007「骨の魔術-Bone Magic-」
(さて、何を見せてやろうか?)
何やら大言壮語を吐いていたケルトだが、実際の所は今の骸骨という魔物では魔術に対する適正が低い。おそらく、スケルトンという元々弱い魔物という事が関係している。
何度も死ぬうちに、朧げな知識と記憶が僅かずつだが思い出し、密かに体術と並行して鍛錬を続けているが、魔術に関してはまだ納得が出来ていない。
スケルトンに生まれ変わったのも、強大過ぎるその力に神が畏れを成したからに違いないと、割と本気で思っているのがケルトらしいと言える。
(・・・ふむ。見た目を派手にするだけでいいか。おちょくるのもまた一興。いや、強者の特権!ガハハハハハハ)
ケルトは残った右腕を、正面に円環を画くように大きく回し始めた。
それに気付いた誰かが、大きな声で警告らしき言葉を口にしているが、ケルトは一切動じない。ゆっくりとした動作で円環を画き続ける。
その右手が描く軌道には、誰の眼にも映る様に蒼い炎が続き、燃え続ける。右手が一周すると始まりと終わりの炎が結び付き、円環の中にさらに複雑な幾何学模様を炎が描き始める。
今、ケルトが行っているのは、数多くある魔術体系の中で、マイナーな部類に入る魔法陣と呼ばれる技法。
本来は紙などの媒体、もしくは魔術触媒に魔力を帯びたインクで直接描くか、魔力を帯びた魔石あるいは魔樹に、魔刻刀を用いて模様を彫るのが一般的である。
だが、今回は派手さが欲しいだけなので、ケルトは自身の魔力を使って空に描いていた。
熟練の魔術師なら、自身の魔力で魔術陣を一瞬で画き、それを紙などの媒体に焼き付けることもできるだろうが、今のケルトではゆっくりと時間を掛けないと複雑な魔法陣は画けなかった。
(ふふふ、いいぞ。皆、この魔法陣に注目しているな)
ケルトは魔法陣を画きながらも、周りの様子もしっかりと把握する。どれだけ注目されるかで、彼のやる気も変わるからである。
(しっかし、やっぱりこれは戦闘向きじゃないな)
ケルトが溢したように、この技法は戦闘には向かない。目の前に敵が居て、ちょっと魔法陣を描いた紙を取り出すから待ってと言ったとして、それを黙って見てくれる馬鹿はいないからだ。
この技法の主な使い方の一例としては、扉に魔法陣を画き、魔力を通すだけで開閉を可能にする機構などに使うのが正しい使い方だろう。
他にも、設置型の罠。通路の床に魔法陣を画き、誰かがその上を通過するとその人物の魔力に反応し、魔法陣に予め込めた魔力で魔法を発動する事も可能である。一度使うと魔力を込め直す必要はあるが、今回の様な大人数を相手にするなら有効だろう。
使い方次第では便利な技法の魔法陣だが、問題はその陣の模様と種類にある。全ての呪文を図柄に起こす必要があるのだが、この図柄が一つでも違うと自分が思う魔術が発動しなかったり、暴発する恐れがある。
膨大な図柄の中から、正解となる組み合わせを見つけ、それを正確に描く技術も必要となる難しい技法である。
魔法陣学を専門にしていなければ、一つの魔法陣を作るのに数ヵ月要することもざらにある。そのため、魔法陣に魅了された一部の変人くらいしか、研究も研鑽も積まないマイナー魔術となってしまっていた。
(ふふん。特と見よ!我が魔術の神髄!)
ケルトは意気揚々と完成した魔法陣を発動する。
完成した魔法陣はさらに強く輝き始め、無駄に回転も始める。
(やっぱり見た目重視こそ、この魔術の神髄よ)
魔力で描くとしても、完成までに最短で数十秒も要する欠陥魔術。それなら初めからお遊び用として使用するのが正解。ケルトは本気でそう思っており、実際にこの迷宮内では悪戯くらいにしか使っていない。実際、今のケルトでは三分近い時間を要している。
(顕現せよ!蒼き聖魔竜ジィルヴェスター!!!)
