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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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秘め事 1


『……そちらでは景色が違うのでしょうね。外を知りませんから、あなたがいらっしゃる場所の想像もつきませんわ。お元気だとよろしいのですけれど。でも、あなたがお加減を悪くしているご様子も、同じく思いつけませんわ。


 せっかく推薦状をいただいたのに、まだ王宮には参れていません。ご存知かしら? 王妃様のご実家に関した問題が起きて、控えております。渦中に、同じ高家の名を人目に触れさせるのは得策ではないそうなのです。世評が定まるまでのお預けになりました。残念ですけれど、楽しみが延びたと思うことにしております。


 ……最後に、お知らせしたいことがあります。わたしの侍女があなたとのやり取りを知り、助力してくれることになりました。レイナに手間をかける申し訳なさがなくなり、少し気が楽になりました……。


 ……よろしければ、そちらのご様子を聞かせていただけると嬉しいですわ……』



 ロエルは手紙をもう一度、今度はゆっくりと読んだ。流麗なアリスの筆跡は幾度ものやり取りで慣れているはずだった。でも久しぶりでもあり、目に沁むように感じられた。


 そして「わたしの侍女の……」の箇所は驚きだった。彼との文通を知られたのか自ら伝えたのか。そこは書かれていないが、侍女に知られながらも連絡を断たない彼女の判断に、彼はひどく感動していた。


 彼自身はレイナ夫人に嗜められ、反省内省しきりだった。感情が先走り、彼女の立場をあまり考慮できていなかった。耳に痛かった夫人の言葉は確かに正しく、反論の余地がない。せめて王都に帰るまでは、アリスへの接触は控えようと思っていた。


 彼女の彼への態度や振る舞いに、彼ほどの思いは感じられないできた。彼の強引さに引きずられている面が多いように見えた。その中に彼女なりの無理もいくらかあり、それを叶えてくれたことに望みと慰めを感じていた。


 鈍感でぼんやりした女性ではある。楚々としているのに子供っぽく無邪気でもあり、


(ぎょっとするほど食い意地が張っている)


 菓子を前にしたアリスの目の色は獲物を見る猫のようで、彼にはおかしくてたまらない。無垢で彼には愚かにも思えるほどのあきらめも見せる。それがまた彼には苛立たしく、放って置けないのだった。


 ローエンに着いて一月経った。山歩きと野営の日々を送る。彼女のことは常に頭にあった。調査の中、ふと考え事が途切れると彼女の面影がさっと頭を占めた。愛らしい笑顔や彼をなじるように見る瞳が思い浮かび、なかなか寝つけない夜もある。


 連絡のため、基点にしている宿に行った。何も期待していなかった。なのに、所用のものに紛れ彼女からの手紙が届いていた。信じられない思いで封を切った。


 (手紙をくれないと思っていた)


 レイナ夫人からの忠告は当然彼のみではなく、彼女へもあったはず。高家出身の二人の仲は睦まじい姉妹のようだ。そのレイナ夫人の助言を容れず、彼女にとって益のない彼とのつながりを選んでくれた。


 読み終えても昂揚した気分はなかなか冷めない。彼に流されてのことかもしれないが、ひどく嬉しい。


「若、にやけたお顔をなさって、どうしなすったので?」


 公爵邸から伴った口の悪い従僕がからかう。現地の人足も雇うが、いつも調査には信頼のできるこの男が欠かせない。シェリーシュという響きのいい名を持っているが、連日の山歩きでごつくむさ苦しい髭面だ。


 ロエルは緩んだ頬を手の甲で払った。咳払いもしてごまかす。


「まだしばらくは山籠りですよ。十六番街へは当分行かれませんって」


 シェリーシュはからかう調子だ。言葉の意味が一瞬つかめず、ロエルは半分笑った従僕を見返した。間の後でリリーアンのことだと合点がいく。彼と男女の中にある女性のことだった。彼女の住まいは王都の裏通りの十六番街だ。足が向かず随分と会っていない。


(思い出しもしなかった)


 老貴族の愛人稼業の傍ら若い彼はいい息抜きの遊びだった。求めるものなど互いにその刹那の欲情でしかなかった。続けられる関係ではなく、今に至ってはその意思もない。


(こんないい加減な男は、向こうも忘れているかもしれない)


 都合のいい時に会いに行き拒絶されたことなどない。シェリーシュがからかうのは、山帰りに彼女に会う彼を知っているからだ。余裕のある彼女に癒されいい時間をもらったと思う。


 二人に取り決めも約束もなかった。会わなくなる、がそのまま別れを意味するのかもしれない。しかし、最後に言葉は必要に思う。


(帰ってすぐ、伝えよう)


 と心に決める。


 彼の頭に居座り続けるアリスが、そっとにらむかのようで変に急かされるのだった。


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