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 ……終わったんだ。


 図書室の静寂の中で響いた内なる声は、冷たく、最終宣告のように重かった。如月真昼は檻の中に消え、僕と彼女を繋ぐ糸は断ち切られた。僕の傍観者としての日常は終わり、そして、不本意ながら始まった共犯者としての非日常も、おそらくこれで終わりを迎える。後に残ったのは、圧倒的な無力感と、罪悪感という名の消えない染みだけだ。


 どうやって図書室を出て、どうやって家に帰り着いたのか、よく覚えていない。気づけば、自室のベッドの上に倒れ込んでいた。窓の外はもう完全な夜。しかし、僕の部屋の電気はつけられていない。闇に溶け込むように、ただ天井をぼんやりと見つめていた。


 後悔が、繰り返し押し寄せる。


 なぜ、もっと早く気づかなかったのか。彼女の仮面の下の苦しみに。


 なぜ、もっと違う関わり方ができなかったのか。ただ面白がるのではなく、もっと真剣に。


 なぜ、最後の夜、彼女を止められなかったのか。腕ずくででも、引き留めるべきだったのではないか。


 たられば、ばかりが頭を巡る。意味のない自問自答。過去は変えられない。

 傍観者。それが僕のスタンスだった。面倒事を避け、深く関わらず、安全な距離から世界を眺める。冷笑的な態度で、自分だけは違う場所にいると思い込んでいた。


 馬鹿だった。


 傍観者でいることは、安全かもしれないが、同時に何も守れないということだ。大切なものが目の前で壊れていくのを、ただ指を咥えて見ていることしかできない。その虚しさを、今、骨身に染みて感じている。


 真昼のことを思い出す。


 初めて会った時の、あの完璧な図書委員の姿。

 夜の路地裏で見た、歪んだ堕天使の白い翼。

 僕の皮肉に、時折見せたかすかな反応。

 オーバードーズで倒れた時の、か細い呼吸。

 日記に綴られていた、悲痛な叫び。

 そして、最後に僕に向けられた、拒絶と諦めの瞳。


 最初は、面倒な存在だった。厄介事に巻き込まれた、としか思っていなかった。けれど、いつからだろう。彼女のことが、頭から離れなくなったのは。彼女の危うさに、目が離せなくなったのは。その歪んだ自己表現に、心のどこかで羨望を覚えていたのは。


 そうだ。僕は羨ましかったのだ。


 退屈な日常に甘んじ、傍観者を気取っていた僕とは違い、彼女は歪んでいても、間違っていても、自分の存在を世界に叩きつけようとしていた。その痛々しいほどのエネルギーに、僕は知らず知らずのうちに惹きつけられていたのかもしれない。

 そして今、僕は彼女を失いたくない、と強く思っている。


 それは同情か? 憐憫か? それとも、もっと別の感情か? 自分でもよく分からない。けれど、はっきりしていることが一つだけある。


 彼女を、あの父親の元から救い出したい。


 あの檻から、解放してやりたい。


 でも、どうやって?

 連絡手段はない。彼女は完全に隔離されている。父親は手強いだろう。僕一人の力で、何ができる?

 ……何もできないのかもしれない。


 また、無力感の波が押し寄せる。諦めてしまえば楽になれるのかもしれない。いつもの傍観者の席に戻って、全てを忘れてしまえば。


 いやだ。


 心の奥底から、強い拒絶感が湧き上がってきた。

 もう、傍観者には戻れない。戻りたくない。

 面倒事を避けて、何もせずに後悔するくらいなら、たとえ無駄なあがきだとしても、行動したい。

 僕の中で、何かが変わった。いや、元々あったのかもしれない。冷笑的な仮面の下に隠れていた、熱い何かが。


 僕は、ゆっくりとベッドから起き上がった。足元がおぼつかない。だが、確かに自分の意志で立ち上がった。

 部屋の電気をつける。眩しさに一瞬目を細めた。

 そして、洗面所へと向かった。蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗う。水の冷たさが、鈍っていた感覚を呼び覚ますようだった。


 顔を上げ、鏡を見た。

 そこに映っていたのは、いつものクール(包装紙)な僕ではなかった。

 目の下には深いクマが刻まれ、頬はこけ、表情は硬い。だが、その瞳の奥には、以前にはなかった光が宿っていた。それは、絶望を乗り越えた先にある、静かだが、確かな決意の光。


 鏡の中の自分と、視線がぶつかる。

 僕は、鏡の中の自分に向かって、静かに、しかしはっきりと、内なる声で呟いた。

 ……まだ、終わらせない。

 この物語は、まだ終わっていない。


 僕が終わらせない。

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