016「ケルトと魔物-Celts and Demons-」
迷宮下層の隠された区画。そこにカタカタと歯を鳴らしながら歩くスケルトンが一体。その両肩には、若いハンターが担がれている。
そして彼の前には、その行く手を遮る様に数十の獣人が立ち塞がり、骸骨に向けて怒りをぶつけるように何か喋っていた。
(何言ってるか、わっかんねぇよ。がはははは)
ケルトは久々に部屋の外に出れた悦びに、機嫌が良かった。襲って来ない魔物には慈悲を与え、襲ってくる魔物には容赦なく魔法をぶち込んでいた。
だが、残念ながらかれこれ数十回の遭遇の内、数回しか慈悲を与える機会が無く、そのほとんどを屠って進んで来ていた。
彼としては、無駄な殺生はするつもりが無いのだが、襲い掛かって来るのだからしょうがないと割り切り、永い監禁生活で研鑽を積んできた魔術の試し打ちを嗤いながら行っていた。つまり、楽しんでいた。
(う~ん。にしてもこんな魔物、前はいなかったよな?他にも全体的に強くなってる気がするな。レベルが上がっているって言えばいいのか?まぁ、我が覇道の前では雑魚同然だがな。がははははははははは)
ケルトが嗤いながら歩を進めると、獣人は一斉に動き出し、その手に持つ荒々しい武器を振り上げながら襲い掛かって来る。
だが、ゴブリンの様な猪突猛進、連携とは何ぞやといった感じではない。以前より少し広がった通路を活かし、三方向から連携を意識した動きでケルトに攻撃を加えようとしている。
(速いし、力もある。それに、知能も高い。ゾンビやゴブリンはここまで動きは速くないし、何より連携もほとんどしない。個々が勝手に動いて、たまに味方を間違って攻撃することもあるからなぁ。だが、穿て!不可視の魔弾)
冷静に目の前に迫る獣人たちの動きを観察しながら、三方から迫る獣人に対し、この数ヵ月で編み出した魔法を同時に放つ。
放たれた魔弾は、三体の獣人の胸に吸い込まれる様に命中し、胸に直径数㎝の小さな穴を穿つ。
一撃で致命傷を受けた三体の獣人は、口と胸の穴から大量の血を流しながら前のめりに倒れ、動かなくなった。
(やはり便利だなこれ。ただ、骨まで貫通させるとなると結構魔力を喰うな。まぁ、魔力を凝縮して無理矢理固形させてるだけだからな。当たり前っちゃ、当たり前か)
魔術の結果を冷静に分析しつつ、次は口を大きく開けて魔術を発動する。
口の中には炎と渦巻く風。二つの魔法が掛け合わさり、炎は風に乗って通路全体を埋め尽くす様に広がりながら、獣人達に襲い掛かった。
数秒間吐き出し続けられた炎の吐息は、次第に勢いが弱まり完全に消える。炎が消えた跡には、黒い焦げになった獣人達が床に倒れていた。
(がははははははははは。見たか、これぞ炎の吐息。あっ、やっべ。魔力無くなった。何処かに身を隠さねぇとな)
ケルトが魔力を枯渇させるのは、これで五回目。久々の娑婆の空気に調子に乗っていた。そしてその度に、慌てて部屋を探しては隠れるを繰り返していた。
今回は運良く走り出してすぐに小部屋を見つけたケルトは、その中に二人を寝かせると入口に陣取り、座禅を組む。
(それにしても、こいつらの実力じゃあ、ここいらの魔物は無理だろ。何でこんなとこにいるだ?それにこいつら、何処か見たことある様なきがするんだよな・・・。まぁ、いっか。それよりも、何時もより魔物が多い。いや多すぎる。そこら辺りも何が起こってるか分からんな)
半年以上の監禁生活で、迷宮が成長したことに気付いていないケルトにとって、今のシズ迷宮は謎だらけであった。
見知らぬ魔物が一度に増え、魔術無しのケルトでは勝てるか怪しい強い魔物もいる。何より問題なのは、ケルトにも敵意を向ける魔物がいる事だった。
