002「二人の魔術師-Two Magicians-」
その日、カイルとエバの二人は、何時ものように迷宮の中に足を踏み入れていた。以前は十人近いPTに所属していたが、魔術師である二人を酷使するような探索に嫌気が差した二人は、すぐにそのPTからは抜けている。
その後も、幾つかのPTを渡り歩いた後、二人だけ潜る様になっていた。
今は五人前後で臨時PTを組む以外は、基本的に二人でシズ迷宮の中層を主な活動拠点としている。
「ここら辺も探索を終えたな」
「えぇ、そうね。カイル、脇の怪我はどう?」
エバが心配したのは約三ヶ月前、このシズ迷宮でゴブリンから受けた怪我の事である。あの後、深々と刺さったナイフを引き抜き、傷口には貴重な魔草薬を使用したおかげで致命傷にはならなかった。だが一応大事を取って、怪我が完治するまで迷宮探索は控えていたのである。そして一ヵ月前から、再びシズ迷宮に潜り始めた。
「あぁ、大丈夫だ。魔草薬のおかげで・・・」
二人が来た道を戻っている途中、前方から何かが近づいて来る音がした。この一本道の通路と、そこに付随する部屋は全て制圧済み。次に魔物が湧くまで、まだ六時間以上先であるため、二人は警戒した。
迷宮は魔物の湧き条件、内部構造の変化条件、この二つの条件を基に数種類に分類されている。
その中でもシズ迷宮は、比較的安全な迷宮だった。一日に魔物が湧く間隔は緩やかで、一度制圧すれば数時間は湧くことが無く、探索も休憩もしやすい。
そしてもう一つの重要な要素が、構造変化と呼ばれる数ヵ月から年単位で発生する現象。
迷宮は中の階層の数や広さ、果ては湧いてくる魔物の種類や数まで、中の構造が変化する場合がある。この変化の次期や内容が迷宮毎に違うため、迷宮に潜る者達はこの二つに関して、必ず把握しておく必要があるのだ。
シズ迷宮は毎日、朝と夜の二回、たまに昼に魔物の沸き直しが発生する。階層の何処にどのくらいの数の魔物が湧いたかまでは分からないが、階層毎に沸く魔物の種類はほぼ確定しており、10階層までは変化すらしないことが判明している。
そして構造変化は一ヵ月から一ヵ月半に一度。小迷宮の平均的な期間は二ヵ月前後。他よりも早い間隔で変化が発生していることになるが、シズ迷宮の構造変化はこれまでこの間隔から外れたことがないため、そこまで大きな影響はない。
この特性と安定した構造変化の周期こそ、二人がシズ迷宮を活動拠点にしている最大の理由である。
基本二人で迷宮に潜る以上、魔物の復活に制限の無い迷宮には潜れない。さらに、一か月から一ヵ月半で構造変化することが確定している点も、彼らの様な二人だけで潜ることがあるPTからすると有り難い点である。
「・・・隠し部屋か、通路があるな」
「そうみたいね」
前回の怪我は、その隠し通路の奥で受けた傷である。そのため、二人は警戒した。しかし、現れたのはこの迷宮でも一位、二位を争うほどの最弱の魔物スケルトンだった。
「スケルトン?」
「何で?こんな奥にスケルトンがいるの?」
二人は、本来有り得ない魔物が現れた事に、困惑していた。何故なら、二人がいるのは迷宮の五階にいたからである。
スケルトンが出現する階層は、一階から深くても三階まで。迷宮によっては出入り口付近にいることも多く、新人の経験値と実戦訓練に使われる悲しき魔物である。そして目の前にいる魔物は、武器も持っていない所を見るとレベル1の最弱スケルトンだった。
「レベル0?だよな。さらに、訳が分からんな。まぁ、とりあえず殺し―――えっ」
カイルが愛用の剣ではなく、採掘用の小型ピッケルを取り出そうとしたところ、目の前のスケルトンが妙な動きをし始めた。それは―――。
(伝わるかな?何だかんだ、どんな言語だろうが、ジェスチャーは共通していると信じたい。我が知識の奥底に眠る秘儀を見よ!)