格好よく決め台詞を決めたケルトだが、第三者から見れば、ただカタカタと歯を鳴らしているだけにしか見えない。何とも悲しい現実である。
だが、ケルトの滑稽な姿とは逆に、魔法陣はさらに回転と輝きを増しながら、一回転するごとに直径は広がり続け、やがて通路を塞ぐほどの大きさに広がった。
そして、魔法陣の中央から神話で語られる伝説の生物「竜」の頭部が、その姿を顕したのだった。
フェルナ達は骸骨が何かを画き始めた段階で、一世の魔術を放つ構えを見せた。しかし、それを止めた者がいた。
「何やるか見ようぜ。危険なら俺が止める」
ゼンは困り顔こそ見せていたが、心の内では実は楽しんでいる。久方ぶりの歯ごたえのある魔物。かつて挑んだ大迷宮の匂いと風を、その肌にひしひしと感じていた。
「ゼン・・・。はぁ、待機状態維持。ハンターは前に並んで防御に徹しておくれ」
ゼンの顔を見たフェルナは何を言っても無駄と悟り、溜息をつきつつ、指示を矢継ぎ早に飛ばした。
その指示に全員が従いつつ、骸骨の丁度正面いるフェルナ達の前には、レックスを始めとしたシズ迷宮では上位のハンター達が自然と集まった。
「ゼンさん」
「おう、お前らも良い経験だ。一緒にあの骸骨が何を始めるか、見ようぜ」
少し気を落としながら集まった主要なハンター達は、ゼンの一言に呆れるような視線を向ける。連携攻撃を捌かれた三人は特に深い溜息を吐く。
「はぁあ・・・。あれが本物の魔物ですか?」
「|おそらくな」
レックス達を含めた複数の若手ハンターのPTは、かつて大迷宮にも挑戦して生還も果たしているゼンから教えを受けるために、この稼ぎの悪いシズ迷宮に留まっている。そのゼンがはっきりとした明言を避け、曖昧な答えを返すことは滅多にない。
レックス達は骸骨から目を離すことはしないが、ゼンの続きが気になっていた。
「おそらくですか?」
「あぁ、そうだ。おそらくであってる。このシズの様な小規模迷宮に出てくるような偽物とは違うのは確かだ。だが、本物の魔物は第四段階以上の中規模の迷宮からしか出現しねぇ。何故かは、今だにはっきりしたことは分かっちゃいねぇがな。・・・お前らも、そろそろ中規模の迷宮に挑戦したいだろ。これが終わったら教えてやる」
「は、はい。ですが、あの骸骨に負けてるような体たらくで、行けますか?」
「安心しろ。あれは魔境の端で生きていけるくらいには強い。本物と言っても第四段階に出てくる魔物はあれよりは弱いからな。だから」
「困ったって事かい?」
ゼンの続く言葉をライラは先取りして口にした。彼女やマックはPTには所属せず、ソロハンターとして各地の迷宮を巡る宿無し、あるいは渡り鳥である。巡った中には第四段階以上の迷宮も勿論ある。だからこそ、彼女達も骸骨の危険性を十分理解していた。
「そうだ。あの骸骨は、強さ的には第三段階の深層くらいの強さだ。だが、意志ある魔物はそれ以上の強さを持っていると思った方が良い」
「意志ある魔物・・・」
「その意志ある魔物も、偽物にはいないんじゃなかったか?。だから嗤う骸骨の噂も、初めは半信半疑だったんだがなぁ」
「マックの言う通りさ。もしかして、広がったんじゃないのかい?」
マック同様、ライラも初めはその噂を疑っていた。だからこそ、有る可能性を口にしてしまった。
迷宮は広がる。ほとんど広がらず、今だに第一段階の迷宮も存在するが、多くの場合は徐々に広がって行く。そして最初に認定された段階から一から二段階、迷宮の格が上がる。
このシズ迷宮は初め、一段階の迷宮だった。そして一度だけ格が上がり二段階になったが、そこから数百年以上変わっていないため、これ以上広がる事は無いと組合と塔は判断していた。
しかし、此処に来て嗤う骸骨という異常個体の出現に、迷宮が広がる可能性が出てきたのである。
「だから、私とゼンは困ってるんだよ。一度、最深部まで潜る必要も出てきたからね。あんたら二人は強制参加だよ。そのつもりでいな」
「「はーい(へーい)」」
マックとライラの二人は余計なこと言ったなぁという感じで、フェルナに気怠げな返事を返す。返事を聞くフェルナは呆れたような溜息を吐いたが、レックスなどは少し笑みを見せている。
この掛け合いも実際は、緊張し過ぎている場を和ますためだったのかもしれない。
「ところでフェルナ様、あれは何をやっているんですか?」
レックスはようやく少し余裕が出来たのか、目の前の骸骨が何をしようとしているのか冷静に見れるようになってきた。彼の目にも、骸骨が魔術的な何かを発動しようとしているのは分かるが、それ以上の事は分からなかった。そもそも、スケルトンが魔術を扱うこと自体が異常過ぎるとも言えた。
