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013「城下町の謎-Mystery of The Castle Town-」

 シズ迷宮が成長を遂げた日からおよそ半年が経過したその日、最初の構造変化が発生した。

 だが、当初は誰もその事に気付かなかった。構造変化中も迷宮内を多くのハンターと魔術師達が魔物を間引いていたと思われる。

 最初に気付いたのリリィが団長を務める陽炎の女団員だった。迷宮に入って、何時も通り崩壊している白亜の城が望む大通りと街並みを眺めた時、彼女はほんの小さな違和感を感じた。

 そしてしばらくの間、そこから街並みを眺めはじめた彼女に対し、バルド達はが声を掛けようとしたその時、彼女が呟いた。「道が直ってる?」と。

 そこからは大混乱である。皆が一斉に入口周辺の異変を探し始め、複数の者が同じ家屋の二階が直っていると口にしたことで、皆の顔が引きつった。

 即座にディゼルは公認ハンターとして、バルドは魔術塔の責任者としての権限を発動し、入口内外にいた全てのハンターと魔術師を指揮下に置き、入口を警備をする街軍にも応援を要請した。

 彼らは軍に組合と魔術塔に連絡を頼むと、集めたハンターと魔術師達を入口周辺の区画の魔物掃討係に命じ、自分達は記憶を頼りに一つ、一つの通りを確認していった。そして、ある程度の確証を得た後、迷宮入り口まで入って来ていたゼンとフェルナ、そして街軍の責任者であるガゼル将軍の三人に報告した。

 元々小規模迷宮だったシズの兵数は、100人程の一個中隊しか配置されていなかった。

 しかし、迷宮の規模の拡大を受けて、300人に増員された。さらに他国の調査団の受け入れが決まると、追加増員が決まる。今では総勢500人強、一個大隊となっている。その指揮官として、今年で45歳になる元3級ハンターでもあるガゼルが赴任してきたのである。

「フェルナ様、ゼン殿。私はこの様な迷宮の構造変化の仕方を聞いたことが無い。ロットンにも足を運ばれた御二人に、何か御心当たりはありますか?」

「・・・いや、悪いが無い。ここまで異常な迷宮は聞いたことがねぇ。婆さんは?」

「あたしもだよ。はぁ~。何でこんな老いぼれに鞭打つかねぇ」

 困惑する将軍と愚痴を溢す二人が受けた報告内容は二つ。

 街の一部が修復されている事。そしてもう一つは、白亜の城が見える角度が少しずれている気がするというものだった。これは魔物掃討に参加していた魔術師からの報告であり、検証するには専用の測定器が必要と判断され、後日に回されることになる。

 しかし、何よりも彼らを驚愕させ恐怖させたのは、誰も気付かぬうちに構造変化が起きていた事である。通常は何かしらの兆候が二、三日前からあるのだが、それすらなかった。

 この初期調査後、すぐに組合と魔術塔はシズにいる全ハンターと全魔術師を招集し、街軍と共に再調査を開始した。既に他国からの調査団に先駆け、来月には使節が王国に訪れることが決まっている中での異常構造変化。シズで動員できる全ての人員を使っての大騒動である。

 昼夜を問わず行われた大調査は、改めて街の一部や通路が修復されている事。城下町全体もしくは城が、半時計回りにずれていることが確認された。

 そしてもう一つ。他国からの調査団に何かあった場合に備えて、招集予定の1級PTが下見のために来ていたので、ディゼル達を含むシズに滞在していた4級PT以上とジョージが率いる魔術師達の合同PTが、最深部まで潜ることになった。

 下層へと続く道である水路に居りていく彼らを見送ってから二日後、予定よりも早めの帰還に、犠牲者が出た可能性が皆の頭をよぎり、不穏な空気が流れたが、彼らは一人の犠牲も出す事なく無事に帰還した。

 下層は元々、以前のシズ迷宮と同じ構造に加え、階層は21階層と少ない。少し通路が広くなっていることで、戦いやすくもなっている。

 さらに今回潜った者達は街の探索ではなく、下層の魔物を間引くことを優先するように、ゼンとフェルナから通達されているPTばかりだった。そのおかげか、探索が思ったよりも早く進んだことが、予定より一日早い帰還となったのだった

