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004「嗤う骸骨-Funny Skeleton-」

(ふむ、どうしたものか。何だかんだで、レベルなるものが何時の間にか上がっていたようだ。この間の戦いでは、人族の武器を何度も弾き返し、魔術の炎さえ耐え抜いた。ちょっと溶けたけど・・・)

 シズの迷宮中層。監禁事件からこれまで、ゾンビからのスケルトン退化で遊んでいたケルトだったが、何時の間にかスケルトンのレベルが上がったことで、今では骨の方が強いという謎現象に悩まされていた。

(これなら、初めから骨で戦った方が強くね?)

 通路の真ん中で座禅を組み、相変わらず歯をカタカタと鳴らしながら、瞑想擬きで考え事に耽る。


ーガンッ、ガンッ、ガツンー

「こいつだよな?例の嗤う骸骨って!?」

「そのはずだ。情報通り、かてぇえええ。何だよこいつ。本当にあのスケルトンか?」

「離れろ!炎で溶かしてやる!」

 瞑想中のケルトに対し、先程から八人PTのハンター達が思い思いの武器で、その光沢と艶のある骨の身体を砕こうと、必死に攻撃を加えていた。

 しかし、既に交戦(一方的なリンチ)が始まって五分以上。ケルトの身体には少しだけ表面に傷がついたくらいで、ほぼ無傷と言っていい状態だった。

「出でよ炎よ。目の前の骨を溶かし尽くせ!」

 魔術師の男が放った大きな炎の渦は、ケルトを覆い尽くすとその場で残り続け、ケルトの身体を焼き続けた。


(うーん。どうしたものかぁ。レイスとゴブリンのレベルは全く上がってないんだよな。これは何でだ?ゴブリンの方が人族をやった数は多いはずだ。訳が分からん)

 渦巻く炎に焼かれながら、ケルトは嗤いながら瞑想を続ける。

 今の彼にとって、目下の悩みは二つ。一つは強くなり過ぎたスケルトン。そして二つ目が、全くレベルが上がる気配の無い、レイスとゴブリンについてだった。

 ゾンビに関しては、特に困っている所は無かった。階層に関係なく、ゾンビはどんなに当りを引いたとしても、数時間から数日で、骨だけを残して裸になってしまう。文字通りすっぽんぽんである。

 レベルが上がった場合どうなるかは気になるところではあったが、他二体に比べればそこまで焦る理由は無かった。


 炎の渦の中から、カタカタと嗤う音だけが聞こえる様は、ハンター達にとっては軽いトラウマになる光景かもしれない。

「ちっ、俺も参加する。もっと離れろ」

 もう一人いた魔術師の男が、全く動じていない骸骨にワンドを向けた。

「炎の渦よ。さらなる炎の渦よ。目の前の骨を焼き、溶かし尽くせ」

 少し長めに詠唱したことで、炎の渦は一回り大きくなり、熱さも一段階高いものが骸骨に向かって突き進む。

ーゴワァンー

 炎の渦がケルトに届くと、最初に放たれていた炎の渦と混ざり合い、その勢いは倍以上に膨れ上がる。

「これならどうだ?」

 二人の魔術師とそれを護る様に展開した六人のハンター達は、十分に距離をあけたはずの自分達の元まで届く、その熱波に耐えながら、固唾を飲んで炎の渦を見詰めた。そして・・・。


ーカタカタカタカタカタカタカター


 炎の渦の中からゆっくりと、所々が青黒い光沢に変色した骨が、彼らの目の前に姿を現した。勿論、嗤いながら。

「何なんだ、こいつ!ありえねぇだろ。この階層ならこれで十分どころか、過剰な攻撃だぞ!」

 後から炎を放った魔術師は、その光景に悔しさと恐怖の入り混じる声で叫んだ。

「構えろ。油断するなよ。報告書にはスケルトンとは思えないホド、素早いらしいからな」

「「応っ!」」

 6人のハンターは、後ろでパニックになりかけている魔術師を護るため、再び武器を構えた。ゆっくりと近づいて来る嗤う骸骨から目を離さないように、自分達も少しずつ滲み寄る。そして自分達の間合いまで、あと一歩のところまで骸骨に近づいたところで、全員が動き出した。

「今だ!全員一斉にかかれっ!」

 リーダーらしき男の号令で、6人は骸骨を取り囲んで一斉に袋叩きにし始める。だが、それでも嗤う骸骨は止まらない。一歩、また一歩と彼らの間を通り抜け、後方でワンドを構える魔術師の二人の元にと近づいて行く。

