011「迷宮の入り口-Labyrinth Entrance-」
レックス達若手ハンター達が魔導師と顔合わせをしてから一ヵ月。彼らの生活サイクルはそれまでと大きく変わっていた。三日間迷宮に潜ると二日休み、そして再び三日間の迷宮探査に戻るを繰り返していた。
一見するとかなり休みがある様に見えるが、バルドとその弟子たちの行動力は、並みのハンターでは着いて行けないほど活発であり、若手ハンター達は丸二日をほぼ寝て過ごす者もいるほど疲弊していた。
「・・・えっ?もう二日目の夜?嘘?」
これが、レックスを含めたほぼ全員の日常だった。
顔合わせが終わって三日後、早速バルドが下見がてら迷宮に潜ると言う事で、ハンター達は迷宮の入り口に朝早くから集合していた。
「レックス。武器を新調したの?」
武器の最終確認がてら、手入れをしていたレックスに話しかけてきたのは、陽炎の団長を務める女ハンターのリリィ。軽い身のこなしを活かした戦闘を得意とする彼女は、何時もの小剣二本を腰に差した軽装戦士の姿で近づいて来た。
彼女達陽炎は、前回の嗤う骸骨戦には生憎の不参加だったが、疾風と紅蓮と同じ様にゼンの教えを受けるために。シズに留まっている若手PTの一つである。
「あぁ。ゼンさんから少しずつ闘気術を学んでるだろ。俺の大剣は纏わせるまでに時間が掛かるから、今は少し重量を持たせた長剣で慣らすように言われたんだ」
レックスは通常よりも厚みのある長剣を、リリィに見せながら説明した。
「ちょっと持たせてよ」
「いいよ」
その厚みに興味を持ったリリィがお願いすると、レックスは快く応じ、彼女に手渡す。
「うぃ。おっもっ。よくこんな重い剣を片手で振り回せるね。私じゃ、両手でやっと振れるくらいなのに」
両手で柄を持ち、やっとの感じで剣を構えるリリィは、その腕にかかる重みに悲鳴を上げそうになる。
彼女が決して非力な訳ではない。一般的な男性よりも力はあるし、強い。だが、少し小柄な体格の彼女では、どうしても限界がある。それに彼女の持ち味はその身軽さである。余計な筋肉はその持ち味を失う事になるので、ゼンからは技量を伸ばす指導を徹底的に受けている。
「おっ。早いな二人共」
疾風と陽炎のPTが集まっている所に、少し遅れて紅蓮の団員を引き連れたジャイルが声を掛ける。
「あんたが遅いのよ。あれ?あんたも武器変えたの?」
リリィは声を掛けてきたジャイルに嫌味を一つお見舞いしながら、彼が普段使っている槍ではなく、少し太めの穂先も一回り大きい槍に持ち替えている事に気付いた。
「んっ?これの事か。ロイドさん達と潜り始めてから、欠片を手にする機会が増えただろ。それで、少しずつ重い装備に慣れておけって言われてんだ」
「えぇ、そうね。ゴードンさん達はほとんど効果が無いからって、私達に順番にくれるけど」
「そうだね。ディゼルさんも俺達に全部譲ってくれてるな」
迷宮が成長してからというもの、魔物が魂の欠片を落とす頻度が上昇していた。レックス達は不思議がっていたが、ディゼル達からすればそれほど珍しい事ではなかった。
迷宮が大きくなると魔物の力も増す。そしてその分、魔物の魂も大きくなる。結果的に、欠片となる確率が上がるのではないかというのが、迷宮組合と魔術塔の見解だった。この仮説は現在の所、大陸中で有力な仮説とされていた。実際、大迷宮になるほど欠片を落とす魔物は増えていくことが分かっている。それでも、百体に一度落ちれば良い方であり、手に入りずらいのはかわらない。
「何でも、実を数個食べてると弱い魔物の欠片じゃ、ほとんど効果が無いんだと。大迷宮クラスの欠片なら別らしいけど」
「へぇー。そうなのか、だから俺達に気前良くくれる訳か」
「いいなぁ、レックスとジャナルは一個食べたことあるんだっけ?」
「うん、そうだね。丁度一年前かな?一緒に潜った時に手に入れた。でも、それからは手に入ってないよ」
神樹に実が生る時期は判明していない。実る数も大きさもその時次第。あまりに小さいと効果がないため、一か月単位で様子を見ることもある。
ある程度育った実なら、一つを四等分して食す事も出来る。一つ丸ごと食べる方が良いと思うかもしれないが、それは罠。
実が効果を現すのは、食してから数ヵ月後。一つ丸ごと食した場合、年単位で待たねばならなくなる。これは、実の与える奇跡が徐々に人の限界を引き延ばしているという、昔からの仮説が元になっているが、現在ではこの仮説が最も有力視されている。
