42 幕は再度上がる
目を開けると、座ったこともないふわふわの椅子だった。
「あれ?傷が…ここは?あの生き物は?明香は?」
噛み砕かれた首元を触るがそこに穴は空いておらず、痛くもない。
ぽふんと体重を椅子に預けると、少しざらっとした椅子の生地がいい感じに体を包み込む。
周りを見てみると、同じ椅子がずらっと等間隔に配置されており上の方まで続いている。
前を向くと、赤い幕が掛かった舞台がある…この椅子は、この舞台を見るために配置されているのだろうか。
「そんなに舞台を見ても本番は一生来ないぞ」
突然横から声がした。
ギギギと、油が足りないロボットのように声のした方を向く。
あの日から何も変わっていない創作の月のような金髪と、炎のような赤い目をした男が横の席で舞台を見つめていた。
「おと…さ」
「久しぶりだな霙。今は、別の名前だったりするかな?」
「そんなことない!私はずっと霙だもん!」
育ての親である吸血鬼は、そんなに食いつくように言わなくても…と苦笑していた。
「どうして…お父さんが…私…死んだはずじゃ」
それともこれは、今までハンターとして頑張った私へのご褒美だろうか?
「泣くなよ…霙はいつも我慢していきなり泣き出すんだから、困ったんだ」
「う〜」
お父さんは、昔と変わらず頭を数回ポンポンと撫でると、親指で涙を拭う。
「霙は…まだ、走れるか?」
「走る?」
「その先が地獄でも、救いがなくても…どうしようもない現実しか待っていなくても、もう少し頑張れるか?」
問い掛けているが、その言葉の節々からは肯定以外を許さない意志を感じる。
「お父さんは?」
「ん?」
「お父さんはいるの?」
キョトンと…初めてお花をプレゼントした時と同じ顔で、お父さんは瞬きをすると頭をワシャワシャを掻き乱す。
「生意気に育ちやがって…ずっといるよ、最期のその時まで」
「なら、何処までも走れるよ。お父さんがいるなら、私は何処へだって着いて行ってあげるんだから」
お父さんは困ったように笑うと、会場が暗くなり放送が流れる。
「覚悟を礎に魂を。決意を糧に肉体を。
魂は巡り、生命は循環する。
今ここに、迫りくる破滅へ抗うために禁忌を犯すことを許したまえ。
世界維持装置たる貴方へ告ぐ、契約は結ばれ、我らは共に剣となるだろう。
―approbation
運命はここに。
汝の生は、我の力で保証する。
我の生は、汝の覚悟によって保証せよ。
死だけが、我らを分かつだろう。
――お前の最期が少しでも幸せになるように尽力しよう」




