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003「噂-gossip-」

 五大迷宮を筆頭に、世界各地に点在する迷宮。何故それが存在するのか、何故魔物が湧くのか、それらの謎は今だに判明していない。

 だが分かっている事もある。それは迷宮最深部に生える樹に実る「神秘の雫」と呼ばれる秘宝について。

 その実は迷宮を踏破した者に贈られる神からの祝福とされ、人に人知を越えた知恵と力を授ける。そして迷宮を踏破し、実を手にした者は踏破者と呼ばれ、人々から讃えられる存在になるのだ。

 過去の踏破者の多くが、その手に入れた力によって数々の偉業と功績と共に、歴史にその名を遺している。

 その中で最もその名を人類史に遺したとされるのが、架空の人物ともされる偉大な千年王ヴォルフグラズ。

 他の踏破者が遺した全ての伝説を足したとしても、彼一人には遠く及ばないとされる伝説の踏破者である。

 そのヴォルフグラズが残した伝説の中で、最も有名なのが「不老不死」。その力で千年王国を築き上げた彼は、長く大王として王国の繁栄を見届けた。しかし、丁度千年が経過した年、ヴォルフグラズは自身が築き上げた王国と共にその姿を消した。

 詳細な記録は残っていないが、伝説では一瞬にして王都ヴォレグのあった地は更地になり、そこに住む全ての命が失われたとされている。

 唯一残っている彼に繋がる情報は、ヴォルフグラズの最後の子にして、彼の直系血筋では唯一の生き残りである末娘のヴェレナーデという名が、叙事詩に残されているのみ。

 その彼女が遺したとされる手記もあるが、本人が書いたかはっきりとしていない。何故ならその手記は、彼女が生きていたとされる時代から、数百年以上後に書かれた物だからである。

 だが、その手記に書かれた最後の一文に、多くの歴史家が魅了されている。

『我が父にして、偉大なる大王。彼の魂は、いずれこの地に降臨するだろう。その日、世界は真に祝福される』

 今もなお語り継がれる謎多き王の伝説は、多く若者が憧れる英雄譚であり、彼らを迷宮へと誘う力を秘めている。

 そして何時しか自分こそ、彼の王を越えるのだと夢を与え続けているのである。



 シズ平原の南東にある迷宮を囲むように広がる街”シズ”。通称迷宮街と呼ばれるこの街は、世界各地に点在する迷宮とほぼ同じ数だけ存在している。迷宮街が傍に無いのは、五大迷宮と一部の辺境や秘境に存在する迷宮のみとなっている。

 大抵は迷宮がある地名が、そのまま迷宮と街の両方に使われている。そのためシズ迷宮と言えば、迷宮であり街の名前として、地元民や迷宮ハンターには通じるのである。

 だが、シズに関しては少し事情が異なる。長年シズ迷宮に入るための入り口が発見されず、何もない平地に突然魔物が湧いていた。

 そのためシズの街は迷宮街としてではなく、最初は交易路として発展していき、町周辺の開拓が進むと王国でも十指に入る穀倉地帯として成長を遂げたのである。

 そんな歴史をもシズに約100年前、ようやく迷宮への入り口が発見され、今に至るのである。


 では何故、危険な魔物が這い出る迷宮近くに街が形成されたのか、その理由は単純。元から町があったからである。

 迷宮の歴史は長い。初めて迷宮と思しき記録は古代まで遡る。さらに時代が進むにつれて、迷宮は大陸各地に出現し始めた。

 この迷宮の増加は、他大陸でも同時期に発生しており、世界中で迷宮が発生していた事になる。

 この迷宮から這い出る魔物を討伐するために拠点と防護柵が作られると、魔物の素材、迷宮から産出される資源目当てに商売が成り立ち、小規模な町にと発展していく。

 そして現代に近づくにつれ、対魔物と迷宮探索を生業にする組織が形成され、後のハンターが生まれていく土台が完成した。

 迷宮入り口周辺には強固な城壁が建てられ、街そのものが対魔物迎撃砦を兼ねた迷宮街へと姿を変えたのである。

 勿論の事、このシズ迷宮の周りに広がる街にも、三つの城壁によって各地区が隔てられている。


 第一城壁はシズ迷宮へと続く入口を囲むように建てられている。基本的に、この城壁の中には迷宮入り口以外の建物は無い。これはシズ迷宮を保有する国が、迷宮に関する法によって定めた規定であり、多くの国家で採用されている世界共通の常識となっている。

