005「討伐隊-subjugation squad-」
今日も相変わらず瞑想に耽るケルト。彼がこの通路で瞑想を始めたのは特に理由が有る訳ではない。ただ何となく、強者感を出すためだけに行っているお遊びである。
(ん?今日はやけに多いな。10人?いや、もっといるな。ははぁ~ん。賞金でも掛けられたか?いいねぇ~。がはははははははははは)
ケルトは大きな音を上げながら、嗤う。カタカタカタカタと。
表向きは嗤う骸骨討伐作戦と銘打たれたこの作戦は、実のところ魔術塔に圧力が掛かり、例の貴族家当主から討伐をすることになったのである。
大掛かりにしたのは、魔術塔はちゃんと討伐する意思がある事を対外的に見せるため。そのついでに、増え始めた魔物を間引くことにしたためである。
迷宮の魔物はある程度上限があるのか、一定数以上には増えない迷宮が多い。シズ迷宮もその一つと言われているが、8階層までしか事実確認はされておらず、本当かは未だ不明の迷宮である。
また、魔物は一定範囲内に留まる習性がある事も判明しているが、過去には何度か迷宮から溢れ出たこともある。
そのため、定期的に間引くための作戦が、迷宮組合と魔術塔の合同作戦として開かれるのである。または、強い個体が出現した場合も、同じ様に人を集めて討伐する。
「今回も順調ですね」
「そうだね。何だかんだ、辺境の小規模の迷宮に、顔を出す様な物好きは少ないからね。自然と地元民がハンターになって、街を護ってるのさ」
これはシズだけの問題ではなかった。辺境にある小規模な迷宮は基本的に見向きもされない。何故なら、既に踏破されている場合が多く、宝物などの一攫千金の夢も抱けないからである。
また資源も、中規模以上の迷宮でないと産出量もそれほど多くなく、あらかた調べが済み、儲けにならないと分かると商人達も去って行く。そして枯渇した鉱山町の様に、徐々に寂れていくのだ。
だが、魔物は常に湧き続けるため、ハンターと魔術師は常に必要な存在。有力なハンターが去って行くと、自然と地元民がその役割を担い始め、兼業ハンターも結構な数がいたりするのである。
シズもそんな寂れた迷宮の一つである。その理由は二つ。
一つはシズの迷宮が遺跡型と呼ばれる、全面が石造りの狭い通路と小中大の部屋で構成される迷宮という点。単純に宝物くらいしか、金目の物が無いのである。せめて何かしらの鉱床でもあれば、違ったかもしれない。
二つ目は出現する魔物の種類が少ない事。アンデッド系の魔物が半分を占め、他にはゴブリンや大型蝙蝠など、狩っても可食部の無い魔物ばかりな上、装備も貧弱。持ち帰っても屑鉄ばかりで金にならない。唯一、骨が工芸品や田畑の肥料になるくらいだろうか。実際、シズ迷宮は別名「骨の迷宮」と言われていたりする。
それでもシズという街そのものが廃れていないのは、周辺が開拓しやすい平原だったことが大きい。そこそこ大きい河も流れており、農耕も出来る環境が揃っていた。
さらに、迷宮街という事で、辺境ではあるが道も整っている。他の地域や街に行くための中継地として、商人や旅人に利用されているため、外から金もそれなりに落ちてくるのである。
「この階層だったね」
フェルナは階層移動の階段を降りつつ、隣を歩くゼンに問い掛けた。
「情報だとそうだ。昨日と同じ場所にいるかは知らねぇがな」
「昨日出会ったPTが不参加なのが惜しいねぇ」
「それは仕方ねぇ。魔術師を逃がして、その後すぐに自分達もそれを追って、全速で撤退したらしいからな。そっちも来てないんだろ?」
「あぁ、そうだよ。二人共走り過ぎて筋肉痛になってるよ。一人はベットから動かそうにも、全身が筋肉痛で動かせない状態だよ」
「こっちもほぼ同じだな。あと、全く攻撃が通らなかったのが堪えたのか、全員自信を失くしてたな」
「「・・・はははははははは」」
互いに、報告して来たハンターと魔術師の様子を教え合い、高笑いする二人。とても性格の良い二人であった。
「ははははは、・・・聞こえたかい?」
「あぁ、聞こえた。これが嗤う骸骨の笑い声か・・・確かに異常だな。おもしれぇ」
既に全員がその声を聴き、警戒態勢に入っている。そんな中で笑みを見せているのはゼンとフェルナを覗けば、「疾風」の団員とライラとマックくらいだろうか。
「おいおい、本当に嗤ってやがるな」
「本当だね。でも、おかしいね」
「何がだい?ライラ」
「こんな特徴的な骸骨なら、あたいらも一度くらい会いそうなのに、一度も遭遇した事ないよ?」
