最初から冷める愛すら無かったでしょ?
このお話を見つけてくださってありがとうございます。
ゆるい設定です。楽しんで読んでいただければ幸いです。
✴︎✴︎ 誤字脱字を見つけて手直ししてくださってありがとうございます。 大切に訂正させていただきました(*´꒳`*)
加筆修正しました。
望まれたはずなのに大切にされていない私は婚姻してそろそろ一年になろうとしていた。
現状、自分の立場に不満が募っている。 焦ってもいた。
( いやいや、おかしいでしょ? )
今日も私は婚家であるサグリダ伯爵家の広い庭園の落ち葉掃きをした後、長い廊下を磨き調理場の下働きをしているのだ。
( やっぱりおかしいわよね。 それに…… )
そもそもリズモンド子爵家の次女である15歳になった私のもとへ何故だか突然サグリダ伯爵家から婚約の打診を受けたのだが、打診というよりも最早決定事項であった。
お父様もお母様もお姉様も上位貴族の…… ましてや会った事も見かけた事すら無いお相手から婚約者へと請われたのだから…… いや、押し付けられたのだから困惑するしか無かったのである。
「一体なぜサグリダ伯爵家から縁談の話が来たのだ? ネーシア、君に面識でもあったのかい? 」
問われた私は頭の中で考える。だけど何処を見渡しても何の繋がりも見つけられない。 ならば答えは一つだ。
「いいえ、お父様。 全く心当たりがありませんわ 」
お母様が不安そうに言う。
「困ったわ。 まさか初顔合わせすらせずにいきなり婚約式の日取りと婚姻式の日取りまで決められているなんて 」
確かに横暴だと思うけど貴族の結婚なんて所詮こんなモノではなかろうか? 私はまるで他人事のような気持ちで家族の様子を見守っていた。
お姉様は美しい顔に怒りの縦筋を刻んで特に憤慨していた。
「 いくらネーシアが寛容でも相手の出方は不誠実だわ! あまりに一方的でネーシアへの配慮がなさ過ぎるもの! 」
本当にお姉様は優しいーー
私がリズモンド子爵家を継ぐ事は無いのだ。だからこそ私自身がいずれ何処ぞの殿方と政略結婚でもするべきだとは思っていた。 多分それが一番自然な流れだと思うから。
でもそう…… 本音は相手なんて現れないでいて欲しかった。 大好きな姉の手伝いをしながら余生を送る事が出来たら良いのにって密かに思っていたから。 その為に沢山執務の勉強もしてきたし領地の見回りや視察の手伝いもしてきたのだ。 内実こそ顔も知らないお相手より家族と過ごしていたかった。 そして出来るならこの領地からずっと離れたくなんか無かった。
だってーー
私は報われない恋心をそっと抱いていたから。
私の切なく甘い恋心を独占している尊い彼の方は決して結ばれる事など叶わないお相手だったーー
だからこそ…… せめて隣地である此処に居たかった。 遠くからでもお顔を見ていたかったし隣地のよしみで偶の挨拶が出来るだけでもこの気持ちが報われるような気になっていた。 まだ幼くて恋など知らなかった私が少しずつ年月を掛けて育ててしまった慕う気持ちは日に日に大きくなってしまっていた。
でももう…… そんな儚い希望すら絶たれてしまったーー
間違いなくサグリダ伯爵家から請われて、この婚姻は成された筈だった。
私はお姉様ほど飛び抜けた美しさもなければ、お淑やかと言う訳でも無いのだ。
少し帳簿の計算が早いとか少しは見られる容姿だとか多少は物怖じしない性格とか…… 冷静に自分の分析をしていて悲しくなる。
だからこそサグリダ伯爵家が何処を見込んで私を望んでくれたのか本当に見当も付かなかった。
でも今にして思うと確かに最初から色々な所に綻びがあったのだと思う。
16歳になり婚約式の席で私は初めて20歳になったリグナル様とお会いした。 髪色こそ普通の茶髪だと思った。 でも深い藍色の瞳は理知的だし、すらりとした美しい容姿をされていると思ったのが第一印象だったけど。
その美しい面貌は無表情で笑顔一つすら私にはくれなかった。
一生懸命リグナル様の仕草や所作から何とか好かれる術を見つけようと頑張ったけど、それは無駄な事だったようで全てが華麗に無視をされる。
そして半年後、婚姻式を挙げるまでリグナル様からは贈り物や手紙のやり取りすら交わす事など出来無かったのだ。
どう考えても私は嫌われているでしょ? ならどうして私に婚約を申し込んだの? この婚姻に幸せを見つける事なんて到底出来そうにも無いし…… 私は日を追うごとに心に占める不安や焦燥感に密かに胸を痛めていた。
でも大切な家族に心配や迷惑をかける訳にはいかない。 子爵である我が家からお断りをするとなれば大変な苦労を家族に強いてしまう事になるのだ。
大丈夫よ。どこの政略結婚だってこんなものよ。
耐えられるだけ耐えていれば、いつかは仲の良い夫婦になれるかも? うん、なれれば良いと思う。
とうとうその時が来てしまった。
無事に婚姻は成されてしまった。 式の間もリグナル様は無表情だった。
我がリズモンド子爵家の顔ぶれは、とても婚姻式を挙げる家族のようには見えなかった。
私の胃もキリキリと痛み今後の事を考えると目の前が真っ暗に塗り潰されたような気持ちになっていた。
婚姻式後の初夜、
「 お前とは子を儲けない 」
「しかし、リグナル様! 」
「名を呼ぶな! 」
不機嫌に眉間の皺を刻んでリグナル様は寝室から出て行ってしまった。
