008「御別れ-Farewell-」
フェルナは少しだけ後悔した。ゼンの馬鹿に付き合ったことに。
「・・・お前さん。責任取って受け止めなよ?」
「いやぁ・・・。あれはさすがに、俺一人じゃあ無理だぜ」
「言い出しっぺが逃げるつもりかい?」
「いやいやいや、あれはどう見ても、やべぇだろ!」
「うるさい!ごちゃごちゃ言ってないで、逝ってきな!この阿保っ!」
「俺は阿保じゃねぇ!」
フェルナとゼンは、魔法陣から顕れた通路全体を埋め尽くすほど大きい竜の顎を前に、喧嘩を始めた。周りの者達には、そんな余裕は一切ないというのに。
ある意味、歴戦の兵たる二人だからこその余裕かもしれないが、そんな二人でも、まさかこれほどの大魔術を前にするとは思っていなかった。
ここでも、何処か相手がスケルトンという先入観があったのかもしれない。
「御二人共!喧嘩してる場合ですか!急いで―――障壁展開っ!」
ジョージは二人の喧嘩を止め、退避を選択しようとしたがその判断は既に遅すぎた。その大きな顎広げた蒼く輝く炎の竜が、彼ら全員をその口に収めるべく突撃して来た。彼は咄嗟に魔法障壁の展開を叫び、ハンター達の前に広範囲の障壁を展開した。
彼に続くように、後ろにいた魔術師達も障壁を張ろうとしているが、それに応えられたのはケルトが才能有りと判断していた四人とフェルナだけだった。
他の六人の魔術師は、待機させていた攻撃魔法を解除し終えるのがやっと。そこから、呪文の心内詠唱を始めていた。
結局、障壁は各ハンター達の前に四枚ずつしか展開されず、竜の顎を受け止めなければいけなくなった。
ーガギン。バリン。パリンー
竜の顎を最初に受け止めたのは、ジョージとフェルナが展開した障壁。だが、その衝撃の余波で、後ろに展開していた二枚の障壁があっけなく割れる。
「すぐに張り直しな!」
耳をつんざく炎の咆哮で、フェルナの声はかき消されるが、それは杞憂に終わる。すぐに割られた障壁を展開し直すエバと男の魔術師。
フェルナとジョージの二人にも余裕はなかった。少しでも魔力の供給を止めれば、自分達の障壁でさえ割れるほどの魔力の塊。それを実質二人だけで止めているのだ。
「これほどの魔力!どこに隠してたんだ!」
「そんなこと、私が聞きたいくらいだよっ!こんの」
二人が止めている間に、次々と後ろの魔術師達は障壁を張るが、たった一度の咆哮でそれらは全てが割れ、すぐにまた張り直すを繰り返していた。
魔術師の中では、カイルと女魔術師の張った障壁だけが割れずに、二人の障壁が押されない様に支えていた。だが、それでも徐々に障壁は押され、自分達に竜の顎が迫っていた。
「くそっ。何だよこの魔法は。二人の障壁を支えるので精一杯だぞ」
「カイルはいいでしょまだっ。私のなんて、張った傍から割れてるのよっ!」
若く才能溢れる二人の魔術師だが、今だ研鑽を積む途上。まさかこんな所で、最後を迎えるとは想像もしていなかったはずである。
そして、崩壊が始まる。
ーパキ、パキ。パリン。バキン。ペキペキ・・・・ガリン。パリン。パリンー
その瞬間、ジョージの張っていた障壁が割れ、竜は一息でゼン達のすぐ目の前に迫る。さらに、カイルと女魔術師の障壁も間を置かずに割れた。
「魔術師を俺の後ろ集めて、覆いかぶさって守れっ」
ゼンの咆哮に負けない大声が通路に響く。
最後の一枚。フェルナが張る障壁だけが、ギリギリのところで竜を止めていた。だが、彼女の障壁にも火花を散らしながら、あちこちからヒビが入って行くのが、ハンター達全員に見えていた。
レックス達は直ぐに武器をその場に捨て、軽装の者から魔術師達に覆いかぶさり、その上からレックス達重装甲の者達が自身を盾にして覆いかぶさる。さらにその外に盾を持った者達が壁を作り、最初の犠牲者になる覚悟を決めた。
「来るぞぉーーー」
ゼンは叫びながら、丹田に込めた闘気を一気に開放する。
ーバリリリイリリイイイインー
最後の一枚が割れた。
大魔法を放った本人であるケルトは、自分を討伐に来た人が慌てているのを見て楽しんでいた。正直、途中で魔法陣の編み上げを邪魔されて、死ぬだろうと思っていた彼からすれば、「何やってんだ。こいつら」という気持ちでもあった。
(ただの魔力障壁か。ん~、それなら聖術の方が優秀なはずだが?人なら聖神の加護がある分、聖力の方が扱い易いだろ。・・・何で魔力障壁使ってんだ?聖力障壁で打ち消すのが常識だぞ?)
