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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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霧中 8


「男性のご主人って楽なのね、ふらふら出歩いても支障がないのだもの」


「山に同行しないときはそんなもんだよ。俺は邸勤めという訳ではないからな。若は今また大叔父様の所領に行かれているよ」


「ふうん。ご療養されていたあの土地でしょう?」


「随分気に入られて、あの辺りの領地を今度購入されるんだ。調査の帰りに立ち寄れば狩りができると喜ばれているよ」


 ミントは話に頷きながら、ロエルの持つ自由を思った。阻むものはなく己の意思で自在に行動出来る。親しい親族を招くことすら許されないアリスとの、残酷なほどの違いだった。


 深夜になり、二人は火を消して離れを後にした。


 ミントはシェリーシュとの時間にやや昂揚した気分で庭を横切る。欠伸がもれた。


(明日も早いわ。早く休まないと)


 その時、目の端に動く影があった。月明かりを歩く背の高い痩身の男。フーだった。彼は邸の裏手へ向かっている。見回りか点検だろうか。しかしおかしい。


(灯りも持たないで夜中に何を検めに行くのよ)


 邸の裏手はロフィの為に設けた馬場がある。ロフィはディアーに脅かされて以来、乗馬を嫌がるようになった。アリスも強いては勧めず、ずるずる取り止めなっている。無駄を嫌うフーが教師も解雇し子馬も放してしまったと聞く。放置され今は誰の足も向かない場所になっていた。


(馬場に何の用?)


 逢引きの昂揚もどこへやら。興味が出てきた。自分と同じように、堅物のフーにも密会する女性があるのかもしれない。人目を忍ぶにはここ以上の場所はない。


 ミントは楽しくなった。密かに彼の後を追う。果たしてフーは馬場に向かった。閉じられた柵を迂回し、馬場の奥へ向かう。


 ミントが目を凝らしても、どこにも女性の姿は見えない。距離を置き物陰に隠れ、気配をうかがうが人声はしない。そうしていると、妙な音が耳に飛び込んできた。ザクッ、ザクッ。それは鉄製のもので土を掘る音だ。


(何をしているの?)


 ここに来て、彼女もフーの目的が女性との密会ではないと悟る。月明かりがほのかに照らす暗闇で、彼は一心に穴を掘っていた。異様さが恐怖として彼女に迫ってきた。


 ゆっくりと物音を立てないよう後退りした。大きな距離が出来た時、振り返り急いで走り去った。


 邸に着き、私室に入った後も変な緊張が去らない。少し前に別れたシェリーシュが側にいてくれていたら、と切に思った。


 一晩眠ると恐ろしさはなく、自分の怖がりを笑う余裕も出来た。妙な光景だったが、可哀想な犬や猫などを埋めてやろうとしたのかもしれない。そんなところに落ち着いた。


 アリスの元に参じたときこの話題を持ち出した。自分なりの解釈はしたが、腑に落ちないところがある。アリスと共有したかったのかもしれない。


 話を聞いたアリスは小首を傾げた。


「動物を埋めていたのではない?」


 やはりミントと同じ答えに行き着いたようだった。


「でも、わざわざ自らやるのも変ね。別な誰かに頼みそうなものよ。あの人忙しそうにしているから」


「そうですわね。下男にでも頼めば済むことをなぜ自分から……。ミントもそれが不審なのです」


「ねえ、後で行ってみない? もし動物のお墓ならそれでいいのだし。そうだったら花を手向けてあげましょうよ」


「そうでございますわね。明るいうちに確認すればよいのですわ」


 アリスがそんなことを提案するのも、根っこにブルーベルの話があるからだ。「フーが義父を殺害した」。冗談では済まない妄想が、そうとは言い切れないところにいつまでも気味の悪さが残っている。深夜に穴を掘る行為が彼への不信をより際立たせてしまった。


 昼食ののち、アリスとミントは連れ立って馬場へ向かった。言い訳のように途中花を摘んだ。この後目にするのが動物の墓だとの思いが七割。残りは説明の出来ない不安だった。


「あの辺りですわ」


 ミントが指し示す場所は草むらで、間近にいかなくとも大量の土が盛り上がって積まれていた。一見だけで動物埋葬用の穴ではないとわかる。穴自体は塞がれていてその下に何があるのかは不明だ。


「馬なら……」


「馬を埋めるのに一人では無理よ」


 顔を見合わせため息をついた。ミントが持つ花をその辺にまいた。戻ろうと振り返った。明るく緑も溢れ、少し前まではロフィの乗馬を見に通い詰めた場所だった。しかし、今は正体のない気味の悪さが漂っている。


 少し行った先でこちらを見るフーを見つけた。アリスもミントも彼の登場に全身がこわばった。避けるのもおかしく、何気ない素振りでやり過ごそうとした。陰気な表情の下、鋭い視線が二人に注ぐ。


「こんな所に何のご用が?」


「お散歩していだけよ」


 答えたミントにフーは無遠慮な視線を投げる。明らかに二人の行動を怪しんでいた。どこからか馬場に向かう人物を見張っていたと思われるほどのタイミングのよさだった。


(昨夜のわたしのことも、もしかしたら気づいていたのかも)


 ミントはアリスを促し、その側にぴたりと付いてフーから離れた。周囲の明るさが何よりの強みだった。もやもやとした自身の不審に主人をつき合わせてしまったことを悔いた。


 邸の中に戻り、アリスの居間に落ち着いた。


「何なのかしら……? フーが少し怖かったわ」


「申し訳ございません。わたしが余計なことをお話ししたばかりに」


「違うわ。確かめてみようと言い出したのはわたしよ」


 アリスの前にフーが現れたのは午後遅くだ。ロフィも中で遊んでいたが、部屋の外に出るように言う。


 ミントが何気なく応じた。


「あら、坊っちゃまがいらしてもよろしいじゃない」


「坊ちゃんにお聞かせして、大いにお困りになるのは姫君の方だと思いますがね」


 と剣呑な言葉が返った。アリスはミントに頷いてロフィを外に出すよう頼んだ。


 扉が閉まり彼と二人きりになった。やはり生気の乏しい表情で彼女を見つめている。その眼差しが昼下がりの不可解な出来事と相まって恐ろしかった。大量の土を掘り返しその穴に彼は何かを埋めた。何を埋めようが勝手だが、近づいたアリスたちを明らかに警戒していた。そのことが不可解で気味が悪い。


「馬場に行ってはいけないのなら、もう行かないわ。何かに使うの?」


「ごみを処分した不浄の場所です」


 ごみとは何だろう。大きな穴を掘って埋めるごみの意味がわからない。邸から出る廃棄物なら都度引き取りがあるはずだ。


 不可解だったがこれ以上問えない圧があり、アリスは口を閉じた。今回の件は不審だが、フーはディアーから彼女を救ってくれた信用がある。厳しく冷淡であり、嫌な過去があっても危害を加える人ではない。そのことのみが不安を和らげている。


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