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015「失跡-Lost-」

 その日の昼下がり、シズ迷宮組合支部と魔術塔、そして街軍に急報がもたらされる。

 その報を聞いた組合からは完全武装のゼンとレイラ、そして一級PT「雷光」を始めとした招集可能な四級PT以上が迷宮入り口に現れ、魔術塔からはフェルナとジョージ、その弟子たちが集まった。

 生憎、街軍の将軍ガゼルは他国の調査団を城下町の北側に出向いており、すぐには捕まらなかった。その代わり副官の一人ゼスが、代理として街軍を待機させ待っていた。

「ロイド!詳細を話せ」

 皆が集まった所で、ゼンはその場に居合わせたイガラ隊隊長ロイドに状況説明を始めさせた。

「城下町南東地区、十五番中通り、六番通りの中間地点にある家屋内の捜索に入りました。家屋内の瓦礫撤去作業中、PT紅蓮団長ジャナル、同PTルーナの二名が家屋内のソファ―を持ち上げた後、私の目の前でソファーを残し、その場から一瞬で姿を消しました。現在はバルド導師が現場に残り、屋内及び周辺家屋内を含め、周辺にいたハンターと魔術師達と共に捜索していますが、痕跡は発見できていません」

 急報でも聞いていたが、ゼン達はより一層眉間に皺を寄せ、最悪の事態を想定した。既に二人共死んでいる可能性である。

「伯父貴。信じたくないが、あいつらの使う転移に似てないか?」

 PT雷光の団長であり、ゼンの甥でもあるレイが、周りには聞こえないように小声でゼンに話しかける。

「あぁ、そうだな。だが、あいつらの使う転移は、一瞬で姿を消すほどじゃない。ロイド、その一瞬てのはどのくらいだ?」

 それに応えるゼンも小声で返し、再びロイドに問い掛けた。

「瞬きほどです。本当に一瞬でした」

 ロイドからの答えに、魔族の操る転移を知る者は魔術ではない可能性も考慮し始めた。彼らの知る転移は対象者の身体が蜃気楼の様に歪み、その場から姿を消すまでに数秒は必要としていたためである。

「分かった。アガラ、イガラ、ウガラの三隊は五級以下のPTを指揮し、ゼスの指揮下に入れ。軍と協力して城下町全体をくまなく捜索しろ。ゼス、城下町は任せたぞ」

「了解しました。ゼン殿たちは?」

「俺はこいつらを連れて下層をくまなく探す。あの二人だけじゃ、今の下層は危険だからな」

「分かりました。では」

「バルドにも、あんたの指揮下に入って上層で捜索を続けさせておくれ」

 ゼス達が迷宮に入ろうと背を向けかけた時、フェルナが声を掛ける。それにゼスは敬礼で応えて迷宮へと入ろうとした。

「俺達も行くぞ。レイ、お前達は最下層まで―――」

「組合長ぉおお!下層から魔物が溢れてる!バルドの旦那が走って行くのがみえた!でも、数が多すぎて旦那だけじゃ、おそらく無理だ!」

 ゼス達の目の前に急に飛び出してきたハンターが、叫ぶように最悪の報告を上げた。

「ちぃ、全員聞け!水路の入り口に行って、溢れる魔物を狩るぞ。湧きが緩やかになったら突入して、捜索と魔物の殲滅だ。行くぞ!」

「お前達も行きな。ジョージとキジェル、リアは残りな。あんたとレイラ、雷光もだよ」

 次々と急転する状況に誰もが混乱する中、ゼンの指示をフェルナが変更し命令を下した。そして動き出すハンターや魔術師達を見送る中で、残ったのは城塞守備兵とゼン達各組織の上層部と雷光だけだった。