ケルトは二人に対して、必死に土下座で感謝を伝えていた。たまたま隠し部屋のドアが開いたことで、約三ヶ月ぶりに外に出れたケルトは、これでもかとその事に歓喜し、神に感謝していた。
(おぉ、神よ~。感謝します。このままスケさんのまま、一生を過ごさねばならないのかと思っていました。・・・げっ、あの二人じゃん!?)
ケルトはそこでようやく、自分を助けたのが三ヵ月前に、自分とゴリを抹殺したハンターである事に気付いた。
(まぁ、いっか。こいつら以外近くにいねぇみたいだし、多分こいつらがあの部屋に続く仕掛けを解いたんだろ。礼に宝箱まで案内してやるかぁ。あの宝箱、何故か魔物には開けれない様になってるんだよなぁ)
ケルトが閉じ込められていた隠し部屋には、宝箱?らしきものがあるのだが、ケルトには触れることは出来ても、開けることが出来なかった。さらに宝箱に触れると、毒ガスが部屋に充満される極悪な罠が発動する。既に罠は発動済みで安全は確保されている。
おそらく、あの部屋に配置されたスケルトンは、宝箱の罠解除用の御助けキャラではないかと、ケルトは考えていた。
ちなみに前任のスケルトンだが、部屋が崩れたことで瓦礫の下敷きになり、自然消滅したようである。つまり、ケルトは最悪の場合、年単位であの部屋にいた可能性もあったのである。
あの部屋に閉じ込められて以降、誰も隠し部屋に繋がる扉を開けてくれない為、三ヵ月以上スケルトンのまま過ごしていた。
ケルトはすっと立ち上がると、親指を立てて背を指差す。そして二人に背を向けて歩き出した。その背骨越しに、ケイルは二人に語り掛ける「ついて来い」と・・・。
現れたスケルトンは、二人に膝を折り、その頭蓋を地面に擦り付け始めた。
その次に、二人の顔を見て驚き、何かを考える素振りを見せたかと思うと、私達に何かジェスチャーで何かを伝えると、背を向けて歩き始めた。その背骨は何故かすこしだけ格好つけており、エバは少しだけむかついたのは内緒である。
「カイル?」
「距離をあけて、ついて行こう。魔術は何時でも撃てるように」
カイルは服の裾から、細く短いワンドを抜き、構える。それを見たエバもワンドを構え直し、カイルの斜め後ろについた。
そして、無防備な背を見せながら前を歩く、謎のスケルトンの後を追うように、二人は慎重に足を踏み出すのだった。
あれから四つ程、制圧済みの部屋を通り過ぎ、その先にある部屋との中間でスケルトンは止まった。そして、カイル達に壁を指差しながら、その壁に向かって歩き出した。
「えっ?」
「今まで見た事ない仕掛けだな・・・」
二人は消えたスケルトンの後を追うかを迷い、その場で様子を見ることにした。すると、壁から上半身だけ出したスケルトンが、二人に手招きしつつ、再び姿を消した。
「あそこって壁だったわよね?」
「あぁ。もしかしたら、此処一帯を全て制圧しないと開かないんだろう」
二人は慎重に、スケルトンが消えた壁に近づくと、見えていた壁が徐々に消え、二人並んで歩けるくらいの細い路地が出現した。
そして、例のスケルトンは壁に背骨を預け、腕を組み、片足を少し曲げ、きざったらしく立っていた。そしてようやく入って来た二人に、軽く片手で挨拶をした。やけに様になっているのが、癪に障るところだろうか。
そして、そのまま流れる様に帽子の鍔を軽く上げる仕草をすると、親指を立てて路地の奥を指差した。
もう此処まで来るとさすがに二人にも、目の前のスケルトンが、ただの魔物ではないことに気付いていた。
「カイル。どうする?」
「・・・俺がスケルトンを見てるから、エバは炎の魔術を奥が見える様に頼む。あまり強いのは撃つなよ」
「わかった。出でよ。炎よ」