「逃げろ!」

 止められないと判断したリーダーの声で、二人の魔術師は踵を返し、振り返る事無くその場から逃げ出した。

 これは、もしも不測の事態が発生した場合。ハンターを見捨てて、魔術師の二人は地上に帰還することを優先する。予め互いに了承して決めていた動きだった。

 しかし、此処からハンター達にとって初めての体験をする事になる。

「二人は逃げたな?」

「あぁ。此処に来るまで、他の奴等も魔物を倒していたし、二人は大丈夫なはずだ・・・えっ!?」

 ハンター達が骸骨の行く手を阻むように立ち塞がると、何故か骸骨は背を向けて歩き始めた。

「どうする?」

「・・・帰るか」

 リーダーは何処かやる気をなくした骸骨を見て、撤退を決断するのだった。


 この日、三か所あるシズ迷宮支部のその全てで、同じ話題が話されることになる。それは、嗤う骸骨に出会った複数のPT全員が同じ体験したというもの。

 その内容は細部に違いはあるものの、概ね同じ内容だった。

 何故か例の嗤う骸骨が通路の真ん中で座っており、此方が攻撃を加えても全く反撃はせず、その場に座り続ける。

 だが、その骸骨に炎をぶつけると嬉しそうに嗤い始め、もっとくれと言わんばかりに、魔術師に要求するような仕草を向けるのだという。

 仕方なく魔術師がそれに応えてやると、骸骨はさらに嬉しそうに嗤い続け、しばらくすると満足そうに立ち上がり、片手を挙げてから、背を向けて去って行く。それはまるで、また明日と言っている様な仕草だったと、出会った者全員が語るのだった。


 同日、迷宮組合の組合長ゼンは、予想外の所から依頼を受けることになる。その依頼主とは、塔の魔導師達からだった。

「おい、お前ら聞け。明日は魔術師総出で、その座禅組んでる骸骨の所に向かうことになった。塔もこの話に興味があるらしい。階層の関係で、連れて行ける奴は全員護衛として雇ってやるとよ。参加する奴は受付嬢が帰る前に申請しとけよ。飛び入り参加は認めねぇからな。勿論、個人参加でもいいぞ。それと、明日潜る予定だった奴等には、別途違約金も出すとよ」

 この依頼に対して、多くのハンターがPT、個人問わずに参加を申請した。中には階級に見合わない者もしれっと申請を出していたが、そこは百戦錬磨の受付嬢達である。階級を落とすぞと脅して返り討ちにしていた。


 そして、翌日の早朝。迷宮の入り口には、これまで見た事が無い程の魔術師が、魔導師二人の指示の元に集まっていた。



「フェルナ、あんたも来たのか?」

「あぁ、私も興味があってね。前回の事もあるからね。一度、見ておこうと思ってね。そういうあんたも来るのかい?ゼン」

「あぁ、いい機会だ。俺も一目、見ておくつもりだ」

 魔導師の二人の内の一人は、一週間ほど前に会ったばかりのフェルナ。そしてもう一人の若い魔導師が、挨拶を躱す二人に近づいて来た。

「おはようございます。お久しぶりです、ゼン殿。お元気そうで何よりです」

「おう、ジョーイも元気そうだな。たまには光りを浴びろよ。今日は俺も参加させてもらう。よろしくな」

「ははは、此方こそよろしくお願いします。急な依頼に応えて頂き感謝します」

 ゼンは自分が送った助言に対し、空笑いで受け流した少し顔色の悪い、魔導師の男ジョーイを睨む。

「冗談で言った訳じゃないぞ。陽の光は少し浴びるだけでも、十分気分を良くする効果があるらしいからな」

 少し強めに助言を繰り返したゼンに、ジョーイは笑顔は崩さず、真剣な眼で頷き返した。

「はい。ですが、この隈はあれです。この間の件の後始末に、少し追われてまして。昨日、ようやく一段落した所でして」

 ジョーイの言っている件とは、貴族の坊ちゃん魔術師が仕出かした契約違反のことである。


 結局、嫡男のキサロ卿に話が行く前に、当主がもみ消しに走ったことで、事件そのものを無かったことにされてしまい、後味の悪い終わりとなっていた。

 だが、問題を起こした孫については、国内全ての迷宮の立ち入り禁止。そして、それに協力した者に関しても、厳しい罰を与えることを当主に承諾させることには成功した。これはキサロ卿が裏で、政敵のブレン家に情報を流した事で実現できたことである。

「そうか。だが、これが終わったら、少し休め。お前は若手の中じゃ、一番優秀なんだ。こんな所で潰れて終わるなよ」

 ゼンがこれほどまでに、彼を気に掛けるのには訳がある。それはジョーイが最年少で魔導師まで駆け上がった逸材だからである。魔導士になって以降、頻度こそ減ったが、迷宮探索にも月に五回は参加している。組織は違えど、貴重な深部を探索できる魔術師は、迷宮組合にとっても必要な人材なのだ。