ケルトとしては、待ってくれた相手に、お礼のつもりで当初の予定を少し変更し、ギリギリ止めれるだろう威力の魔法に仕上げたつもりだった。勿論そのギリギリは、聖術を使う前提で。
ここで彼らを全滅させると、自分に止めを刺す敵が居なくなってしまうからである。それはそれで、ケルトにとって面倒な事態でもある。
(うーん。このボロボロの骨のままは嫌なんだがな~)
カイルはある失敗を犯していたが、その事に本人は気付いていなかった。途中で図柄を変更したことで、迷宮内に循環する魔の瘴気を取り込む様に、呪文が偶然に組まれ、それに気付かないまま魔法を発動してしまっていた。
つまり、ケルトの想定を大きく上回る魔法に仕上がっていたのである。
(・・・そういえば、こいつらが聖術使ってるところ見た事ねぇな・・・)
ケルトの記憶や知識では、人は魔神の司る魔術よりも、聖神が司る聖術の方が相性が良いはずだった。何故なら、人は聖神が創った存在であり、子である。逆に魔神の創りし魔の存在は、魔術との相性が良いのだ。
第一記に生まれし第二の人を除けば、必ずどちらかに偏り、それは世界の理を越えることは決して無い。
(えっ、もしかして使えねぇの?そんなことある?いやいやいやいや。それは、ありえねぇ。純粋な魔神の子でもあるめぇし、人が聖術使えないとか絶対有り得ない)
ケルトはここに来て混乱してしまう。彼の常識は間違ってはいないが、永い眠りから目覚めたばかりで、世界がこれまでにどの様に変化して来たのか知らなかった。だからこそ、彼は目の前で起こっている事態に混乱するしかなかった。
(・・・どうするかなぁ。このまま殺しても別にいいけど、一人は同類の血が混じってるぽいしなぁ。でもなぁ、今の俺は魔物だし。人類の敵だし。その美学から言えば、ここで御情けを掛けるのは違う気がするしなぁ。見目麗しい女だけでも助けるのは有りか・・・?おっ、なんだよ。心配させやがってぇ~、聖力使えんじゃん)
ケルトが悩んでいる間に大きい障壁の一枚が割れ、竜の顎が先頭にいる武装した戦士達に迫る。
しかし戦士達は一人だけ、ケルトが絶対に勝てないと判断した大男だけ残し、後ろの魔術師達を護る様に覆い被さった。
そして一人残された大男は、胎に溜めていた聖力の渦を一気に爆発させ、全身と両手に持つ大剣に纏った。
(・・・まだ未熟だな。聖力の質は悪くないが、練が甘いから淀んでる。あの男が純粋な戦士なら、使い方は間違っちゃいないが、全身に巡らした聖力の流れも悪いな。惜しいねぇ・・・あっ!俺の竜がぁ~)
ケルトの目の前で、咆哮を上げて人を飲み込もうとしていた竜は炎の勢いが急激に衰え、見る見るうちに外側から消えて行き、最後は小さな点となって消滅した。
(やっぱり駄目だな。魔術の適正云々の前に、この骨が駄目なのか、知識が足りてないのか、それとも只未熟なだけなのか。まぁ、全部だろうな。ふっ。助かったな人共よ)
ケルトの目の前には聖力を纏った大剣が、彼の半分残る頭蓋に食い込み、綺麗に背骨を真っ二つに切り裂きながら、股へと抜けた。
(じゃあなぁ~、ガハハハハハハ・・ハ・ハ・・・ハ・・・・)
ケルトは徐々に薄れゆく意識の中で、最後まで嗤い続けるのだった。
最後、炎の竜が消える直前、最後の障壁が割れたことで、一人前衛に残っていたゼンは、全身に軽度から中度の火傷を負っていた。
彼は振り下ろした大剣を床に突き立て、大きく息を吐き切り、止めていた呼吸を再開。そして、安堵した。
(た、助かった。一応、俺の仙気術で勢いなりを止めれば、全滅はしなかったはずだが、それでもやばかったな。ふざけやがって。大迷宮クラスの魔物じゃねぇんだぞっ。んっ?)
