秘め事 7
ロエルからの連絡は途切れたままだ。アリスの胸は不安に溢れていた。
しかし、ミントに続きレイナにもロエルとのことを打ち明けたおかげで、一人で抱え込まずに済むことはありがたかった。
レイナには先日の訪問の礼を改めて手紙に書き送った。秘密を告げた時のレイナの驚きと悩ましい表情は忘れ難い。軽率な行為を叱りつけたいはずが、生来の優しさでそれを抑え彼女を宥めてくれた。
そして、知らせたことによってレイナにも罪の一端を担わせてしまう恐れもある。
ロエルへの思いは胸の中で何かが芽吹き、それがぱっと爆ぜたような感情だ。鮮烈なそれに彼女自身が狼狽えているほど。しかし、その甘い誘惑にゆるゆる導かれた先に、自分だけではなくレイナやミントにも迷惑をかけてしまうことになれば……。
(自分が許せないわ)
冷静になり、そんな罪の意識に慄くこともある。
レイナの言葉によれば、ロエルはとても強い人で旅の途中の危険は考えにくいらしい。あり得るのは彼の都合による調査の延長だろう、と。そして、その最中に彼女への手紙が途絶えた。
(理由はわからないけれど……)
何らかの彼の意思と取ってよいのかもしれない。戯れに飽きた。単純に忘れているだけもある。
この連絡の絶えた時間を奇貨として、関わりを止めてしまおうか。そうすべきと、天が時間を与えてくれたのかもしれない。
(忘れなくては)
突き動かされるような気分で、彼女はロエルからの手紙を一まとめにし、寝室の火のない暖炉に投げ入れた。火を点けようとメイドを呼んだ。
「ご用でございましょうか?」
メイドが顔を出す。昼間のことで一人は休憩しているようだ。離れは仕事が少なく、ミントが交代で休憩を取り易くしてある。
「火をつけて欲しいの。燃やしたい物があるから」
メイドはマッチを取りに居間へ戻った。その間アリスは目の端で白い手紙の束を捉え続けている。ほどなくメイドがマッチを手に寝室に現れた。暖炉の前に屈み、マッチを擦る。
その時空いたドアからミントが顔をのぞかせた。メイドの仕草に怪訝そうな声だ。
「あら、どうかしたの? 今頃火なんか起こすの?」
「姫様が燃やしたい物がおありだそうで」
火の点いたマッチが暖炉にぽんと放られた。それが手紙の束の上に落ちたと同時に、手が伸びた。ミントが火を払い除け、手紙を取り出した。燃やす種を失くした火はすぐに消えてしまう。
「マイさんここはいいわ。休憩に行ってらっしゃいな」
メイドはこの一幕が不審だが、上司のミントが休んでいいと言っているのだから、余計な首を突っ込まず任せておくにしくはない。アリスの身の回りは侍女であるミントが一切を取り仕切ってもいる。
メイドが下がり寝室に二人になった。ミントは静かにドアを閉じた。手の中の手紙の煤を払う。アリスが燃やそうとしていたのがロエルからの手紙だと、すぐに気づいていた。
「……訳をミントに教えていただけませんか?」
「止めるの。手紙も、待つのも」
アリスは腕を組み、窓辺へ目を向ける。せっかくの決心に水を差され、拗ねた気分になった。今を逃せば、手紙を処分する勇気が持てないのではないかと怖くなるのだ。
(あれがなければ、なかったことに出来る)
そんなことを意固地に考えている。
ミントにはレイナに打ち明けたことは知らせてある。侍女は協力者が増えたと喜んでいた。
「どうしてお止めになるのです? 何かお仕事のご事情ではないかと、レイナ様もおっしゃったのでございましょう?」
「いけないことよ。レイナに迷惑をかけられないわ。知られれば、お前にだって、きっと何か咎がある……。嫌よ、嫌なの」
「どうして知られましょうか? ミントが上手く計らいますとも」
「もう飽きてしまわれたのよ。手紙を待つ意味もないわ」
「レイナ様が、何か責めるようなことをおっしゃられたのでございますか?」
「何も……」
「なら、ありがたいではございませんか。お二人を見守っていただけるのですわ」
「何があるの? 続けた先に、何が残るの?」
「思い出は欲しくはございませんか? きれいで美しい、姫様に相応しいお相手とのとびきりの恋の思い出です。それが残りますわ。誰にも決して消せやしません」
ロエルとのやり取りを強く推したミントの目的がそこにあったことに、アリスは今気づいた。ドリトルン家の離れで、飼い殺し状態のまま年を経ていく自分への、せめてもの青春の忘れ形見だ。
(何もかも過ぎた後の、ずっと年を重ねたわたしが、それを胸から取り出し懐かしむ……)
そんな自分が描けそうに思う。
窓から見える、塀の一部壊れた部分をじっと見つめた。アリスは組んだ腕を解き、なぜだか寒く感じるうなじに両手を回した。
「……なら、もう出来たわ」
そして、手紙を燃やして、と告げた。




