外から吹く風 2
『またお手紙をお預かりしているの。これを見ながら困った顔をしているあなたが目に浮かぶわ。
ご本人から内容は先にお聞きしています。ドリトルン家から問い合わせが来た際に、話を合わせる必要があるから。
うかがって、もったいないようなお話だと思ったわ。ご親切に甘えた方があなたも安心できると思うのだけれども。どうかしら? じっくり考えて答えを頂戴ね……』
レイナの手紙には同封した便箋があった。彼女は名を記さなかったが、アリスには筆跡でそれがロエルからのものだとわかった。
(また謝罪のお手紙だろうけれど)
レイナの邸で彼に会い当主代理のことで責めるような詰問を受け、彼女は逃げ帰った。彼を前にいたたまれない思いをしたはずが、もうその感情はない。なのに、封を開く前に胸がざわめいた。
『再び姫の目を煩わせることをお許し下さい。これ以外に僕の言葉をお伝えする術が見つからないのです。
不躾な物言いを繰り返し、ひどく不快な思いをおさせしてしまったことをまず謝罪いたします。きっとあきれていらっしゃるでしょうね。何度あなたのご機嫌を損じたら気が済むのか。お困りのご様子を知りながら、言葉であなたを追い詰めてしまった。愚かな振る舞いだったと自分を改めて恥じています。
手紙ではなく、お会いして直にお詫びをしたいのですが、それではまたあなたを困らせてしまいそうです。なので、レイナ夫人のお言葉に従いました。決して短慮な性質でないと自負していますが、信じていたけだけないでしょう。姫に負の印象をお与えしたままでいるのは、とても辛いところです。
この手紙を差し上げるのは、謝罪の他にもう一つ目的があります。以下の事柄をご検討いただきたいのです。
ロフィ君を王宮の小姓見習いとするのはどうでしょう? 上流の子弟に非常に人気のある役割で、舅君にもきっと魅力的でしょう。寄宿学校とは違い離れて暮らすこともなく、あなたの同意を引き出す道具に使われることはなくなります。これは父に頼めば確実で、お約束できます。
この案に賛同いただけるのなら、レイナ夫人に宛てその旨のお返事を頂戴したい。すぐに事が進むように取り計います。もし反対でいらっしゃるのなら、返事はご不要です。
そう言いたいところですが、あなたからの反応を知れないのは辛いので、何かお言葉が欲しい。僕への悪口でも何でも構いません。幾つも浮かぶはずです。知らない顔で姫に無視されるのが一番嫌なのです』
少し書き急いだ感のある文字が並んでいた。読み終えてすぐに手紙をたたみレイナのものと重ね、わからないように封にしまった。侍女のミントにも見られたくなかった。
居間に置きっぱなしにしてあるノートを広げ挟んでしまう。閉じれば誰の目にもつかない。
レイナは彼の手紙の内容を「ご本人から先に内容はうかがって」あると書いていた。だから、この手紙をそのまま目にしたのではないはず。思い返し、気持ちを落ち着かせた。
アリスは男性から親しく手紙をもらったことなどない。そんな彼女であっても、ロエルの手紙には熱っぽさを感じた。読んで頬が熱くなったほど。自分のような距離ある女性に送る文言ではないように思えた。
(どうして?)
そのことに心が乱れて考えがまとまらない。ロフィを王宮の小姓見習に就かせてはどうかと打診してくれているのに。そうなれば寄宿学校行きも消え、ロフィもアリスも願ったり叶ったりだ。非常な名誉なため舅も説得し易い。こちらの答えは急いだ方がいいと思った。
誰にも相談できないまま、夜更けに一人もう一度手紙を読み返した。一度目よりも二度目の方が、ノエルの手紙の性急さが目立つ。その熱に引きずられないように目を閉じて考える。レイナも「もったいないようなお話」と添え書きしてあった。
受けるべきだと心は傾く。そこに何のためらいもない。明日にでもきちんとした返事を書こうと決めた。
彼は親切なのだろうし、おせっかいでもありそうだ。だから、彼と親しいレイナの親族という距離もあっさり飛び越えて、こんな優しさ見せてくれる。手紙のことは女性宛に慣れない為、つい筆が滑ることもあるのだろう。
(それだけのこと)
アリスはそう納得づけた。頭では理解できたそれが、心の中でぎごちなく揺れるような気がした。それで少しくすぐったい。
後日、レイナに宛てて手紙を出した。その中にロエルへの返事も忍ばせた。もちろん、間違って誰に読まれてしまっても平気なほどの慎重な内容を綴った。
気遣いの礼と申し出を受けること。そのことのみだ。ごくあっさりとした内容に留めた。
数日経て、折り返しレイナから手紙が届く。花束が添えられてあった。
『あなたの決心はきっと正しいわ。誰にとってもいいことですもの。すぐに取り計らうように動いて下さるとのことよ。少しだけ待ちましょう。お知らせが来たら、また追ってお知らせするわ。
あなたからのお返事にとてもご安心なさったようよ。随分嫌われてしまったと、しょげていらしたから。
決して短気や乱暴な方ではないのよ。誤解しないであげて。お一人で危険な場所に向かわれる勇気のある強い方よ。とても思いやりがあってお優しいわ。あなたのような困った女性を見ると、とても放って置けないご性分なのよ……』
手紙を読んだ後で一緒に届いた花束を眺めた。レイナが自邸のものを切ってくれたのだろうと思ったが、違和感がある。彼女なら、選んで束にした花々をリボンで結えて更に薄紙で包んでくれる。これまでもそうだった。しかし、届けられたものは美しい紙箱に入っていた。その上からリボンが結ばれラベルが貼られてある。
「まあ『小鳥』のお花ですわ。店舗もない紹介制の花屋なんです。花束が特に素敵で有名だそうです。お邸勤めをしてまして、初めて目にしました。やっぱり噂通りおしゃれできれいですわね」
メイドの言葉通り、庭で摘んだ普段の花束より洗練されているのがわかる。そのまま飾られることを想定した完成した美しさがあった。
「あら、そう。いつもながらレイナ様はお優しいですわね。姫様のお慰めに、そういった店にお頼みになったのでしょう」
ミントはそう応じたが、アリスは頷けなかった。
(違う。レイナじゃない)
はとこのレイナはいつも彼女に優しいが、贈り物は実際的なものばかりだった。ドレスの生地、ショールや手袋、または菓子や話題の本など。アリスの生活にそのまま役立つ品が選ばれてきた。何がないと困るか不自由か、あると嬉しいか。名家ながら貧しい少女時代を過ごしたレイナらしい親切と愛情だった。だから、庭で摘める花に敢えて代価を払うことはしない。
レイナでないならロエルに違いなかった。手紙に添えた詫びの延長なのだろう。メイドの手によって『小鳥』の花束はそのまま花瓶に飾られた。華やかさに部屋の雰囲気が潤うのがわかる。特別な何かを贈られたように心が躍る。そんな効果も花束の作り手は考えているようにも感じられた。
(あの方にとって、何でもないこと)
そうは思っても、贈られた花々を目にするたびひどく目に沁む




