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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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禁じられた遊び 6

 

 離れのキッチンでミントはシェリーシュと相対していた。ロエルからの手紙を手にふらりとやって来た。


 手紙を預かり、それをアリスの寝室の引き出しにしまった。鍵もかけた。メイドたちはここに触れないが、用心に越したことはない。


 シェリーシュにお茶を出し、彼の前に腕を組んで立った。その仕草を彼はちょっと笑って眺めている。彼女がまるで部下の申し開きでも聞くような態度がおかしいのだ。


 先日、主人たちの逢瀬に闖入者があった。それはロエルと関係のある女性で、それを知ったアリスが取り乱し、ロエルはその対応に必死だった。女性の方はシェリーシュが近在の村まで送り届けた。その際、


「若様にご迷惑をおかけしたのね。ごめんなさい。公爵様のお邸のメイドづてに、長くこちらに療養されていると聞いたものだから……」


 としょんぼりして言っていた。彼女自身は老貴族の妾であるし、ロエルに何を求めたのでもない。彼との連絡が長く途絶えた末、病気だと知った。ある期間男女の中にあった。情はある。単純に見舞いたかったという。


「お元気になられたのならいいのよ。お幸せにと、若様にお伝えして」


 リリーアンは詫びてあっさりと帰って行った。ロエルはその後、十六番街の彼女に会いに行った。中には入らず、別れを告げてきたという。


「何でわざわざ会いに行かれたの? まさか未練がおありとか?」


「それはないな。存在すら忘れていたことの詫びだと思う。都合のいい関係に対しての罪悪感もおありだろうし」


「ふうん。どんな人?」


「美人でさっぱりした印象だ。俺も存在は知っていたが、本人に会ったのは初めてだった。気軽な身分のあんな人と楽な交際が出来れば、結婚する気も起きないだろうな。実際、若はお母上にせっつかれても知らん顔で過ごしていらしたのだし」


「言っておきますけれど、姫様は決して「都合のいい関係」におつき合いなさることはありませんから」


 シェリーシュはそこは頷いた。


「姫君は落ち着かれたのか?」


「そうね……。今はご親族のお邸にお出かけされているわ」


 先日のロエルとの逢瀬から帰ったアリスには涙の跡があった。直々にロエルが彼女を送り届けてきたことにミントはちょっと興奮し、その涙を恋人との別れの切なさと受け取った。


 さかんにロエルの優しさ誠実さを褒めちぎった。しかし、アリスから打ち明けられたのはロエルの女性問題だった。彼女は涙ぐみ、


「忘れていたとおっしゃるし、完全に関係を断つとも誓って下さるの。でも……」


 と悩む様子だった。


 ミントもロエルの過去に憤慨したが、冷静になれば「さもありなん」な話だと納得もいく。若く気ままな独身貴族の彼に、憂さ晴らしの相手があってもおかしくはない。女性がロエルにとって非常に間の悪い場に急に現れたのも、彼と連絡が途絶えていた証拠とも取れた。


「嫌だった。本当言うと、ちょっと汚らしくも感じてしまった。でも、わたしには、ロエルの自由を奪う権利なんてないのに……」


 純粋培養に育ったアリスの潔癖さは理解出来る。「割り切った」男女の仲と言うが、恋愛抜きの割り切りこそ不快なのでは、ともミントは思う。


(単純に情欲だものね)


 アリスの思いもロエルの感覚もミントにはくめた。しかし、絶対にアリスの味方だ。


「白馬の王子様を期待していたのではいけれど、がっかりなさったのは事実ね」


「人妻の姫君に若の過去の女性関係を糾されるのはおかしいじゃないか」


「あなた方にとって小さなことでも、深く傷つくこともあるの。ロエル様は姫様が親しくされる初めての男性なのよ」


「え?」


 瞬時意味が取れず、シェリーシュはぽかんとした表情を見せた。まじまじとミントを見つめる。次第に理解が及んだようで、何度も瞬きを繰り返した。


(アリス姫はまだ乙女でいらっしゃるのか)


 シェリーシュに浮かんだ驚きをミントは頷いて認めた。


「十五歳で嫁がれて以来、ずっとこの離れに押し込められていらっしゃる。本宅には愛人が住んで、正妻面して居座っているわ」


 シェリーシュはアリスが離れに住むのは夫との不和だと思い込んでいた。ロエルから深い説明もない。離れは女性二人と幼児が住むには程よい広さの小綺麗な造りだった。しかし決して邸宅といった趣ではない。


「そんな姫様の前に正義の騎士然と現れたロエル様だもの。男性にはちょっとした過去でも、心を痛められるのもしょうがないと思うわ」


 アリスの事実にシェリーシュは言葉もなかった。夫との不和の憂さ晴らしにロエルを利用しているのでは? そうちらりと考えていたからだ。人妻の地位を守りながら女性らしい知恵で主人を上手く虜にしたと勘繰る面もあった。


(姫君が男を知らない乙女であれば、話が違ってくる)


 ロエルとの手紙のやり取りも、逢瀬に出向く決心も。軽はずみな興味や遊び心ではなく、相当な決断と冒険だったはず。彼には大袈裟に思えた先の逢瀬での取り乱しようにも、納得がいく。


「将来、ここが終の住処になっても、……せめて、素敵な恋の思い出くらい、振り返っていただきたいじゃない」


 気持ちが昂りミントは涙ぐんだ。アリスに関しての打ち明け話をできる人間などいなかった。事情を分かち合えるシェリーシュを前に律した堰が切れたようだ。


 いつも厳しい司令官のようなミントの涙は意外だった。アリスの背負う事情も知り、必死でそれを支えている侍女の心根もわかった。彼女は虐げられた己の主人に一生分の思い出を作ってやりたいのだ。


 アリスの無謀とも言える恋に協力的な侍女の真意がようやく読めた。アリスを忠義に守る彼女がロエルとの恋には積極的だった意味はここにあったのか。


 それは言葉に詰まるほどシェリーシュの胸を打った。自然、彼女の手を握った。共感と理解を示したかった。


「図々しい人ね」


 ミントはぴしゃりとその手を叩いた。しかし、瞳の縁はちょっとほころんでいる。満更でもないようだった。


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