骸骨の骨が綺麗に左右に割れた中央に、珍しいものが転がっていた。ゼンも久方ぶりに見るそれは、魔物を倒すとたまに現れる虹色に輝く宝玉。
ゼンは腰を追って、飴玉ほどの大きさの宝玉を摘まみ上げた。
「・・・純度が高いな」
「大、丈夫か、い?」
摘まみ上げた宝玉の透明度を眺めているゼンに、後ろからフェルナが声を掛けた。少し無理をしたのだろう。息が上がっている。
ゼンは振り返り、フェルナの手の上に宝玉を置いた。
「・・・何のつもりだい?」
フェルナは手に乗せられた宝玉を見て、ゼンを睨む。
今回の討伐は塔主導の作戦だ。ハンターへの報酬も勿論、塔の全負担。最後の竜を止め続けたのも、結局は魔術師達。そのおかげで、ゼンは仙気を溜めて放つ準備が出来た。
「お前が要らねぇなら、カイルかエバ、それかジョージ辺りにやれ。あの三人はお前に届くだろ?特にカイルは超えるんじゃないか?」
ぶっきらぼうにフェルナに宝玉を押し付けると、ゼンは転がる骸骨の骨を二つ拾い上げる。
(・・・まるで金属だな)
触れた瞬間にまず感じたのは、骨とは違う感触とその冷たさ。この二つの違和感から、ゼンは拾い上げた骨を金属と表現した。そして、二つの骨を軽く打ち鳴らす。
ーキィイインー
まるで楽器の様な綺麗な音が、通路に響き渡る。
「ゼンさん。それがあいつの骨ですか?」
ゼンが振り向くと、そこには骸骨と直接対峙した三人が並んでいた。
「あぁ、そうだ。三人も拾って叩いてみろ。これだけでなんか演奏できそうだぜ」
軽口を織り交ぜつつ、ゼンはもう一度骨を打ち鳴らす。今度は少しだけ力を込めた。
ーキィイイイイイインー
再程よりも高い音色が通路に反響し、奥まで音は続いて行った。
「硬ぇな。確かにこれなら、レックスの一撃に耐えるか」
「そうだね。私じゃ、削る事も出来なさそうだよ」
「(・・・硬いだけじゃない)あの炎に耐えるだけの、耐性もありますよね?この骨には」
三者三様の感想を答えつつ、レックスは魔法の炎に耐えきった事に注目した。普通なら燃え尽きなくとも、もっと悲惨な姿になっていたはずだ。
「そうだね。骨は全部持ち帰るよ。もしこの骨が、カイル達の出会ったスケルトンと同じ個体なら、前回の骨と比べて、その違いも検証しなくちゃいけない」
「あぁ、そうだな。それにレベルの上がったスケルトンだ。今後、違うスケルトンが出てくる可能性もある。この骨そのものが貴重な資料になるはずだ」
ゼンはフェルナに同意し、先程の一連の攻防を振り返った。
レックス達との戦闘はほぼ互角。無心の法を使ったのには驚いたが、それでも三人があのまま交戦し続ければ、最後に立っていたのはレックス達だろう。
だが、その後のフェルナ達が放った融合魔法に耐え、逆に放って来た魔法は、大迷宮に出てくる上位の人型魔物と大差無いものだった。
「ニ、三日。迷宮は立ち入り禁止だ。その後、組合と塔の合同で迷宮の最深部まで潜るぞ。いいな?フェルナ」
ゼンは既に決定事項可の様に告げるが、フェルナも特に異論は挟まずに唸ついた。もしこの骨の持ち主と同等の存在が現れたなら、今のシズのハンターと魔術師だけでは対処できないと。二人の意見は一致していた。
「問題無いよ。それより、今日はもう撤退するよ。あんたのその火傷。急がないと跡が残るからね。それと・・・」
フェルナはゼンの状態を心配しつつ、最後に何かを言い掛ける。だが、言い淀み、伝えるべきかどうか悩んでいる様子だった。
さらに、周りに自然と集まり始めたハンターと魔術師の視線も、やけに彼のある一点に注目している。
「何だよ?全員、やけに俺の顔をじろじろ見やがって。言いたいことがあるなら言えよ」
少しその視線に憐みを感じ、不機嫌になり始めたゼン。だが、それでも誰も口を開こうとしない。
不穏な空気が流れ始めた中で、エバが本当に申し訳なさそうな顔で一歩前に出てきた。
「あ、あのゼンさん。その皆の盾になってくれて、ありがとうございます。あの、その、えっとですね」
皆が喋り始めたエバに一斉に顔を向けた。フェルナやジョージもだ。その顔は皆が同じ言葉を語っていた。「言うな。絶対に」と。
だが、皆がこれだけ注目してしまったことだけでなく、これから地上に戻る時、あるいは戻った際に必ず誰かの口から零れる。だから。
「ゼンさん。あんたの頭部かなり酷い火傷を負ってる。髪の―――」
「急いで帰るぞ。こんな所でちんたらしてられるかっ!後はお前らで済ませとけっ」
ゼンはカイルの言葉に即座に反応。骨の回収などやるべき事を全て放り投げ、集まるハンターや魔術師を押し退けて、早足にその場を後にして行った。
その余りにも早く、素早い対応は、誰も止める暇もない程だった。
「・・・荒れるな」
誰の呟きか分からぬその一言は、虚しく迷宮の奥底に消えていくのだった。




