021「骸骨と魔女-Skeleton and Witch-」
30歩ほどの距離を開けて、ケルトは魔女と対峙した。
(ガハハハハハ。余程自信があるんだな。いや、それもそうだな。威力が桁違いに上がっていたジルヴェスターを防いだんだからな)
前回遭った時、ケルトが最後に魔法陣から放った魔法竜。それを目の前の魔女はたった一人で防いだ。
他にも障壁を張っていた者もいたが、反対側から見ていたケルトには見えていた。彼女以外の障壁は一枚も維持できてなどいなかった。彼女が密かに何かをして、維持させていた。
そして、おそらく彼女なら打ち消すことも出来たはず。
(本当に人か怪しいな。聖神の子の癖に、あそこまで魔術を巧みに操るとか、普通なら有り得ない。それに聖神に嫌われている訳でもなさそうだ。俺なんて、魔神にすら嫌われているかもしれんというのに。ガハハハハハ)
理不尽な存在だとケルトは思っているが、自分の方がよほど理不尽な存在であることを忘れている。もしフェルナがこの事を知れば、お前はどうなんだとぼやくに違いない。
(さて、俺じゃなくても、この婆さんに勝てるような奴は此処には居ないだろうな。実力隠してるのも、何か訳があるんだろうが俺には関係ない)
実はケルトは既に魔法を一発放っている。彼が編み出した不可視の魔弾。
挨拶代わりのつもりで軽く放ったその一発は、あっけなく撃ち落とされた。それも、同じ不可視の魔弾で。
ただ単に魔力を圧縮し、撃ち出すだけの単純なこの魔法には、大きな利点が一つある。
それは撃ち出すまで、知覚すら出来ない点。大気中の魔を知覚できるくらい、魔力感知に優れていなければ、気付くことは困難。
だが、それをあっさりと魔女は見抜いて、誰一人気付くことなく静かに防いだ。
だから。
(遠慮なくやらせてもらう)
右目に灯る昏い炎が一瞬、激しく揺らめいた。
フェルナは骸骨から不意に放たれた魔力弾を冷静に対処したが、その内心はかなり混乱していた。
(まさか、私以外に理術を扱える者がいるとはね。はぁ、参ったねぇ)
例え魔物でも使える可能性はある。とはいえ、世界の理に触れる術はそう簡単に修得出来るモノでは無い。
確かにフェルナを超えた者はいる。彼女の弟子の一人、イーヴァン。だが、それはあくまで魔術だけに絞ればの話。そのイーヴァンでさえ、理に触れることが叶わなかった。
真の意味で彼女を越えるには、世界の理に触れる必要がある。
「ふふふ(なら、こっちからも放ってみるかね。何処まで耐えれるか)」
自分以外に術を操る者と初めて会い、少し頬が緩んだフェルナは不敵な笑みを浮かべながら、骸骨を試す様に魔力弾を放った。
音も無く、静かに続く攻防。他者から見れば、ただ互いに睨み合っているだけにしか見えないこの光景も。
ケルトとフェルナ。魔物と人。嗤う骸骨と魔女の間では、激しい攻防が繰り広げられていた。
やや所か、圧倒しているのはフェルナだったが、それに必死に対応するケルトは常に嗤っていた。
迫りくる大量の魔弾。その一発、一発が、自分の骨体を容易く砕き、孔を開けることを理解していてもなお、嗤い続ける。
(うぉおおお。捌き切れねぇ~。ガハハハハハハハハ。まじで人超えてるぜ、この婆さん。楽しぃ~。ガハハハハハハハハ)
「ふふふ(本当に不思議なスケルトンだね。でも、レベルが上がろうと所詮は下級の魔物。魔力の底はまだまだ浅いね)」
互いに嗤いながら、両者は魔弾を放ち続ける。
しかし、次第にケルトが魔女から放たれる魔弾を捌き切れなくなり、逸らすだけで精一杯になっていた。
今も軌道を逸らした魔弾が、掠めるように足の骨を削って通過する。また、違う部位を。また一つ。また一つと
徐々にその骨体には孔が開き、削れ、抉れていった。
「おい、何が起きてる?」
ゼンはただ立っているだけの骸骨の身体に、不自然な孔や抉れが出来始めたところで、隣にいるレイラに問い掛けた。
彼女は戦士ではあると同時に、魔術師としても一流の腕前を持つ、魔法戦士。そこらの魔導師よりも優秀とさえ言える実力と知識を持っている。
「ごめん。全く分からないわ。フェルナ様が何かしているとしか・・・」
そのレイラもかなり困惑していた。魔術において、フェルナを越えているなど言うつもりは全くない。だが、決して自分の魔術とその知識が、劣っているとも思っていなかった彼女は、自信を失いそうになっていた。
「レイラ姉にも分からないのか。そっちは?」
レイ達はフェルナの弟子である三人の魔導師に眼を向けるが、彼らも何が起きているか分からない様子だった。
「キージェ導師、リア導師。分かりますか?」
ジョージは共に並んで師の戦いを見守る二人の兄姉弟子に問いかけた。