 そして第一城壁の外側が、迷宮関係と守備軍施設などがある中心街となっている。

 その中心街には、迷宮ハンター達のための施設が多くあり、ハンターが多く集まるこの酒場もその一つ。

 迷宮関連の依頼管理とハンターの管理をする組合が併設され、ハンター達にとっては情報を交換する場ともなっているこの酒場では、半年程前からある話題が、定期的にハンター達の間で上っていた。


「おい、久しぶりに出たらしいぜ」

 酒場の一角、中年ハンターのPTが二つのテーブルを繋げ、迷宮からの帰還後の打ち上げを行っていた。

 そしてその中の情報通の一人が、拾って来たばかりの話を含みを持たせて、隣の仲間に話しかけた。

「ん?もしかして”Funny(嗤う) Skeleton(骸骨)”か?」

 話しかけられた男の口から出た名前に、PTの仲間だけでなく、その周りにいたハンター達も話すのを止めて、彼ら二人に注目し始める。

「そうだ。今回は六階だったかに出たらしい」

 情報通の男が肯定すると、隣のテーブルにいた別のPTの男が、ジョッキ片手に話しに割って入る。

「おいおい、結構深い所に出たな。それに何時ぶりだ?最近はめっきり、聞かなかったと思うぜ」

 このような事は、ハンター間では日常茶飯事。互いに気にした様子もなく、割って入って来た若手の有望株の男は自然に、噂好きの男の隣に座り、話しを聞き始めた。

「ボーダンか。一ヵ月ぶりくらいだな」

「それで、誰かやられたのか?」

 ボーダンと呼ばれた青年は、少し食い気味に続きを促す。皆も気になるのか、自然とそのテーブルの周りに人だかりが出来ていた。

「魔術師が一人、重傷を負ったらしい。命は助かってるらしい」

 その情報に、酒場に集まるハンター達の雰囲気は一気に冷める。中には少し怒りの感情を滲ませている者もいる。

「おいおい、前衛は何やってんだよ。そいつら、終わったな」

 さらに別のテーブルにいたハンターが、少し怒気の籠る声で件のPTを批難した。それに同調するかのように、他のハンター達も異口同音に非難の声を上げた。中には、直近に何かやらかしたのか、頭を抱えているPTもいた。

「あぁ。既に塔の魔導師からこっち(迷宮組合)に抗議が飛んできてるらしいぜ。たぶん、そいつら暫く、迷宮には潜れねぇだろうな」

「うぇ。カイル達の件があってから、こっちは強く出れねぇってのに、勘弁しろよなぁ。どのくらいの問題になりそうなんだ?」

「そこまではまだ分からねぇ。俺もさっき仕入れたばかりだからな。どこのPTかも分かってねぇんだ」

 その答えに、ハンター達の間でさらに強く冷たい空気が流れ始める。

 潜りでもない限り、魔術師はほぼ全員が国家機関「塔」に所属している。塔に所属する魔術師は、国から貴族籍を保証されている代わりに、国家に帰属する義務を負っている。

 つまり、副業が許可されている国家公務員のような存在である。

 勿論、彼ら魔術師にも迷宮組合に加盟する権利もあれば、迷宮に潜る権利もある。だが一般ハンターと違って、各迷宮街に置かれている塔の支部から、迷宮組合に派遣されている形となっている。

 もし、今回の件が大きな問題になれば、一年前の事件同様に一月以上の間、魔術師の迷宮探索に制限が掛けられるかもしれない。

 彼らハンター達にとって、強力な味方である魔術師の援護が得られない状況は、魔物との戦闘だけでなく、探索効率の面からもとても困るのである。特に10階層以上の中層から、その先の深部に潜るPTにとっては死活問題だった。