魔物であるケルトを聖神が嫌うのは分かる。その子たる人が敵対するのも。だが、同じ魔物から狙われるにしても、アンデッド系の魔物からも敵対されていたのは不思議で仕方なかった。
(こいつら助けたからか?いや、その前から襲われてたからなぁ~。こりゃあ、魔神にも嫌われたか?がはははははははは)
謎を抱えつつ、ケルトは歯をカタカタと鳴らし、今の状況を楽しむことにした。何故なら、飽きていたから。新しく編み出した(フェルナ達が放って来た融合魔法をパクった)魔術を試したいという気持ちもあった。
そして何よりも、ケルトは魔物を同族とは感じていない。何故かはわからない。だが、明確に彼の中で迷宮にいる魔物と自分は違うと感じていた。
(まぁ、いいか。それより、こいつらどうするかなぁ。一応、宝物部屋を開けたのはこいつらで間違いなさそうだしな。上に行くより近いし、一番下まで行って、聖域にでも放り込んどくか?誰か来るだろ)
ケルトはそこで思考を一旦止め、集中し直す。
骨に刻み込んだ魔法陣が淡く光り始め、迷宮内に籠る魔の力をその身に集め始める。これも永い監禁生活の間に、編み出した技。自身の骨に魔法陣を焼きつけ、僅かな魔力で発動できる様に何度も改良を重ねた自信作。その名も、魔力吸収陣。
カタカタと歯を鳴らしながら、ケルトは瞑想を続ける。その片目は怪しく光る黒い炎が揺らめいていた。
ジャナルとルーナの二人は見知らぬ場所にいた。
その記憶から、以前のシズ迷宮あるいは、現在の下層に似た造りの小部屋である事は何となく分かったが、そこが下層の何処なのかは分からない。
彼らの等級では下層に立ち入る事を禁じられていることに加え、バルドの作業に従事していたこともあり、現在の下層については何も知らなかった。
「ジャナル、どうしよう。ここって下層だよね?」
少し震える声でルーナは、一緒に転移したジャナルに話しかけた。何か話していないと心細く手仕方なかった。
「ルーナ、落ち着こう。深呼吸してから、装備の確認するぞ」
紅蓮の中でも冷静なルーナが慌てているのを見て、ジャナルの方が逆に冷静になっていた。
普段ならジャナルが騒ぎ、それをルーナや他の団員が冷静に突っ込むのだが、今はその役目は逆転していた。
先に装備を一つ、一つ確認し始めたジャナルに続き、ルーナも何度か深く呼吸を繰り返して心を落ち着かせようとする。しかし、中々落ち着かず、不安で押しつぶされそうになる。それでも、今は生き残るために最善の事をしなければならないと、背負う槍に手を伸ばす。
新調したばかりの武器を持つ彼女の両手は、少しだけ震えていた。その震えは鎧や武器に微かに伝わり小さな音となって、部屋に木霊し続ける。
「ルーナ。まだ終わったわけじゃない。二人ならまだ可能性はある。そうだろ?」
「う、うん。そうだよね。まだ、おわりじゃないよね」
ルーナの代わりに槍の状態を確認しつつ、ジャナルは他の装備も手早く確認し終え、ルーナの防具や手持ちの他の装備も確認し始める。
「大丈夫そうだ。まずこの部屋の周りだけ確認するぞ。そこからはこの部屋で!?」
ジャナルが話を続けようとしたところ、部屋の扉の外から石畳を音を立てて走り抜ける集団が通過していった。
小さい悲鳴を上げそうになったルーナの口を咄嗟に押さえ、足音が走り去るのを静かに待つ。ジャナルの鼓動と呼吸も早くなり、改めて自分達が危険な状況であることを再認識する。
「行ったな。今の感じだと20体以上はいたと思うけど、今から部屋の外を確認するのも危険かもしれないな」
「う、うん。たぶん30近くは、いたよ。前のシズだと、こんなに走り回る魔物は、いなかったよね」
「そうだな。いなかった。獣人やら中型の魔物も下層には出るって言ってたよな。これじゃあ、前の知識はほとんど役に立たねぇな」
「そ、それに魔術師の援護もないから・・・」