 だがどうも、その事が中央の魔導師達には気に食わないらしい。彼を王都から追い出し、辺境のシズの閑職に回したのだ。

 出る杭は打たれるとはいえ、それをするのは才能の無い阿保が、才能のある天才を潰したいだけの、愚かな行為としか言いようがなかった。

「はい、肝に銘じておきます。それで、軽く打ち合わせをしておきたいのですが。例の階層で実際に護衛して下さる主要な者を集めて頂けますか?」

「それならもう集めてある。こっちだ」

 ゼンは踵を返して歩き出そうとしたところ、ジョーイが若い魔術師の男女に手招きをして、連れて来た。ゼンはその二人の顔を見て、少し気まずそうに軽く手を挙げて挨拶を送った。

 相手の二人は特に気にした様子は見せなかったが、ゼンの気持ちも汲んで、軽く手を上げて挨拶を返すのだった。


 一年ほど前、他所から流れてきた若手PTに対して、ゼンは少しだけ実力が上のカイルとエバの二人を紹介した。ゼンの見立てでは、その若手PTは魔術師無しでも5階層は踏破できる。しかし、それ以降の階層は魔術師の援護があった方が良いと判断しての人選だった。

 しかし、残念ながら悲劇は起きてしまう。自分達よりも年下なのに、実力が上の魔術師に対し、劣等感を感じていたその若手PTは、無理な攻略を何度も強いた挙句、最終的に迷宮の深部に、魔術師を置いて逃げ帰るという迷宮ハンターが一番してはいけない御法度を犯した。

 この件は直ぐに大問題となり、二人を救出するためにゼンと、赴任して来たばかりのジョーイも出張る羽目になった。何故なら丁度運悪く、少し早めの構造変化が起きてしまったのだ。

 結局、二人は無傷で迷宮から自力で出て来たが、塔からは四十日間の魔術師の探索禁止令が出された。そして問題を起こした若手PTは、事が発覚した直後の混乱に乗じて、さっさと逃げだして行方不明のままである。

 結果、高い勉強代を組合が肩代わりする羽目にもなったのである。


 ゼンは一年前の出来事を思い出しながら、四人を少し離れた位置で固まっていた一団の元に案内した。

 その一団の顔触れは、このシズ迷宮の中層から深部で、主に活動しているPTの代表者や個人参加者。特にPT「疾風」はこのシズ迷宮の深部で魔物の間引きを任せている若手PTの中では、一番の有望株である。等級こそまだ低いが、シズ迷宮の危険度なら問題無く踏破できる実力を持っている。

「今回は大きく二つに護衛の役割を分けた。一つは道中の掃除係。これは階層毎に適任のPTや個人参加のハンターに振り分け済みだ。二つ目は、予定階層で魔術師達を直接護衛する者達だ。此処にいるのはその二つ目の役目を与えたPTの団長と個人参加のハンター達だ」

 フェルナ達は、集まったハンター達に軽く会釈をすると、ジョージが代表して話を始めた。

「皆さん。今日は宜しくお願い致します。此方の方でも、各階層の掃除役のハンターに同行する魔術師と、例の骸骨さんがいる階層に行く者とで分かれています。ゼンさんには事前にお伝えしておりますが、皆さんに護衛をお願いする魔術師の人数は私とフェルナ導師を含めた12名の魔術師です。全員が5級以上、あるいは5級相当の実力を持つ魔術師となります。ある程度の自衛もできますが、近接戦闘に不慣れな点は変わりありませんので、皆さんのお力をお借りします」

 ジョージは言い終わると再び軽く頭を下げた。そして、続けて話しを始める。

「さて、皆さんもお気付きかと思いますが、此処に集まって頂いた方は皆、ある程度その実力が保証されていると同時に、塔が密かに認定している優良ハンターかそのPTです」

 ジョージは確認するように、集まる八人男女の反応を見る。

 それに対し、集まった八人の男女の内、六人が頷いた。

「えっ?まじ?そんなのあったの?」

「あたいも初めて知ったよ。というか、他の皆は知ってたのかい?」

 驚いている二人の男女は、どちらも特定のPTには属さないソロハンター。通称「宿無し」あるいは「流浪人」。彼らの多くは特定の迷宮街には属さず、数年毎に違う迷宮を転々としている者が多い。潜る際は馴染みとなったPTからの声掛けか、自分から臨時加入を持ち掛ける。今回の様な個人でも参加可能な依頼で日銭を稼いでいる者達である。

「何だ?ライラとマックは知らなかったのか?」

 そんな二人に声を掛けたのは、PT「疾風」の団長レックス。20歳の若手ながら、15歳から迷宮に潜っているため既に5年近い歴を持つハンターである。そして、小規模の迷宮を三つ踏破している実力者でもある。今はゼンから教えを受けており、シズに一年以上前から滞在している。