褥を共にすることも無い、夫リグナルの言い分は政略結婚だけはしたのだから《あとは放っておいてくれ》だった。
貴族の政略結婚は婚姻式だけ挙げれば良い訳ではない。 両家の繋がりを深め発展のため綿々と歴史の一コマとなる事が大切なのだ。
その歴史の一コマには子孫繁栄も勿論含まれている筈なのに。
リグナル様が出て行くと寝室には私一人がポツンと取り残された。
身体から力が抜けてゆく。
正直に言ってどこかホッとしていた。 望まない相手との初夜なんて本当は真っ平御免だったから。
もし本当に望むことが出来たなら好きなお方の腕の中こそが…… そうであればどれだけ素晴らしいだろう。 でも政略結婚なんだし仕方が無いじゃない!…… 心の葛藤はいつまでも消えない。
私は悔しさと惨めさを振り払うように心の中でだけあの方の名前を呼んだ。
カイロスさ…… ま……
カイロス様…… 貴方は今、何をしてますか?
婚約の時も婚姻式の時も心の中にはいつもカイロス様が居て無意識に探していたんですよ
ここに来る前にカイロス様を一目見たかった。 最後だけでも…… ほんの少しでいいからお会いしたかった。 なのに国王陛下の勅令で一年も隣国からお帰りにならないなんて……
私…… 本当はすごく辛いです
恋しいです、カイロス様
愛して…… ます、カイロス様
会いたいです、カイロス様
薄いレースのカーテンから差し込む優しい月の光が微かに頼りない寝着に反射した。 それはまるで銀色のような風合いでカイロス様の髪色を思い起こさせるーー
( うっ…… カ、カイロス様! )
私は思わず両手で口を覆い流れる涙と声を噛み殺すしか術を持たなかった。
夫から相手にされない妻の立場なんて言わずと知れた事ーー
早速、夜も明けきらない早朝に寝ていた私の掛布を剥ぎ取り侍女長が声を荒げた。
「初夜のお勤めも無かったのに、いつまで寝ているおつもりですか? 」
私は勝手に部屋に入ってきた侍女長を見つめて寝ぼけた頭を振ると言われた言葉の理解を早めた。
「何を言ってーー 」
「お飾りの妻など我がサグリダ伯爵家には必要ありません!」
私の言葉が言い終わる前にピシャリと侍女長が言葉を被せてきた。 身体の大きな侍女長は私の腕を乱暴に掴みベッドから引き摺り落とした。
「 痛い 」
「この屋敷にタダ飯喰らいなど要りません。 大奥様から寵愛のない妻はコキ使うように仰せつかってます。 貴女は庭園の落ち葉でも掃いていなさい 」
いつの間に? 私の衣装室には実家から持ってきた衣装が何一つ無くなりお金のない平民が着るような色褪せたドレスとメイド服だけが置かれていた。
寝ていた3、4時間の間に衣装室の様変わりに流石に驚きを隠せなかった。
「わぁ、一番マシな服がメイド服ですか 」
小さな独り言だ。
クヨクヨするよりも動く方が私の性に合ってる。
伯爵家の妻として、流石にメイド服を着る訳にはいかない。
色褪せた一人でも着られるドレスを手に取って着替えるとエプロンをして急いで衣装室を後にした。
まだ寒い早朝には庭師すら居なかった。
私は吐く息の白さにカタカタ震える小さな身体をギュッと自身で抱きしめて庭園を一望した。
「あった 」
庭師の小屋で箒を借りなければならない。
急いで庭師に事情を話して箒と塵取りと担ぐ屑箱を借りた。
「若奥様、なんと不憫な 」
この屋敷に来て初めて掛けられた労わる言葉に心が凪いだ。
「庭師さん、ありがとうございます。 いつも何処を掃くのでしょうか? 」
花を咲かせる庭師は心根の優しい人なのだろう。
言いにくそうに場所を指し示した。
「おお、中々の広さですね 」
私は覚悟を決めると言われた端から箒を動かし始めた。
さっきの寒さが嘘のように身体中から汗が吹き出していた。 何時間も箒を動かしては屑籠に詰め込んで焚き場に持って行くを繰り返している。
朝食の時間はとうに過ぎている筈だ。
ああ、明日からは汗を拭くために浴布を持って来ないと駄目ね。
そんな事を考えていた時だった。
「あれ? めまいか……な……? 」
気が付いたら起きてから何も口にしていなかったせいか私は意識を手放して庭園で倒れてしまったのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「全く! 何て嫌味なの!? 伯爵家の嫁がわざわざ見せしめの様に庭園で倒れるなんて自己管理も出来ない馬鹿娘だわ! 」
馬鹿娘って私の事なのよねーー
今し方、意識が浮上して起きてはいたが伯爵大夫人である姑があまりの剣幕で怒鳴り散らすので、ここは寝たふりをして言い分を聞いてみる事にした。
だが姑は急に声を潜めて侍女長へ耳打ちをする。
「 いい? リグナルは婚姻を渋ったけど、一年もすれば最近金脈が出てきたリズモンド子爵家の鉱山を巻き上げる為に瑕疵を付けて馬鹿娘を追い出してやるのよ。 何か馬鹿娘に不貞でも偽装事件でも適当に罪を被せて子爵家から賠償金として鉱山を我が家へ提出させるのよ 」
ああ、それが目的だったのねーー
やっと得心したわ。
昨夜の部屋から格下げされた私の部屋は伯爵家に嫁いだ妻としては余りにも貧相で小さな部屋だった。 小さな暖炉とベッドに机。
こんな部屋ではナイショ話がナイショで無くなる。
何としてでも実家にこの事を知らせなくてはーー
心が逸るのに疲れきった私はまたそこで深い眠りに落ちてしまったのだった。
筋肉痛とはこれの事?