ルーナの言った通り、一番の問題は魔術師無しで下層にいる事だった。
普通の魔術師でも体力をある程度鍛えている者は多い。特に迷宮に潜る者にとって、体力があるかないかは命に係わる。だが、近接戦闘は護身術程度に抑えて魔術の研鑽に比重を置くため、少人数PTに魔術師は入りたがらない。
今の二人の状況でで魔術師がいたとしても、護衛対象が増える分、あまり事態は好転する訳ではない。それでも魔術の援護があるかないかは、ハンターにとって心強い支柱になっていたのは確かだった。
「救出部隊が来るか分からないけど、しばらくは様子を見た方が良い気がするな」
「それが良いかも。あっ、また何かくるよ」
二人が方針を決めた矢先、再び部屋の外を走り抜ける何かが通り過ぎていく。今度は先程の足音より重く、数は半分ほどに感じられた。
「・・・何が起こってるんだ?」
「分からないよぉ」
二人は困惑しながら部屋の奥に移動する。今は息を潜め、生き延びる事だけを考える。ただそれだけしか、彼らに出来る事は無かった。
(ちくちょうめ。何だっていきなり襲われ始めた?ふざけんなよ)
ケルトは後ろから追い掛けて来る獣人達に、背を向けて走っていた。時折、魔法を打ち込みながらその数を減らし、また走り出す。こんな風に襲われるのはこれで三度目。理由が分からず、只々逃げ回っていた。
監禁部屋から出てからしばらく、その周辺をうろついていたケルトは、久々の娑婆である外の空気(通路)を吸い(吸う口も肺も無い)ながら、扉を開けた誰かに感謝していた。
(いやぁ、本当に助かったぜ。何処の誰か分からんが感謝、感謝。前の時と一緒で、宝箱まで案内してやるかぁ。がっはははははははは)
ケルトがカタカタと歯を鳴らし、上機嫌に歩いていると以前は見かけなかった魔物が彼の前方に集団で姿を現した。
人の騎士を真似て作られた歪な鎧を身に纏い、御叮嚀にも武器も剣から槍斧、盾とまんま騎士団のそれである。
(ん~。こんな奴等いなかったよな?魔物なのは何となく分かるが、ここまで人に似てる奴等は初めてだ。スケルトンやゾンビ、あれはおそらく迷宮で死んだ戦士や魔術師が魔物化したか、迷宮が似せて作りだしたかのどっちかだろう)
ケルトは何時も通り、特に用の無い魔物の横を通り抜けようとした。
ーガゴィイイインー
一番近くにいた鎧騎士が躊躇なく振り下ろした大剣を、後ろに飛ぶ様に躱したケルトは嗤い始めた。
(おいおい、何だ、何だ急に。俺は魔物だぜぃ。魔物から攻撃されるような事した覚えはないんだがなぁ。おっと)
今度は横から槍が薙ぎ払うように飛んで来るが、それもさらに後ろに大きく下がって避ける。少し距離を開けて、対峙する魔物をよくよく観察する。
(動きは意外に早いな。それに連携をするだけの知恵もあるか。数も16体と平均的だな)
ゴブリンやゾンビは、時に30体を越える大所帯の場合もあったが、大体の魔物は10から20体前後の集団で固まっている。
だが、戦いになると各々が勝手に動き、連携も糞も無い泥仕合を仕掛けるのが低級の魔物の常識だった。比較的知恵のあるゴブリンですら、ちぐはぐな連携しか出来ず、互いに武器の間合いに入って同士討ちなんてこともよくある。そして各個撃破されて終わる。
しかし、今ケルトの目の前にいる魔物は違う。武器の攻撃範囲から誰が攻撃するか、理解して動いていた。つまり、訓練を積んだ人の様に動いたと言う事。
(とりあえず、もう一回近づいて敵対してるか確認す!?おひょっ)
少し悩んだ末にもう一度近づこうと一歩前に進んだケルトに対し、騎士風の魔物達は一斉にケルトを囲むように左右に分かれ、後列にいた魔物が正面に出てきた。
(おいおいおい。ここまでしっかり動ける魔物なんて、まじでいなかっただろ。どうなってんだ?)