 そして、フェルナは少し早歩きで入口に向かいながら。

「私らは、湧きが収まったら最下層まで行くよ」

 そう言い残して、迷宮へと入って行った。



 迷宮内で忽然と消えたジャナルとルーナを捜索していたバルド達は、周辺の魔物を倒しながら、声を上げて二人の行方を捜索していた。

 しかし、探索していた家屋からも、その周辺の区画からも一切の痕跡が見つけられず、皆に焦りの色が見えていた。

「どうする?」

 中通りまで出て、周辺捜索の指揮を執っていたバルドは、ディゼルからの問に考えながら口を開いた。

「・・・正直、こんな罠は初めてです。迷宮内の何処かにいるとは思いますが、下層の可能性もある。捜索は続行しますが、アガラ隊以下には一度迷宮入り口に行き、ゼン殿の指示を―――」

「バルド導師ぃいいいい」

 指示を言い終えるかどうかの瞬間、東側から血相を変えたハンターが大声でバルドの名を叫びながら走って来た。

「二人が見つかったのかっ!?」

 その様子からあまり良い報告ではないと感じつつ、バルドはまだ離れたところにいるハンターに大声で問いかけた。しかし、ハンターからは意外な答えが返ってきた。

「南水路から魔物が溢れてる!急いでディゼル達だけでも」

 城を中心に四方に伸びる大通り。この真ん中に流れる水路は、城壁門から中間辺りまでは地上に姿を見せているが、そこから城までは地下水路となっていると予想されている。

 何故予想されているか。それは、中を城の方角に進んで行くと下層に辿り着き、その先は分かっていないからである。

 他の水路も同じ様に地下水路があるのだが、鉄格子によって通行が出来ない様になっていた。こちらも何れは、各水路から下層に行けるのではないかと予想されていた。

「君はこの周囲にいる者達にも南水路に来るように伝えて回れ。全員、ついてこい」

 バルドは伝令に来たハンターに指示を出し終えると、自身も南水路に向かって走り出す。途中にいたハンターや魔術師にも声を掛けつつ、魔術師とは思えぬ走りで大通りまで駆け抜ける。それに付いて来れたのはアガラ隊以下、三隊とバルドの弟子の中でも上位の者達だけ。レックス達は魔術師、バルドの弟子達と共に取り残され、遠ざかるその背を必死に追いかける事しか出来なかった。


 大通りに出ると、そこは既に多くの魔物と兵士やハンター達がひしめく戦場となっていた。そして、かなりの数が死体となって転がっていた。

 それでも必死に魔物を抑え込もうと、中堅ハンターや魔術師達、そして丁度巡回していた兵士達が応戦を続けていた。

「炎よ。穿て!」

 バルドは滅多に出さない杖を手に持ち、今も魔物が続々と湧き出て来る水路入り口に向けて、大火球を放った。

 火球は周囲の空気を燃やし、さらに大きく成長していく。そして水路を流れる水を溶かしながら、溢れる魔物の集団に轟音と共に激突した。

 だが、火球は止まらない。魔物と接触すると同時に溶かし、地下水路の奥まで進み続ける。暗い地下水路を明るく照らし、中にいた魔物も溶かしながら、最後は静かに消えていった。

「私が水路から溢れる魔物は出来る限り抑えます。今のうちに周囲にいる魔物を殲滅しなさい!穿て」

 魔法による轟音と熱気に一瞬足が止まったハンター達に檄を飛ばし、次の魔法を水路に打ち込む。

「行くぞ、お前らぁあああああああ!」

「おおおおおおおおおおおおおおお」

 ディゼルが音頭を取り、アガラ隊、イガラ隊、ウガラ隊の三隊がひしめく魔物の前に躍り出て、押されていた戦線を押し戻す。

 強力な援軍に、今だ劣勢の中ではあるがハンターや魔術師達は息を吹き返した。彼らはディゼル達三隊を中心にそれぞれ集まり、次々と魔物を対峙していく。

 バルドもそれを見つつ、魔物が湧き続ける水路に向かって、魔法を撃ち続けた。

「バルド導師!・・・皆、それぞれの隊の元に行くぞ!」

 やっと追いついたレックス達がバルドに声を掛けるも、目の前に溢れる魔物を見て、即座にそれぞれが世話になっている隊の元に走り始めた。

「それでいい。一瞬の判断が全員の生死を分けることもある。特にこういった非常時は決断する事こそ重要。二人は私と共に水路を。他は周囲の援護をしなさい」

 レックスの判断を褒めつつ、並んで魔術を撃ち始めた弟子たちにも指示を与える。


「導師、遅れてしまった。我らも―――」

 交戦を始めてしばらくした後、その背に異常を聞きつけたゼスが、率いていた全ての戦力を引き連れて到着した。そしてすぐに目の前の魔物の掃討に移ろうとした時、バルドから違う指示が飛んできた。

