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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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霧中 10

 

 今後についてミントは、敢えて楽観した意見をアリスに告げていた。実際、謹慎生活が始まるとそれは彼女の中でぐらついていた。


 フーは謹慎の期間を「相手の名を明かし、かつ別れを済まされるまでの間」とした。別れはともかくロエルの名を明かせるはずもなく、実質無期限の謹慎と覚悟せねばならない。


「フーの怒りが溶けるのを待ちましょう」。ミントは言った。しかしそんな日は来るのか。そもそも、彼の迫った処分は怒りからのものではなく、義父の遺言によるものだ。明文化したその解釈がのちに変わることなどあるのか疑問だった。 


 一方、閉じられた部屋の中で、アリスの一日はひどく長かった。ロフィには食事以外会えず、外に出ることも叶わない。


 彼女は徒然にドリトルン家に嫁いで間もない時分を思い出していた。あの頃も一日が長く、持て余したものだった。それでも月日は過ぎて、色んな出来事が彼女を通り過ぎて行った。


 ロエルとのことは既に諦めていた。ミントの推す思い出作りから始まった恋で、その成果は十分に得ていた。胸には溢れるほどの彼との日々が詰まっている。


(ここが潮時)


 強引に選ばされた結果だが、納得もしていた。この謹慎がなくとも、彼にだけ犠牲を強いて得た二人の未来の幸福は長続きはしない。叶ったその時が最高潮で、そこからどんどん彼の彼女への愛情は色褪せ目減りしていく。


(わたしへ賭けて、彼が失ったものの大きさにその頃に気づくはず。わたしにはそれらに見合うだけの価値はない)


 心を苛んで自分を見定めた。


 幸い、彼の名前や身分は知られていない。彼側の被害は実質何もないと言っていい。そこにアリスは一筋の光を見ていた。優しかった彼の両親に、息子にかかる数々の損害に顔を伏せてほしくなかった。


(もう一生分の夢は見たから……)


 ロフィのために編み針を動かしながら、そっと自分の心に蓋をしていく。彼女の日々はそんなことで埋められていった。


(ロエルは怒るだろうけれど……)


 苦しいほど切なく彼を振り返った。けれど、もうその声は彼女のいる場所には決して聞こえない。




 

 ミントは日々苦悩していた。


 殊勝な様子を見せれば、そのうちフーも矛を収めると踏んでいた。しかしそうはならず、謹慎は二月に及ぼうとしていた。


 何度もフーに詰め寄ろうかと考えたが、その行為が彼の判断を硬化させかねないと控えていた。アリスとミントの処分にメイドたちは我関せずとしていた。その中には離れで密偵役を勤めた者たちもいる。離れでは優しく待遇良く接してやったのに、とミントは腹立たしさににらみつけたい気持ちを抑えるのに苦労した。


(くってかかったって、何もいいことはないわ)


 相手は金でフーに従ったに過ぎない。アリスとミント、更にはロフィとの絆の強さはよく知っているはずで、そこを上手く突こうと考えた。相手はアリスに接することが出来るが、ミントはそれが許されない。


 涙声で同情を誘った。


「姫様はお可哀想なお身の上なのよ。ずっとドリトルン家に飼い殺し状態……。叶わない恋を夢見る自由くらい差し上げたかったのよ。決して実らないことは姫様もよくおわかりだったの。それでもお嬉しそうだったわ……」


 挙句、今の謹慎状態だ。最初取り合わなかったメイドらも、気の毒な事情は承知している。ミントの涙につり込まれ、また裏切っていたばつの悪さもあり、彼女へアリスの状況を伝える程度のことはしてくれるようになった。


 それが目的でそれ以上のことは望んでいなかった。またこの行動がフーに知られることも予想済みだ。メイドらに告げたことに嘘はなく、たとえ責められても申し開きは立つと考えた。


 メイドに聞くアリスは悄然と悲しげだ。とみに食が細っている様子には特に胸が痛んだ。ミントの知る彼女は不平なく食事をいつもきれいに平らげる。


(お気の毒に、とても参っていらっしゃるのだわ)


 自分が側にあれば慰めるなど気を配れるのに、と今の状態が歯痒い。アリスとは幼い頃から側近くで育ち、離れて暮らしたことなどなかった。狭い世界の中で生きてきて、主従であるが絆は密で深い。アリスの痛みは自身のもののように感じられる。


 のんきな主人で頼りなく、側に仕えて旨味もない。同じ高家の侍女でも出世したレイナの所とは待遇に差も大きい。それでも窮屈な暮らしの中いたわり合ってやって来た。アリス以外の主人は嫌だと思う。


 こんな状態が長く続けばアリスの心も身体も壊れてしまうのでは、と恐ろしくなる。しかし、ロエルの名など明かせるはずもなかった。


 ミント自身が邸を出ることを禁じられているため、離れでの密会以来、シェリーシュとも連絡が取れていない。


(あの人、機嫌を損ねているかも……。それでこっちを見限るのなら、その程度の男だわ)


 捨て鉢な気分で開き直る。しかし、そんな想像も惨めで悲しい。


 気丈で前向きな彼女らしくなく、このところは追い詰められていた。アリスとロエルとのことは自分が推し進めた責任も大きく感じていた。


 フーの考えも読めない。このまま謹慎を続けさせることに意味があるのか。アリスが恋人の名を決して明かさないことは、彼にだって想像がつくはずだ。二人の連絡を断つことで仲を裂こうと意図したのか……。


 アリスがこのままロエルの名を明かさず、謹慎を続けたとする。結果、アリスは以前にも増してドリトルン家の虜囚であり続けるだけ。


 ミントはそこにふと違和感を持った。


(姫様の行為を、先代様がロフィ坊っちゃまのお母様として認めないのなら、どうしてそのまま権利を奪ってお邸を追い出さないの……?)


 それは、フーがアリスの養子ロフィへの愛情を思い遣った温情に見える。ディアーの件でもアリスに対しての優しさを感じた。あられもない姿のアリスへ上着を放り投げた仕草には、思いやりが際立っていた。あれが本来の彼なのでは、とちらりと思えたほどだ。


 単純な優しさでないのは、実質的に謹慎に終わりがないこと。それによってアリスが心身の健康を蝕みかねないこと。


 そうまでしてフーは何をアリスに強いたいのか。


(いてほしいだけ……、なのかも)


 どんな形であれ、ドリトルン家に存在してくれればいい。そこまで考えて、ミントは軽い頭痛を感じた。ブルーベルやディアーが口にしたように「フーはアリスには甘い」のは事実かもしれない。それはアリスへの彼の歪んだ愛情とも取れる。


 そして、やはり行き着くのはフーの掘った穴への疑惑だ。


 実はミントはその穴の中に何があるのか、一つの答えを持っていた。信じ難いがそれ以外ないとも思う。


 その答えに、アリスへの処遇がぴたりと沿うように思う。穴の中にあれがあるからこそ、アリスはドリトルン家にいなくてはならないのではないか。


 また、あれがあるから、アリスは自由を手に入れられるから。


 そろそろ事態はミントやアリスたちの手に負えないところにまで来ていた。事の逼迫を感じ、彼女はじりじりと自分を鼓舞している。


(勇気を出さないと、取り返しがつかないことになる。姫様のご無事なうちに何とかしないと……!)


 一方で恐れも大きい。もし自分の推測が違っていたら、全てが台無しになり狂ってしまう。フーのみが陰気にほくそ笑むだけだ。


 それはあってはならない。アリスとミント、そしてロフィの為にもだ。


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