三日間も碌に身体を動かす事が出来なかった。
侍女長の言葉は有言実行だった。 寝床から起き上がれない働かざる者の私に食事が提供される事は無かった。
死なない程度に水瓶が何度か運ばれただけ。
私はもっと普段から身体を動かそうと固く心に決める!
サグリダ伯爵家の真意が分かり私は無用な罪を被らないようにと日々慎重に行動していた。
段々と伯爵家の人達がどのように行動して、またその人柄や性質が分かるようになっていた。
庭師様一人を除き碌な方が居ない。
相変わらず色々な仕事という名の雑用を私に押し付ける姑からは言葉の暴力を受けているし侍女長からは躾としてムチを打たれる事もあった。
舅は遠く領地にいて当分は王都に帰って来ないそうだ。
夫のリグナル様は執務室に居るか王城へ出向いている。
深夜の帰宅や外泊もたまにあった。
伯爵家の使用人達も主人の顔色を窺い、せっかく磨いた廊下に汚れた水を撒いたり陰口を叩き私を悪様に罵っている。
私は実家に何とか手紙を送ろうと隙を探っていた。 だが執拗に監視が厳しいし伯爵家から自由に城下へ出歩く事すら禁止されている。
手紙の見分もあるせいで迂闊に出す事も叶わない。
真実を語れない手紙なら下手に家族へ安心材料を渡すなんて出来ないから寧ろ手紙を出さない方が賢明だと思うのだ。
日を追う毎に大らかでのんきな私も流石に焦っていた。
参ったな…… ここには私の味方が誰も居ないし。いや、庭師のおじさまが辛うじて伯爵家の皆から隠れて小さな味方になり庇ってくれている。でも残念ながら文盲で屋敷の外には出られないそうだ。
もう万策が尽きそうねーー
はぁ、どうやって伯爵家の陰謀を知らせる手紙を送れば良いんだろう?
なんて、日々思っていたのだがーー
そんな悶々としたある日だった。
私へ真っ直ぐな一筋の光が差し込んできたのだ。
私は婚姻当初、庭園掃除から覚えさせられた。 それから廊下の掃除に調理場の手伝いと出来る仕事を増やされていった。
元来、姉の手伝いをするつもりで執務経験も領地経営の補佐まで経験済みだったが、リグナル様が頑なに拒否をするので身体を動かすのが専ら私の仕事となっていた。
その日も要領を得た私は朝早く庭園の端から履きはじめ昼過ぎにはもう中央の噴水近くまで掃き清めていた。庭師と汗を流しながら談笑する。
「若奥様、手際がよくなられました。 昼頃にはもう中央広場まで掃き清められるようになるとは 」
「今日は庭師様に手伝っていただいているからですわ 」
「ネーシア? 」
後ろから突然、心配そうに声を掛けられた。
私は心がゴトリと動く音がした。
この声は!
