07 小競り合い
「つ、疲れた…」
「箱庭育ちのお嬢ちゃんの明香にはきついでしょうね。けど、今の人間には銃を量産することすらできないから、肉体戦がメインだからね、ファイトー」
マリアナは、ふわふわと浮きながら感情のこもっていない棒読みの応援を投げかけてくる。
ハンターの修行を受けるようになって数日が経った。
走り込みに、腕立て伏せ、お手伝いも兼ねてのもの運びに、剣の素振り…箱庭でぬくぬくと育っていた私には中々キツイものがあった。
初日なんて腕立て伏せの段階で力尽きてしまったので、屍のようになりながらも訓練メニュウーを最後まで完遂出来るようになったのは成長といえるだろう。
「今日もまた、吸血鬼が人を喰らったんだって」
「本当、最低だよね」
トボトボ歩いていると、今日もまた吸血鬼への恨み辛みを語っている例の子ども達がいる。
私より少し小さいか…いや、どうやら私は栄養が行き届いているので同世代よりも身長も体格もいいんだった…なら、私よりも年上の可能性もあるだろう。
いつもならすぐに立ち去るのだが、疲れて回らない頭はモヤモヤとした気持ちをそのまま彼らにボソッとぶつける。
「馬鹿みたい」
「は?」
「自分達が知っている世界が全てだと思っているわけ?体大、頭の弱い奴は一塊にして批判するって本当なのね。吸血鬼って一括りに批判しないでくれる?腹立つから」
吐き出した怒りを、兎が耳が良いように弱者な彼らはしっかりと聞き取りこちらに視線を寄越す。
パチリと瞬きをすると、やっちまったと素直に思うが沸々と湧き上がる怒りは収まらない。
マリアナは「ファーw」とでも聞こえる顔で腹を抱えると壁に顔を沈ませてしまった、笑い過ぎて喋ることもままならないらしい。
対する言われた方の子どもは、なっ…と顔を真っ赤にしてこっちに掴みかかってきた。
「う、うるさいぞ!実際、そうなんだから事実を言って何が悪いんだよ!」
「何って、人間って一括りにされて批判されたらどうせ喚くくせに、自分が一括りにすることには正当性を主張するの?」
ああ、そうだ腹が立つのだ。
理屈は分かる、理由も分かる、だけど腹が立つ。
「黙れっ!そうだ、お前吸血鬼側のスパイなんだろ、そうだ、そうに違いない…この世に吸血鬼を好きな人間なんていねぇんだから」
「馬鹿げたことを抜かさないでくれるかしら?先生達のこと馬鹿にするやつは許さない」
「居住区内での戦闘は禁止されているはずですが」
一触即発の空気に割って入ってきた声は、凛とした涼しい声だった。
胸ぐらを掴んできた少年がそちらを向いたので、私もつられてそちらを向けば薄い水色がかった髪を凪かせてこちらに歩いてきている女性がいた。
「ミ、ミゾレさん…で、でもこいつ」
「でももだってもありません。そもそも、資源はいつでも枯渇気味なのです無駄なことで浪費させないでください」
諭すように、しかし明確に怒りを感じるその声に先生達に些細なことで叱られた経験がある私でも、思わずビクッと肩を震わす。
遠くにいた時はとても年上かと思ったが、私と少年の間に割って入り距離を取らせた彼女は思ったよりも身長が同じ、そう歳が変わらないのかも知れないと目をパチパチさせていた。
少年はだって、でもと食い下がるがミゾレと呼ばれた彼女はそれをズパッと切り捨てる。
「でももだってもないといったでしょう。そもそも、吸血鬼が協力し私達を殲滅する機会は過去何度もあったのです。今私達がここにいるというのは、少数ながら人間に加担している吸血鬼が居るということを常々忘れないように。それに、人間ひいては知的生物が全般そうであるように、種全体が同じ方向を見るのは不可能です…悪口を言うなとはいいませんが、それを正義のように振りかざすのも大声で話すのも以後気を付けるように」
彼女は、くるっとこちらを向くと眉間に皺を寄せて詰め寄る。
「貴方もです。説教しますので、こちらに来なさい」
「は、はいっ」