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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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禁じられた遊び 2


 朝早くにアリスは離れを立った。馬車の揺れの中で自分の衝動に驚いている。ロエルに会いに行くのだ。


 彼からの『お時間をいただけないか』の幾度かの問いかけに、彼女はとうとう承諾を返した。以前は彼が危篤だったという緊急事態で、やむを得ずの逢瀬だった。しかし、今回は違う。とうに彼は回復し普段の闊達さを取り戻している。


(会いたいから)


 それだけの理由で会いに行く。


『僕が帰郷してしまえば、あなたと自由にお会いできなくなる』。その言葉に急かされて突き動かされて、決意した。それをミントに打ち明けると、


「よろしゅうございます。ミントがシェリーシュに頼んで上手く計らいますわ。大丈夫。ご安心召され」


 と厳かな表情で請け合った。いつの間にかロエルの従僕とものを頼める仲になっていることもアリスには驚きだった。


 前回彼の滞在する館に向かった時のように、シェリーシュが迎えに現れた。彼女を馬車に乗せ、自身は騎馬して護衛に回る。


「暮れる前にお返しして頂戴ね。それまでなら何とかするわ」


「大丈夫。それは保証する」


 ミントに見送られ、アリスはロエルの元へ向かった。義父が亡くなって後も、アリスの暮らしに特段の変化はない。母屋とは距離を置き、侍女と共にロフィを囲んで別家庭のように生活している。


 義父の弔いではディアーがロフィの上の席次に着き、フーに嗜められていた。既に当主にないから、席次はロフィに次ぐアリスに更に次いでの三番手になる。それに不服を唱え、親族や弔問客で埋まる場がやや騒然となった。


 いつもならディアーを援護し甲高い声でまくし立てるのが常のブルーベルは、末席でおとなしかった。


「いつまでも親父の威光で支配が効くと思うなよ」


「いつまでも、大旦那様のご意向で楽が出来ると思われませんように」


 ぴしゃりと言い返したフーが痛快だったと、使用人らには好評だった。義父の死を惜しむ声はほぼなく、残された家の不和が浮き彫りになっている。アリスにとっては甚だ居心地悪い儀礼だった。


 気の滅入る慌ただしさも済み、抑えていた感情が反動で溢れ出すのがわかった。「少しだけなら」「お会いするだけなら」。誰にでもなく言い訳をし、この日を迎えた。


 前とは違い、明るい中の行程で気持ちも逸るほどに軽い。彼女が少し酔ったのもあり、休憩を挟んだ。昼前に目的の領地に入った。


 ロエルが手紙で記したように、緑の美しいのどかな地だった。館の前で馬車を降りる際、長く馬車に揺られたのと軽い酔いの残りでふらついた。シェリーシュに抱えられて外に出た。日光がまぶしく、辺りが白く光って見えた。


「お加減がお悪いのではございませんか?」


「……大丈夫よ。ありがとう」


 いつからいたのか、ロエルは彼女のすぐ後ろにいた。互いを認め合ってすぐ、彼が彼女の手首を取った。そのまま彼女を連れてどこかへ歩いて行く。小走りに追って少し息が切れた時、彼が歩を止めた。


 彼女を抱き上げて、岩の上に座らせた。庭の隅には切り出した名残か、巨石が幾つかあってその一つだった。ロエルは座らず彼女の膝に額を押し当てた。


 少し伸びたように感じる金髪が、木漏れ日を浴びて輝いていた。迷った挙句、アリスは彼の髪に指を触れた。


 回復や健康のことをたずねたかったが、言葉にならなかった。彼も話さず、互いを感じながら会わずにいた日々を埋めるような時間だった。


 どれだけかして、彼が顔を上げた。アリスを見つめる。


「来て下さってありがとう。あなたに会いたかった……」


 彼女は彼の瞳を受け、ただ頷いた。それだけで彼にも伝わるはず。その合図のようにぎゅっと指先が握られた。


「お悔やみを申し上げます。……あなたは喪服だと思い込んでいた」


「ドリトルン家では服喪はひと月だけのようです。ですからわたしも」


 邸では葬儀からひと月を過ぎ、ディアーたちは当たり前に人の催しに参加している。アリスは驚いたが、あの家に限ってはそれが似合いのような気がした。形だけの服喪したってひどく空々しい。


 ロエルはまた彼女を抱えて地面に下ろした。恥ずかしいが、軽く彼女を抱えられるほどに健康が戻ったことが嬉しい。まだ完全ではないが、面差しも以前とそれほど遜色なく見える。


「シェリーシュがあなたを抱え下ろすのを見た時、頭に血が上った。意味はわかるし、もちろん疑念もないけれど……」


 それが自分を抱き上げる理由なのかと、納得がいくと共にあきれもある。けれど、ほのぼのと嬉しい。


「とても親切な人ですね。わたしの侍女も頼りにして、あれこれお願いしているようです」


「そう、非常にいいやつですよ。あなたのところの侍女が人使いが荒いとこぼしていました。可愛い顔をしているのに「姫様」の為になると司令官のようだと。使用人はどこか主人に似るというから、あなたにもそういったところがおありなのかも……」


 ロエルがちらりと彼女を見た。笑っているからからかっているのがわかる。その笑顔に彼を失わずに済んだ事実が、今更奇跡のように胸に込み上げた。


「ご無事でよかった……」


 涙を見せた彼女へ彼が腕を回した。自分へ抱き寄せる。込められた力に彼の気持ちや意志を感じ、彼女は抗えずにいた。


(こうしてほしくてここにいる)


 そんな自分もわかっているからだ。


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