私が反応する前に素早く次の声が掛かった。
「すぐにこちらを見ないで、そのまま掃き続けて 」
私は間違える筈も無い愛しい人の声を噛み締めて素直に庭を掃き続けた。小声で優しく状況説明をしてくださる。
「ネーシア、君の実家リズモンド子爵家皆が君からの手紙一つすら無いと心配されていた。 ましてや連絡すら取れないと。 だから私が理由を付けて様子を見に来ることにしたんだ。 庭掃除をさせられ貧相なドレスを着た君のふくらはぎにはムチの跡が…… これが伯爵家の君への仕打ちか? 」
私は目に涙を溜めながらコクリと頷いた。
私は自然に見えるようにくるりと向きを変えて愛しのカイロス・ブルンクリフ侯爵を見た。
カイロス様は庭に咲く花を愛でているように視線を落としていた。
一度も忘れたことなど無かった。
光り輝くプラチナシルバーの髪、アメジスト色の瞳にシッカリした長身の体躯。何もかも愛しいままのお姿だ。
私は何とか耐えて涙は零さなかった。
カイロス様はとても自然な様子で私の側に近づいてきた。
隣で手伝いをしてくれていた庭師が辺りを伺い大きな屑籠を持ってそっと邸宅から私の身を隠してくれた。
私は急いで胸元から小さく折りたたんだ手紙を取り出して、カイロス様の手を握り
《どうか家族に渡して欲しい》と一言添えて託した。
私の胸元から出したホカホカに温まった手紙を固まったカイロス様がギュッと握ってそっと外套のポケットにしまってくれた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
カイロス・ブルンクリフ侯爵は早逝した前侯爵の跡継ぎとして19歳の時に爵位継承された。
偶然の出会いだった。
隣の領地である、ブルンクリフ前侯爵の葬儀に我が家も参列させていただいた。
12歳とまだ幼なかった私には父親の死というモノが激しく衝撃的で現実では受け止められない程、心を揺さぶられる出来事だった。
それなのに19歳でブルンクリフ侯爵を継いだカイロス様は毅然と立派に前侯爵を弔い葬送された。
私は凍りついた表情のカイロス様がとても心配だった。
粗方式が終わりを迎える頃、参列者に用意されたお茶を見つめながら私は時折カイロス様を目で追っていた。
カイロス様は参列者に敬意を払い大きく礼を執ると途中で席を中座されて、ある部屋に入って行かれた。
無意識に後を追ってしまったけど流石に部屋にまで入るわけにはいかない。 私は扉を見つめてカイロス様を心から心配した。
暫くすると中から微かに声がする。 それは噛み殺した泣き声だった。
カイロス様が泣いてる!
私は居ても立っても居られず扉を開けて自身の身体を滑り込ませると一目散にカイロス様を抱きしめていた。
今にして思うと何て事をしでかしたんだろう。 無邪気と言えば聞こえが良いが大胆にも程があるだろう。 でもカイロス様はほんの一瞬だけ驚く顔をしたかと思うと次に安心したように私を抱き返してきたのだ。
私はお母様にいつもされたようにカイロス様の背中に手を回してトントンと優しく摩った。
どれほどそうしていただろうーー
「ありがとう。 もう大丈夫だよ。 ところで君の名前は? 」
私も知らぬ間にカイロス様と泣いていたらしい。真っ赤に腫らした目を向けて
「ネーシアです」と答えた。
カイロス様は私の目に溜まった涙をハンカチを使って優しく拭ってくれた。
「私はカイロスだ。 ネーシア、君のお陰で私は父上のためにやっと心置きなく泣くことが出来た。 小さな君の手が優しくてーー ありがとう」
私は何故か急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にしてフルフルと首を振った。
「私は何もしてません。 さっきの侯爵様が余りにも立派でした。 私だったら! ただ泣いて泣いて…… 」
尻すぼみになる私の言葉にカイロス様は優しく微笑み掛けてくれた。
「それでも私は君の慰めが嬉しかったよ 」
「侯爵様…… 」
「私の事はカイロスで良いよ。 ネーシアなら」
「カ、カイロス様? 」
カイロス様は穏やかに笑顔を向けて頷いてくださった。
廊下側から声がする。
「ネーシア、ネーシア何処にいるの?」
家族達が私を探している声だった。
「君の家族が心配しているね。 私は大丈夫だから、もう行きなさい」
私はコクリと頷いてカイロス様から離れた。
「あ、あのう…… 侯爵様、いえカイロス様、勝手にお部屋に入ってごめんなさい。 いつもはこんな事しないのに 」
「許すよ。 幼い君だから私の警戒が解けたようだし 」
私は名残惜しい気持ちで扉のノブに手を掛けてもう一度振り返りカイロス様を見つめた。
するとカイロス様はまた微笑んで送り出してくれた。
屋敷に帰ると我が王国の建国時より祖の一つであるブルンクリフ侯爵の名を継いだカイロス様の爵位の高さは我が家なんて歯牙にも掛からないほど尊いお方なのだと言う事を初めて知った。
遠く及ばない存在なのだ。 あっけなく恋心を自覚したばかりの失恋だった。 これから少しずつカイロス様の恋心に蓋をすると幼い私は決意したのに。
なのに神様は意地悪だーー
それから何故か度々カイロス様とお会いする機会があった。