「はぁ、仕方ねぇ。支部長の髪の毛を犠牲にしてもらって、何としてでも塔の御機嫌を取ってもらうしかないだろう」


「誰の髪を犠牲にするって?」


「そりゃあ、登頂禿を必死に隠してる支部長の・・・だ・よ・・・」

 酒の勢いもあっただろう。もしかしたら、沈んだ雰囲気を盛り上げようとしたのかもしれない。そして何よりも、普段から少しお調子者だったことが原因だろうか。

 シズでも十指に入るPT「骸骨(Bone)戦士団(Warriors)」団員ボーダンは、背後から掛けられた声に意気揚々と答えてしまった。

「・・・おぉ、これは、これは。ゼン支部長様じゃあないですかぁ~。えっと、とりあえず一杯どうです?奢りま、ぐはっ!?」

 ボーダンは恐る恐る振り向きつつ、自身の背後に鬼の形相で仁王立ちしていた支部長ゼンに、何事も無かったかのように酒を勧めたが、それは余りにも無謀な挑戦だった。

 案の定、彼はゼンから繰り出された容赦ない張り手を喰らい、既に退避していたハンター達の間に転がる。その顔には、張り手の跡がくっきりと赤く残っていた。

「おぉ~。やっぱすげぇな、ゼン支部長は。さすが、元二級ハンター。新人最有望株のボーダンを吹き飛ばしたぜ」

 皆が恐れ戦くハンター組合シズ支部の長ゼン。彼はあの五代迷宮にも潜った経験がある歴戦の元二級ハンターである。今は故郷であるこの国に戻り、ハンター組合の幹部として、後進の育成にも力を注いでいる偉丈夫である。

「おい、お前ら聞け。さっき魔導師と話を着けてきた。どうも、こっちの不手際じゃなかったらしい。貴族の坊ちゃん魔術師が、勝手に自爆したんだとよ。塔が今回の件で、魔術師の派遣を止める事は無いそうだ」

 ゼンの宣言に、集まるハンター達が一斉にジョッキを掲げ、歓声を上げたことで、酒場は再び活気を取り戻す。気を失っているボーダンを介抱していた者達も、彼を放り出して大喜びでジョッキを掲げている。

 その光景に口角を上げたゼンは、再び顔を真剣なものに戻して話を続けた。

「それともう一つ」

 ゼンの酒焼けしている重鈍で何処か緊張した声が、再び酒場に響き渡る。

「お前らも知ってると思うが、例の嗤う骸骨には気を付けろ。今回、奴がいたのは「七階層」だ。対峙した「紅蓮(Crimson)」の連中が言うには、確定ではないがレベル3以上の強さはあるようだ。情報は既に三か所全てに配布してある。詳細を知りたい奴は受付に言え。以上だ。・・・おい、そいつが起きたら、今言ったことを伝え解けよ。じゃあな、宴を続けてくれ」

 ゼンはそう告げると、振り返る事無く酒場を後にし、ハンター組合の二階へと上がって行った。

 そして、酒場は再び静まり返る。今度は先程のような雰囲気ではなく、全員が困惑した顔を浮かべ、顔を見合わせていた。

「なぁ、スケルトンのレベル3なんて、知ってる奴いるのか?」

 集まるハンター達の中では歴の長い熟練ハンターの男が、皆が疑問に思っている事を口にした。

 だが、誰もその問に答えない。いや、答えられるものは誰も居なかった。何故なら。

「いる訳ねぇだろ。それこそ、ギギ迷宮に出てくるスケルトンは、全員何かしら武器を持ってるしな。純粋なスケルトンのレベル2ですら、目撃情報すらないはずだぞ。それがレベル3以上とか、ふざけてるぜっ」

