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幼な妻は泣くことを止めました〜いばらの館には夢見たものは何もなかった〜  作者: 帆々


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箱の中のアリス 1

 

 孤児院への寄付をしたい旨をフーに告げた。怪訝な顔をされる。


「はて…、そんな無駄を大旦那様が何とおっしゃいますか…」


 彼にとって金は貸して利益を得るもので、ただで施してやるものではない。想像の反応で彼女は落胆もなかった。


「慈善をしている家は、王宮でお世話になる女官の方々に心証がよろしいようよ」


 寄付を渋られた場合に備え、ロエルから教わったセリフだった。小姓見習いを控えた今、効き目が大きいだろうという読みだった。確かにそれは当たっていて、フーは面白くなさそうな顔で了承してくれた。


「小姓見習いになるのも面倒なものですのね、寄付まで必要だなんて」


 ミントが言う。少し前に、これもフーに言って王宮に通うための衣装やら届け物やらの準備を頼んだばかりだった。更にアリス自ら寄付に出向くと聞けば、大袈裟に思われても仕方がない。


 フーとは違い、ミントにはひっそりとその事情も打ち明けた。


「慈善を行なっておくと、後々ロフィの為になるそうなの。社交界でのドリトルン家の悪い噂もそれで薄らぐらしいから……」


「さようでございますか。こちらは悪徳金貸しですもの。世間にはそんな噂もありましょうね。さすがレイナ様。姫様のお為に気遣って下さってお優しゅうございますわ」


 レイナが授けた知恵ではなかったが、ロエルの存在を知らないミントに否定もできない。それで話を終えた。


 約束の当日、アリスは馬車で公園通りの馬車溜まりに向かった。そこでロエルと落ち合い、彼の馬車に乗り換えて孤児院へ向かった。


 孤児院には予め彼が母の名で訪問を連絡してあった。そのため歓待され、院長の案内で施設内の見学も許された。


「里親を募るだけでなく教育も行うのが、当施設の理念でございます。ここを出ても自立できるよう成長してほしいですからね。公爵夫人にはその点をご賛同いただき、長らく厚いご支援を頂戴しております」


 アリスは年配の院長の言葉に頷く。孤児の姿やその生活風景を興味深く見た。建物も周囲も清潔ながらごく質素な環境だ。自分の育った環境にほのかに通う気がした。彼女の場合、足りないものは無知と固いあきらめでしのいで過ごした。


(この施設の子どもたちはどうかしら?)


 寄付の他に何も思いつかないが、これきりで終われない気持ちも芽生えた。


 室内にはあちこちに花々が飾られていた。それらの存在が空間や子供たちの表情も明るく見せている。大人の手によるものか子供たち自らの行為かはわからない。しかし、花を生ける余裕は生活の他の潤いも生むはずだ。


 訪問の最後にフーから預かった寄付の小切手を院長に手渡し辞去した。その際、建物の裏が花畑になっているのに気づいた。温室もあるようだ。花はあそこで育てられたものだろう。


 馬車でロエルに感想を聞かれた。


「お嫌ではなかったですか? 話に聞くのと実際にその場に赴くのでは違います。乳飲子もいてうるさいと思われたでしょう。環境は悪くないが行き届かない箇所も多いから」


 乳児の世話に大人の手が割かれ、他の子供は歳が上の者が下の子の面倒を見ていた。特別な監督者はいないように見えた。女児に威嚇しているような男児の姿が記憶にある。


「まさか、嫌だなんて。赤ちゃんの声は知っています。懐かしいくらい。もうロフィはあんな風に泣いてくれませんもの」


「ロフィ君だけがお子さんとは限らないのでは?」


 ロエルの問いかけに彼女は視線を逸らした。ディアーとの間に子供などできようがない。互いへの思いは伴侶とは名ばかりの知人に過ぎない。


 一瞬、気まずい空気が流れた。アリスは微笑んだ。私的な質問だったが、既婚者に対して踏み込み過ぎたものではなかったはず。やはり視線を避けたまま、


「また……、養子が増えることもあるかもしれませんね」


 と返した。それから彼へ視線を戻し、話を変えた。

 

「子供を見てくれる人があるといいですね。ちょっと乱暴な子もいたようですし…」


「ええ。前にはいたのです。ただ、質の良くない人物だったので解雇したと聞きました」


 王都の孤児院の経費はほぼ全てが寄付で賄われている。その為低賃金になりがちだ。従事者は志のある慈善家が多いが、他の仕事に就けなかった者が流れてくることも少なくない。


「怠惰なだけなら害は少ないが、子供に手をあげるなど危害を与える者もいます。それで雇い入れるのに慎重になっているようです」


 立場の弱い子供に暴力を振るうなど、アリスには信じられない。思わず首を振った。ロエルはそんな彼女を見ながら頷く。


「ええ、許し難い卑劣さです。……しかし、あなたが寄付者に加わって下さったので資金に余裕が出来、いい人材を雇い入れ易くなりました。子供達が最優先ですが、その面倒を見る側に金銭の余裕がなければ慈善も続きません」


 彼の話はよく理解できた。ドリトルン家に嫁いだことで、実家に援助を生み出し続けている身だからこその納得だった。名誉や誇りだけでは父は医者にもかかれなかった。


 彼に孤児院や救民院への寄付を勧められた際、アリスは美談を利用する偽善ではないかと訝った。彼はそれでも構わないのだと断言した。そのことが深く腑に落ちる。


(どんな理由であれ、ドリトルン家からの寄付は子供たちには幸いなのだもの)


 馬車は公園通りに着いた。ロエルは先に降り、アリスが降りる為に手を差し出してくれた。少しだけ触れ合った手がすぐに離れる。


 その刹那だ。


「もう少しだけ、僕にお時間をいただけませんか? 先日、自由な時間が増えたとおっしゃっていたから…」


 抵抗はなかった。ロエルはレイナ夫妻の親友で身元もしっかりした親切な紳士だ。しつこく彼女を困らせたこともあったが、その意味も理由もある。


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