「すぐに東と西に部隊を送って下さい。これまでに、かなりの数が流れたはずです。ここは私と今いる者達で全力で抑えます」

「!?了解した。すぐ後ろからゼン殿たちも来ているはずです」

「分かりました。もし余裕があれば北にいる者達にも、退避命令を出しに行ってください」

 バルドは矢継ぎ早にゼスに伝えると、水路の入り口に近づきながら、周囲の魔物にも魔法を次々と打ち込み、ハンター達の援護に入った。

 ゼスはバルドの言った通りに、東西に部隊を分けて送り出した。北に送り出す部隊にはガゼルに伝えると同時にその指揮下に入る様に命を下す。そして自身はその場に残り、先に戦っていた兵士達の指揮を執り始めた。

 バルドは東西に去って行く兵士達の気配をその背で感じつつ、水路にさらに近付いて行く。

「いいですよ皆さん。このまま行けば、抑え込めます。援軍が来るまで持ちこたえますよ」

「おおおおおおおおおお」

 バルドの檄に、周囲で戦うハンターと魔術師は雄叫びを上げて応える。彼の言った通り、水路から溢れていた魔物のほとんどをバルドが抑えているおかげで、徐々に戦況は彼らに傾いていた。それでも、圧倒的な数の前にこの均衡が何時まで持つかは分からなかった。


(一体、一体はそこまで強くない。だが、数が多い。何処にこれだけの魔物を蓄えていたかも謎だ。本当に厄介な迷宮になったものですね。それに、二人が巻き込まれたあの罠。・・・!まずい)

「全員、私の所まで下がりなさい!退避が遅れても知りませんよ」

 水路の奥、そこにシズに決して居てはいけない影を、バルドの眼は捉えた。

(たけれ)(たけれ)(たけれ)耀(ひかれ)耀(ひかれ)耀(ひかれ)(のぼれ)(のぼれ)(のぼれ)

 バルドが皆に警告を込めた永い詠唱を始める。それを聞いた者達は退避の掛け声を皆で言い合いながら、一目散にバルドと同じ位置まで下がり始める。

 退避する彼らを援護する様に、バルドの弟子や魔術師が魔法を放ち続ける。

 退避を始めた彼らの後ろでは、ゆっくりと大きな影が、水路の奥から足音を響かせ近づいて来る。

 必死に逃げるハンターや魔術師には見えていないが、バルドの緊張し強張った顔を見れば、それだけで彼らには伝わった。

(やべぇのがいる!)

「急げぇええええええ」

 先にバルドの横まで退避した者達が、逃げ遅れている者達に声を掛ける。そして彼らもバルドが見ている影を視界に収めることになる。

(・・・嘘だろ)

 まだはっきりとは分からない。だが、彼ら全員の頭には、見たことは無いが知っている魔物の名称が浮かんでいた。それは大迷宮以上でしか確認されていない魔物。

 次々と下がって来たハンターや魔術師が、追い付いて来た魔物をバルドに近づけまいと応戦しながら、その影に全員が恐怖する。

(おどれ)(おどれ)(おどれ)(くるえ)(くるえ)(くるえ)

 背後から迫る魔物の事など気にも留めず、逃げ遅れ足を挫いた魔術師を抱えて必死に走るハンターの目の前には、バルドが詠唱が進める毎に肥大し、荒れ狂い、そして嗤う炎が成長を続けていた。

(むさぼれ)(むさぼれ)(むさぼれ)