 そして彼らの報告から、下層はこれまで通りの一般的な変化しか起こっていない事が分かり、皆が安堵することになった。

 こうして、他国の調査団が来る前に懸念を完全ではないが払拭させたシズは、二か国の調査団を迎える準備を進めるのだった。



 他国の調査団が来くるからと言って、レックス達のするべき事は一切変わらなかった。今まで通りの日程で、バルドとエリーの二人の調査に同行すること。

 しかし彼らは当初、バルド達を魔術師という視点で見ていたため、彼らの情熱とそれに応える無限とも言える体力の前に驚愕し、今も敗北を重ね続けていた。

 それを見かねたライラやマックなどのソロハンターや、新たにこの街に来た中堅PTがたまに参加してくれなかったら、彼らは一月で潰れていたかもしれない。それ程ハードワークだった。

 さらに二回または三回に一度は、エリーを迎えての探査がある。彼女とその弟子達が参加する際は、PT肉体美を含めた護衛はレックス達が任されていた。

 エリーとその弟子達もまた、その華奢な身体の何処にそんな体力があるのか分からない程活発に動き回るため、問題児がさらに増えただけであった。

 だが、さすがは魔導師であるエリーとその弟子達である。魔物に関する知識もそうだが、魔術師としての腕前は一流だった。彼女達が此処に来る前は魔境にいたことを聞いて、彼らは納得した。

 そして、バルドとは違った意味で彼女達の狂気的な魔物に対する愛を語られ、目の前で魔物の解剖を幾度も見せられ、そして参加させられた。

 そのためか、以前よりも魔物の弱点となる部位を意識し、的確に攻撃する様に自然と身体が動くようになっていた。

 結果として、彼らにとっては自身の成長に繋がる良い経験となっていた。

 特にリリィの様な力の無い女戦士や軽戦士達。彼らには、レックス達の様な重たい武器を軽々と振るう膂力は無い。その代わり、その身軽さで魔物を翻弄し、的確にその隙と弱点を突く戦い方が持ち味である。その他にも屋内などの狭い場所では、彼女達の力は必須。その彼女達の戦力の向上はPT全体の戦力向上にもつながることから、率先してリリィは解体を行っていた。

 彼女が率先して行う事で、他の女性ハンター達も忌避感が和らぐ事を目的としての事だったが、意外にも男達の方が腰が引けていたのは御愛嬌だろう。

 だが、一つだけ問題が起こった。解体する魔物によっては身体中に異臭が纏わりつく。この数ヵ月、彼らがエリーと行動を共にする日は、迷宮内の入り口付近に仮設の風呂と仕切りが用意されており、毎回身体を洗う事が義務付けられていた。これは街の住民から苦情が寄せられたためである。

 そして、エリーが参加する日は、ライラ達は絶対に参加することはなかった。一度だけリリィが組合の建物内で皆を誘っている姿があったが、その周りにいた中堅PT含め一斉に用事を思い出し、建物から姿を消したのは笑い話になっている。


 刺激的な作業が多いエリーとは違い、バルドの調査はその逆で地味な作業が多い。これは彼がフェルナに与えられた主な任務に関わっている。

 一つ目は彼の天職である宝物探し。二つ目は初期調査で判明している異常現象の継続調査。

 バルドはレックス達の実力を確認した後、宝物探しは後回しにして、初期調査から確認されている異常現象について、より詳細な検証と調査から始めることにした。

 初期調査で確認された異常現象は、バルドも気になっていた()()()()

 それは城下町エリア最大の謎であり、これまた他の迷宮では確認されていない現象。目の前にある白亜の城、それを囲む城壁にさえ辿り着くことが出来ないというものである。

 正確には、城壁から約200m手前から先に進めなくなる。特に壁が有る訳でも、魔術による障壁が有る訳でもない。だが進めないのである。

 初日に下見を込めて行った歩き続ける調査も、この事象をバルドが実際に体験するためのものでもあった。そして、実際に体験したバルドの感想は「成長しきっていない可能性がある」だった。

 これはゼンやフェルナ達、それぞれの組織の上層部でも話し合われたことで、何れは城を含む城下町の中心街が解放されるのではないかと言われている。


 バルドはまず、あらゆる角度から前進を試みた。家屋があれば邪魔な瓦礫を軍の協力も得てどかして、または二階や三階、屋根の上に昇っても行ったが、全周囲からの侵入が不可能であることを確認した。