領地や教会の奉仕活動をする時やお姉様の代わりにお父様に付いて領地視察の時など年に何度もお会いする機会があったのだ。 相変わらず優しく接してくださるので私はいつまでも恋心を捨てる事が出来なかった。
時折視線を感じる事があり、そちらへ目をやるとカイロス様が偶々いらっしゃった。 私はカイロス様の優しい眼差しから目を逸らす事は出来なくて……
✻ ✻ ✻ カイロス視点
ネーシアの出て行った扉を見つめていると隣部屋で控えていたベテラン執事のデールが入れ違いで入って来た。
「新たなる主人で有らせられるカイロス様。一応お尋ねしますが、まさか少女趣味ではございませんね?」
微笑のカイロスは斜に構えると腹心であるデールへ心情を語る。
「 馬鹿な…… だが…… 美しい少女だった。姿もだが、なにより心の美しい少女だったな…… 不思議なもんだよ。 あの、ネーシア嬢から醸される優しいオーラに心から癒されたんだ…… 」
心の戸惑いのせいなのか。 カイロスの普段見せない表情や様子をデールは静かに見守っていた。 暫くすると
「 デール。 何故だろう? 心が温かく感じる。 幸福感に包まれるというか…… なのにチクチクするような感じもあって、 心が忙しい 」
「 僭越ながら…… カイロス様、それはもしかしたら随分遅い初恋ではありませんか? 」
「・・・・・・ 」
(そうなのか? これが? )
カイロスは自分のチクチクと忙しない心臓にゆっくりと手を当てた。
新たな主人であるカイロスを幼い頃から目をかけていた。 先代に続き新たな主人の意を汲むためにデールはカイロスから放たれる次の言葉を待つ。
「 デール、決めたよ… 私は少女を手放したくは無いようなんだ。 ネーシア嬢の成長を見守っていこうと思う。なに、後数年もすれば何も問題はないだろう。 ならいずれは…… デールすまないが、ネーシア嬢の事を調べておいてくれ 」
「 賜りました 」
デールは深く礼をすると静かに場を離れた。
残されたカイロスはそっと呟く。
「ネーシア…… 君から私の元へ飛び込んで来たんだ。私はもう君を離してあげられないからね 」
✳︎ ✳︎ ✳︎
婚姻をしたのだからカイロス様へ向ける私の恋心は抹殺しなければならないのに!
今は私の領域であるサグリダ伯爵家の庭園なのに場違いな愛しい人が側にいる。
約2年振りの笑顔は消えない恋心を更に燃え上がらせ一瞬触れた指先が熱かった。
カイロス様が私から自然と距離を離そうとした時だった。
( えっ !)
信じられない衝動だった。 まるで自分の身体が無理矢理半分に引き千切られる錯覚に陥って追い縋りたくなってしまったのだ。
そんな私にカイロス様はそっと言葉をくれた。
「良いかい、ネーシア。 少しだけ待っていて。 すぐに迎えに行くから。 何も心配しなくて良い。全て私に任せなさい 」
私はハッとして何とかその場に心のブレーキをかけてグッと堪える事が出来た。
もうカイロス様は私から離れた場所で迎えられたリグナル様や姑と挨拶を交わされている。
私はカイロス様からいただいた言葉を頭の中で反芻した。 すればするほど冷え固まった心がゆっくりと溶けていくのが分かった。
ポタポタと落ちる涙に気が付いた庭師は私の背中をポンポンと優しくたたいて慰めてくれたのだった。
カイロス様とお会いしてから3日が経つ。 私は相変わらず気の抜けない日々を過ごし婚姻からとうとう一年が過ぎようとしていた。
先程、庭園掃除をしていた時に庭師のおじさまから小さな手紙を預かった。 差出人はカイロス様ーー
胸元に隠して何食わぬ顔で廊下を磨き調理の手伝いを終わらせて部屋へと戻ると一つ大きく息を吐いて手紙を取り出した。
意図せず震える手のせいで中々手紙が開かない。
それでも短い文面にサッと目を通して私は暖炉の火へ名残惜しい気持ちを押し殺して焚べた。
ああ、カイロス様がーー
湧き上がる喜びに浸りたかった。
けれど容赦なく侍女長が突然部屋へ押し入って来たのだ。
「大奥様からの言伝よ。 いい加減リグナル坊ちゃんと褥を共にするべく貴女も動きなさいってね! 早速、今夜からお相手してもらえるように説得しろと仰ってるわ。 でもね、リグナルお坊ちゃんは高潔なお方なのよ! だから従順で丁寧に頼みなさいよ! 貴女なんかには恐れ多いお方なのだから! 分かったらさっさと動きなさい! 」
当たり前のように侍女長は私の腕を掴みリグナル様がいる執務室へ引きずる様に向かっていった。
夫のいる執務室の前で私は途方に暮れていた。
視線を少し横にずらすと姑の忠実な駒である侍女長が睨みを利かせている。
まるで虫でも払うようにシッシッと手で合図を送り急かしてきたのだ。
私は一つ溜息を吐くと意を決して執務室の扉を三度、慎重に叩いた。
「ーー どうぞ 」
久しぶりに聞いた夫の声だ。
私はゆっくり扉を開けて、書類から一切目を離さない夫へ静かに声をかけた。
「 リグナル様、少しお時間は宜しいでしょうか? 」
リグナル様は動かしていた手をピタリと止めて冷気を称えた眼差しを私へ向けた。
「 ネーシア嬢、君には私が暇そうに見えるのか? 」
ネーシア…… 嬢?
嬢?
嬢…… ですって?
婚姻を挙げた妻に向かって?
