26
エンドロールの白い文字が、静かに画面を流れ落ちていく。打ち込まれるタイプライターのような、乾いた効果音だけが部屋に響く。映画は、終わった。
隣の真昼は、まだ顔を上げていない。両手で口元を覆ったまま、その肩が、先ほどよりも一層細かく震えているのが分かった。
押し殺したような、小さな嗚咽。鼻をすする、湿った音。画面の光が消え、部屋の常夜灯だけの薄明かりに戻ったことで、彼女の静かな涙は、より一層際立って見えた。
どうする? 何か言うべきか?
僕は言葉を探して、意味もなく自分の膝に視線を落とした。下手に声をかければ、彼女の心の壁を厚くしてしまうかもしれない。でも、このまま黙っているのも違う気がした。
共有した時間の濃密さが、まだ空気中に漂っている。隣で流される涙の、その理由に触れたいと思ってしまうのは、僕のエゴだろうか。
意を決して、僕は静かに口を開いた。できるだけ、穏やかな声色を意識して。
「……大丈夫か?」
僕の声に、彼女の肩がびくりと揺れた。ゆっくりと手が下ろされ、露わになった頬を、涙が伝っているのが見える。
彼女はすぐに手の甲でそれを乱暴に拭ったが、潤んだ瞳は隠せない。
「……ごめ……なんでも、ない」
か細い声が、途切れがちに答える。
「……いや、なんでもなくはないだろ」
僕は静かに続けた。
彼女はしばらく俯いて、何か言葉を探しているようだった。やがて、ぽつりと、吐息のような声で言った。
「……あの主人公の、気持ち……少しだけ……わかる、気が、したから……」
仮面の下の、本当の自分。それを隠し続ける苦しみ。壊してしまいたい衝動。映画のテーマは、あまりにも彼女の過去と重なりすぎていた。
「……そうか」
僕に言えるのは、それだけだった。
沈黙が落ちる。重たい、けれど以前のような気まずさだけではない、何か共有された感情の澱のようなものが、僕らの間に横たわっていた。
不意に、彼女が動いた。隣に置いていた自分の学生カバンに、ゆっくりと手を伸ばす。
その仕草には、どこか決意のようなものが滲んでいた。まるで、何か重い扉を開ける前の、深呼吸のような。
ごそり、と小さな音がして、彼女がカバンの中から取り出したものに、僕は息を呑んだ。
白い、ウィッグだった。
あの夜、僕が見た堕天使の——。なぜ、ここに? 持ってきていたのか? この部屋に? 僕に見せるために?
疑問符が頭の中を飛び交う。彼女は、それを衝動的に取り出したわけではないようだった。今日、この場所で、僕になら見せられるかもしれないと、覚悟してきたかのように。
白い繊維の束は、部屋の薄明かりの中でも、どこか現実味のない、異質な存在感を放っている。彼女の、今の自然な黒髪とは対照的な、さらさらとした人工的な色。
真昼は、そのウィッグを、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと自分の膝の上に乗せた。震える指先が、白い髪を一筋、撫でる。
そして、意を決したように、僕の方を見た。その瞳には、不安と、覚悟と、そして僕への——信頼を問うような色が浮かんでいた。
彼女は、震える手で、そのウィッグを持ち上げた。
そして、ゆっくりと、自分の頭へ。
完全には被らない。少しだけ、本来の位置からずらして、おかっぱ頭の上に、ふわりと乗せる。
白い異物が、彼女の存在に奇妙な不協和音を生み出す。痛々しく、危うく、そして——なぜか、目が離せない。
彼女は、潤んだ瞳で僕を真っ直ぐに見つめ、震える唇で、言葉を紡いだ。
「……これが、私だった時間も、あるから」
過去の自分を、その象徴ごと、僕の目の前に、差し出すように。




