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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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禁じられた遊び 3

 

 昼食の席で館の主人で公爵夫人の叔父に紹介された。アリスが深夜にロエルを見舞いに訪れた際に出迎えたのと同じ人物だ。


 彼は「知人」として彼女を紹介した。年下の彼に対して慇懃なのは、公爵家の跡取りとしての尊敬と遠慮のためだ。二人のやり取りに親しさを感じるが、独身のロエルと若い婦人が人目を避けるように会うことを、何と思うのか。


「獲物は昨日ロエル君が仕留めたものです。コックの腕もいいから、田舎ですが料理は自慢できます」


 親切にアリスに勧めてくれる。気詰まりな面もあったが、食事が進むとそれも薄れた。酔いもすっかり取れ、ぺろりと平らげた。自分を見るロエルの視線に気づく。おかしそうに笑いを噛み殺しているから頬が熱くなった。


 (おっしゃったようにおいしいから)


 昼食の後で、彼は客間に彼女を呼んだ。以前の彼の病室となっていた場所だ。既にベッドは片づけられ、普通の居室のようだった。彼はアリスにテーブルの上に載ったあるものを見せてくれた。


 彼女の手のひらに置かれたそれは、美しい石だった。まだ磨かれておらずごつごつと形も歪で混じり物もあるが、青く綺麗な鉱石だった。


「山に入ってしばらくして掘り出したのがこれです。それと……」


 次は別のより大きな石を彼女にかざして見せる。形は違うが、同じ色味の同じ種類のものだと思われた。


「これを先日シェリーシュが取って来てくれた。同じ山の違う場所で見つかった。こういう証拠をいくつも集めて鉱脈があるかを調べ、掘る価値がある山かを判断するのが僕の仕事です」


 彼の手がけることに知識がなかったが、こう説明されると理解できた。自身も掘削作業をするとも言うし、野営も多い。


 ミントからロエルが公爵家の危機を救った経緯も聞いている。「お偉い若様なのだそうでございますよ」。


 手の石を見ていると、過去にこれと同じような石を見たのを思い出した。随分前のことだ。確か、レイナの邸でのことだった気がする……。


 その記憶と今が似た石を通してつながっている。あの頃はその石の意味も、それを見せてくれた彼への重みも何もわからず、彼女の心はずっと幼かった。


「あなたに差し上げたいが、これは提出用なので……、代わりにこれを。もう使わないから」


 ロエルは別の石を彼女へ渡してくれた。乳白色に金が混じる。爪ほどの大きさの美しい石だった。


「珍しいものらしい。母にも昔あげて、指輪か何かにしていました」


 宝飾品に縁はないが宝石なのはわかる。簡単に高価なものを受け取っていいのか迷っていると、


「残念だけれど、それは食べられない」


 と笑った。何でも彼女の食い意地にかけて茶化す。


「……いただいていいのか迷っていただけ」


 まだ戸惑う彼女の手のひらを彼は自分の手でぎゅっと包んだ。そのまましばらく見つめ合った。ふと彼が視線を外した。彼女から顔を背けるようにする。


「外に出ましょう。馬に乗りませんか? 森の方まで駆けましょう」


 彼女は彼に促され、掃き出し窓から外へ出た。ロエルは人に声をかけ、馬を用意させる。ほどなくやって来た馬に彼が先にひらりと騎馬した。


「鎧に足を掛けて下さい。手をこちらに」


 言われたように、つま先をかける。片足になった体勢が悪く、後ろに倒れそうになったところを彼が彼女の手を強く引き、鞍の上に抱え上げてくれた。


 馬には少女の頃に乗ったのが最後で、慣れない高みが恐ろしい。


「怖がらないで。僕にしがみついて下さい」


 言われる前に彼の腕にしがみついていた。疾走する速度にそれでは振り落とされそうで、彼に抱きつく形になる。気恥ずかしさは、非日常の経験と知らない場所だという開放感がいつしか溶かしていった。


 なだらかな牧草地を駆けた。じき恐怖も去り、アリスが感じるのは二人きりの今だけ。彼女を知る人がいない場所で人目を気にせず彼に寄り添う。うっとりと贅沢に過ぎていく今を味わっている。


 小川の辺りでうさぎが跳ねるのが見えた。ロエルが手綱を持つ手でそれを指した。歩調を緩め、


「ちょっとあなたに似ていると思っていた」


 と言う。うさぎは邸の鬱蒼とした庭にも現れていたから、アリスにもわかる。アリスや使用人の世話する畑のものを噛むから嫌いだった。「熟れたのを見計らってやって来るのが憎うございますよ」と婆やがこぼしていた。アリスのうさぎのイメージはそれだ。