夫人ではなくーー
ああ、貴方はそんな考えだったのね。 今日ここに連れて来られたのは天の啓示だったのかも知れないわね。
私は思わずクスリと笑みが溢れた。
リグナル様は不機嫌に私を睨んだ。
「何が可笑しいんだ? 私の寵愛も得られず相手にされないからと気でも触れたか? 」
何だがこの一年の義母や侍女長やら使用人達から受けた過激な嫌がらせが何だか可愛く思えてきた。
成程…… 一番の暴挙はリグナル様、貴方だったのかも知れないわね。
「今、気でも触れたかと申しましたか? いいえ、一番おかしいのはリグナル様、貴方ですわ。 だって私達には最初から醒める愛すらないでしょ?」
ギョッと目を見開いて私を見ていた。
リグナル様は大人しい一面の私しか見ていなかったようだけど残念ながら本来は言いたい事もやりたい事も常識の範囲で我慢しないタチだ。
今の気分は我慢の限度が振り切れている。
「おまえ、それが本性か!?」
私は腕を組んで半眼でリグナル様を見つめた。
「 そうですね、これが私の本性でご不満でしょうか? ですが例え名目上の妻だとしても最低限の礼儀も弁えないなんて。いい大人のクセして貴方は恥ずかしく無いのですか?」
リグナル様は持っていた羽ペンをポキリと折った。
「お前に何か分かる! ? 一体、お前に何が分かると言うんだ! 」
リグナル様の目は血走って薄らと涙の膜が張っていた。
唇の端は小さく震えている。
私は淡々とリグナル様の様子を見つめ、その挙動のおかしさに気が付いた。
「リグナル様、貴方は何か私に隠しているの?」
今まで一度も見せたことのない縋るような顔を私に向けた時だった。
「リグナル、待ちなさい! 私との約束を破ったら、どうなるか分かっているの!?」
姑と侍女長が部屋に入り早々、まさかリグナル様を脅したのだった。
私は双方を見て気持ちの悪い違和感が湧き上がっていた。
勝ち誇ったような顔をした姑と心配そうな侍女長の対比。
そして顔色を悪くして俯くリグナル様がいる。
何? これ?
姑はリグナル様に命令した。
「先日、ブルンクリフ侯爵閣下が我が家にお見えになった時に言われた事を忘れたの? 貴族の大義である後継者問題をお座なりにしている貴族が多いと仰っていたでしょ? 私は一年も待ってあげたのよ。 今夜はこの馬鹿娘と褥を共にしなさい! さもないとーー 」
リグナル様がギクリと顔色を無くして姑を見た時だった。
「さもないと、どうすると言うのだ?」
カイロス様が一人の女性を伴って部屋に入って来た。
「!! 」
私以外の3人がギョッとしていた。
リグナル様が我を忘れ、その女性へ向かって駆け寄りギュッと抱きしめる。
「ヘレン! ヘレン! ヘレン! 会いたかった! 時間を見つけては、ずっと君を探していたんだ! どうか私を許してくれ! 」
よく見ると女性…… じゃないヘレンさんは痩せこけ身体中に火傷の跡と夥しい傷があった。 鞭打ちだけの私と違ってかなり痛ぶられた痕があったのだ。
ヘレンさんを抱きしめるリグナル様に対して姑は怒号を浴びせた。
「お前は自分の立場が分からないのかい!! その気持ち悪い平民女を離しなさい! ああ折角の餌が出てくるなんて!」
地団駄を踏む姑に私は怒りが湧いていた。 人の心を弄び意のままに操ろうとするなんて。
リグナル様は姑に向かって怒りの限り叫んだ。
「貴女にヘレンを連れ去られてから命の保障を担保に子爵家令嬢のネーシア嬢と婚姻させられましたが、もう従うつもりは毛頭ありませんよ! この屋敷から出ていくのは貴女だ!」
私はカイロス様を見る。 いつもの優しい視線を私に向けた後、真逆の絶対零度の視線を他に向けて残酷な事実を述べた。
「残念だがリグナル殿もこの屋敷には居られないようだ。さぁ、元凶であるサグリダ伯爵入って来たまえ !」
騎士達に捕えられた伯爵家当主が部屋に入って来た。
婚姻式以来だが薄汚い恰好にヨレヨレとした姿に驚かされた。
顔には殴られたような痕も?