エバは構えていたワンドの先に、ただ明るいだけの炎を生み出し、通路の奥へと撃ち放った。それを見ていたスケルトンも、さすがに驚き、慌ててその場に伏せていた。
(あっぶねぇなぁ。でもよく考えたら、スケルトン熱いとか寒いとか感じなかったわ。ガハハハハハハ)
ケルトは女が放った炎を目で追った。その炎は通路を明るく照らしながら、一番奥の隠し扉を通過して、例の隠し部屋まで飛んで消えた。
(おぉ~、すげぇな。あれ、ただ明るくしただけだよな。あんな使い方もあるのか。俺もあれぐらい使えるようになりたいな。てか、俺が勝手に魔術って呼んでるけど、違う可能性もあるよな。まぁ、いっか。さてと、案内はしたし、さっさとここから去ろうかね)
ケルトはその場に立ち上がると、再びポージングを決めつつ、男の方に腰をくねらせながら、無造作に近づいて行く。
そして、男の前まで進み出ると、首を飛ばすジェスチャーを数度繰り返し、剣を指差した。
どうやら、ジェスチャーの意味が伝わらなかったのか、困惑している二人を他所に、ケルトは再び同じジェスチャーを繰り返す。この流れを数回繰り返していると、ついに男が剣に手を掛けた。
(そうそう、それそれ。ぱちぱちぱちぱち)
そしてようやくケルトは、三ヵ月に及ぶ骨生に幕を閉じることが出来たのだった。何気に、一種の魔物で生きていた最長日数記録を更新していたが、それが最弱のスケルトンで更新することになるとは、想像もしていなかったのだった。
「可笑しなスケルトンだったな・・・」
カイルは足元でバラバラになっているスケルトンの残骸から、一つ骨を拾い上げる。本来は関節と頭部は、討伐中に粉砕されるため、ほとんど原型を留めない。だが、このスケルトンは違う。一つの骨も傷つけずにバラバラになった。それも自らだ。
「そうね。絶対普通のスケルトンじゃないわよ。カイルが剣を抜いたら、まるでそれが正解かの様に、手を叩いて喜んでた。でも問題は、その後よねぇ」
「そうだな。まさか剣先を一つずつ関節に当てて、自分で弱点を晒すとはな・・・本当に何がしたかったんだ?」
スケルトンは個体ごとに、弱点となる関節が四つから五つ存在する。それらを三つ以上破壊するか、頭部と胴から切り離してから粉砕するのが一般的な討伐方法とされている。動きも遅い上に、関節は鈍器で殴れば簡単に外れるため、子供でも複数人居れば討伐できる弱い魔物である。
だが、彼らの目の前に現れたスケルトンは、明らかに俊敏で滑らかな動作を見せていた。さらに知性があった。
逃げに徹していれば、二人から逃げきれていたはずである。だが、あのスケルトンはそれをしなかった。それは何故なのか。彼ら二人には、その答えが全く分からない。
結局、二人は奥に見える隠し部屋に進み、部屋の中央に鎮座する宝箱の中身を頂戴して、この日は早々に迷宮から引き上げることにした。
(最後に止めを刺す時、聞こえた気がした。あのスケルトンの声が・・・「わりぃな、まじで助かったわ!」。なんで、あんな明るかったんだ?それに・・・)
カイルの手の中には、宝箱の中から手に入れた不思議な形をした腕輪が二つ収まっている。
(これは、やばいだろ)
こうして、謎のスケルトン(ケルト)とカイルとエバの三人は、二度目(カイルとエバはゴブリンだったケルトを知らない)の邂逅を果たした。
ケルトは三ヵ月ぶりにスケルトンから解放され、別の場所で復活を果たしていた。
「おしおし、あの二人には感謝だ。あのまま放置されてたら、少なくともあと数ヵ月は、スケさんのままだったかもしれねぇ」
ケルトが最初のスケルトンに生まれてから、まだ半年程しか経っていない。しかし、この半年で迷宮について分かったこともある。
一つ、守備型魔物は生まれた場所から離れることが出来る個体と出来ない個体がある。
ケルトの考えでは、あの宝物部屋の魔物はこの周辺から動けない守備型。そのため、殺される必要がどうしてもあった。