そしてもう一つ判明していることがある。実が身体に馴染む前に次の実を食すと効果が無い。または、効果が表れるまでの期間が大幅に伸びる。過去の記録では、五十年以上経ってから効果が確認された事例もある。
だが、そうなると肉体的には全盛期を過ぎており、限界値もそれほど伸びないことが分かっている。そのため、二十代の内に実を定期的に食して、全盛期の身体を維持することが理想とされている。
それならば、小規模な迷宮で神樹の実を手に入れる方が楽なのではと思うかもしれないが、それにはちゃんとした訳がある。
低階層の迷宮には、ほとんど実がなることが無いのだ。運が良ければ一年に一度実るが、ほとんどが数年に一度実るかどうか。これも小規模迷宮に人が集まらない最大の理由にもなっている。
しかし、迷宮に潜らない訳にはいかない。魔物が湧き続けると地上に出てくる魔物の数も増加するため、例え実が見つからなくとも、定期的に最深部まで潜りながら魔物を間引く必要がある。
シズ迷宮では、2年前からこの3組の若手PTがゼンの指示で行っていた。
「集まってるな」
三組の若手が集まる場所に、さらに遅れてディゼル達がやって来る。その後ろには、魔術師ではなく戦士の格好をしたバルド以下、彼の弟子達が続いている。
「・・・本当に魔術師か?」
「ほんとにね~。顔合わせでも言ってたけど、本当に近接戦もこなすんだ」
「・・・」
レックス達は直ぐに整列し彼らを迎える。普段はしないが、今回の探査から正式にシズ先任PTという肩書で、ディゼル達の部下として行動することが決まっているからだ。
「おはようございます、皆さん。特に緊張はない様で良かった。さて、早速ですが潜ります。が、今日の探査では建物内には一切入りません。その代わり、迷宮内では三方向に分かれて進みます。アガラ隊は正面の大通りを。イガラ隊は城壁沿いに右へ。ウガラ隊はその反対の左に進んで下さい。私はアガラ隊に同行します。他二班にも既に通知した通り弟子を同行させます。休憩は一時間毎に10分を設け、正午まで進んで下さい。一時間の休憩後、来た道を戻り、入口まで戻って来て下さい。途中の魔物の討伐は必ず行って下さい。例え時間が掛かったからといって、休憩時間を飛ばすことはせずに必ず取る様に、以上です。何か質問は?」
「はい。何を企図した行動でしょうか」
バルドの説明に対し、レックスはすぐに質問を返す。きちんと意図が分からなければ、正しい行動が出来ない為である。
「一日の行動範囲を測定するためです。それと例の現象を実際に体験しておきたいというのもあります。他にも理由はありますが、詳細は帰ってから説明しましょう。今はそれだけ覚えておいてくれれば十分です。くれぐれも建物は無視すること。丁度時間も良いですね。では参りましょうか」
バルドの説明にレックス達は納得した。自分達も経験したあの現象は、口で説明するよりも実際に体験してみた方が早いからである。
それに時間もおそらく大丈夫。何故かシズの迷宮にある城下町は、外と同じ時間で陽が昇り沈む事も確認されていた。ただし、転機は常にどんよりとした曇り空となっている。
バルドは掌に開いていた丸い物体の蓋を閉じると、迷宮入り口となっている通路に進んで行った。
バルドが持っていた物体の中身がちらりと見えたレックスは、それが何なのか分からなかった。彼が見えたものは、円環に数字らしきものが並んで書かれ、それを差す針が規則正しく回っているものだけ。後にバルド本人から、時を計る遺物と聞かされ、皆が驚愕したのは言うまでもない事だろう。
既にディゼル達は班に分かれながら、それに続いて歩き始めている。レックス達はそれを見て、慌ててその後ろに続くのだった。
迷宮の入り口の多くは、何かしらの建造物や洞窟、自然の木が門の様に形どられていたりする。何より空間が歪んでおり、そこが入り口であるとはっきりと分かる。
だが、シズの迷宮の入り口はかなり特殊なものになっている。
まず、最初は何もなかった。何もない所から、突然魔物が湧いて出来ていた。当時の人達は、湧いて出てきたら討伐を繰り返していた。その後、ある程度の湧き範囲が分かると、丸太を打ち立てて囲んだだけの防御柵が作られた。
そして時代が進むにつれ、シズの周辺は農村開拓が進んで行く。それに合わせるように、入口を囲む防御柵も丸太は石材に変わり、それが徐々に大きい城壁になる。さらに時代が進んで行くと、穀物を中心とした交易場としてシズは発展していくことになる。
そして100年程前、ようやく迷宮への入り方が判明する。