「「確かに」」
レックス達の疑問は仕方ない。何故なら、ケルトは他の魔物にも生まれ変わったりしている。さらに、彼らが主戦場とする中層から深層に、これまでケルトは居なかったのが、彼らと遭遇する機会を失くしていた要因と言える。
「そろそろか?」
先頭を行くレックス達は、新たに沸いている魔物を順調に制圧していきながら、各部屋の制圧は他のPTに任せ、徐々に大きくなる嗤い声の方に足を向けた。
そして、二手に分かれる突き当りを右に進んでいくと、それは居た。
ーカタカタカタカタカタカタカタカター
嗤う骸骨。
(ガハハハハハハハハ。何だこいつら?何人いんだよ。笑えるぅ。ガハハハハハハハハハハ)
俺は三十歩ほど離れた場所で、此方の様子を窺う一団を見ながら高笑いを続けた。かなりの数がいるとは思っていたが、予想を超える人数に笑いが止まらなかったのだ。
その間も一歩ずつ、慎重に自分に向かってくる一団を観察することも忘れない。重武装に重そうな武器を持つ前衛が十人以上。その後方にも鈍器を片手に持つ、比較的軽装の戦士達が十人以上続いているのが見えた。
そして、そのさらに後方に馴染みある顔を二つ見つけた。
(おっ!!命の恩人じゃん。挨拶でもしに行くかぁ~。俺は恩義に厚い骸骨だからよぉ~。ガハハハハハハハハ)
俺は座禅を解き、軽いノリでカタカタと歯を鳴らしながら歩き始めた。こっちは特に警戒することはない。余裕を見せるのもまた強者の特権。腰に片手を乗せ、足を交差させながら、腰をくねらせ、優雅に歩く。
この俺の隠し切れない強者の気配に気付いたのか、前衛の重戦士たちが武器を構えた。二人ほど見目麗しい女もいたが、残念ながら今の俺は骸骨。彼女達と一夜を共にするためのモノがない。残念、涙が止まらない。出ないけど。
しかし、俺は止まらない。何故なら、今は恩人に挨拶しに行くだけ、こいつらの相手は後回し。
(あとで遊んで、あ・げ・る)
徐々に距離が縮まり、俺の正面にいる戦士と目が合う。その童顔に不釣り合いな重装甲に、肩に乗せる様に構える大型の鉄槌。少し緊張気味なのか、額に汗が滲んでいるのが見える。
そして、童顔戦士の間合いに入った瞬間。その重装備とは思えないほどの滑らかな動きで、その手に持つ鈍器が俺の頭部目掛けて振り下ろされた。
ードゴンー
(おぉ~、良い一撃だ。重くて、鋭い。だが、何よりも、疾い。拍手だ。ガハハハハハハハハ)
明らかにやばい音がしたその一撃に、俺は両腕を交差させて受け止めた。当たる習慣に少し膝を折りながら、その重い衝撃を地面に逃がすことも忘れない。正直、それをしなかったら腕が飛んでたと思うほどの衝撃だった。
そして、彼はすぐに武器を手元に引き寄せ、再び構え成した。緊張気味の割に、その冷静な判断に賞賛しつつ、嗤う事も忘れない。それが俺の骨美学。
まさか、正面から受け止められるとは思っても見なかっただろう。彼は目を丸くして驚いている。そして俺はというと、受け止めた両腕を見た。
(おっ、まじですげぇな、こいつ。上に置いた左腕にヒビが入ってら。ガハハハハハハハハ。俺の骨もまだまだだったってことだな。ガハハハハハハハハ)
俺は正面にいる彼に、自分のヒビが入った左腕を見せつつ、両手を胸元まで上げ、親指を立てて賞賛した。勿論、嗤いながらだ。
ケルトが賞賛を贈った相手のケルトの内心は複雑だった。自分の放った一撃を受け止められたうえ、余裕のある態度で煽られたからだ。
(何なんだこの骸骨は。僕の一撃を。かなり本気に近い一撃を受け止められた!?それに何だ?何でこいつ楽しそうなんだ?本当に異常だぞ。もう一撃加えるか?)
彼がさらに一撃を加えるかどうか思案していたところに、骸骨は無造作に彼の横まで歩き止まった。そして、片手をゆっくりとした動作で上げ始める。
その一切殺気の無いその動作に、レックス含め周りにいたハンター達も反応が遅れた。
「レックス!」
誰かの叫び声が響く。だが、レックスは自分の顔にゆっくりと近づく、その骨の手に全ての意識が向く。声は届いているはずだが、それすら聞こえない程彼の意識は骨に向いていた。
(やられるっ)
レックスがそう思った瞬間、身体が強張る。迷宮に潜り始めてから、既に何度も感じている死の恐怖がそこにはあった。だが。
「えっ?」
骸骨の手はレックスの顔ではなく、肩に置かれた。そして何度かその肩を叩きながら、空いているもう片方の手で親指を立てている。それは、よくやったと褒めているかのようだった。
(・・・こいつ、また僕を!)
