006「危惧-Fear-」
フェルナは当初、この討伐は直ぐに済むだろうと思っていた。おそらくハンター達も同様だ。事前の打ち合わせでは、慎重な対応することで意見がまとまっていたが、レックス達も内心では舐めていた。
何故なら、レベルが上がっているとはいえ、最下級の魔物「スケルトン」。苦戦する理由が思い当たらなかった。
フェルナはジョージに眼を向けるとすぐに視線が合った。そして無言で頷き合うと、彼女は背後にいる魔術師に振り返った。
「全員、杖を構えて自身が放てる最大威力の炎魔術を準備。私の合図で、何時でもあの骸骨に放てる様にしておきな」
フェルナはカイルやエバを含む、全ての魔術師に指示を出し終えると、自身も服の袖から杖を取り出した。
「ゼン殿」
事前に打ち合わせた通り、ジョージは隣にいるゼンに声を掛ける。
「分かってるよ。既に合図は送った。はぁ、勿体ねぇな。俺も一撃くらい入れて置けば良かったぜ」
少し愚痴交じりにゼンは答え。レックスの一撃を受けた骸骨を眺める。
「・・・本当にレベル3か怪しいな。もう少し上の可能性がある。あれなら、魔境の浅い場所でなら生き残れるかもしれん」
世界に五つある最も危険な迷宮。その周りに広がる魔物が支配する領域が「魔境」である。
このエクタナ大陸にも一つ、その大迷宮と魔境が存在する。このシズがある国から遠く離れた地、大陸北部の切り立った山岳地帯の奥地、誰が、何時、何の目的で建てたか分からない荘厳な大神殿。その神殿こそが五大迷宮の一つ、ロットン大迷宮。
五大迷宮は全て、ロットン大迷宮の様に人が容易に足を踏み入れることが出来ない、山岳地帯や渓谷などに隠れるように存在する。そのため、近くに迷宮街を作ることが出来ず、その地域一帯を囲むように城壁を重ね続け、魔物を抑え込んでいた。
この大迷宮城壁の中は「魔境」と呼ばれ、魔物の影響かは分からないが、他の地域では見られない生態系と植生によって、独自の世界が築かれている。
この魔境内にある植生や生態を、専門に採取や狩りをしている者もいる。彼らは別名「魔境ハンター」とも呼ばれ、一流の迷宮ハンターでもある。
それだけでなく、大陸中から一流のハンターや魔術師が集結し、迷宮から湧き出る魔物から世界を護っている。
この国からも3級以上のハンターや魔導師クラスの魔術師、そして軍が派遣されている。
ゼンもかつて仲間と共に、魔境や迷宮内で魔物達と戦った経験がある。
「そんな化け物が、何で辺境の小規模な迷宮に出るかねぇ。勘弁しておくれよ。せめて、隣のボジェレに移ってくれないかねぇ。あそこなら、3級のハンターがいるから安心して任せられるってのにねぇ」
フェルナもかつては何度か、国家命令でロットン大迷宮に派遣されたことがある。とはいえ、彼女が派遣された理由は、大陸中から集まる一流の魔術師達をさらに鍛えるためであり、魔境や大迷宮には足を踏み入れてはいない。
そのため魔境に跋扈する魔物と、目の前の骸骨を比べる事は出来なかった。
だが、シズでも指折りの若手ハンターの一人、レックスの一撃が防がれた光景を見て、危険と判断したのだ。その予想はゼンの言葉で肯定された訳だ。
「そんな愚痴を言っても仕方ねぇだろ。こんな時のために、この国のハンター組合と魔術塔には大迷宮に派遣された事のある奴が、組合長と塔の主に選ばれるんだからな」
「はぁ。そんなこと言われなくても解ってるさ。だがねぇ、これでも100を超えてる婆さんなんだよ。せめて、任期が終わるまでは待ってて欲しかったよ」
「あの骸骨にお願いしてみては?案外、話が通じるかもしれませんよ」
フェルナの愚痴に、ジョージは冗談のつもりだったのだが、意外にもフェルナは本気で悩みだしていしまった。
「・・・はぁ。良い案だとは思うけどね。それならせめて、話せる相手にして欲しいよ。カタカタと歯を鳴らしてるだけの相手と会話する方法を、お前さんは知ってるんだろうね?」
「すみません。言ってみただけです・・・」
少し伏し目がちに謝るジョージを見て、フェルナは老人を揶揄うなと目で釘を刺しつつ、再び視線を骸骨に戻す。
「ふんっ。それにしても、あれは本当に魔物か怪しいね」
彼女の言った通り、骸骨は手を叩いてはしゃぎつつ、レックスにジェスチャーで何かを伝えている。
「魔物の中にも変な奴は極稀にいるが、あれは少し違う気がするな。オーガの中には、明確な意思と知恵を持つ個体もいるがな」
