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窓 4


 レイナから届いた手紙の中には、もう一通別な手紙が同封されていた。レイナからの文言はこうだ。


『あなたもご存知の主人の友人の方からお預かりしたの。読んであげて頂戴ね。お返事はどうするかはあなたにお任せするわ』


 文面でロエルからの手紙だと知れた。 


 独身の男女間の手紙のやり取りは世間的に認められていない。アリスは若い人妻であり外聞を憚ったのだろう。男の名で届いた手紙をフーが彼女へ渡すとは考えにくくもある。


 レイナのものとは違う便箋を広げるかどうか、少し迷った。先日、ロエルに突きつけられた数々の言葉は今も鮮明だ。


 しかし怒りはとうになく、気まずいやり切れなさが胸に残るのみだ。ふと自分のこれからを思うことが増えたのは、彼の言葉がきっかけに違いない。


 レイナの手紙の様子では、彼女への謝罪が書かれているようだ。それを無視するのは無礼に当たる。指でつまんだたたまれた便箋を思い切って開いた。



『まず、これをお読み下さっていることに感謝します。目にもされたくないと思われてもしょうのない振る舞いをしてしまったのですから。


 僕なりの考えをあなたに押し付けてしまった無礼を謝罪させて下さい。ご事情がおありなのは十分わかっているつもりでした。それでも言葉が過ぎたことは言い訳のしようがありません。


 特にお父上の名誉に関わるようなことは口にすべきではなかったと、強く悔いています。どうしても僕の言葉を考慮していただきたかったのです。


 しかし、あなたをいたずらに傷つけただけの下らない思い上がりでした。猛省しています。


 これを見ることで、あなたがまたご不快になることのないよう願っております。


 申し訳ありませんでした』



 長い手紙ではなかった。ただ単純に以前の振る舞いを詫びただけのものだ。アリスは最後まで目を通し、それをレイナの手紙と一緒に封筒にしまった。


『お返事はどうするかはあなたにお任せするわ』とレイナは告げていた。ロエルの文面には問いかけもなく返事は不要に思われた。


(男の方にお手紙をいただいたのは初めて……)


 そんなことに気づき、ほのかに嬉しかった。放っておいてもいいはずの関係値の自分に、率直に詫びてくれている。それも何だか心を温かくした。


 先日の言葉や追及は性急で面食らった思いが強い。


(でも、誠実な方には違いがなさそう)


 アリスが寝室に手紙をしまいに行き戻ると、小さな足音が玄関からかけて来るのが聞こえた。ロフィだ。彼にとっては祖父に呼ばれ、母屋に行っていたはずだ。


「母上!」


 アリスの姿を見るや、抱きついてくる。泣いているようだ。祖父に叱られでもしたのかと、彼女は背を屈め目線を合わせて話しかけた。


「どうしたの? 母屋のお祖父様が何かおっしゃって?」


「お祖父様は嫌いだ」


「どうして?」


 そこへ背後にフーの姿が見える。ロフィの後を追ってやって来たようだ。走ったのか少し息が上がっている。そのフーへ現れたミントが噛みついた。


「勝手に入らないで下さい! 取り次ぎを待つのが礼儀でしょうに。しょうのない人ね」


 ロフィーはアリスの首にしがみついて泣いている。それをなだめながら背を撫ぜた。四歳にしては成長も早く利発な子だが、まだまだしっかり甘えん坊だ。


「母屋で何かあったの?」


「大したことでは……」


 フーは言葉を濁すが、泣いたロフィを追いかけてきたのだから何かあったのは間違いない。子供の相手をするほど暇な人ではなかった。


「僕は母上と一緒にいる。母屋には行かない。嫌だ!」


 ロフィは叫んで泣きじゃくった。興奮する身体を「よしよし」とあやしながらフーを見る。母屋で誰かが子供の耳にとても嫌なことを吹き込んだのだろう。普段は穏やかな子だ。こんなに何度も「嫌だ」と叫ぶのには絶対に理由がある。


「大丈夫よ、母上もミントもいるわ。大丈夫だからね」


「そうですわ。坊っちゃまのお為にミントもうんと頑張りますわ」


 ロフィの泣き声が弱まったのを待って、もう一度フーに何があったのかをたずねた。


「大旦那様がロフィ様を年明けに寄宿学校に入学させることをお考えです。お小さい方が教育にいいと」


「家庭教師を付けるのではなかったの?」


「ブン島に上流子弟のための新しい寄宿学校ができて、話題になっているのだそうです。その経営者を知る人物にドリトルン家が貸付を行っていて、その絡みで特別に早く入学の許可が出たのです」


「特別早くって……、普通の入学は何歳からなの?」


「家庭によりますよ。十三歳からもあれば十六で入る場合もある。まあその辺りが普通でしょうか」


「ロフィはまだ四歳だわ」


 アリスの声に非難が混じる。ミントも強く頷いた。青年に近い少年が主の寄宿学校に四歳のロフィが入学する利点がどこにあるのか。そんなことを言い出す舅の考えがわからない。


「無理よ。とても行かせられないわ。駄目よ、絶対に」


 フーはちょっとため息をつく。反論しないところから、彼も同意なのは知れた。あまりにも無茶な思いつきだ。そんな無理を押しつけられれば誰だって恐怖を感じる。


(「お祖父様嫌い」と言うのも当然ね)


 あり得ない話で繰り返したくもない。フーが母屋に戻って行き、その日はそれで終わった。


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