 そして次に人以外の物体ならどうかと考えた彼は、大通りから侵入不可地点に向けて様々な物を投げ入れた。その結果、投げ入れたものが空中で止まった。その止まり方も異常だった。

 回転している物体は回転を続け、矢は矢羽根が風を斬り続けた。そして魔法だけは一瞬で消滅した。

 この投げ入れた物体は、城とは反対側に引き戻すとその活動を止めた。

「これは厄介ですね。この見えない境界は距離が無いのか・・・。全く原理が分かりませんね」

 バルドはこれまで魔境や迷宮内で、数々の理不尽な現象を目の当たりにして来た。その中で彼が最も理不尽と感じたことは、魔族の転移魔法。迷宮内限定と言われているが、それでも理不尽極まりない魔法である。

 だが、目の前の現象もそれに劣らない程の現象だった。

「距離が無いとはどういう意味ですか?」

 バルドの傍で一緒に検証を見ていたレイラが、彼の溢した独り言を拾った。彼女は迷宮庁の職員でもあり、この現象について魔術塔に調査を依頼した元でもある。

「何と言えばいいでしょうか。おそらく、あの見えない障壁その先は無限に同じ場所が続いていると言えばいいでしょうか。同じ場所が続くことで、()()()()()()()()()()()()()という矛盾した現象が成立しているのだと推察します」

 バルドの説明にレイラは腕を組み、しばしの間その推察を咀嚼した。

「それなら同じ景色が、この先には続いているはずでは?だが、どこから見ても、目の前には城壁があり、崩壊した城が見える」

「えぇ、その通りです。ですが、あの見えない障壁そのものに距離が無かったらどうでしょう。そうですね。私達がいるこの場所、見えない障壁、そして城壁。この三点間の距離の合計を11としましょう」

「11?」

「えぇ、11です。中間の6を障壁とします。すると障壁から私達。障壁から城壁も5ずつ離れていることになる。この場合レイラ嬢の言った通り、障壁から先は6の景色が延々と続くはずです。ですが、()()()だった場合どうでしょうか?」

 レイラは再び考え込むが、バルドの理論を理解するには彼女の知識は足りていなかった。組んだ腕を解き、両手を上げた。

「降参だ。全く分からん」

 その仕草に堪らず笑いが零れたバルドは、少し睨むように見るレイラに優しく話しかける。

「5と6の間に()という距離があるのではないかと、私は推察したのです。分かりやすく数えると、1・2・3・4・5・0()・6・7・8・9・10。この0が見えない障壁です。そう仮定するならば、6から先の景色が見えていることにおかしい点はありません。ですが、これはあくまで仮説です。その原理や方法は全く分かりません。それに、有り得ない仮説だと私自身、理解はしています」

 バルドは正直に、自身の仮説を否定した。実際、そんなことが可能なのかさえ分からない。確かに自分は平民よりも知識を得る機会はあった。だが、学者ではない。あくまでも、これまで迷宮で経験してきたことを基にした仮説だった。

「・・・一応その仮説も報告書に記載しておいてくれ。それにしても0の距離か。確かにそれなら説明がなんとなくつくな。0という距離があるから進み続けるが、距離が0だから進めないか・・・。本当に訳が分からんな」

 今も様々な物体が投げられ、それが空中で動き続ける現象を、面白がって試して遊んでいるハンターや魔術師達。

 その中には息抜きだと言って、無理やりついて来たゼンの姿もある。何やら何処かの女傑への悪口を吐きながら物体を力一杯に投げているが、バルドは見て見ぬ振りをした。その隣では額に青筋を浮かべているレイラがいたが、彼女のことも視界から消してやり過ごす。

 そして彼は一人、城壁のさらにその先。崩壊してもなお、その荘厳さを失わず、不気味に佇む城を見上げ、この迷宮に畏れを覚えるのだった。 



 崩壊した玉座の間。部屋の奥、数段高い位置に設けられた空の玉座。

 誰もいないはずのその玉座に、一匹の小型魔獣が近づき飛び乗る。

 だが、魔獣の足は玉座から少し浮いている。そして寝転がるとその腹を見せ、可愛らしい鳴き声で撫でる事を何者かに催促した。

 すると、魔獣の腹の毛並みは少し荒々しく波が立ち、流れる。しばらくの間、魔獣は何者かに撫でられ続け、満足したのか玉座から降りて振り返る事無く玉座の間を後にした。

 魔獣が去った玉座は、先程同様に空のままだった。  

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