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031「気付き-Realization-」

 アンネの生活にある変化が起きていた。

 約一月前、何時もの様に中庭の真ん中で骸骨から謎の指示を受け続けている時、アンネは文字を書くように命令を受けた。

 文字を書け。その単純な命令に従い、アンネは杖を使って地面に主言語の文字を書き始めた。

 全ての文字を書き進めている間、何時もはカタカタと歯を鳴らしている骸骨が静かな事に気付いたアンネは、書き終わりと同時にその様子を窺った。

 顔を上げたアンネの視線にも気付かず、骸骨は顎が外れるほどにその口を大きく広げ、固まっていた。

 今なら殺せるんじゃないかと思うほど、無防備な骸骨の様子に不穏な考えが一瞬頭を過ぎるが、そもそも支配されている彼女に骸骨を攻撃することは出来ない。考える事はできるが、何時しかそれも止めてしまっていた。

「ちょっと。次は何?」

 何時からかは覚えていないが、彼女の言葉遣いは日に日に悪くなっている。これも骸骨による様々な尊厳の破壊が原因かもしれない。

「おいっ!このスケベ骸骨!さっさと死ね!いや、待てよ。こいつもう死んでるよな。アンデッドだし・・・。まぁ、いいか。とりあえず、死ね!」

 反応の無い骸骨に、日頃のうっ憤を晴らすかのように暴言を吐き続ける事しばらく、ようやく骸骨は地面に書かれた文字から目を離し、天を見上げた。


ーカタカタカタカタカタカタカタカター


 そして、両手を大きく広げ、嗤い始めた。それは神に感謝を送るかのような仕草。そして、骸骨自身の感情が爆発している様にアンネは感じた。

 固まったまま動かなったかと思うと、今度は天に向かって嗤い続ける。それからしばらくの間、アンネは骸骨の嗤い続ける姿を見せられるのだった。



(ついに、ついにやったぞ。文字だ。それも俺の知識にある言語とは全く異なる文字だあああああああ!)

 ケルトはこの数ヵ月、アンネに自分が知る文字を見せてみたことがある。だが、どういう訳か彼女にはそれが文字とは認識できない様子だった。

 その後もあらゆる文字を試すも、彼女からの反応は芳しくなく。結局、彼女自身が使っている言語の文字を書かせる以外に方法を思い付かなかった。

 この他にも、様々な物を指差しながら名前を言葉にする様に、肉体言語で伝えたりもしたが、逆にケルトの方が理解出来なかった。

 文字が分かっても意思の疎通が出来ない可能性を残しつつも、ケルトは「文字を書け」という命令文を探し続けていたのである。

 彼が意思の疎通を試みようとしている理由は、自分と同じ不可視の魔弾を放ち、大魔方陣から放たれた大魔法を、一人で防げる実力を持つ魔女と話をしたいからである。

(よし、よし、よし。落ち着け俺、もう一度だ。もしかしたら、ただの偶然という事もある。「鼻をほじって、尻を見せろ」)

 ケルトが支配の術を介してヘンテコな命令を送ると、再びアンネは杖を使って地面に文字を書き始めた。見る限り、隣に書かれた文字と同じものを書いている。それを見てケルトは再び喜びを爆発させる。

(ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。ついにやったぞ。あとは俺の方が、これを文字と認識しているかどうかだ。アンナは俺の書いた文字を認識できていなかった。まだ、喜ぶに早かったな。だが、一歩進んだぞ!)

 天高く響くケルトの嗤い声は、障壁を越えて微かに外の城下町にも届くのだった。


 ケルトがアンネに文字を書かせることに成功してから数日。ケルトは街に出掛けることはせず、昼夜を通して文字を覚えることに集中していた。

 今はアンネの書いた文字を真似ながら、文字を書き写している所である。

(くそっ。まただ。何かが邪魔して、文字を文字として認識できない様にしている。なるほどな。俺の書いた文字を、アンナが認識できなかったのも無理はない。少なくとも、今は無理だな)

 ケルトの前には二種類の文字?が並んでいる。一つはアンネが数日前に書いた文字。そしてもう一つは、ケルトが彼女の文字を真似て書き写したもの。しかし、二つの文字は似ても似つかないものになっていた。