「あぁ、あれかい。おそらく魔法陣だね。何ともまぁ、マイナーな魔術を扱うもんだよ」
「魔法陣?」
レックスは聞き慣れぬ単語に、自分が学んだ魔術知識を掘り返したが、魔術陣という名は無かった。
彼らハンターの多くは魔術師ではないが、ある程度の基礎知識は全員が持っている。でなければ、魔術師との連携が難しくなるためである。
ある程度の自由があるハンターと違い、塔に所属する魔術師は勝手に違う迷宮街に移籍が出来ない。勿論、在野の魔術師もいるが、その数は圧倒的に少ない。
つまり、違う迷宮街に行けば、それまで懇意にしていた魔術師と別れる事になるのだ。そしてまた一から、新たな関係を築く必要がある。その際に、ハンターが無知だった場合悲しいかな。塔から魔術師をPTに入れることを拒否されるのである。また、魔術師本人にも選択権があり、信頼を得るためには基礎知識は必須なのだ。
では在野にいる魔術師をPTに引き入れればいいと思うかもしれないが、それもまた難しい。何故なら、彼ら在野の魔術師よりも、塔に所属する魔術師の方が優秀な場合が多いからである。その理由も勿論ある。
塔に所属する魔術師。つまり国家に帰属する魔術師は自由と引き換えに、多くの優遇がされている。
まず、塔に所属すれば魔術師としての腕を磨きながら、高い給金が約束されている。見習いであっても、国民の平均収入の倍は貰える上に、杖などの必要な物も塔から支給されるのである。
魔術師の等級が上がれば、それだけ給金も上がるの勿論の事、魔術研究の費用も国家やスポンサーが全額出してくれる場合もある。
さらには、迷宮探査時は彼ら魔術師の命が最優先にされている点も大きいだろう。
これが、在野の魔術師となると生活費だけでなく、高額な魔術用の杖などの装備は勿論全てが自腹。さらに、魔術師としての知識や技術も、ほぼ独学で学ばねばならない。ハンターに開示されている情報はあくまでも基礎知識のみ。
現代の魔術師が在野で成功するには、相当な努力と金が必要になるのだ。
そのため、彼ら魔術師の多くが自由を捨ててまで、国家に帰属する道を選ぶのである。
「知識として覚えておきな。まぁ滅多にお目に掛かれないけどね。あれは呪文を図柄に置き換え、魔法を発動する技術の一つだよ。見てる通り、時間が掛かり過ぎる上に、知識量がものを言う魔術でね。塔全体でも、数人の変人しか研究も研鑽も積んでない魔術だよ」
フェルナ自身、説明しようにも詳細な知識は持ち合わせてはいない。それこそ、目の前で描かれている幾何学模様が、どんな呪文を表しているかさえ分からないのだ。つまり魔物である骸骨の方が、フェルナよりも魔術知識を保有している可能性さえ出てきたのである。
「・・・あれっ?もしかして、塔の門にある模様がその魔法陣かい?」
脇で聞いていたライラが何かを思い出したかのように、声を上げた。彼女はよく塔に顔を出す。シズにいる魔術師の中に、彼女の姪っ子がいるからだ。だからこそ、気付けたのかもしれない。
「よく分かったね。あれは単に、門の呼び鈴を鳴らすだけのものだけどね。魔法陣は戦闘ではなく、生活面を向上させる目的で使われる事が多いね。あとは、設置型の罠とかくらいだね」
「使い方次第だと便利そうだがよ。何で廃れてんだ?」
マットの様に、説明を聞いてそう思う者は少なくない。だが、それはこの魔術を知る者からすれば、答えは簡単だ。面倒だからである。
「それは、生き残ってたら教えてあげるよ。完成したみたいだからね。皆、構えな」
フェルナの号令で盾を持つハンターは、後ろにいる魔術師を庇うように盾を構え直し、大型武器を持つ者は何が飛んできても弾き返せるように構える。
そして、皆も目の前で魔法陣は輝きと共に回転を始める。
「何とまぁ、やけに時間をかけてるかと思えば・・・。頭が痛くなってきたよ」
「・・・でも、凄いです。あれはちゃんと魔法陣を学んでいる証拠ですよ」
周りのハンターやその後ろにいる魔術師の中にも、二人が何故呆れているのか分からないだろう。
その無駄に洗礼された無駄な発光と回転。その二つがあの魔法陣に込められた魔法の一部であることをフェルナとジョージは見抜いていた。だからこそ、二人は呆れ、賞賛したのである。その無駄な努力に。
徐々に広がるその魔法陣を見詰めつつ、フェルナは骸骨の魔術の才に少しだけ嫉妬するのだった。