「知らないよ、そんなこと。レックスも知ってんなら、教えといて欲しかったよ」

「・・・いや、ダメだろ。今、ジョージが言ってただろ。密かにって。たぶん、同行する魔術師が毎回査定してるはずだ。それで、ジョージ。何か新情報でもあるのか?」

 レックスはそれ以上話が脱線しない様に、ジョージに話を戻す様に話を振る。

「はい。この二人から皆さんにだけ、骸骨の情報を一つだけ開示します。カイル、エバ。頼みます」

 ジョージの紹介で二人の若い魔術師が前に進み出る。

 しかし、此処に集まる者達にとっては顔馴染みだ。一年前の事件も含め、この街で二人の事を知らないのは、事件後にこの街に来た者か、新人ハンターくらいだろう。ある意味、カイルとエバの二人は有名人とも言える。

「先に言っておくと、確定情報じゃない。信じられないかもしれないが、おそらくあの骸骨は、「元」人間かそれに近い何かだと思う」

 集まる者達全員が、「何言ってんだこいつ?気でも触れたか」と言わんばかりの顔でカイルの顔をまじまじと見つめていた。

「カイル・・・。何か悩み事でもあるのかい?何だったら今夜あたり、あたいが一発か五発くらい面倒見て上げるよ?」

「ライラ!カイルは私のっ!」

 ライラの揶揄い半分、本気の下ネタ入りの心配発言に、慌てて二人の間に入るエバ。その素早い反応に皆が微笑ましい笑顔を向ける。

「ははは。悪い、悪い。そうだったね。カイルにはエバいるもんね。それで・・・、冗談という訳じゃないんだね?」

 カイルはライラの再度の確認に強く頷きながら、腕輪を見せた。それにエバも慌てて、自分も付けているお揃いの腕輪を見せる。

「それは・・・宝物だね。どんな機能があるんだい?」

 レックスはその珍しい形の腕輪を見て、一目で宝物であることを見抜いた。

「使い方が分からないんだ。それに、俺とエバに使用者制限?と言えばいいのか、他の人は身に着けても反応しない」

 カイルは見易いように腕を伸ばし、腕はに付いている丸い突起を押した。すると、腕輪の真ん中に文字らしきものが浮かび上がった。

「おお、すげぇな。試してもいいか?」

 マックは身を乗り出して、腕輪から浮かぶ文字に手を重ねる。しかし、文字は浮かび続け、消える事は無い。

「構わない。だが、さっきも言ったが俺以外に使えないからな」

「あぁ、分かった」

 カイルが腕輪を外すと、それまで浮かんでいた文字も消える。そして腕を伸ばして待っているマックの手首に着けた。

「ここを押せばいいのか?」

「そこだ。最初はその突起以外は反応しないんだ」

 壊したらとんでもない額の賠償を払わなければいけない可能性があるため、マックは慎重にその丸い突起を押した。

「本当だな。さっきは直ぐに文字が浮かんでたよな。ありがとよ」

「やっぱりだめか」

「それで、その腕輪がその噂の骸骨と関係あるのか?」

 カイルは頷くと、この腕輪を手に入れた経緯と、その時の骸骨の様子。そして、まだ記憶に新しい、馬鹿貴族の事件の時の事も語る。

「これが、俺達が例の骸骨と思われる個体と会った時の話だ」

 皆はカイルの回想を最後まで静かに聞き終えた。そして、眉間に皺を寄せつつ、唸る。その反応は至極当然だ。もし、カイルの話が本当なら・・・。

「カイル。本当に止めは、あんた自身が差したんだね?」

「間違いない。エバと二人で念のため、骨も拾って持って帰った。塔でも調べて貰ったが、ただの骨で間違いないと結論付けられた」

 断言するカイルに、ジョージとフェルナも同じように頷いた。

「・・・厄介だね。つまり、その骸骨は倒しても、また復活してくるかもしれないと言う事だね?」

「本当に同じ骸骨かは分からないんだ。ただ、嗤う骸骨なんて他にいるとは思えない」

 数舜、レックスは思考の海に沈み、すぐに方針を打ち出した。

「・・・分かった。皆、出会っても無闇に攻撃は加えず、最初は様子を見ようと思う」

「いいよ。そもそもレベル3以上のスケルトンなんて、会ったことないからね。そのくらい慎重でもいいと思うわ」

「俺もそれでいいぜ」

「私も」

 レックスの提案に全員が了承を伝えると、その後は実際の護衛配置などをジョージ達を交えて行い、出発の時間になった。

 彼らは今日、ハンター史上において、歴史に残るであろう体験をする事になろうとは、少しも予想していなかった。


 彼らを待つように、骸骨は今日も通路の真ん中で瞑想を始めていた。

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