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「……これが、私だった時間も、あるから」
潤んだ瞳で僕を真っ直ぐに見つめ、彼女はそう言った。
少し傾いた白いウィッグの下から覗く、黒いおかっぱ頭。過去の象徴と、現在の彼女が、痛々しいほどアンバランスに同居している。
差し出されたのは、彼女の最も脆く、暗い部分。それを、この手で受け止めろと言われている気がした。
息を呑む。胸が締め付けられる。あの夜の記憶——壊れた翼、虚ろな瞳、スプレーの匂い——がフラッシュバックする。同時に、それを自ら差し出すほどの勇気と、僕に向けられた信頼に、言葉にならない感情が込み上げてきた。
僕はゆっくりと腰を落とし、彼女の前に膝をついた。視線が、自然と同じ高さになる。
すぐ目の前にある、白い人工毛のウィッグ。僕は静かに手を伸ばし、その硬質な繊維の束に、そっと指先で触れた。冷たく、滑らかな感触。彼女が纏っていた、仮初めの鎧。
次に、意を決して、そのウィッグを優しく、しかしはっきりと横にずらした。
白い塊が横へ流れ、隠されていた彼女の本来の髪が、完全に露わになる。柔らかそうな、自然な黒。少し伸びて、毛先が僅かに不揃いな、見慣れたおかっぱ頭。
僕は、そこに指を滑り込ませた。
ウィッグとは全く違う、温かく、しなやかな感触。細い髪の毛一本一本が、指の間を通り抜けていく。
慈しむように、ゆっくりと、彼女の髪を梳く。頭の形、その下の確かな体温。生きている、彼女自身の温もり。
「……俺は、こっちがいい」
囁くような、けれど確信に満ちた声が、静かな部屋に落ちた。
僕の言葉と、髪に触れる手の感触に、真昼の肩が微かに震えた。
彼女は、安堵と、込み上げる感情に耐えるように、片方の目を——いや、両方の目を、ゆっくりと閉じた。
長い睫毛が、涙の雫を小さく弾く。頬が、薄らと赤く染まっていくのが分かった。
彼女は、僕の手の動きに合わせて、ほんの少しだけ、猫のように首を傾け、その肯定を、その温もりを、全身で受け入れるように身を委ねた。強張っていた体の力が、ふっと抜けていくのが伝わってくる。
触れ合う指先。髪の感触。互いの浅い呼吸の音。至近距離で目を閉じている彼女の顔。
言葉は少ない。けれど、この部屋の空気は、張り詰めながらも、どこまでも濃密な感情で満たされていた。
曝け出された脆弱さと、それを受け止める絶対的な肯定。魂が、静かに触れ合っているような感覚。それは、この上なく危うく、そしてどうしようもなく、心を揺さぶる瞬間だった。
僕の指が、彼女の髪を撫でるのを止める。
真昼が、ゆっくりと瞼を上げた。
濡れた長い睫毛の奥から現れた瞳は、まだ涙で潤んでいる。けれど、その奥には、吸い込まれそうなほど深く、静かな光が宿っていた。
すぐ目の前で、僕の瞳を、真っ直ぐに見つめ返してくる。