ケルトは飛んで来る槍の刺突を躱し、囲まれない様にさらに下がる。そして槍騎士が槍を引く隙をつき、魔法を打ち込む。
しかし、打ち込んだ魔法は盾を持つ騎士に遮られ、届かない。
(う~む。やばいなこれ。あの感じ、鎧や武器に魔法耐性があるぞ。それにこいつらの攻撃は、俺の骨を砕けるかもしれねぇ)
次々と繰り出される剣と槍の攻撃をギリギリで躱しながら、その鋭く重い一撃の一つ、一つを冷静に分析する。
(ちょっと強めの魔法を打ち込んでみるか)
ケルトはそれまでとは違い、さらに大きく後ろに下がり、二つの火球を一体の騎士に打ち込む。だが、先程同様盾騎士が横から素早く前に躍り出て、魔法を受け止める体制に入った。
(ここからよ。あの婆さん達の技を試させてもらう)
騎士に当たる少し手前で、二つの炎は互いに重なり合い、一つの魔法に融合していく。そして、最初よりも熱量も大きさも倍以上に膨れあがった火球になり、盾に一直線に進んで行った。
ードオオオンー
通路に響き渡る音と共に、炎は勢いこそなくしたが、先程と違ってすぐには霧散せず、盾を大きく溶かしながらその後ろに隠れた魔物の腕主溶かしながら突き進む。そして胴体の鎧を溶かしたところで霧散した。
(いいねぇ。十分使える。練習はしてたが、実戦はこれが初御披露目と考えれば、上々)
そこからケルトは攻撃を避け、下がりながら融合魔法を放つ隙を窺いながら数十分間戦い続け、騎士を全て倒すことに成功した。騎士達の攻撃を避け切れずに、頭蓋に穴が開き、肋骨も二本折れた。さらに大剣の軌道を逸らすために、左の小指から中指を犠牲にしたが、ほぼ完勝と言って良い内容にケルトは高嗤いを始めた。
(ガハハハハハハ。我が覇道の前に、屈するがいい。ガハハハハハハ・・・。さて、こいつらなんだ?)
ケルトはひとしきり嗤い終わると、通路に点々と続く魔物の死骸を調べ始めた。
(?こいつはゴブリンか?いやそれにしては・・・)
ケルトは比較的原型を留めている魔物の鎧を剥がすと、中にはゴブリンの背を高くしたような魔物。その胸の中心には核の様な翠晶が埋め込まれていた。
(これが何か分からねぇな。他のも見てみるか)
ついでに魔物の死骸を途中にあった小部屋に放り込みながら、次々とその鎧を剥ぎ、その胸を確認していく。そして、胸に穴の開いた死骸を除けば、全ての死骸に翠晶が埋め込まれていた。
(これが何なのか分からねぇが、何かの役目は果たしてそうだな。持っていくか。あとなんか、透明な丸い珠も持ってくか)
騎士の鎧に張り付いていたマントを剥がし、集めた翠晶と珠を包む。どちらも指で掌に収まる大きさしかないため、そこまで嵩張る事無く持ち運べそうだった。
(よし。行くか!いざ、我が覇道を迷宮に轟かせてやろうではないか!ガハハハハハハハハハ)
こうして再び、嗤う骸骨が迷宮に解き放たれた。




