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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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禁じられた遊び 5

 

 ロエルの命でシェリーシュはリリーアンを送ることになった。代わりに馬車の護衛は彼自身が務めるという。


「ついでに邸に寄ります。両親に顔を見せられるから、ちょうどいいのです」


 アリスが辞退しても平気なようだった。言葉を交わすことなく、それでも馬車の窓から彼の姿をずっと目が追える。


 離れの外の塀に馬車が着いたのはもう暮れかけた頃だった。帰りを待ちかねたた様子で、ミントが塀の壊れ目から現れた。


 御者がアリスを馬車から下ろすとすぐに引き受けた。かいがいしく様子を見ながら馬上のロエルに声を掛ける。


「遅いから心配したじゃない。暮れる前にってお願いしたのに。男はだらしなくって本当に困るわ。こんなことじゃ姫様を任せるなんて、とんでもないんだから……」


 しかし返った声はいつものシェリーシュではない。


「申し訳ない。以後気をつけるよ」


 ミントは声の主にぎょっとなった。金髪のまぶしい端正な上流紳士だ。まさかロエル当人とは思わなかった。さすがに萎縮し、言葉に詰まった。


「送って下さったの」


 アリスははにかんだ様子で彼をちらりと見る。すぐに顔を戻した。


 


 朝のディアーとの諍いがまだ尾を引いている。ブルーベルはくしゃくしゃした気持ちを罵ることで誤魔化した。


「あんな弱虫だと思わなかった。このわたしが、情けないったらない。父親に正当な権利も主張出来ないなんて。全く、馬鹿にしているわ」


 最近増え出した喧嘩の原因は主に金銭に絡むことだ。ディアーの父親の判断で、既に彼は当主の座にない。浪費癖と怠惰な性格の矯正が見込めずの処分だという。そのおかげで、以前ほど潤沢に遊興費を賄えなくなった。


「親父がうるさいから」「そのうち親父も折れてくれるよ」「親父が言うから」……。「親父」「親父」を逃げ口上に、彼女が不平を鳴らしてものらりくらりとかわす。それに逆上した彼女が一方的にディアーを責め立てるのが喧嘩の流れだ。最近は髪をつかまれることもあり、ブルーベルは泣きわめくことも増えた。


(こんなはずじゃなかった)


 というのがブルーベルの本音だ。


 売れっ子になりたての歌手だった彼女に恋し、ディアーは舞台に通い詰めた。貴公子風の彼を羨む仲間は多かった。当時二十三歳と公言していたが、実は三つ上になる。己の人気のおそらく頂点が今だ、冷静に見極めてもいた。その彼女を一番高値で買ってくれたのが、ディアーだった。


 大きな邸に女主人として君臨し、贅沢を続けた。彼女に惚れ抜いているディアーは扱い易く、言いなりだった。彼の父が実権を握るがうるさいことはなかった。ただ、子供の世話を強いられるのだけは辟易した。妊娠中に遊びを控えた分、出産が済めばそれを取り戻さなくてはならないのに。


「産んでも、義父様はわたしを認めてくれないのだから辛いわ……」


 などと嘆いて見せると、ディアーが彼の正妻のアリスに養育を押し付ける案を出してきた。とんとんと子供問題は片がつき、再び面白おかしく楽しむ日々が始まった。


 しかし、ディアーが資質の欠格を理由に当主を降ろされて以来、風向きが変わる。自在だった大金の決済が無理になり、ドレスの新調にもフーが首を振ることが続いた。


「使用人にくせに生意気ね」


 とすごんでも、


「生意気で結構。私からすれば、あなたは人の食事にたかるハエですよ」


 と表情も変えずに返される。何を言っても返事は変わらず、ディアーに頼んでも無駄だった。そもそもディアーはフーに逆らえず、上手くあしらわれてしまうのが常だ。


(先月も新調出来なかったのに。同じドレスを着てばかりだと、周りに足元を見られるじゃない)