それは本当に偶然だった。何時もの様に湧いて出てきた魔物を城壁の上から弓矢と魔法で粗方片づけ、スケルトンだけが残ると武装した兵士や兼業ハンターが殲滅した。そして、散らばっている魔物の残骸と矢の回収を行っていたハンターの一人が、忽然と姿を消したのである。
そしてすぐに彼は姿を現した。そこから、そのハンターからの報告で永い時を経て、シズ迷宮は発見された。
その後、すぐに国は詳細な入場方法を探るため、検証を始めた。
そして検証の結果、ある地点から真っ直ぐ北に五十歩ほど歩き続けると、いきなり景色が変わり、石畳と石壁で囲まれた通路に出る事が判明した。
外からその様子を見ていると、歩いている者の周囲が歪み始め、忽然と姿を消す様子が見れる。
そしてここからが、シズ迷宮のさらなる不思議な点である。この五十歩ほどの距離を歩く間に立ち止まったり、道から逸れると、反対側に何事も無く通過できるのである。そして、反対側からは迷宮に入ることはできない。
迷宮が廃れた後、この現象を見るためだけに訪れる観光客もいるため、昼間の数時間だけ、城壁の上に観光客を上げる商売を始めている。この数時間は兼業ハンターが何度も入口に出入りし、観光客を楽しませるのである。
そして極めつけは、一日数組限定でハンターと城壁守備兵同伴の迷宮入場体験である。これはシズ迷宮街の稼ぎ頭と言われるほどの人気を博しており、異常変動前はあの嗤う骸骨討伐作戦の日も含めて、毎日行われていた。ちなみに今は危険過ぎて中止されている。
「何度体験しても、本当に不思議ですねぇ。何時か、この入り口の謎も解明してみたいものですね」
そう溢しながら、久しぶりに入るシズ迷宮の入り口を進むバルドは、すぐに驚愕と共に目を輝かせた。
「!?・・・あはははははははははは。本当に素晴らしい。聞きしに勝るとはこの事かっ!私もかつて宝物探しのために、一年間ここに通っていたことがある。だがっ!こんな光景は確かに無かった。冷たい石畳と石壁に囲まれた殺風景な通路と部屋があるだけの世界。それが、何なんだこれは!?あははははははははは。まるで、神話に謳われる千年王国。その王都そのものじゃなないかっ!良いっ、良いっ、実に素晴らしいっ!これは宝物探しにも熱が入るというものです。あはははははははははは」
ここに来て、狂気じみた早口で捲し立て、両腕を命一杯に広げて高笑いを続けるバルドの姿に、若干の不安を覚え始めた若手ハンター達。
だが、既に契約書には全員がサインをし、組合と塔の両方からかなりの額の準備金まで貰っている。そして何よりも手当と報酬の前に、彼らは目を瞑ることを選んだ。選んでしまった。
しかし、バルドの様に発狂とまでは行かなくとも、かつてのシズ迷宮を知る者がここに立てば、皆が大なり小なり同じ様な反応を示すだろう。それほどまでに、彼らの目の前に広がっている景色は異常だった。
まず目を引くのが、正面にまっすぐ伸びた所々に大きな窪みや破壊跡が見られる石畳の大通りと、その中心を走る水路。
その先に見えるは、荘厳だったであろう崩壊した白亜の城。それだけで、この迷宮の格を物語っているかのような壮大な城である。
そして次に目が行くのは、通りを挟んで並び合う家屋の数々であろう。そのどれもが現在の建築様式とは異なり、王都に並ぶ家屋よりも高く、寸分の狂い無く整列している。しかし、その多くは大規模な戦い、もしくは大魔法の直撃を受けたかのように崩れている。無事な家屋は見える範囲には無く、何かしらの損害を受けていた。
それでも、廃墟群が無事であった頃の事を想像すると、王都のそれを遥かに超える規模と美しい街並みであったことが、容易く想像できるほどの景色が広がっていた。
初期調査に同行していたある一人の王族が、「父と兄上に、王城含めて王都の再開発を進言するか?」と零したとか。
ちなみに、ここにはその王族の命で画家が派遣され、入口から見えるこの景色を画くように命が下されている。既にバルド達よりも先に、数人の立派な鎧に身を包んだ騎士が、所定の場所に椅子やキャンパスを準備し、その脇には護衛騎士に護られた宮廷画家が、崩壊すれどその荘厳さを損なっていない白亜の城をうっとりとした顔で見詰めていた。
「さぁ!早速、始めましょう。先程言った通り、アガラ隊は私と共に正面の大通りを。イガラ隊はこの城壁沿いに右へ。そして、ウガラ隊は左です。行動開始っ!」
こうしてバルド主導で行われる、シズ迷宮異常成長調査が始まるのであった。