「詠唱、終わっちゃう」

 脇に抱えたまだ若く小柄な女魔術師が、泣きながら震える声で呟いた。

 彼女は魔術師。今、バルドが唱えている詠唱が、どれほどの威力を持っているか理解できたのだ。

 その震える声を聞いたハンターは、まだ20歩以上ある距離を見て決断した。

 少しでも離れようと横に飛び込む様に倒れ込み、魔術師に覆い被さった。自身の身体を盾にするように。そして出来るだけ頭を低く、低く。祈る。ただ祈る。

「穿て」

 最後は呟くように唱えられた一言に反応し、バルドの少し前に生まれた炎の渦は一気に広がり、大通りを埋め尽くす魔物を飲み込みながら進む。

「きゃああああああああ」

(ぐぅううううううううああああああああああわわわわわああ)

 背に感じる轟音と熱気に、逃げ遅れた魔術師は叫び声をあげる。それに覆い被さるハンターは逆に歯を食いしばり、焼け続ける背の痛みに必死に耐える。

 炎は彼らを一瞬で過ぎ去っていった。だが、その一瞬でハンターの装備やその下の皮肉は溶けて無くなり、瀕死なのは誰の目から見ても明らかだった。


 危機的な状況に陥っている二人の事など無視し、バルドの放った炎の渦は魔物を溶かしながら地下水路の出入り口に突き進む。

 その狙いは、地下水路からその悍ましい顔を覗かせたアンデッド化したゾンビドラゴン。

 所々に除く元の体色と思われる赤褐色の鱗の多くは赤黒く変色し、肉の腐った腐臭が離れたバルド達にも届く。

 そしてその大きな口からは、禍々しい赤紫の吐息が漏れている。

 その吐息の色は、ドラゴンの体内から溢れる魔力の特徴が現れているとされ、赤紫はアンデッド系に多く現れる腐毒。物体を腐蝕させ、溶かす力。


「衝撃に備えなさい!障壁展開!」

 バルドの声に屈強なハンターや兵士が前傾姿勢で身構え、魔術師達はその背に隠れる。そして彼らの前には魔術師達が魔術障壁を展開し、大魔法の衝撃に備える。

 数舜の後、城下町中に響き渡るほどの轟音と共に、逆流してきた熱波が周囲に拡散し、彼らに襲い掛かる。

 その衝撃に強度の足りない障壁は音をたてながら割れ続け、バルドやその弟子たちと一部の魔術師の障壁しか耐えられなかった。

 障壁で和らいだとはいえ、それを越えて届く音や衝撃と熱波は、前面に立つ屈強な戦士達でさえ耐えるだけ精一杯だった。歯を食いしばり、武器を石畳の隙間に突き立てて、必死に耐える。その背にいる魔術師達は彼らの身体を支え、その間にも次の障壁を張る準備をし、少しでも衝撃を和らげるために張り直し続ける。

「偽物か」

 衝撃と熱波が過ぎ去り、辺り一面に広がった薄い煙が晴れ始めると、大魔法の影響で破壊されつくされた水路の上で、その巨体を溶かしたゾンビドラゴンが横たわっていた。

 皆が呆けたようにその死骸を見詰める中、ディゼルは視界の端で転がるハンターを見つけた。

「すぐに二人を救出!治癒院に運べ。他の者は殲滅を始めろ。まだ終わっていないぞ」

 ディゼルが大声で指示を出し、大魔法から逃れ、生き残っている魔物に向かって走り出した。

 それに続くように周囲の者達も動き始め、数人の兵士が逃げ遅れた二人の元に駆け寄る。

 駆け寄った兵士達はすぐに、ハンターをゆっくりと魔術師の上からどかすと、そのまま運び出して行った。辛うじて息はあるが、ほとんどの皮膚が溶け、肉は剥き出しになっている。特に足は膝下から先は原型を留めていなかった。

「大丈夫か。息はあるな。急いで運ぶぞ」

 もう一人の女魔術師も身に着けていた防具が溶け、その下の皮膚に大きな火傷を負っていた。しかし、上に覆いかぶさったハンターのおかげか、胴体への怪我はほとんどなく、気を失っているだけだった。


 バルドは運ばれる二人に謝罪を込めた目礼をしつつ、地下水路からなおも湧き続ける魔物と、念のためにドラゴンにも魔法を放つ。

 動きは止まったが、本当に倒せたかは確認できていない以上、素材など気にしている余裕は彼らにはなかった。

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