ほう、それを見せて貰うわけには?」
「あいにく出来かねます。結婚相手を探していると、他人に知られたくない人も多いのです」
「うん、わたしもそうだ。特に同族には知られたくない」
「決まったかたがいない場合、お相手探しに真っ先に思いつき、一番成功率が高いのは同族のかたのご紹介です。ハーバデシラムさんはそうはなさっていないのですね?」
「フン、ケンタウロスってヤツは自分が一番賢いと思い込んでいて、他者は同族だろうが下に見る。そんなヤツに頼めるものか」
「おや、ケンタウロスの結束は固いと聞いていますよ」
「それは同じ目的を持った時だけだ。普段は寄り付きもしない。皆それぞれ、空を眺めて星を読んでは自分一人で納得して、その内容を他者に話すこともない。星を読むこと以外でもそんな感じだ」
「ハーバデシラムさんはケンタウロスがお嫌いなのですか?」
「いや……なにも、嫌いとまでは――で、そのリストにいい相手が見つからないとどうなる?」
「その時は、心当たりにあたったり、知り合いに聞きまわったり……それでもダメなら魔法使いのネットワークを利用します」
「おぉ! それは心強い! 必ず見つけてやると言われた気分だ」
「えぇ、ハーバデシラムさんが本気でお相手を求めるのなら、必ず見つけて差し上げます」
「必ず、なんだな?」
「はい、必ずです、お約束いたしましょう。ただ、それには先ほど言ったリストへの登録をお申し込みください。登録は無料です」
「登録するとどうなる?」
「登録することでわたしとの契約成立です。ご成婚の際には代金を頂戴することになります」
「うん、たしか胡椒大のルビー・サファイヤ・エメラルドのいずれか十五粒、あるいはそれと同等の価値の何か、と聞いている」
「はい、砂金や小麦粉でも構いません。それ以外でも――小麦粉だと大量になり過ぎて、あまり嬉しくないのですけれどね。置き場所に困ってしまいます」
ハーバデシラムがワハハと笑う。
「うん、判った。砂金ならたくさんある。砂金を持ってこよう」
「ご成婚が決まってからですよ――では登録いたしました」
最後にもう一つ伺いたいことがありますと、ルナウがハーバデシラムに向き合う。
「ハーバデシラムさんは結婚したらどんな生活を送ろうとお思いですか?」
「そんなこと、考えたことがない」
「では、考えてみてください。よくよく考えてみてください。眠るのは昼なのか夜なのか、どれくらいの時間なのか、どんな食物や飲み物をどれくらいの量、いつ摂り、何をして一日を過ごすのか、できるだけ具体的に考えて、次回いらっしゃるときに紙に書き出してお持ちください」
「話すだけではだめか?」
「はい、紙に書き出してください……それを拝見してから次のご相談となります。予約のうえ、再びいらしてください。いいですね?」
少し不満げなハーバデシラムだったが、判った、と頷く。するとルナウはナフキンを出して、ハーバデシラムが手を付けなかったケーキを包んだ。
「こちらはお持ち帰りください。召し上がらないのなら、他の事にお使いになっても構いません。森には小鳥や小動物も多いことでしょう。それと……」
テーブルの花瓶からアマリリスを抜き取ると、厚めの布を出して切り口と茎を包んだ。
「アマリリスも差し上げます。お気に召したようなので、愛でてやってください。花言葉は『輝くばかりの美しさ』『誇り』などです」
楽しみにしていると言ったのはお世辞らしい。ケーキに迷惑そうな顔をしたハーバデシラムだったが、アマリリスの花は嬉しそうに受け取って帰っていった。