 そんな折に義父の見舞いを思いついた。長く風邪で床にいるという。会うことも稀で興味もないが、ゴマをする意味はありそうに思えた。名門出の正妻のアリスが養子ロフィの後見人に就いたことも意識にある。実際子供を産んだのは自分なのだ。その事実をもう一度義父に印象付けた方がいい……。


 義父の寝室に向かった。ノックをしても声が返らない。そっと開け中に入るとベッドも空で、室内は無人だった。温室にでも行って日光浴をしているのかもしれない。出ようと振り向いた時、ドアを開ける音がした。


 勝手に義父の私室に入り込んだ罰の悪さから、彼女は身を隠してしまう。厚いカーテンの後ろにするりと入り込んだ。


 入って来たのは車椅子の義父とそれを押すフーだった。フーは義父をベッドに寝かせる介助をしている。


(よりにもよって)


 ブルーベルは唇を噛んだ。メイドなら用が済めばすぐに部屋を出るが、療養中の義父ならそうはいかない。今姿を見せればなぜ隠れたのかも問われる。盗みにでも入ったのかと疑われるのも癪だ。


(眠るのを待って、こっそり抜け出すしかないわね)


 小さくため息をついた時にそれが聞こえた。人のうめくようなもがくような、嫌な物音だ。そっとカーテンから目だけを出し、うかがった。目に映る光景にさすがの彼女も凍りついた。フーが枕を義父の顔に押し当てている。物音はそれに抗う義父の抵抗の声だった。


 恐ろしい光景はすぐに終わった。力尽きた義父の手がだらりと弛緩しているのが見える。それでも十分時間を取り、ようやくフーは枕を外した。


(人殺し……!)


 固まるブルーベルを知らず、フーは義父の襟元を直し髪を整える。ベッドの乱れをきれいに手で繕い、使った枕を息の絶えた義父の頭に当てがってやっている。辺りを点検するように視線を転じ、納得したのか静かに部屋を出て行った。迷いも隙もない行動だった。


 硬直したままブルーベルはその場に留まった。驚きは去らないが、この場にいてはまずいことになる判断はついた。


(わたしは犯人にされちゃうじゃないの)


 義父を見ないように壁伝いに部屋を移動し、ドアに手をかけ素早く外へ飛び出した。廊下には人の気配がなかった。急いで階下へ降り手近の部屋に入る。食堂だった。メイドが二人テーブルクロスを整えていた。


 やっと人心地ついた。メイドに声をかけた。


「お茶を頂戴」


「こちらにでございますか?」


 昼下がりに食堂でお茶を飲むことはない。メイドは不審な顔をしている。先ほどの光景が頭をよぎる。義父の死に自分が怪しまれてはいけない。彼女は邸で自分が好かれていないことはわかっていた。


「居間でいいわ」


 いつもお茶を飲む居間に運ぶように頼み、自身もそちらへ向かった。


 居間にはディアーがいて、長椅子にだらりと寝ていた。彼に見たことを告げようと思った。しかしその考えはお茶が運ばれてすぐしぼんだ。


(言ってどうなるの? 信じないかもしれないし……。彼だってわたしを疑うかも。お義父様は弱っていたし、女のわたしにだって体重をかければ殺せたわ)


 長いつき合いのフーより喧嘩の増えた自分の分が悪いことはわかる。義父の死で邸のディアーの地位高上に伴って、彼女の発言権も増える。それを見越しての犯行だと取られれば、どう言い逃れたらいいか……。


(わからない)


 結局黙ったままお茶を飲んだ。


(フーに言ってみようか)


 見たことを教え、それを弱みにいい待遇を引き出せるのでは……。そこまで考えて、止めた。彼はあんなに迷いなく義父を殺害できたのだ。邪魔になった自分など容赦なく始末するに違いない。枕を押し付けられる自分を想像し、震えが走った。


(フーには敵わない)


 ディアーは菓子を頬張りながら太平楽に鼻歌を歌っている。自分の座る位置からそう遠くなく、殺された実父の遺体があることを知らずに。


 どう立ち回れば自分が損をしないか。困らないか。


(利益が増すか……)


 ブルーベルは真剣に考えにふけった。


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