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37 長寿種故の苦悩

「やあ」

「…マリアナ」

 再び目を開けると、そこはまたしても水面の上で私とマリアナはそこそこの距離を保ったまま高いカウンターチェアに座っていた。

 こうして見てみると、これだけ離れているのに何故当たり前のように彼女の声が聞こえ、その表情が分かるのだろうか。

「ずっと夢心地じゃない…ここで吐き出しておいたら?」

「…」

「だって、ここは夢の中だからね」

 『夢の中』それがキーワードのように、ずっと堰き止められていた思いが涙と共に溢れ出す。

「悲しい、苦しい、辛い。

 例え、彼らが既に吸血鬼の意思なき人形としても…人を殺した、赤い血が流れた、確かに生きていた…彼らは生きていた、人だった!

 私でなかったとしても、殺したのは貴方だとしても……それでも、殺したという罪悪感がある。

 この手が肉を貫いた感覚があるの」

 目を手で覆って、元凶な彼女に当たり散らす。

「なのに!」

 彼女は、何も言わずその言葉の先を待っていた。

「なのに…罪悪感を感じていると同時にどうでもいいと思ってしまっている。過ぎ去ったことだと、些細なことだと」

 こぼれた涙が水面に波紋を作っていく。

「感受性が高いのだな、やはり子どもか」

 マリアナは、椅子から降りると波紋を浮かべながらこちらに歩いてくる。

「吸血鬼は享楽主義者だ、今を楽しみ未来のことも過去のことも気にすることはない…あの馬鹿のような一部を除いて大抵はそうだ…何故だと思う?」

「え?…な。なんで?」

 考えてみるが想像がつかない。

 吸血鬼とはそう言うものだと思っていた。

 マリアナは、両手を広げくるっと一回転すると笑った。

「それは、吸血鬼が長寿の種族だからだ」

「長寿の…」

 マリアナは、演劇のように爛々とした目で手に力を入れる。

「過去に受けた怒りをずっと覚え続けるのか?過去に受けた恩を感謝し続けるのか?

それはあまりに非効率で、悲しいことだとは思わない?

 人は死ぬ、私達は残され続ける立場なの…だからこの先を生きていくためにも過去に受けた屈辱も怒りも友情も親愛も何もかも全て…過ぎ去ったことと処理できなければ、そう遠くない未来で耐えきれなくなる」

「どれだけ素晴らしい力を持つ吸血鬼でも、体内から壊れてしまえば逝く先は同じよ。何処ぞの自宅警備員の公爵並みの精神力がなければ耐えきれないわ」

「壊れる…体内…精神が?」

 マリアナは肯定するように微笑む。

「あれは、完全に私が主導権を握っていた故に意識もまた吸血鬼によっていただけ。

 お前が殺せば、同じ肉をつん裂く感触でも、同じ血のこびりつく匂いでも、同じ罪悪感でも今以上の永遠のモノとなるでしょう。

 心配することはない、お前はお前。私は私だ。例え、どれだけ運命共同体になろうとも全てが一体化するわけではない」

 ゆらりと椅子ごと体が水に落ちていく。

 マリアナを水面に置いて、底なしの海に落ちていく。

「元気になったら修行をつけてあげる。私の持つ液体を操る能力の極地である能力の『全なる(マザー・リクィッド)』を使いこなせなきゃ、この先の地獄では生きてなど到底できないからね。せめて、ヘリオには楽に勝てるほどになってもらわなきゃ」

 夢の中で眠りに落ちると、夢も悪夢も何ひとつ見ることはなかった。

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