カイロス様がことの顛末を話す。
「まだ、伯爵家の代も正式に譲っていないのに領地で遊び回っていてね。 色ボケオヤジはまだ幼い少女に手を出そうとして領地民に捕まったんだよ 」
姑も侍女長もリグナル様も目をひん剥いて驚いていた。
カイロス様は続ける。
「それにね、夫人は子が授からなかったからと伯爵から赤ん坊のリグナル殿を押し付けられたようだが、実際はリグナル殿は侍女長の息子だよ。 酔った勢いの伯爵から、たった一度のお手付きで出来た子だね。 まさに夫人はカッコウの親に托卵された愚かな親鳥という訳だ 」
「 う、嘘よ!! 」
姑はガタンと力無くして尻餅を搗いた。
しかし視線をギョロギョロと忙しなく動かしながら姑は思い出した。
そういえばリグナルを押し付けられて三ヶ月もしないうちに侍女長は雇われたのだ。
姑は自分と歳が近く何でも従う侍女長を信頼し切っていた。 ウマの合う仲間意識を持ち頼っていたのだ。 裏切り者の侍女長を容赦なくギロリと睨みつけ
「 おまえは平気な顔で私を騙していたのね! 絶対に許さないわよ! 」
「 わ、私は旦那様から近くで育てれば良いと言われて…… 将来は私の子が伯爵家の主人になるのだから側で支えてやれば良いと言われたんです! 奥様に悟られないようにさえすれば息子の側に居られると思ったから 」
侍女長はエプロンを手繰り寄せ涙を流していた。
「 リグナル殿、親達の我儘な策略に翻弄された事は不憫だと思うよ。 だがね、君は一度もネーシアに謝っていない。 悲劇の主人公は君じゃない! ネーシアなんだよ!」
ヘレンを抱きしめていたリグナル様は私へ視線を向けて表情を失くして固まっていた。
「あ、あの、貴き令嬢様。 私はヘレンと言います。 お連れの騎士様に助けていただきました。ありがとうございます。騎士様は令嬢様を心配して馬車の中でずっと苦しそうでした。平民の私とリグ様のせいでご苦労をかけてすみませんでした 」
ヘレンはリグナル様から離れて膝を崩して深々と頭を下げた。 呆然とヘレンの様子を見ていたリグナル様も同じように隣へ並ぶと深々と頭を下げる。 何とか絞り出す声でやっと私へ謝罪の言葉を苦しそうに述べた。
「 ネーシア嬢、貴女には沢山の迷惑をかけて申し訳なかった。貴女が屋敷でどんな仕打ちを受けていたのか知っていながら庇う事も守る事も…… 何より話をする事もしなかった。 愛するヘレンに操を立てたかった。ヘレンを守りたかった。 私にはヘレンだけがいればそれで良かったんだ。 この薄汚い伯爵家の当主だって要らなかった! ただヘレンだけ…… 」
そこまで言ってリグナル様は声を詰まらせた。
カイロス様と私は見つめ合って互いで頷き合った。
「 国王陛下の勅命である!王家の剣として私、カイロス・ロア・ブルンクリフの名においてサグリダ伯爵家の断絶を命ずる。 当主の犯罪と次期当主の戸籍偽装や子爵家の財産である鉱山奪取の為に次期伯爵夫人に対する暴力と脅迫は到底許す事など出来ぬ。そして当初より白い結婚によって婚姻無効とする。 完璧で完全無欠で非の打ち所がない婚姻白紙だ! 」
ん? 最後は同じ意味の重複では?
カイロス様は私に書類の束を渡してくれた。
「これはサグリダ伯爵家の財産目録だ。 全ての財産はネーシアの賠償金にあてられるよ。領地は王家預かりになる。 伯爵家は全員平民落ちだ。 皮肉にも侮蔑する平民に自分達がなる訳だ 」
サグリダ伯爵も姑である夫人も顔色を無くしている。 反対にリグナル様とヘレンは手を取って喜んでいた。
だがすぐに一緒に喜んでいたはずのヘレンがいち早く顔から笑みが消えた。
「どうしたの? ヘレン 」
「 お前は気付かないのか? そんなに喜んでばかりはいられないだろう。ヘレン嬢こそ、これから先にある多難な試練を知っているのだ。 もしかしたらお前こそヘレン嬢のお荷物になるかも知れないのに哀れなものだな 」
「 わ、私はヘレンと一緒ならどんな困難でも乗り越えてみせます! 」
「今まで人の言いなりで大した反抗もしなかったのにか? たった一年でもネーシアの自由と尊厳を奪っておいて人から言われて初めて謝罪に気付いたお前に何が出来るのだ? 」
皮肉たっぷりのカイロス様の言葉はリグナル様の心臓深くを貫いた様だった。
「 …… あ…… ど、どうか、機会をください。 確かに私はヘレンだけに囚われて現実から逃げてました。 ネーシア嬢、いや、ネーシア様。 平民に落とされる私にどんな賠償が出来るか分かりませんが少しずつでも何かを必ずお返しします! 」
ヘレンがリグナル様の手を握って私を見た。
「お嬢様、私も頑張ります! リグ様を一度だけ信じてあげてください。 お願いします! 」
まるでリグナル様の顔から憑き物が落ちたみたいだった。
( 初めてこんなにリグナル様の声を聞いたわ。 やっぱりどう考えても周りの大人達が悪いと思う。 幼い頃から真っ当な愛情をかけて貰えず、ましてや脅されていたリグナル様と一年間だけ理不尽な目に合った私とでは…… 賠償なんて …… 私はそこまでして欲しくなんか無い )
「 リグナル様、もう何も要りませんわ。 謝罪を受け入れます。 これからはヘレンさんと一緒に頑張ってください。 辛い事にも逃げないで乗り越えてください。 それこそが私への謝罪であり贖罪となりましょう 」
リグナル様とヘレンさんが深く深く頭を下げて嗚咽を漏らしていた。
きっと二人なら大丈夫ーー
侍女長は貴族の私に鞭打ちをした罰として牢屋に繋がれる。
伯爵家の使用人達も漏れなく牢に繋がれるだろう。
「あっ!カイロス様!庭師様だけはーー 」
カイロス様は美しく微笑んだ。
「分かっているよ。彼は当家の屋敷で働いてもらう事にするよ 」
「 はぁ、良かった。 カイロス様、ありがとうございます! 」
「…… ネーシア、すまなかったね。 私がもっと早く君へ婚姻を申し込んでいたらこんな苦労をさせずに済んだのに 」
分かりやすく肩を落として苦しそうなカイロス様。 そんなに落ち込まなくても!