一つ、迷宮は定期的に構造を変える。
一つ、魔物は数時間から数日すると復活する。そして。
(そして今回、新たに分かったこと。隠し部屋はおそらく、構造変更の対象外であるって事だな)
今まで一ヵ月から二ヵ月で、迷宮はその構造を変更させてきた。構造変化が起こると、中の魔物も強制的に配置や数が変わり、気付けば全く違う場所にいる。だが、この三ヵ月間は一度も、その構造変化による配置変えが起こらず、ケルトは唯一の脱出方法を絶たれていたのである。
「今度はゾンビか。こいつは消費期限があるからな。急がないとスケさんに格下げされちまう」
その名通り、腐乱死体であるゾンビは、時間と共に能力が減少していく変わった魔物。徐々に知性も無くなって行き、最終的に全ての臓物と肉が無くなると、スケさんにLv Downしてしまう。一度も敵と戦わずにスケさんになってたなんてこともある。たまに部屋住みに大量のスケさんが居たら、ゾンビ集団の成れ果てである可能性を、頭の片隅に入れて置くといいのかもしれない。
デメリットが目立つゾンビだが、その逆に面白い点もある。それは、毎回肉体が変わる点。性別や年齢も様々。身に着けている装備も変わる。強い時もあれば弱い時もある。博打要素の高い魔物、それがゾンビだった。
ケルトはこのゾンビで何度か当りを引き、ハンターをそれなりの数、殺している。のだが、このゾンビは先程言った通り、消費期限がある。どれだけ短い時間で成果を出せるか、それがこの魔物の難しい点であり、最大の特徴と言える。
「そういえば、あいつら気になること言ってたな。レベル・・・」
二人の魔術師が話していた中で、ケルトが聞き取れた唯一の単語である。彼が魔物として生まれ持っていた知識の中にレベルもあった。だが、知識の中には単語だけのものがかなり多く、偏りがあった。そもそも何故、自分達は他の迷宮魔物と違って、意志を持っているのかなど、疑問は尽きないのである。
「そういえば・・・。ゴリの持ってた武器の事もあったな。もしかしたらゴリは、レベルの上がったゴブリンだったのか?うーん、まだ分からん。俺の持ってる情報も曖昧だからなぁ。あまり信用でき。んっ?」
ゾンビは生者が自分の領域に入って来ると反応する。その範囲もかなり広く、迷宮では人族探知機として活躍してくれる。
「よし、ひとまず敵の数を確認してからだな。久しぶりの戦いだ。特訓の成果をご覧に入れようではないか。ガハハハハハハハ」
(はぁ、はぁ、はぁ。よっっしゃああああ。ついに、ついにやったぞ。スケさんで人族を一人殺った。当りゾンビを引いたおかげでもあるが、それでも勝ちは勝ちよ。ガハハハハハハハ)
足元の戦士風の男の死体を前に、カタカタと歯を鳴らして嗤うのは、三ヵ月ぶりに娑婆の空気を満喫したケルト。
同じ場所に生まれたゾンビを巧みに使い、5人前後のPTを二つ。合わせて10人程の魂を迷宮に捧げた。
最後の戦いは、足元に転がる戦士との一対一となり、片腕を犠牲にしたケルトが見事に勝利を収めた。最後は完全に、スケルトンに退化していた中での大金星。彼の骨生史上初めて、一対一を制することに成功した記念すべき一勝でもある。これも三ヵ月の間、スケルトンの身体で特訓をした成果であることは間違いない。
ケルトは知る由もない事だが、スケルトン・レベル0で人族を一対一で倒したのは、シズ迷宮では史上初の快挙であり、迷宮全体から見ても数例しかない珍事であった。
これ以降、シズ迷宮にはある噂がハンターの間で流れるようになる。シズ迷宮の中層から上層にかけて出現し、嗤いながら戦う骸骨の噂が。
この噂を耳にしたある二人の若い魔術師は、とても複雑な顔をしていたとか、していなかったとか。




