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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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穴の意味 3


『突然お手紙を差し上げる無礼をお許し下さい。ご記憶にありますでしょうか。私は姫様の侍女のミントと申します。


 私が姫様との接触を断たれ早二月に及びます。メイドからうかがい知るばかりですが、ご無事にお過ごしのご様子です。ロエル様のみならず、レイナ様やお父上様へのお手紙も禁じられ、耳も目も閉じたような状態を強いられていらっしゃいます。


 これらの処分はフーが先代様のご遺言を理由に下したものでした。あなた様のお手紙を密偵を使って手に入れ不貞の証拠とし、姫様に選択を迫りました。フーが申すに、ロエル様と別れかつそのお名前を明かすことが今の処分を解く条件であると。


 姫様にそれがお出来になる訳がございません。またロフィ坊っちゃまと離れることも不可能です。実のご両親に見放されたお可哀想な身の上のお子様なのでございます。姫様のお手を離れたら、この邸で正しく成長なされるのかも甚だ疑問に思われます。


 フーの条件はいずれも果たし難く、姫様の状況に終わりは見えません。今回ロフィ坊っちゃまに使者になっていただいたのも、苦肉の策なのでございます。この方のみが唯一外にお出になれるのですから。


 姫様は食も細られたご様子とお聞きします。もう猶予ならないと思われます……』



 息を詰めてそこまでを読み、ロエルは口を覆った。


 (食が細られた……)


 健啖なことは侍女ならよく承知だ。その侍女もこのまま状況が続くのは危ないと見ている。彼自身もいてもたってもいられない気分になる。フーに対しても強い怒りが湧く。何の権限があって彼女を縛り付けるのか。



『……ロエル様から司直へのご連絡をお願いできませんでしょうか? あなた様なら本庁の人々を動かすことが可能でございましょうから。この邸には死体があります。それをフーが隠しているのです。姫様への処分はその秘密を守るためとしか思われません。


 突飛なことをと思われましょうが事実なのです。フーが穴を掘り死体を埋め、それを姫様と私が知ったしまったがための処置なのでございます。どうか、伏してお願い申し上げます……』



 読み終えて、彼はしばらく目をつむった。


 侍女が書くように確かに信じ難い内容だった。しかしアリスが軟禁されているのは事実で、またミントが作り話をでっち上げる理由もない。フーが強硬な手段に出た訳として納得のいく話でもある。


 じっとロエルを見ているロフィに気づき、メイドに母を呼ぶように告げた。世話を頼もうと思った。これから彼が向かい、ひと騒動起こるに違いないドリトルン家に帰す訳には行かない。


「ここに残ってくれないか? 僕はミントの頼みを叶えないといけないから」


「僕はお役を果たせましたか? ミントは僕が頑張らないと母上が可哀想なままだと言う」


「立派に出来たよ」


 ロエルは背を屈め、緊張した面持ちのロフィの髪をくしゃりと撫ぜた。


 ほどなく現れた母にロフィを紹介し、相手を頼んだ。母は目を丸くしたが頷いてくれた。ロフィを伴い奥へ連れて行く。


 次はシェリーシュだ。やって来た彼へミントからの手紙を渡す。一読して絶句している。のち、ロエルに問う。声が低い。


「死体って、一体誰のです?」


「おそらく、外国に行ったというディアー氏だろうな」




 ロエルがシェリーシュと共に警吏を引き連れドリトルン家を訪れたのは昼を過ぎていた。それでも彼の名がものを言い早くことが進んだ方だった。ミントがロフィを直接に警務庁に使いさせていたら、相手にされなかっただろう。


 ミントの機転を彼が褒めると、シェリーシュはちょっと誇らしげだった。


 伴った警吏の役職にある者が部下を指揮し、邸の裏手の馬場に向かわせた。ミントの手紙には馬場にフーが掘った大穴があると記してあった。闖入者の行動に邸から使用人が様子を見に出て来る。その中にロエルにも見覚えのある痩身の男が混じっていた。


 フーは警吏に向かって走って行き、その腕をつかんだ。


「何の権利があって他家に侵入するのか?」


 怒鳴るのではないが怒りが表情からも伝わる。腕をつかまれた警吏はそれを払い除けた。上司を顎で指し、


「捜索の令状が本庁より下った。検めたいのならご勝手に」


 とフーから離れて行く。フーはしばらくその場に立ちすくんでいたが馬場の方をにらみ、踵を返した。そこでロエルに気づいた。彼は捜索に加わらずその様子を眺めていた。警吏たちとは色の違う人物で目立った。


 フーの凝視に遅れて彼も気づく。二人の目が合った。ロエルの視線には憎悪があった。アリスへの行いは許し難い。しかしフーが彼を見る目には敵意を感じなかった。ただ、あるものを見ているだけのような、茫漠とした色がある。


 ふとフーの側から視線を外した。彼へ背を向ける。


(おそらく、僕がアリスの相手だと気づいた)


 邸内からの行動がなければ警吏が踏み込むことはあり得ない。密告者はアリスの身辺だとフーなら悟るはずだ。


 フーが邸内に入ってすぐにロエルもシェリーシュと共に邸に足を踏み入れた。罪が暴かれる際で自暴自棄になったフーの思考がアリスに向かうことを恐れた。


 昼なお暗いのは、閉じられた部屋が多いのとひと気の少なさからか。フーがどこに向かったのかは知れない。


「アリス!」


 ロエルたちが大階段を駆け上がる途中で、見知ったミントが飛び出してきた。二人を認めると泣き笑いのような表情を見せた。


「来て下さったのですね」


「アリスは?」


「こちらへ」


 先を行くミントについて廊下を急いだ。途中フーの気配を探し背後を振り返る。開け放した玄関から外の騒がしさが上ってきた。彼を呼ぶ声に立ち止まると警吏が一人駆けて来る。ロエルの前で立ち止まった。走り続けに息を乱して告げた。


「男性の死体が穴から発見されました」


 報告にミントが大きく息を吐いた。安堵からか身体がふらついたのをシェリーシュが抱えて支えた。不安も大きかったのがわかる。


 死体が出なければ、ロエルはドリトルン家に犯罪容疑をかけ名誉を毀損した大馬鹿者で終わる。確信はあったが状況証拠の推論でしかない。事態を打開するにはどうしても外からの物理的な力が要った。それはロエルにしか出来ない。アリス一途な彼女らしい無茶な注文だった。

 

「お手柄だった、ありがとう」


「まあ、とんでもございませんわ。浅知恵に過ぎません」


 やや落ち着いたミントはもうロエルを前に、澄ました侍女の顔を取り戻している。


 と、空気を破って乾いた破裂音が邸内に響き皆が身を固くした。銃の音だと誰もが気づく。警吏が素早く反応し駆け戻って行った。


 ここから離れた場所での発砲だとわかるが、忌まわしい想像に彼は気が急いた。


「とにかくアリスにお会いしたい」


 ロエルの声に三人は先を急いだ。


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