 情報屋の男は吐き捨てる様に言い放つと、早速受付に走っていく。先程のゼンが言っていた嗤う骸骨の情報を聞きに行ったのだろう。

「そういや、話しに出てきた紅蓮はどうしたんだ?あいつらも普段はこの酒場使ってるだろ?」

 一人のハンターがそう疑問の声を上げると、皆もようやく気付いたのか酒場の中を見回した。だが、このシズ支部で五番手を走る上位PTのメンバーは誰も居なかった。

「居ないな。どうしたんだろうな?」

「さぁな。もしかしたら、アホな貴族の魔術師のせいで、何か小言を言われてるのかもしれねぇぞ」

「あぁ~。それはあり得るな」

 皆が徐々に冷静さを取り戻し、口々に嗤う骸骨について話が盛り上がっている一方で、彼らの口から出た紅蓮は、全員が治療院の住人になっていた。



 ゼンが組合支部に戻る少し前、魔術塔の責任者である魔導師フェルナを連れて、治療院の一室を訪れていた。

「おう。お前らにしては、随分とやられたな。大丈夫か?」

「ゼンさん。それにフェルナ様。すみません。俺がもっとしっかりしていれば・・・」

 ゼンは部屋に入って早々、驚きと共に心配の声を全員に向けて掛けた。

 それに応えたのは、シズ生まれ、シズ育ちの若者達が立ち上げたPT「紅蓮」の団長ジャナル。ゼンも目にかけている三組の若手PTの一つである。そして、若手ながらシズ迷宮の深部に潜れる実力を持つPTでもある。

 彼の脇腹には、血が滲んだ包帯が何重にも巻かれていた。彼だけではない、部屋に集まる団員全員が、何かしらの傷を負っていたが、ジャナルの怪我が一番深い。

「ジャナル、それに紅蓮の責任ではないよ。話しは、カイルとエバの両名から聞いて知っている。此方こそ、申し訳ないことをしたね。謝罪を受け取っておくれ。一歩間違えれば、紅蓮の中から複数の死者が出ていても、おかしくなかったと報告を受けている。治療費に関しても、全てこちらで負担するから安心して欲しい。勿論、報酬も満額支払うからね」

 ゼンと共に入って来た初老の女魔術師フェルナ。シズ迷宮に潜る魔術師を管理及び、シズに滞在している全ての魔術師を統括する魔導師の一人である。

 普段は威厳を保つため、少し威圧的な彼女だが、今回ばかりは話が違うのか、集まる紅蓮の団員全員に頭を下げて謝罪をした。

「フェルナ、あんたの責任でもないだろ。塔に責任があるなら組合にもある。それに、俺も一緒に話を聞いたが、あれは本人の責任だ。そもそも、五階層で切り上げるはずの契約を、そいつが身分を笠に無理やり下層に進んだんだろう」

「ゼン、しかしだね・・・」

 ゼンはフェルナを庇いつつも、ジャナル達に責任を追及する事もしなかった。その言葉に、フェルナは言葉が詰まる。

 その姿を見ていた紅蓮の主要団員の中で、唯一の女幹部が助け舟を出した。

「いえ、ゼンさんの言う通りです。ジャナルは必死に止めたんです。なのにあの馬鹿は、家の名前まで出して命令して来たんです。実家が迷宮組合と塔の両方に、多額の出資をしているからと言って、あれはあんまりです」

「ルーア嬢・・・。ありがとうね。その馬鹿については、塔が責任もって処罰を与える事を約束するからね。怒りを鎮めておくれ」

「組合からも、抗議はだしておく。何なら連名で出すか?どうだフェルナ。フルド家の次期当主のキサロ卿はまともだ。そっちに話を持っていくつもりだ」

 フェルナはルーアの援護とそれに続く、ゼンからの提案に心から感謝した。

「ゼン、悪いね。甘えさせてもらうよ。さすがに地方支部の魔導師だと、何処まで出来るか分からないからね」

 国家組織とはいえ下部組織でしかない迷宮組合と、地方都市の支部でしかない塔。国の中枢である貴族院に議席を持つ家に対して、抗議したとしても鼻で笑われるだけの可能性は高い。だが、連名ともなれば他貴族からの援護が期待できるかもしれなかった。

「それはこっちも同じだ。一応今回の話を受けた時、キサロ卿から問題が発生したら、力になるとも言われていてな。頼らせてもらおう。おそらく、最近の当主の言動を見て、行動に移されるつもりだ」

「既に予見されていたみたいだね。それなら、それに乗っかろうかね。そうだね・・・、明日の朝一で、組合に足を運ぶばせてもらうよ」

「分かった。こっちも準備を進めておく。さて、あの馬鹿については此処までだ。紅蓮の皆には悪いが、話を聞きたい」

 ゼンはそこで直近の問題を切り上げ、もう一つの問題について聞くために、話を切り変えた。それを予見していたのか、ジャナルを始めとした紅蓮の団員全員の顔が迷宮ハンターのものに変わる。


「嗤う骸骨について、ですね?」

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