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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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霧中 9


「ロフィに聞かせられないお話って、何かしら」


「あなたのミントは随分頑張っていたようですが、私だって存じていますよ。忠告して差し上げる時期を見計らっていただけのことです」


 言葉にきつい皮肉が混じった。彼女がフーから忠告を受けねばならないことは一つしかない。ロエルとの関係だ。


(まさか)


 直接会うことも稀で、手紙のやり取りは気を遣ってきた。王宮で会ったのが最後だが、参内にしかるべき許可が要るあの場にドリトルン家の関係者がいるはずがなかった。


 アリスは口元を抑え下を向いた。


「露見するはずがないと思われたのでしょうが、とんでもない。あなたの使っていたメイドが教えてくれましたよ。数日に一度、男の訪れがあると。その者は使いで手紙を届けに来るらしい」


「それはわたしの恋人なの」


 戻って来たミントが抗弁した。アリスの側に立ちきっぱりと告げた。


「妙な誤解は止して頂戴。無礼にもほどがあるわ。手紙もわたしへのものよ」


「ほう、君の恋人は栗色の髪だと報告があるが、ではこれは誰のものになる?」


 フーは上着の内側から紙を取り出した。それは手紙で、彼が中から金色の髪の束を取り出してかざした。アリスとミントの前で軽く振りテーブルの上に散らした。


 手紙を広げ、軽い咳払いの後で読み出した。


「『ドリトルン家を出るおつもりはありませんか? あなたは少なからず恩を感じていらっしゃるが、これまでの経緯から十分に義務は果たされたのではないでしょうか……』。いやはや、驚きですね。名なしの彼は他家の奥方にしつこく恋文を送りつけ、あまつさえ離縁しろと迫っている。僭越甚だしい破廉恥な振る舞いではありませんか」


 ロエルからの手紙をフーに朗読され、アリスは顔を覆った。動かぬ証拠を前に否定など出来ようもない。どうすればロエルに害が及ばないか、そればかりを思った。


「手紙をしまう場所には鍵を掛けてあったわ。どういうこと?」


「離れのメイドたちは私の指示で配置されていた。異変がないかを報告してもらう為に。鍵など開けるのは容易い。ひとえに姫君のご安全の為にと良かれと計らったことだが、思わぬ収穫でした」


 フーはアリスの身辺に密偵を仕込んでいた。想像を超えた事態に、さすがのミントも唇を噛んで黙った。


「馴れ初めなどはうかがいません。野暮でしょうし興味もない。この不埒な方はどこのどなたでしょう? ぜひお名をお聞かせ願いたい」


 アリスはうなだれながらも、ロエルの名まで知られていないことに幾らか安堵した。二人の手紙のやり取りでは名前を記す必要がなかった。文面の中にも稀に相手の名を呼びかけるのみだ。


 アリス、ミント二人が沈黙を貫き、フーはそれも見越していたように軽く頷いた。


「教えていただけないのでしたら、私も取るべき手段がありますね。姫君には邸内で謹慎をしていただきます。期限は相手の名を明かし、かつ別れを済まされるまでの間といたします」


「どうして? ディアー様も出られて、姫様はご自由じゃない」


「何を言うやら」


 フーは手の手紙を放り投げ、立ち上がった。


「ご遺言に、ロフィ坊ちゃんの養母としての欠格理由があります。その中の一つが離縁、そして夫以外との情事……」


「姫様は決して淫らなことに及ばれてなどいないわ。ディアー様があんなだったから、他の相応しい男性に惹かれてしまわれただけじゃない。お気の毒な立場に追い込んでおいたのはディアー様よ」


 フーはそれに返さなかった。首を垂れたままのアリスに、


「お別れなさいとは言いません。あなたのご自由です。ですが、そうであればもうロフィ坊ちゃんのお母上ではいらっしゃれない。おわかりですね。当主代理の権利も消滅します。あなたに坊ちゃんを庇護する資格はなくなるのです」


 責める口調ではなく淡々と告げた。それにアリスは埋もれてしまうような頷きを返した。


 そしてミントに向けてつないだ。


「君は姫君と謹慎の間離れてもらう。直接会うのはもちろん手紙や人を介しての会話、物理的な接触の全てを不可とする。君があの彼との手筈を整えていたのはわかる。そこも責めない。その代わりこの処分には従ってもらう」


 フーは言い置いて、返事を聞かずに部屋を出ていった。アリスが頷いたのなら、ミントがそれに従うのは自然の成り行きだ。


 アリスは椅子に身を伏せ泣いていた。ミントも驚きと衝撃、それに動揺は去らないがとにかくアリスを宥めた。


「フーの怒りが溶けるのを待ちましょう」


 メイドが彼の密偵だったとは非常に腹立たしいが、彼女らもアリスとロエルの交際の全てをつかんでいるのではない。ミントの目がある中、手紙を漁りその幾つかを読み一つ二つを抜き去る。他来客に注意する程度だ。ロエルの身元など知れようがない。


「……許されることなんて、あるのかしら」


「メイドからフーは今よりもっと早い段階で、ロエル様のことはつかんでいたはずですわ。しかし、なぜか今まで明かさなかった。それは機会を待っていたのだと思います」


背を撫ぜつつ説く。アリスも顔を上げた。


「……機会って?」


「馬場の奥の穴ですわよ。あれを見咎められたから、慌てて切り札を出してきた。今回のことはわたしたちの意識をずらして、あの穴に関して口を封じる目的だと思われます」


「……穴に何があるの?」


「さあ。あの人がよく持ち出す『先代様のご遺言』に関してのことかも……。あれがあるから我が物顔でいられるのですから。死守したいはずですわ」


 大きな弱みを握られた以上、謹慎を受け入れ反省した様子を見せるしかない。従わなければ直ちに母親として欠格となり、ロフィの側にいられなくなってしまう。その点は容赦なくフーはアリスを切り捨てるだろう。夫のディアーも邸を出て妻である意味もない。上流志向の強かった義父亡き今、彼女の存在理由は乏しかった。


「小リスがフーが姫様に甘いと言っていたけれど、確かにそうですわ。責めもせず、ご夫妻の事情を汲んでいるかのようにも見えました。立場上露わには出来なくとも、姫様には同情を寄せているのがわかりますわ。形だけの処分なのかもしれません。そう長い謹慎にはならないのではないかしら」


 その日から謹慎状態が始まった。アリスが自由になるのは寝室と彼女の居間だけで、特別に食事だけロフィと過ごすことが許された。ミントとの接触はもちろんない。


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