「カイロス様、どうか謝らないでください! この様に私を迎えに来てくれたではありませんか 」
私は精一杯カイロス様を慰めたくて顔を覗き込んだ。
カイロス様が真っ直ぐ鋭い熱視線を私へ向けて
「 ネーシア、君が好きだ」
「 えっ!? 」
「 ネーシア、私を永遠の孤独から救ってくれたのは紛れもなく君なんだよ。父上を弔って抑えられない悲しみが襲ってきた時に私を抱きしめてくれた幼いネーシア。 その時、根拠のない安堵感に包まれたんだ。 ネーシア、もう君を離せない。 ネーシアの帰る場所が決まってしまった事を許して欲しい 」
カイロス様は油断していた私を抱き上げお姫様抱っこをするとオデコに優しくキスを落とした。
「えっ!?」
私は何をされたのか理解が追いつかず惚けたのも一瞬で、すぐにキスをされたオデコに両手を当てて真っ赤な顔でカイロス様を見つめた。
カイロス様は目元を赤らめて蕩けたお顔で優しく私を口説いてきてい・・・る!?
「ネーシア…… 私はね、あの日からずっと君の事が好きだったんだ。 まだ幼いからと時期を待っていたら横から掻っ攫われてね。 もうご家族のリズモンド子爵からも許可を得ている。 ネーシア、どうか安心して君を心から待ち望んでいた哀れな私のもとへ……妻として側にいてくれないか? 」
ヒュッ! 息を吸い込んだ私は、もうなけなしの冷静さを総動員して心の奥底にあった懸念を尋ねた。
「でも…… カイロス様の爵位では我が家はーー」
「ネーシア、それは心配要らないよ。 すでに25歳にもなって未だ婚約者も居ない私の事が国王陛下にとって悩みの種なんだよ。 父上亡き後、私の気持ちを大変尊重してくださった筈なのに何故かたった一年、隣国で用を済ませている間に君を伯爵家に攫われてしまってねー。 幾らお忙しい国王陛下でも、決してそれを許してはいけなかったのに。 もう少しで王家への忠信が消滅する所だったよ。 まぁ、何があったとしてもどんな事をしてもネーシアを取り戻すつもりでいたけどね。 それに君を迎える為に他の貴族達の根回しにも抜かりはないから。 あとはネーシアの気持ちだけなんだよ 」
「カイロス様 」
忠信の消滅!? 一瞬凄い話がふわっと掠めたよね?
ああ、こんなにカイロス様が情熱的に激しく私を求めてくださるなんて……
ふわふわする気持ちとこれで良いのかという気持ちが交差する。
それでも何より私へ向けてくださるカイロス様の深い愛情に満たされて気持ちを誤魔化すなんてもう出来そうも無いのだ。
遠慮がちに震える両手をカイロス様の広い肩へ回して精一杯コクコクと頷きながら心を込めて返事をした。
「カイロス様、私が大好きなんです! カイロス様が大好きです! どうか私をずっとお側に置いてください! 」
パ――――ッと後光が射した端正な笑顔のカイロス様がそこにはいらっしゃった!
「やった! やっとだ!」
柄にもなくカイロス様が抱えた私ごと、その場で喜び勇んで大きくターンする。
「きゃーー」
ああ! 初恋が実った!? 私の瞳からぶわっと涙が溢れる。
この大変だった一年間に卑屈な自分にならなくて本当に良かった。 だから私は今カイロス様の温かな腕の中にいる事が出来たのかも知れないのだから。
「あっ! 」
私は急に先程暖炉で燃やしてしまったカイロス様からいただいた手紙を思い出した。
ーーネーシア、今から迎えにいくよ
カイロスーー
本当に嬉しかった。だからもう一度、カイロス様の美しい書体で書いた手紙が欲しくて堪らなかった。 絶対に一生の宝にするつもりだ!
「カイロス様、私にもう一度お手紙を書いてくださいませんか? 先ほどいただいたお手紙は仕方なく身を切る思いで燃やしてしまったんです。 折角なので、ちゃんとした初めてのお手紙が欲しいのです。私からも初めてのお手紙をカイロス様に送りたいです 」
カイロスは笑顔と一緒に、一瞬動きが止まった。
あの日、ネーシアの胸元から取り出したホカホカの手紙を内容だけ子爵に伝え、実は肌身離さず持っているカイロスだが何食わぬ顔で返事をする。
「ああ、勿論だよネーシア。 君へとびきりの愛を綴ると約束するよ」
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