「オーガはそれこそ、知能が高い魔物だろう。そいつは何が違ったんだい?」
オーガはゼンよりも高い身長を有する人型の魔物。膂力は人を軽く超える。また互いに言語らしきもので、意思の疎通を図っている事が分かっている。この事から、知能が高い魔物と言われている。
ゴブリンも知能は持っているが、人で例えれば10歳児前後と言われている。
「そいつは群のオーガ20体くらいを、兵士に見立てて指揮していた。小隊長みたいなもんだな。それも戦術をしっかり学んでいるような指揮だった。おかげで、こっちは十人以上死者を出して、そのオーガを仕留めきれずに撤退する羽目になった」
「厄介だねぇ」
「あぁ、厄介だぞ。だから、今のうちに滅ぼせるなら、滅ぼしておいた方が良いん・・だ・・・。おいおい、すげぇじゃねぇか」
真剣な話をしている最中、ゼンは目の前で起こった事に笑いと、素直な将さんの声が漏れる。
彼らの目の前で、骸骨はハンター達全員の意識を盗み、その手をレックスの肩に置いていた。
「何だいあれは?何が起きたか分からなかったよ」
フェルナにはただ骸骨が一歩、二歩と進んだだけに見えた。だが、何故かレックスはそれに反応せず、自身の隣に来るまで気付いていない様子だった。
「無心の法だ」
「無心?」
ゼンは相変わらず不敵な笑みのままだが、その声には少しだけ緊張を覗かせている。
「そうだ。全ての気を無にして、相手の意識を盗むんだ。動きでも―――」
『舐めるなぁーーーーー!』
再びおちょくられたと思ったのか、レックスが咆哮を上げながら線土を振り下ろしていた。しかし。
「おい、準備しておけ」
「もう、してるよ」
魔術師全員が既に杖を骸骨に向けて、その時を待っていた。そして、目の前でシズのトップハンター達が綺麗に返り討ちにされ、レックスが大きく後退した。そして、レックス自身から合図が来る。
「発動!」
-出でよ-
フェルナの号令で、魔術師達は息を合わせて発声し、魔術を発動した。
発動した魔術はそれぞれが一番得意とするもの。それらは伸ばした杖の先、少し離れた位置に生成され始める。
渦を巻いた炎、槍の形状をした炎、球状の炎と生成される炎の形状は様々。
「放て!」
ー穿てー
再びフェルナから号令が飛ぶと、再び息を合わせた発声と同時に、生成された炎が一斉に骸骨に向けて放たれた。
放たれた炎は骸骨に迫る途上で、徐々に一つの大きな炎となり突き進む。
ーごおおおおおおー
通路全体を支配するその轟音と共に、骸骨に直撃した。直撃した炎は天井に届くほど立ち昇り、骸骨を焼き続ける。その骨を溶かし尽くすまで。
「第二射、用意」
既に十分な火力を見せている炎だが、フェルナは直ぐに次の魔術の発動待機を命じる。先程のゼンの一言、「今のうちに滅ぼす」が彼女の中に残り続けていた。
その一言が、そこらのハンターから出た言葉なら、あまり気にしなかっただろう。だが、ゼンはあのロットン大迷宮に何度も挑戦し、生きて帰還したハンターである。そのゼンがはっきりと言ったのだ。「今のうちに」と。
それは、この骸骨が成長すれば、手に負えなくなるといったも同然。だからこそ、フェルナは一切の油断なく、容赦なく、目の前の骸骨を滅ぼすことに決めた。
「発動!」
ー出でよー
少し時間を開けて再び号令を放ち、自身も先程と同じ魔術を発動させる。
「・・・放てぇ!」
ー穿てー
少しだけ腹に力が籠る号令が放たれると、先程同じ光景が目の前に広がる。いや、最初の魔術が消える前に、直撃した炎の塊はさらに火力を増して、骸骨を焼き続ける。既に通路を埋め尽くすほどの大きさにまでなった炎は、直視すれば目が焼かれるほど、光り輝いていた。
これ以上の重ね掛けは危険と判断したフェルナは、杖を上げた手は降ろさず、視界を服の裾で隠し、光から目を守る。そして限界まで細めた眼で、炎の中心をぼんやりと眺める。
そして、通路に嗤い声が響いた。
(はぁ、失敗したねぇ。こんな事なら始めから私一人で片づければ良かったかねぇ。でもねぇ、それだと後のヒヨッコが育たないしねぇ・・・。困ったスケルトンだねぇ)
最初に放った魔術の炎が消え、少し弱まった光の中からそれは一歩ずつ、ゆっくりとフェルナ達の前に姿を現した。
(すっばらすぃ~。一つ、一つは大したことないが、多数の魔術を一つに融合して、中規模の魔術にしたんだな。ん~、だが)