「舐めるなぁ!」
レックスはまた煽られたことで、闘志をむき出しにした咆哮を上げながら、戦槌の柄で骸骨を撥ね退ける。そして、体制の崩れた骸骨に今度は本気の一撃を打ち込んだ。
ーガギィンー
再び通路に響く戦槌と骨がぶつかり合う音。スケルトンとは到底思えない硬さを感じさせるその甲高い音は、まるで五大迷宮に巣くうアイアンゴーレムではないかと錯覚させるほどである。
「くっ、また防がれたかっ」
「しっ!」「おらぁ!」
戦槌を防ぐために再び腕を交差させ、動きの止まった骸骨に対し、左右からライラとマックのソロハンターコンビが、追撃を掛ける。
ライラの持つ武器は片刃の付いた片手メイス。今回の相手がスケルトンと聞き、普段の使っている片手剣から持ち替えていた。
そしてもう一方のマックは、愛用のハルバード。彼は基本的に使い慣れた武器以外は使わない。余程狭い場所でもない限り、持ち替えないのが彼の流儀だった。
ライラは左から骸骨の右膝の裏を、下から上に掬い上げるように放ち、その膝をさらに折り曲げて体勢を崩す。
ライラの攻撃で片膝を着いた骸骨に、マックが右から左腕の肘から先の切断を狙う。既にそれを察知したレックスも、マックの攻撃に合わせて自身の武器を下げる。
完璧。まさに息の合った流れるような連携攻撃は、その狙い通りに決まる。しかし・・・。
ーキィイイイインー
「ぐっ」
マックの身体はハルバードと共に、耳をつんざく高い音共に、弾かれるように後方に仰け反る。
「しっ」
続けて反対にいたライラは、その身体をくの字に曲げて、数メートル後ろに吹き飛んだ。
そして骸骨の正面にいたレックスにも、その眼を狙った骨の鋭い貫手が飛んでくる。レックスは咄嗟に柄を合わせ、貫手を右に逸らした。逸れた貫手は彼の右頬を掠め、さらに右耳を少しだけ切り裂いて通過した。
一瞬の攻防に、レックスは骸骨を睨みつけ、骸骨は嗤って返す。カタカタと。
シズにいるハンターの中では上位に入る三人と、戦いながら嗤う骸骨の攻防は、たった数撃だが互角と言って良いものだった。
その証拠に、周り居たハンターは誰もその攻防に、割って入ることが出来なかったのだから。
骸骨はゆっくりとした動作で、レックスの顔の傍から手を引く。レックスもまた、その近すぎる間合いから脱出する様にゆっくりと後に下がった。
そして。
ーカンカンカンカンカンカンカンー
ーカタカタカタカタカタカタカター
骸骨がレックスに向けて拍手を贈った。勿論、嗤いながら。
(う~ん、素晴らっすぃ。見事な連携っ)
ケルトは素直に三人を賞賛していた。
特に正面の童顔。数舜反応が遅れたというのに、ケルトの貫手を冷静に捌いた。それに膂力もある。今の一撃は最初の一撃よりもさらに重く、疾かった。
(ははは。今度は右にもヒビが入ってら。ガハハハハハ)
ケルトの右手には、左の腕よりも深く長いヒビが入っている。これをあと数発受ければ、確実に折れるだろう事が、誰の目に見ても明らか。
(それに冷静だな。あんな咆哮を上げていたくせに、こっちの動きに合わせて自然に数歩下がった。すばらっ!―――!?)
ーごぉおおおおおおおー
ケルトが余裕を扱いて拍手を贈っていた間、後方にいた全ての魔術師と魔導師二人が魔術を放つタイミングを計っていた。
そして彼らの放った炎の魔術が一斉にケルトに迫り、その骨身を包んだ。
その圧倒的な火力に、通路全体は明るく照らされ、さらにその気温は急激に上がる。その発光の中心は直視できないほどに輝いている。
レックス達は魔術が飛んできた瞬間に後方に飛び退り、光とその熱波から顔を護る様に両腕を上げ、下がり続ける。
その熱は近くいた者達にも、十分危険な熱さを持っていた。
レックスは目を細め、腕の隙間から轟々と燃え続ける魔術の中心に視線を送る。しかし、過剰と言える炎の渦の輝きに、その中にいるであろう骸骨の姿は見えなかった。
炎の威力は衰える処か、さらにその激しさを増す。そこに魔術師達は新たな魔術の炎を追加で放ち、その骨を完全に溶かすつもりでいた。
しかし。
ーカタカカタカタカタカタカター
炎の中心から嗤いが響く。
ーカタカタカタカタカタカター
また、今度は少し速い。
ーカタカタ、カタカタ、カタカター
嗤い声が近づく。
ーカタカタ、カタ、カタカタ、カター
炎の中心から。少しずつ。
ーカタ、カタ、カタカタカタ、カター
影が浮かび上がる。そして―――。
ーカタ、カタカタ、カタ、カタ、カター
全骨が溶け、ほぼ原形を留めていない骸骨が、彼らの前に姿を現した。