最年少で魔導師の地位に就いた彼でも、目の前で何が起こっているのか、全く分からなかった。
だが、それは問われた二人も同じだった。
「キージェ、解る?」
「全く解らん。だが・・・」
キージェとリア。二人共ジョージよりも十歳ほど歳上。フェルナの弟子の中でも、優秀な魔導師である。
この二人は、中央塔にいた時からフェルナの研究助手をしていた事で、彼女がシズに隠居する際に、身の回りの世話と引き続き研究助手として連れて来た魔導師である。
そのため、魔導師ではあるがジョージの様に役職に付いているわけではない。シズ魔術塔内では、魔術師と同じ扱いとなっている。
だが、裏を返せばフェルナがついて来る事を認めた唯一の人材とも言え、彼女の信頼に足る実力を併せ持つことを証明していた。
そんな二人もまた、目の前で何が起きているか全く分からずにいたが、永く彼女に仕えているためか、他の者達と違い動揺は見られない。むしろ、何が起こっているかを考察しつつ、観戦する余裕さえ見せている。
「だが。何?」
「おそらく。あの骸骨は、師が何をしているのか解っている気がする。そして、あの骸骨も同様に何かしているはずだ。まぁ、師には届いていない所を見ると、師が圧倒しているのだろう」
キージェは骸骨の様子から、何処か楽しんでいるように感じ、そこから骸骨も何かをしているのではと推察していた。その何かまでは、彼でも解らなかったが。
「イーヴァン師なら、何か知ってるかしら?それとも、この場に居れば何かに気付いたかしら?」
リアはこの大陸に五人いる賢者の内の一人、フェルナの一番弟子である男の名を出した。彼女達もフェルナの弟子の中では十指に入るほど優秀なのだが、イーヴァンは師であるフェルナ同様に、自分達とは次元の違う存在だった。
「分かるかもしれんな。師が唯一、御自身を越えたと認めた方だからな」
「私も一度だけ、お会いしたことがあります。その際に、魔術を視ても頂きました。たった三回の試射で、私の癖から得意不得手を見破られてしまいました」
ジョージがフェルナの正式に弟子となったのは、ここシズに赴任してからである。それまでは、度々教えを受けつつ彼女の研究の手伝いをしていた程度の関係だった。その時に一度だけ、師の元を訪れていたイーヴァンに、フェルナから紹介され、さらに技を見て貰う機会を得たのである。
「イーヴァン師は、見込みの無い者には助言を与えん。ましてや、相手の癖や得手不得手など指摘すらしないだろう」
「はい。師からも同じことを言われました。・・・今迄、特に気にしたことは無かったのですが、師はイーヴァン師の事を評する時、私を越えた魔術師と言っていますよね」
「それがどうかしたの?」
「もしかしたら、私達が今見ているのは魔術ではないのかなと思ったのです」
ジョージのその一言に、聴いていた全員が静かになり、魔術ではない何かを感じようと戦いに集中するのだった。
(う~ん、もう少し続けたいところだったが、もう無理だな。俺の魔力が底尽きそうだわ。ガハハハハハハハハ)
ケルトは魔弾を放つのを止め、両腕を高く上げた。
(降参っ。降参っ。婆さん、あんたの勝ちぃ~。ガハハハハハハハハ)
急に魔弾を撃つのを止め、両腕を上げた骸骨に、フェルナも魔弾を撃つのを止めた。
「(理力が尽きたか、尽きかけているね)」
フェルナは魔力と仙気(聖力)の二つの力を、元々同じ力(気)が変化したモノではないかと考え、それを理力と名付けていた。
しかし、この事は彼女の中だけで組み上げている理論であり、公表もしていない。最高傑作であるイーヴァンにさえ秘密にしている。
その理由は、自分以外に理術を操る者がいなかったこと。魔力や仙気さえまともに観測出来ていない状況で、それに到達しえる者がいるとも思えなかったためである。もし、イーヴァンが到達しえていたら彼に託すつもりでいたが、それは叶わなかった。
だから彼女は、何れ人が自ずとその力に目覚めるか、気付くことに期待して、墓場に持って行くつもりでいた。
しかし。
「(魔物に現れたなら、隠したままにして置くのは危険かもしれないねぇ)」
嗤う骸骨という異常個体が現れたことで、その考えを改める必要が出てきたかもしれなかった。
フェルナは両腕を上げ、左右に振って降参を必死にアピールしている骸骨を見て、自然と笑みが零れて来る。
「よりによってねぇ・・・。ハハハハハハハハハハ」
待ちに待った相手が魔物という事実を前に、フェルナは珍しく声に出して笑ってしまうのだった。
笑い始めた婆さんを見て、ケルトはすぐに止めは刺されないだろうと確信し、ゆっくりと彼女に近づいて行った。
