禁じられた遊び 9
『……あなたに幻滅されたままでいるのはとても苦しい。どうか挽回出来る機会をいただけませんか?
それとももう僕の顔など見たくもありませんか?……』
『あなたはもうこんな手紙を目にしたくないとお思いでしょうが、こうするしか僕には自分の気持ちをわかっていただく術がありません……』
何通もロエルからは手紙が届けられた。レイナを通したものもあったし、彼の従僕が直接届けに現れることもある。それらをアリスはきちんと読んだ。しかし返事はほぼ返さなかった。そうしたのは「許す」や「許せない」と書くことがおこがましく思えたからだ。
衝撃は去り、彼への怒りもない。
「ロエル様の過去の女性はお一人だったとか聞きます。こうもう申しては何ですが……、遊びのおつき合いでも、律儀でいらっしゃるのですね。お気楽な若様なら、あちこちに複数いたっておかしくないと思いますもの」
そんなミントの言葉に心は動いた。嫌悪感も薄まり、ほぼ消えた。「あなただけ」と誓ってくれる言葉はとても身に沁みた。面倒をかけるだけの存在の自分に、どうしてこんなに優しいのかとも思う。
また新たにロエルからの手紙が渡された。当たり前に封を開け便箋を取り出す。その時折り挟まれた髪の束に気づいた。金髪で彼のもので間違いがない。指の長さほどのものが、ざっくりと切られて包まれていた。
『お返事をいただけないので、何だかおかしくなりかけているようです。あなたのお言葉が返るまで、切り刻もうと考えています。髪なんてなくなったって構わないから……』
脅しめいたもので、あきれるやら戸惑うやら。アリスはちょっと放心した。しばらくしておかしくなってきて、笑った。身分ある立派な紳士が返事がもらえないと焦れて、相手に髪を切って送りつけるなど、異常だ。
『……いつかあなたが触れてくれたこともある。覚えていらっしゃるかどうか……。離れていて辛いので、お側にいさせてやって下さい。気味が悪ければ、もちろん捨てて下さって構いません』
ミントが気にかかったように彼女を見る。そのまま手紙を侍女に渡してみせた。一読して、ミントも笑い出した。
「これはぜひお返事をお書きにならなくては。ロエル様がお髪をなくしてしまわれますもの」
「そうね、書くわ」
アリスも微笑んで首を振る。少し後で便箋に向かった時、気づいた。ロエルの自由を奪うことを恐れていた、こともあるが、より彼の過去に驚いて傷ついて、
(妬いて拗ねていただけかも……)
彼女が返事を書き、すぐにまた手紙が届いた。なぜかまた髪が同封されていて、ぎょっとなった。
『あなたからのお返事がないと思い込んで、先に切ってしまっていた分です。せっかくなので、僕の決意のほどをご覧になって下さい……』
(あの方、何を考えているの?)
先を読むのが怖くなる書き出しで、アリスは一度手紙を膝に置いた。一息ついてからまた読み出す。
『……あなたはご自分の態度を責められていたが、そんな必要は全くありません。全て僕の至らなさのせいで、あなたを不快な目にお遭わせしてしまった。
もう二度とないと誓います。こんな風に書くと、またあなたを困らせてしまうかもしれません。こうして欲しい、こうしないでくれ、何でも僕にはとても嬉しいのです。その資格がないとおっしゃるが、あなたにしかそれはないのに、と考えてしまうのは僕の自惚でしょうか……』
文字を目で追いながら、彼女は少し癖のある彼の髪に触れ続けている。
『……ドリトルン家を出るおつもりはありませんか? あなたは少なからず恩を感じていらっしゃるが、これまでの経緯から十分に義務は果たされたのではないでしょうか。勇気を出されて、あなたに相応しい生活を取り戻されるべきだと強く思います。僕は何をすべきかと、そればかり考えています……』
読み終えて手紙をしまった。寝室の引き出しに彼からの手紙はたくさん隠されている。その中に先ほどのものを重ねた。
「嬉しいお手紙でございました?」
ミントの声だ。二人が仲直りしたので陽気な声音だった。
「また髪が……。前に余計に切った分ですって」
「面白いことをなさる方ですわね。姫様のお許しがそりゃお嬉しかったのでしょうね」
「……ねえミント……」
アリスはミントにロエルからの打診を打ち明けた。彼女の意を汲んではいるが、これまでの彼らしく彼女の間違いを指摘し、正そうとしているのが見える。
「まあ、それは……」
さすがの侍女も答えに詰まった。ドリトルン家を出ることはディアーとの離縁を指す。これは問題ない。しかし彼女が離縁すれば、ドリトルン家の嫡男で当主のロフィは置いていかざるを得ない。ロフィが帰属するのは養母の彼女ではなく、ドリトルン家だった。
アリスは首を振る。考えるまでもなく無理だ。どちらの別れを選ぶかを迫られれば、迷いなく彼女はロエルとの別れを選ぶ。どれほど心を痛めてもそれは変わらない。
この家から彼女の実家に流れた資金のおかげで随分と助かった。その事実は今もありがたく、感謝の念は消えない。その多くは義父へのもので、亡くなった今、ロエルが書いたように義理はすでに果たしたとも思えた。名義を貸すことや強いられた不自由がその代価だと今の彼女は判断できた。
彼女がこの家に留まる理由はロフィのみだ。愛情を放棄した実の両親に任せて去ることなどとても出来ない。甚だ頼りないが、母として当主代理として側にいてやりたいと切に願う。
ディアーとの離縁はその権利を捨てることを意味した。
「ロエル様は姫様を思い出にはなさるおつもりはないのでしょうね」
「……どうしようもないのに。あの方にはもっと相応しい女性がいるわ。わたしでは駄目……」
ミントもそれに否定を唱えることは出来なかった。主従互いに重いため息をつく。
返事の言葉に迷い、ロエルの提言には触れずにおいた。代わりに、小姓見習いを務めるロフィを見に王宮へ行く予定のことなどを書いて手紙を終わらせた。