 同じ文字を書いたつもりでも、ケルトが書くと全く違うものになる。これは、以前にアンネに書かせた時と同じ現象だった。

 これはケルトの方でも、アンネ達の使う言語を認識できないという事を示している他ない。

 だが、ケルトはそこで諦めなかった。そこから彼は様々な考察をしては、書き写すことを止めなかった。何かこの問題を解決する糸口は無いかと、繰り返し書き写しながら、再び試行錯誤の日々に突入していた。

(何が原因だ?俺が魔物で、アンネが人だからか?だが肉体言語は通じるぞ。という事は、決して意思の疎通が図れない訳じゃない。聖神と魔神の御遊びの決まり事(ルール)か?なら、何故肉体言語は通じる?いかん、堂々巡りになっているな。少しアンナを揶揄って、息抜きでもするか)

 ケルトは中庭の真ん中で魔術の鍛錬を積んでいるアンネの元に近づき、ある命令を与えた。

「きゃあ。・・・・・・こんの糞骸骨がぁあああああああ」

 裸になって咆哮を上げるアンネを見て、ケルトはカタカタと嗤う。

(ガハハハハハハハハハ。油断した・・・な・・・。そうだ。そうだった。よくよく考えてみれば、今も意思の疎通は出来ている。もし互いの言語や意思の疎通が図れないのなら、そもそも支配の魔術で命令を与えても、それをアンナが理解することは出来ないはずだ。アンナが命令を理解できない時は確かにあるが、それはこっちにあって、あっちには無い言葉、あるいは概念だからじゃないのか・・・。何故、今までこんな簡単な事に気付かなかった?)


 急に静かになった骸骨の異変に気付いたアンネも、罵詈雑言を止めてその様子を窺った。

「何?いきなり黙り込んで、怖いんだけど」

 彼女は半年近い時間を骸骨と過ごして行く中で、少しだが骸骨の性格を理解し始めていた。

 嗤う骸骨は基本的に楽観的で愉快犯で気紛れ。絵に描いたような自己中で、自分がしたい事だけをする自由な性格をしている。そして、そういう者の多くは、広く浅く齧り続けるか飽き性の者が多い中、この骸骨は凝り性だった。

 普通なら数時間もすれば切れるのが集中力。だが、嗤う骸骨はあの日から中庭の片隅で、常に変な模様を書いては消すを繰り返していた。常人では決して不可能であろうことを、あの骸骨は平気で行う。

 そして、それを見ていたアンネは、骸骨が文字を覚えようとしている事に気付き、同時に何故自分が生かされているのか、その答えに辿り着いていた。

 もし骸骨が目的を達成したら、自分も首を撥ねられるかもしれない恐怖から、彼女は一切それに触れない様にしている。

 今の所、変な模様ばかり書いている事から、全く進んでいない事は分かっているが、少しでもその日が遅れる様に神に祈り続けていた。

 そんな彼女の心配を他所に、骸骨は何かに気付いたのか、それとも違う疑問が生まれたのか。翌朝、アンネが掃除を始めても、中庭の真ん中で思考に耽り続けていた。


 ケルトが深い思考の海に入って数日、その思考は意思の疎通の謎から、ケルト自身についてに及んでいた。

 自分やゴリという存在が、異端過ぎるのではないかという事に、何故か今になってケルトは気付いた。

 迷宮の魔物は基本、迷宮の生み出す疑似的生命。その存在は長い時間をかけてようやく表の世界に定着し、自我が芽生え始める。それまでは迷宮の玩具でしかない。

 なのに自分達は初めから薄い自我が有り、時が経てば復活するのが当たり前の事だと思っていた。これの何処が、当たり前なのか。

 そして復活する度に自我は強くなり、あるはずの無い知識と記憶を手にしていた。気付けば、迷宮の中を自由に闊歩し始め、魔術や人、果ては料理などの知識と技術まで手にしていた。

 ここに来て初めてケルトは畏れた。聖神や魔神の二柱の大神を欺き、ケルトを含む複数の者達を、そういう風に生まれる様に設計した者がいるということに。

(これは、さすがに洒落にならんぞ。俺という存在は確かに此処に在る。だが、この記憶の断片をよくよく整理してい見れば、到底一人の記憶では収まらない。それどころか、一度も作った事の無いはずの料理をアンナに教えまでしている。ククク。ガハハハ、ガハハハハハハハハハハハ。一体誰だ?お前か?名も無き神よ。この俺に、こんなにも面白い生を与えたことを後悔するなよ!ガハハハハハハハハ)

