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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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嵐の中で 5

 

 帰りの馬車で、アリスは泣きながら手のひらを握り爪を食い込ませていた。離れに着く頃には、辺りはすっかり明るくなってしまっていた。行きと同じで塀の外に馬車が停まる。


 様子を中からうかがっていたらしく、すぐにに塀の壊れ目からミントが現れた。馬車から下りたアリスを抱えるように引き受けた。


「お会いできたの?」


 シェリーシュに問う。彼は頷いて応じ、長い騎馬に腕を伸ばす仕草を見せた。


「ちょっと待って」


 アリスを離れに連れて行き、すぐにミントはとって返して来た。シェリーシュへ紙の包みを渡す。飲み物と朝食を用意しておいたのだった


「帰りに馬の上ででも食べて」


 驚いた様子の彼へ、


 「姫様をどうもありがとう。お疲れ様」


 と声を投げ、さっさと背を向けた。彼女なりのねぎらいだった。





 アリスは寝室にいた。ベッドの縁に掛け、悄然としている。そこへミントが静かにやって来る。


「お朝食前でよろしゅうございましたわ。まだ母屋からメイドたちも参っておりません。もうじきやって来るでしょうから、はらはらとお待ちしておりました」


「悪かったわね、一人で……」


「とんでもございません」


 ミントはアリスの側で屈み、表情をうかがう。主人の顔色は青白く、彼女の自身が病気であるかのようだった。とてもひと時の逢瀬を楽しんだというようには見えない。


「お着替えしましょう。横におなりになっては?」


 侍女の手を借りて衣装を脱いだ。その時、胸元に挟んだきりのロエルの手紙が落ちた。ミントはそれを素早く拾う。アリスへ夜着をまとわせた。脱いだ衣装を手早く畳む際に、そこに一筋の髪を見つけた。金色のもので短い。


「ロエル様のお髪は金髪でいらっしゃるのですね」


 アリスはミントに示された髪の毛を手のひらに乗せた。ふっと吹けば、どこかに消えてしまいそうなごく軽い彼の影だった。ミントがそれを手紙と一緒にし、アリスのノートブックに挟んで仕舞う。


「ご様子は、いかがでした?」


「とてもお痩せになっていたわ、少し動くのもお辛いようだった」


「お若い方ですもの、ゆっくりお休みになったら、きっとご回復になりますわ」


「お元気になってとお願いしても、そのお返事を下さらない。何か、あきらめたみたいで……」


 アリスはそこで嗚咽をもらした。ロエルの側でも散々泣いただろうことは、赤く腫れた目を見ればすぐに知れた。頑健な若者でも不意の病に命を落とすことは往々にしてある。ミントの叔父でも一人いた。


 薄幸な主人の恋をミントは推してきた。秘めた美しい思い出の一つくらいあったって罰は当たらない。その終わりをロエルの心変わりであるとか、二人が納得した結果の別れ……、などであることを想定してきた。


 まさかロエルの死によっての終幕など、考えもしなかった。恐ろしいことだが、もし、もし仮にそういう事態を迎えてしまえば、アリスは立ち直れないのではないか。初めての恋だ。しかも実ったそれをそんな残酷な形で失ってしまえば、

 

(純粋な姫様の心は壊れてしまうのでは……?)


 今にも崩れそうに泣いている彼女を見て、次善を考えるのが常のミントも暗澹としてしまった。重い病床のロエルは気の毒であるが、それはさておき。


(そうなったら、どうお慰めしたらいいの?)


 恋人に先立たれたアリスの心境を先取り、やはり何も浮かばないのだった。





 日々は重く過ぎていった。ロエルからの便りはないが、その為知りたくない事実から遠ざかっていられるのだとも考えた。そして、届いた手紙はレイナからのものであっても開封をためらった。


(恐ろしいことを知らせるためかも……)


 書き物机に置き去りのそれらに、ミントは主人の許可をもらい目を通した。ロエルとは無縁のことで、アリスが知るべき事柄を伝える場合も大いにあるのだ。


「まあ、殿様が王宮のお役を賜るそうですわ。陛下の学問のご進講役だそうです。レイナ様のお父上もご出仕なさるとか。まあ、月下だけではなく、日輪の高家にもそんなお話があるのだそうですわ」


 無事な内容を確かめた後で、アリスは手紙に目を通した。そこにはミントが言ったより詳しい説明があった。現王妃の実家である虹彩の高家は国賊的な醜聞を引き起こした。長らく一族が有利な地位を王宮内で保っていたが、ほぼ失脚の体である。実質手を染めていなくても、面目を失い色を辞す者が続出した。


 その幾らかの穴を埋めるのが、今回の登用のようだった。三高家の扱いは明らかに均衡を欠いていた。それを是正しようという動きもあるのだとか。



『今回の件で、月下の暮らしぶりも改善するといいわ。期待をかけているの。母は急な出仕を迷惑そうにこぼしていたけれど、本心は違うわ。衣装の心配が嬉しそうよ……』



 レイナの平和な文章が心に沁みる。非日常にどっぷりと浸かり疲弊していた彼女に、普段のやり取りが暖かい。


「返事を書くわ」


「よろしゅうございます。殿様にもお祝いのお手紙を書かれては?」


「そうね」


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