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38 武者修行

「やあ」

「…マリアナ」

 再び目を開けると、そこはまたしても水面の上で私とマリアナはそこそこの距離を保ったまま高いカウンターチェアに座っていた。

 こうして見てみると、これだけ離れているのに何故当たり前のように彼女の声が聞こえ、その表情が分かるのだろうか。

「ずっと夢心地じゃない…ここで吐き出しておいたら?」

「…」

「だって、ここは夢の中だからね」

 『夢の中』それがキーワードのように、ずっと堰き止められていた思いが涙と共に溢れ出す。

「悲しい、苦しい、辛い。

 例え、彼らが既に吸血鬼の意思なき人形としても…人を殺した、赤い血が流れた、確かに生きていた…彼らは生きていた、人だった!

 私でなかったとしても、殺したのは貴方だとしても……それでも、殺したという罪悪感がある。

 この手が肉を貫いた感覚があるの」

 目を手で覆って、元凶な彼女に当たり散らす。

「なのに!」

 彼女は、何も言わずその言葉の先を待っていた。

「なのに…罪悪感を感じていると同時にどうでもいいと思ってしまっている。過ぎ去ったことだと、些細なことだと」

 こぼれた涙が水面に波紋を作っていく。

「感受性が高いのだな、やはり子どもか」

 マリアナは、椅子から降りると波紋を浮かべながらこちらに歩いてくる。

「吸血鬼は享楽主義者だ、今を楽しみ未来のことも過去のことも気にすることはない…あの馬鹿のような一部を除いて大抵はそうだ…何故だと思う?」

「え?…な。なんで?」

 考えてみるが想像がつかない。

 吸血鬼とはそう言うものだと思っていた。

 マリアナは、両手を広げくるっと一回転すると笑った。

「それは、吸血鬼が長寿の種族だからだ」

「長寿の…」

 マリアナは、演劇のように爛々とした目で手に力を入れる。

「過去に受けた怒りをずっと覚え続けるのか?過去に受けた恩を感謝し続けるのか?

それはあまりに非効率で、悲しいことだとは思わない?

 人は死ぬ、私達は残され続ける立場なの…だからこの先を生きていくためにも過去に受けた屈辱も怒りも友情も親愛も何もかも全て…過ぎ去ったことと処理できなければ、そう遠くない未来で耐えきれなくなる」

「どれだけ素晴らしい力を持つ吸血鬼でも、体内から壊れてしまえば逝く先は同じよ。何処ぞの自宅警備員の公爵並みの精神力がなければ耐えきれないわ」

「壊れる…体内…精神が?」

 マリアナは肯定するように微笑む。

「あれは、完全に私が主導権を握っていた故に意識もまた吸血鬼によっていただけ。

 お前が殺せば、同じ肉をつん裂く感触でも、同じ血のこびりつく匂いでも、同じ罪悪感でも今以上の永遠のモノとなるでしょう。

 心配することはない、お前はお前。私は私だ。例え、どれだけ運命共同体になろうとも全てが一体化するわけではない」

 ゆらりと椅子ごと体が水に落ちていく。

 マリアナを水面に置いて、底なしの海に落ちていく。

「元気になったら修行をつけてあげる。私の持つ液体を操る能力の極地である能力の『全なる(マザー・リクィッド)』を使いこなせなきゃ、この先の地獄では生きてなど到底できないからね。せめて、ヘリオには楽に勝てるほどになってもらわなきゃ」

 夢の中で眠りに落ちると、夢も悪夢も何ひとつ見ることはなかった。



 周りには止められたが、元気になって足の捻挫も治ってきた頃私はソールに帰った。

 力が必要だった、一日でも早く強くなりたかった。

「では、改めて。

 元原初の真祖でもある吸血鬼、現幽霊のマリアナよ。固有能力としては、液体を操ることが出来るわ。文字通り液体であれば水も水銀も血液でもなんでもいけるわ」

「卑怯じゃない?」

「まあ、チートとは言われ慣れたわ。最悪血が流れている存在と認識すればその体内から抜き取れるし」

「チートだ」

 あのヘリオとかいう吸血鬼、よくこんな化け物に何度も戦いを申し出たな。

 ソールの端っこで、マリアナの特訓を受ける。

「原初の真祖って?」

「真祖の中でも偉い真祖」

「なるほど」

 本当に合っているのか?という気持ちはなくはないが彼女の認識はどうやらそれのようなのでつっこまないことにした。

「あ、化合?っていう技は何?」

「あれは…なんやかんやして水を作っている」

「なんやかんや?」

「なんやかんや…とりあえず、まずは水を自由自在に使えるようにならないと話にはならないわ」

「えっ」

 思わず、マリアナを見上げる。

「?」

「私も使えるの?」

「…そうよ、私は貴方であって私は私。これからは、『こうして話さなくても脳内テレパシーで話しかけることも出来るわ』」

 ぐわんぐわんとマリアナの声が中から聞こえる。

「ま、私は極力こうして話すようにしているけどね」

「そうして…」

 まだぐわんぐわんする頭を抱えて、前から聞こえるようになった声に意識を集中する。

「そしてブローチは持ってきたかしら?」

「あ、うん、持ってきたよ」

 マリアナに夢の中で話した次の日の朝、起きると枕元に謎のブローチが置いてあった。

 イルカ?という動物の形をしているらしいブローチに嵌め込まれた宝石は光がなく、燻んでいた。

「それは、吸血鬼と人間を繋ぐ一つの道標。それが綺麗な宝石になったら、前みたいな憑依が出来るってわけよ」

「と言うことは、今は憑依できないってわけ?」

「そう言うこと。けどまだ能力に慣れてない間はそれを握りしめながら使用すると安定性が増すから使うと良いわ」

 妙に説得力あるそれは、経験則から来る知識なのだろうか。

「分かった」

「じゃあ、今日は水を浮かせるのを目標にするわよ」

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