(これだけの戦力を連れてるってことは、何かあったんだろう。ついでに恩人を連れて帰って貰わないとな。良かったな女戦士よ。少なくとも、お前達二人は聖神は見捨てなかったみたいだぞ。俺は初めから見捨てられてるけどなっ!ガハハハハハハハハ)
ケルトは無防備に一歩ずつゆっくりと歩みを進める。それに対し、彼女の後ろにいた聖力を帯びる二人の大男が婆さんの前に進み出てきた。
ケルトはその片方。自分を一刀で両断した禿男に軽く手を振ると、何故か顔を真っ赤にして睨みつけられた。
(おいおい、何かすげぇ怒ってるな。どうした?同じ毛無し仲間だろ。少しは仲良くしようぜ。ま、俺は肉も無いけどな。ガハハハハハ)
禿大男の事は一旦横に置き、ケルトは彼らと五歩ほどの距離で足を止めた。
そして、残った魔力を使い、小さな炎を二つ生み出した。
「斬るか?伯父貴」
「少し待て。だが、妙な真似したら斬れ」
レイはその腹に闘気を溜めつつ、剣の柄に手を掛ける。彼の実力なら五歩の距離など0に等しい。既に嗤う骸骨は彼の攻撃範囲に足を踏み入れていた。
「ふふふ。二重魔術も扱えるんだねぇ。三重以上は使えるのか、そっちも見て見たかったねぇ」
「婆ちゃん~。そんな暢気な事言わないでよ~。気が抜けちまうぜぇ」
今も楽し気なフェルナに、レイは少し肩を落としながら冗談で抗議の声を上げるが、フェルナはそれでも軽く笑い続けている。
「良いことあったんだね」
「まぁ、そうだね。良いかどうかは分からないがね。ふふふ」
三人は骸骨から目を離すことなく、その挙動を見守る。
そして、骸骨は生み出した二つの火を操り始め、徐々にその火はゼンが良く知る若い二人のハンターの形に変わっていった。
ほんの数秒、行方が分からなくなっている二人の姿に形を変えていた火は消え、骸骨は通路の奥に片腕を向ける。
そして続けて、レイの持つ剣を差して自分を斬れとでも言う様に、頭から腰に掛けて腕を真っ直ぐ縦に下ろした。
「・・・レイ坊、斬っておやり」
おそらく、それが今の選択肢の中で、正解ではないが間違ってはいないと、何故か感じた。彼女はその直感を信じ、レイに止めを頼む。
これも直感だが、骸骨は仙気出来られることを望んでいる。それが何故かはフェルナでも解らなかった。
レイは、その言葉に一度ゼンに視線を送る。ゼンは今も顔を真っ赤にしているが、視線を合わせる事無く頷いた。
「分かった」
レイは軽く一歩前に踏み出すと、次の瞬間には骸骨を一刀のもとにその身体を両断した。
何も抵抗することなく、その異名の通り、骸骨は嗤いながら果てた。身体はレイの鋭い一閃の元に縦に両断され、その片目に宿る昏い炎が消えると共に、あっさりと崩れ落ちて逝った。
「伯父貴、こいつ何なの?」
「俺が知るかっ!それより、行くぞっ!お前ら」
伯父であるゼンはそう言うと、一人でさっさと最深部にある神樹に向けて荒々しく歩き始めた。
フェルナと骸骨の戦いが終わってからというもの機嫌が一層に悪い。顔を真っ赤にする前、骸骨がゼンに手を振っていた様にレイには見えていた。それが関係している様だが、レイにはその理由がさっぱりだった。
「おい、何でゼンの兄貴はあんなに怒ってんだ?レイ」
少し後ろで待機していた雷光の仲間やハンターと魔術師達が集まりだし、骸骨の遺骸を検分する者、そしてゼンの様子をレイに問う者達とに分かれていた。
「いや、俺も知らねぇ。レイラ姉や婆ちゃんは知ってる?」
話を振られた二人だけでなく、あの場にいたジョージも目を逸らしながら、気まずそうにしている。
「・・・髪」
フェルナはそう一言だけ告げると、ゼンの後を追うように歩き始め、数歩進んだところで立ち止まった。
「あぁ、そうだった。キージェ、骸骨の骨を出来るだけ回収しておくれ。エリーに調べて貰うからね。頼んだよ」
上体だけ振り向かせ、指示だけを出すと、呆気に取られているレイ達から逃げるように、その場を立ち去って行った。
「何だ?レイラ姉は何か知ってる?」
レイが視線を向けると、そこには額に手を当て、青筋を少し浮かべているレイラの顔があった。
「はぁ。あの骸骨に燃やされたのよ。本人の前では勿論、他所でも話さないでね。数日は物や人に当たり散らかすんだから」
レイラはそう告げると、骨の検分を始めていたキージェ達に混じり始めた。その背中からは、これ以上この件で話しかけるなと無言の圧を掛けながら。
「・・・あぁ」
力は衰えているものの、魔族殺しが暴れると手が付けれないことを皆は知っている。だから、自然と皆がレイラの忠告に従った。
「髪ってそういう事かぁ・・・」
レイの呟きを最後に、この件が彼らの間で上ることは無かった。