 数日間の間、一切微動だにせず中庭の真ん中で座禅を組み続けていたケルトは、狂ったように嗤い続けた。


「うわっ。何よいきなりっ!びっくりさせんなドスケベ骸骨がっ!死ねっ!」


 ケルトのすぐ隣では、アンネが魔術の鍛錬を積んでいた。だが、そんなことは一切気にせず、数日前同様に両手を天に向けて嗤う。前回と違うのは、喜びではなく悦び。感謝ではなく嘲笑。そして、神への挑戦。

(おそらく、俺という存在はこの世界では異物。だが、この世界の子であることに変わりはない。ならば問題無い。少し諦めかけていたが、意思の疎通は問題無く出来ている。それに気付けた。つまり、この世界を一つ知覚したのだ。出来るはずだ。だから、そこで見ていろよ。お前が俺を創ったんだ。ガハハハハハハハハ)

 ケルトはこの日から、アンネへの命令文探しを中断した。今すべきはこの世界を知覚、認識すること。

 そのために、目の前にある手掛かりである文字を書けるように、そして読めるように思考と試行を繰り返す。

(文字の発見に喜び、視野が狭くなっていたな。覇王たる俺のしたことが、何とも情けない。いや、覇道とはそれほど険しく、困難な道という事なのだろう。この情けない過去が無ければ、気付けなかったかもしれないのだ。よし、反省は終わりだ。まずは、最初の文字。この一文字だけをひたすらに、愚直に書き写す)

 今までとしてきた事と同じ。だが、今度は気付きを得てからの思考と試行。ただ黙々と書いていた前とは違う。

 何か変化が起きるのではないか。それとも起きないのか。そんな些細な事でも、今のケルトにとっては前進するための切欠になる。そう信じて、ケルトは地面に座り、自分の指で土を削り続けた。



 骸骨から命令され続ける時間が無くなった代わりに、自由時間が増えた。というよりも、骸骨が何も指示をしないので勝手に自由時間にしている。

 私は既に用済みなのかと思われたが、それでも骸骨は私を生かし続け、週に一度は文字を地面に書き直しを命じられた。

 そして、私が魔術の鍛錬を始めると視るだけでなく、魔力を可視化してゆっくりと実践してくれるようになった。

 魔力を練る所から起こり、起こりから構築、構築から発動。工程はもっと別れていたが、そのどれもが荒かった。

 美しさはない。だが、骸骨の魔力は一切ズレが無く、発動の流れは滑らかだった。それはまるで、画家がいい加減に描き始めたように見える絵画が、何時の間にか一枚の風景画に変わる様に似ている。

 そして、続けて同じ魔術を最初から丁寧に見せてくれた。

「このスケベは、試行回数を増やせと言ってるのかしら?でも、むかつくわ。なんなのよあれ。あれだけいい加減に魔力を扱って、何で発動まで出来るのよ!理不尽よ。死ねっ!」

 実力の違いを見せつけ、胸を張ってアンネを見下す骸骨。その態度に彼女は毎回怒りを覚えるのだった。


(何か下僕が不敬な事を言っている気がするが、悔しがっているのは分かるから許してやろう。我の寛容さに敬意を持つが良い。ガハハハハハハハハ)

 ケルトは一応、アンネのおかげで一つだけでない気付きを得ている。少しだが、魔術の鍛錬を真面目に視てやることにしていた。

 ケルトの中で、アンネの評価は可もなく不可もなくといった所が正直なところ。本人次第では化ける可能性は十分にあるが、才ある者よりも数倍の努力と継続する忍耐が必要。それが彼女にあるかは、今の所分からない。

 だが、少なくとも今は毎日続けている。だから、少しだけ魔術とは何かを見せた。あとは彼女が気付けるか次第。

(まぁ、人なんだから魔術よりも聖術を使えって話なんだが、こいつらはどうも聖術をどこかの時点で廃れさせたか、失ったかしている様だ。可能性として、こいつらは第四世界の人かもしれん。ならば、第三世界で何かがあったはずだ。そこら辺が分かれば、こいつらが聖術を扱えぬ理由も解るかもしれないな。だが、歴史関連の知識は意図的に伏せられている気もする。何をさせたいか知らないが、俺は自由にこの生を謳歌させてもらうぞ。神よ。ガハハハハハハハハ)

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