 ややふくれた様子の彼女に彼が不思議がる。白く小さい様が愛らしい。それがロエルのうさぎのイメージだ。更には些細な気配で逃げ出すところなど、臆病な彼女を思わせた。


「ご存知ない? うさぎは畑の野菜を盗むのです」


 真剣な声の彼女にロエルはしばし唖然とし、笑い出した。笑いながら馬を降りる。彼女を乗せたまま傍の木に馬をつないだ。そうしてから彼女を抱え下ろした。


「気を悪くなさったのならお詫びしますが、僕は褒めたつもりでした」


「え」


 木陰に彼が上着を敷き、彼女を座らせた。自身も隣に座る。緩い風が吹き、草の匂いを運んで来る。遠くにロバを連れた人影があるが、ごく小さい。木々と草の緑、小川の流れるさやさやという音……。他には互いだけの、まるで密室のような広がった空間だった。

 

「わたしは美しくないから……」


「どうしてそんなことを? こんなにきれいなのに」


 言葉に照れて彼女は顔を伏せた。その頬に声が注ぐ。


「僕はきっと一目で可憐なあなたに夢中だった」


「嘘」


 ロエルはそこで笑う。


「申し訳ない。多少脚色を……」


「ひどいわ。からかってばかり。何がよろしいの? わたしなんか……。納戸の古着を引っ張り出すのがご趣味なのかしら」


「結婚したご婦人が皆「納戸の古着」ならば……、人の納戸を漁る趣味は持ちませんよ。あなたが初めてです」


 ロエルの返しを聞き、自虐で嫌な喩えだったと彼女は後悔した。


「初めは同情心です。あなたのお身の上を知り、姫であるのにおいたわしいと思った。ドリトルン家のことは多少知っているから余計に。何とかならないのかと、勝手に気を揉みました。まるで籠の小鳥が羽をむしられていくように感じたのを覚えています。耐え難かった」


「……なのにわたしがのんきで、……苛々なさったでしょう?」


「あなたが僕を見つけた時の「しまった」というようなお顔……。しつこかった自覚はあります。嫌われているのではと、それが気がかりでした。あの頃にはすっかりあなたに夢中だった。すごく可愛いところも、ちょっとおかしなところも……。でもそれらは後付けで、僕にもよくわからない。あなたにもう山に行くなと命じられたら、従うでしょう。もう辞めてもいい」


「そんなことおしゃらないで」


 アリスは首を振る。山での調査の仕事が、彼にとってどれほど大きなものかを知っているつもりだった。軽はずみに口にしていいことではない。


(そんなことで、嬉しがったりしない)


 ロエルが彼女の手を取った。指を絡めて握る。


「そう言わせているのがあなたなのに……」


 何も返せなかった。彼はよく彼女を困らせることばかり口にする。そしてそれを彼女のせいにしてしまうのを狡いと思った。目を伏せ唇を噛んだ。


「またあなたにそんな顔をさせてしまう……。僕は、どうしてあなたを追い詰めずにはいられないのかな」


「……あなたの大叔父さまは何てお思いかしら。隠れて会ったりして……。わたしたち、ふしだらな関係に見えているのでしょうね」


「大叔父には話してあります。あなたのご身分は打ち明けていないからご安心して下さい。驚いていたけれど、僕のすることは理解してくれていると思う。気に掛かりますか?」


「……ううん」


 彼女は弱く首を振った。気にならないと言えば嘘になる。けれど彼の誘いに乗り、嬉々として今いるのだから、そんなことは詭弁だと思った。


 絡めてつないだ手に彼が唇を当てる。その仕草が彼女の胸を痛いほどときめかせた。黙ったまま、自分の跳ねた鼓動を感じ続けている。


 うさぎが小川の向こうから顔をのぞかせた。前足を上げ、きょとんとした様子でこちらをうかがっている。彼が自分に似ていると感じるのなら、憎めないような気もしてくるのだ。


「もう少し先の森に行ってみましょう」


 先に立ち上がったロエルが彼女へ手を差し伸べた。その手を取り立ち上がる。そこで不意に引き寄せられた。揺らいだ彼女の身体が簡単に彼の腕の中に包まれる。


「あなたはお手紙で、僕を想像の産物ではないかと書かれていた。そんなのじゃない。現実にいて、こんなにもあなたを愛している」


 胸に頬を当てた彼女が目を閉じた。彼の指が彼女の顎に置かれた。つまむように上向かせる。口づけの間、二人以外の全てが消えたように感じた。


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