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世界を裏切り、救世主へと至る者達へ  作者: 朝霧旺
ソール
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08 受け入れられない気持ち

 彼女に着いていくと迷わず私の自室に連れて行かれた。

「まず、喧嘩をするならもう少し人通りの多い場所か時間帯にするようにしなさい。あれくらいの男の子でも力はあるんですから、まず貴方では取っ組み合いになったら勝ち目がありません」

「はい…すみません…訓練で疲れていて…」

 ベッドに座るように促されて素直に腰を下ろすと、彼女は反対側に腰掛けて諭すように話しかけてきた。

 一人だと広くて寂しいと思ったが、二人だとむしろ少し手狭なんだなと視界に端に映るマリアナを横目に見ながらぼんやりと思う。

「今日は、私が貴方を探しに回っていたから大事には至りませんでしたが…物資が枯渇しているのは事実ですので、あまり内ゲバで医療品を消耗したくないのです」

「おっしゃる通りで…私を探していた?」

 もそもそと反省していると、聞き捨てならない言葉が聞こえ聞き返す。

 彼女はああと呟くと、胸の前に手を置き軽く会釈をする。

「私の名前はミゾレと言います、貴方のルームメイトです。帰還したから挨拶をと貴方を探していました。以後お見知り置きを」

「ミゾレさん、よろしくお願いします。それと、助けて頂きありがとうございます。私の名前は明香です。あ、明るいにお香の香って書くんですが…分かりませんよね」

 今でもお香とやらがいまいち分かってないくせに、マリアナ式紹介文を付け加えるが、この居住区にはマリアナが書いて見せてくれたような文字が書かれた書物は存在せず、彼女自身も今も使われているのかは、知らないし分からないと言っていたので、言い終わってから完全に蛇足だったなとあははっと笑って誤魔化す。

 対する、ミゾレは目をパチパチさせると支給されている机から紙の切れ端を取り出すと、文字を書くように製造されているという没食子インクと羽ペンでサラサラと何かを書いた。

「もしかして、こんな感じ?」

「あ、それです!それ…なんで分かったんですか?」

 紙には描き慣れた線のマリアナと違い、線に迷いが見えるが確かに明香と書かれており、最近付けられた名前だとしても他人の手で書かれたことに少し興奮してキャッキャッとはしゃいだが、ふと何故…?と我にかえる。

 ミゾレさんは、少し笑うともう一度サラサラとペンを動かしてみたことのない文字を今度は迷いのない線で見せてくれた。

「これが私の漢字、(これ)一文字でみぞれって読めるの、凄いでしょ?私も霙は見たことないんだけど、じゃりじゃりした雨みたいな感じなんだって。雨みたいな雪だったっけ…どっちだったかな…」

 霙さんは、うーんと悩むがいまいち思い出せないのか肩をすくめて笑った。

「雨冠に英…どう見ても霙だな、なんだ彼女も元々吸血鬼の所有物か眷属だったのね」

「えっ?吸血鬼の?」

 ぬっと出てきたマリアナは、霙さんの書いた文字を見ると勝手に納得して次は私のベッドで寝転びくつろぎ始めた。

「…詳しいのね。ええそう、私は昔吸血鬼の元にいたの…もう何年も前の話だけどね」

 霙さんは、懐かしい故郷を思い出すような顔で静かに語る。

「私は金髪がキラキラと月光に輝く吸血鬼の元に物心ついた頃からいたの。こんなこと言っても誰も信じてくれないんだけど…苦痛もなく、苦しみもなく、夜の世界で脅威から守ってくれる父親の腕の中で私は世界を知らないままで暮らしていた」

「彼に、ある日今日は外には出るな、いい子に留守番しておけと言われていたんだけど…子どもの好奇心は抑えきれず、言いつけを破って私は外に出た」

「ど、どうなったんですか…」

 いつかの先生達が話す御伽噺を聞くときの子どものように身を乗り出してその先を促す。

 霙さんは、困ったように薄く笑った。

「見ての通りよ。その日はハンターが近くで孤児の保護に回っていたの。外に出た私は、ハンターに保護されて…それっきり、彼には会ってないわ」

「それって…誘拐じゃ…」

 彼女は困った顔をするが、しっかりとした声で続ける。

「今以上に、人間に友好的な吸血鬼なんて存在するわけがないって考えが根深かったからね…私だって、泣き喚いて抵抗したけど「洗脳されているだけ」「そのうちきっと殺される」と引きずられて居住区に来た。きっと貴方もそうなのでしょうけど、人間に友好的な吸血鬼というのは実際いるのだけど…吸血鬼に救われた経験がないとそれを受け入れることは難しいの」

「それ…でも」

 彼女は首を横に振る。

「ここの大半の人は、吸血鬼によって両親を殺された過去がある。そこには、頭では理解していても心では受け入れられない吸血鬼への恨みがあるの…その吸血鬼を思う心を捨てろとはいわない、同じく吸血鬼を親と呼んだ者として、彼らへの思慕の気持ちはどうか捨てないで欲しい…だけど、その腕の中から出て来てしまった以上、私達もこちら側で生きていくしかないの。だから、その気持ちは閉まっておいてね」

 霙さんは、ベッドから立ち上がると膝をついて私の握りしめた手を覆った、それはまるで何かに縋るようにも見えた。

「……はい」

「良い返事です。私でよければ、貴方の大切な親の話を聞きます。あまり根を詰め過ぎないようにだけ気を付けてください」

 霙さんは、凄腕のハンターらしく明日にはまたこの居住区を立たないといけないらしい、しかし今度は短期なので三十回月が登れば帰って来られるとのことで、何か聞きたいことや話したいことがあればその時までにまとめておいてくださいねと付け加えられた。

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