ケルトの中で一つの疑問が湧いていた。魔術は確かに脅威だ。脅威だが。
(真ん中の婆さん、あれはまだ実力を隠してるよな。俺如き、一瞬で屠れるだろ。その隣の男も良いな。研鑽を積めば、あの婆さんに届くかもしれん。恩人二人は・・・置いておくとして。あとは左端にいる女と、右から三番目にいる男。この二人もまだ伸びる余地を残しているか。特に男の方は、婆さんまでとは行かないが、その手前までは行けそうだ。他は・・・何で魔術師名乗ってんだってレベルだな。伸びしろないだろ)
彼が徐々に思い出している知識や記憶の中では、集まる10人前後の半分が魔術が使えるだけの一般人。伸びしろはほぼ無いのが、その保有する魔力からも推察できた。
(ふぃ~。それにしても、随分と溶けたな。敢えて全部喰らってみたが、まだまだ、俺の骨の強度は低いな~。ガハハハハハハハハ)
ケルトの身体は何とか歩けるが、ここに槌の一撃を喰らえば簡単に折れるほど細く、顔は半分以上溶けて消えていた。それなのに、視界は良好。不思議な身体だと、改めて実感していた。
(ふむ。折角良い魔術を見せて貰ったんだ。此方もお礼に一つお見せせねば、骨が廃るというもの。いっちょ、見せてやりまかぁ)
炎の中から出てきた骸骨の姿は、顔の鼻から上半分が溶けてなくなり、片腕は既に肘上辺りから下は無い。肋骨や背骨、そして足も原型を留めている箇所は一つも無かった。
だが、歩いている。それも嗤いながら。
フェルナはケルトが予想した通り、力を抑えている。単純に融合魔術を放つ上で、威力が高すぎると自分達まで巻き込まれる可能性を危惧してのことだった。それでも、彼女は後悔していた。
(本当に参ったね。まさか、あれを耐えるとはねぇ。シズ迷宮に居て良い魔物じゃあないね)
シズ迷宮は一階層毎の広さは中規模迷宮に劣らないが、階層は21階しかない小規模の迷宮である。その代わり、構造変化は一ヶ月半ほどで訪れ、時には一ヵ月で訪れることもある。周期はほぼ固定のため、変化時期になるとハンターや魔術師はお休みである。
出てくる魔物も10階前後を境に強さが変わるが、「疾風」や「紅蓮」と言った若手PTでも、油断しなければ最下層に辿り着ける。その程度の魔物しか出て来ない。
(だから、この街には四級以上のハンターやPTは寄り付かないし、来ても宿に泊まって素通りするだけで、迷宮に潜ることさえしないだよ。潜っても何も残っちゃいないからね)
彼女の危惧していることそれは、もし本当にカイル達が会った骸骨と、目の前にいる骸骨が同じなら、また復活してこの迷宮を彷徨う可能性があると言う事だった。
そしてさらに実力をつけた場合、それを討伐できる者はほとんどいなくなる。今のレックス達の攻防でさえ、三対一の状況で少し押されていたのだ。彼女だけでなく、それを知らされているレックス達の顔からも余裕が消えていた。
フェルナが難しい顔をしている間に、骸骨は残った右手を彼女に向けて上げた。そして僅かに残る親指を立てて見せる。
「(はぁ、あれは気付かれてるね)あぁ~、もうっ。何なんだいあれは!」
珍しく悪態をついたフェルナに、ジョージや魔術師達は驚いていた。
「フェルナ導師?」
「あぁ、すまないね。レックスじゃないが、私も舐められたもんさ。あれは、私にこう言ってるのさ。『今のは中々良かった』とね」
フェルナに言われ、ジョージは骸骨に視線を戻す。そこには、今も嗤いながら、此方に親指を立てている骸骨がいた。
「まぁ、確かに・・・、そう見えますね」
二人が軽く話を挟む間、隣にいるゼンは違う事を考えていた。
「・・・うーん。なんか違うんだよなぁ。こいつ」
ゼンはこれまでの骸骨の行動から、依然あったオーガとの違いに、違和感を覚えていた。
「何がだい?」
「いや、何と言うか・・・。こいつ、死ぬことを恐れてねぇ。おそらく、さっきの魔術はわざと喰らってやがる。何でか分からなぇがな。強いて言えば、自分の身体の強度を確認したのかもしれねぇ」
フェルナはゼンの推測に、ますます先程危惧したことが現実を帯びてきたことに溜息が出た。
「はぁ、・・・どうしたもんかねぇ」
「本当だな。どうしたもんか・・・」
片や大迷宮の中層で暴れていた組合長は頭頂部を掻き始め、高齢ながら今だに一線級の実力を隠し持つ魔術塔の魔女の二人が、困った顔をしたまま黙り込んだことに、周りにいた者達の間では不安が広がっていく。
「全員!構えろ!何かするぞっ!」




